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第一章「猩々緋の瞳」

第七話「同じ異端」
※HAYATOのオーディション捏造してます


キーアと藍は一緒にシャイニング事務所の関係者が主催するレッスンに参加していった。藍曰く、彼のマスタに「秘密を知っていて良い者」として登録されて居ない場合、
キーアが秘密を漏らさないか幾通りもの計算をして生活することになり、マザーPCに大変な負荷になるそうだ。

博士が昨日帰宅後直ぐに登録してくれたのは、そういった理由かららしい。


「キーア君、もうちょっと背筋上にあげられるかな?」

「こ、こうでしょうか…?」

「そう、そんな感じ。君は感覚で歌う子だから、教える言葉を選ぶと自然に伸びるね」

「ありがとうございます。」


最近の講師は嶺二もお世話になっている先生で、彼の教え方は楽しい。何より、体を動かすことで知識を頭に入れるので、キーアにとってはとても分かりやすい。後は自分で良いようにメモを取れば自宅でも練習が出来る。
改めて習う歌唱はとても魅力的で、確かに厳しいけれど「耐えよう」ではなく「頑張るぞ」、そう思えるようなものだった。
ちなみに、この嶺二と同じ先生のレッスンは藍はお休みで、博士のラボでメンテナンス中だ。この後は藍と合流して、早乙女学園のレコーディングルームで練習だ。早乙女学園はシャイニーが経営するアイドル養成学校で、実技の設備が充実しており事務所に所属するものなら誰でも使うことが出来る素敵なところだ。

レッスンが終わり、ビルの外で待つ。相変わらずのゴシック風の格好で立っているせいか、結構周囲の視線が痛かったりする。日本人の美徳は思いやりだというけれど、見るならいっそ言って欲しいとも思う。


「キーア、お待たせ。」


自分とは正反対な全体的に白い藍と合流し、2人は早乙女学園のレコーディングルームへと移動した。授業中のためか、日陰でひんやりとしている廊下まで、かすかに歌声が聞こえてくる。


「この程度でアイドルを目指しているなんて、なんとも酔狂な連中だね」

「美風さん、そんなこと言っちゃ駄目です。"努力する"というのは良いことですよ。」

「でもキーアもあれでCD出されても買わないでしょう?」

「……確かに今のはCクラスのようなので、技術的にはまだまだかもしれません。でも、聞いていて楽しいなとは思いましたよ、一緒に歌いたいって。」


キーアの言葉に藍は「訳がわからないよ」と言いたげな顔で黙りこんでしまった。藍は時折人間らしくない。もちろんアンドロイドなのだから当然だけれど、思考回路はまだまだ論理的で人間の持つ「感情」とは程遠い。


「ところで、今日はどうしてレコーディングルームなんですか?」

「あぁ、それね。当面の目標が無いと、頑張り甲斐が無いって博士が言ってたから、何か2人で出来るものがあると良いと思って。練習する曲探し。」

「なるほど…」


確かに、闇雲に基礎練習を積むよりは、目標に向かって基礎を固めていく方がモチベーションも上がるし、何よりもうすぐHAYATOオーディションがあるのだ。そこで歌う曲も練習したい。


「そういう訳だから、HAYATOのオーディションソングをレコーディングしながら練習するよ」

「了解です!」


二人は藍が予約しておいたレコーディングルームに入ると、2人でまずはストレッチからはじめ、終わったらお茶で喉を温める。もちろん藍もだろうとお茶を掲げてみせると、


「美風さん、なんですかその『バカが居る』みたいな顔は!」

「ボクはロボだよ?有機物を取り込んだら、分解するのに余分なエネルギーを消費する。だから二人の時はそういう気遣いは無用だって言ったよね?」

「そうでした…」


人間と同じ様に食べたり飲んだり出来るが、体内に取り込んだものを分解するのには
それなりのエネルギーが必要になるそうだ。無駄に電力を使うわけにもいかないので、普段秘密を知っている人たちしか居ない時には彼は何も口にしないし、誰か居ても不自然でない程度に小食を装うらしい。


「ほら、練習してきてるんでしょ?一通り歌ってみせて」


ちょっと意地悪に微笑まれてしまい、キーアは諦めてブースの中へ入ると、軽く首を回してからヘッドフォンを着け、右手でOKのサインを出した。







軽快なイントロ。HAYATOというキャラは明るく前向きなキャラ設定らしく、正直キーアには合わないのではないだろうか?藍はそう思っていた。彼女の歌声なら、むしろゴシックで中世的な曲調が似合うしそうでないのなら和風、アジア系などの民族調な曲が合うだろう、と。
HAYATOのいかにも"アイドル"といったタイプのポップスは、彼女に歌いこなせるのだろうか?

そんな心配は最初に一小節で吹き飛んだ。
もともと中性的な声は完全に少年声になっていて、伸びとハリのある高音、けれど響きも消えていないその声で歌われていくオーディションソングはもはや彼女のために作られたのではないかと思わせるほどの完成度だった。

歌い終えて、軽く上がった息を整えるキーアを見ていられなくて、キーアの鞄の上に置きっぱなしだったお茶を持って、早く出ておいでと目で訴え、気怠げに出てきたキーアにお茶を渡してあげた。


「この程度で息をあげるなんて、君、本当に歌手としてやっていけるの?」

「ちょっと…はしゃぎ過ぎました。」


素直に楽しそうな顔で笑う彼女はとても輝いて見えて、彼女なら合格出来るかもしれないとそんな計算結果が導き出される。そんな彼女に自分が出来ることといえば…


「100%HAYATOのオーディションに合格する自信がつくまで、ボクがみっちりレッスンするからね」

「はい!」


藍とキーアは頭をつき合わせて譜面を覗きこみ、改善点を書き込み始めた。その日から2人は時間が合う度に学園や事務所寮で練習をし、最後は日向に手伝ってもらいながら
レコーディングをし、その場でミックスダウンしてオーディションの一次審査へと送付した。

送付が完了するころには大分仲が良くなったと思えるくらい、一緒に音楽理論の本を読んだり、シャイニング事務所のサイトを更新したりと行動を共にすることが増えていった。シャイニーも「良い傾向でーす!」といっていた。






そんなある日、日向からの依頼でキーアと藍はシャイニング事務所のサイトを更新していた。新人のプロフィールの更新だ。もちろんデザインのプロも事務所に居るのだが、何でも二人を使うのとプロを使うのでは経費が違うのだとか。


「あ、これ、僕達のプロフィールも更新対象ですね」

「ようやくか。見せて」


事務所のパソコンを使いながら、二人分のプロフィールを更新する。藍もキーアも写真はバストアップの一枚のみ。しかも写りの問題かもとからの容姿の問題か、これでは男女の性別すらもわからなそうな写真で、キーアはこれがアリなのかちょっと悩んだ。
プロフィールの一覧が男女別になっているのはアイドルの項目のみで、何故か二人は「歌手・声優」という括りにされており、顔出しはしないという意思表示なのだろう。

性別についての表記は特に無く、二人とも写真だけなら「男の娘」だ。男装アイドルとは言われて覚悟はしていたが、確かにこれなら性別もバレないだろう。


「ふぅん。…本当に君、男みたいに映ってるね、これ。メイクの関係もあるけど、ここまで化けられると流石に驚くな」

「自分でもびっくりです」

「イエース、お二人は我が事務所の期待されまくりんぐな新人さんデース☆そうやすやすと個人情報は出さないし、顔出しも基本NGデース!!」


藍のPCの更に奥にあったPCモニタから、シャイニーが出てきた。あれは人が収まる体積ではないと思うのだが、これをシャイニーに言っても始まらないだろう。


「分かったから、そうやって備品壊すとリューヤが五月蝿いよ」

「むぅ…Misterミカゼはリアクションがつまらないデス」

「リアクション云々言う前に、そろそろHAYATOのオーディション結果が出る日でしょう?…結果、届いたの?」


つまらなそうにしていたシャイニーの顔が一気に真面目なそれへと変化し、キーアも藍もつられるように姿勢を正した。
シャイニーは懐から一枚の紙を取り出し、じゃーんという効果音が出そうな勢いで二人の前にその用紙を突きつけてきた。


「一次審査通過デース!!」


キーアは自分の顔がほころぶのと、隣の藍も口角をあげているのを見ながら、その合格通知を受け取った。


「ありがとうございます!」

「二次審査は一週間後、実際に審査員の前で審査があるからな。…頑張ってくだサーイ☆」


シャイニーはそれだけ言うと、事務所の窓を割って外へと飛び立っていった。靴から炎が吹き出していたけれどいったいどんな構造なのだろう。その轟音を聞きつけたのか、部屋の扉が乱暴に開かれ日向がやってきた。


「お、もうお前らだけか…もしかして今ここに」

「はい、シャイニーが居ましたよ」

「また窓とモニターを割っていったから、後処理よろしくね」


藍に言われモニターを見て、ギョっと肩を竦めた日向が「ったくあのオッサンはいっつもいつも…」とアイドルにあるまじき口調でボヤいていたが、聞かなかったことにしようとキーアは耳を閉じた。破壊されたモニターに「廃棄予定」と書いた付箋を張りながら、日向は思い出したように付け加えた。


「おぉ、そうだ、HAYATOオーディション一次審査通過おめでとう。初心者からスタートしたのに、大したもんだな」

「ありがとうございます!」


事務所のサイト更新も終了していた二人は、日向に促されるままPCの電源を落としてそれぞれの寮へと帰宅した。


一週間は長いようで短く、その日の朝、キーアはHAYATOオーディション二次審査に向かうためにいつもより早めに起きて朝のお風呂とストレッチをしていた。
デスクトップPCがメールの通知音を立てた。覗いてみると日向と藍、それから博士と嶺二からも応援のメッセージが届いていた。思わずにやけてしまう頬を頑張っておさめながら、キーアは御礼の返事をして、いつも通りの格好でオーディション会場へと向かった。




会場には割りと早い時間に着いて、待合室の奥の方にあった二人がけ椅子に座ることが出来た。そのうち同年代か少し若いだろう少年が大勢いて、キーアは胸を無意識に庇ってしまいそうになるのを
どうにかこうにか堪えながら試験の開始を待つことになり、正直試験そのものよりも待合室の様子にドキドキしっぱなしになってしまう。

落ち着こうと持ってきた単行本に目を落としていると、本が突然陰った。なんだろうと顔をあげると、藍のようにお人形さんみたいな顔立ちに濃紺のくせ毛がとても綺麗な男の子が立っていた。考えなくても、彼もHAYATO候補なのだろう。


「すみません、隣、宜しいでしょうか?」

「はい、どうぞ」


にっこり笑って返すと、濃紺の彼は軽く会釈してキーアの隣に腰掛けた。無表情気味な彼も隣で単行本を広げ、キーアは思わずそれに目をやって驚いた。自分が今読んでいる本のちょうど次の巻で、


「あぁ。貴方も、それ読まれるんですね」


キーアの小さな呟きに、ビックリした顔でこちらを見た彼はキーアの持つ本に目を落とし、なるほどと言った顔で微笑んだ。とびきり可愛らしいそれに、キーアは少しどきっとした。


「えぇ。作品のテーマや、ストーリーに張られた伏線はどれも興味深く、なにより登場人物が躍動的で大変私好みな作品です」

「なるほど、確かに読みながらウラを考えるのが楽しい作品ですよね。あ、僕はキーアと言います。よろしくお願いします。」

「私は一ノ瀬トキヤです。」


その後、その作品について盛り上がっているうちにスタッフが試験開始の知らせにやってきて、二人は連番でナンバープレートを受け取ると、簡単な面接のあと演技の実技審査へと入った。

偶然にも一ノ瀬とキーア、そしてもう一人の少年の3人で組み分けされ、審査員の前で寸劇、その評価によって結果が決まる。今日のうちに結果が出されるため、寸劇が終わった後もしばらくは待機だ。出来ればその待機時間はまた一ノ瀬と本の話題を気兼ねなくしていたいと思ったキーアは、悔いないぞと気合を入れて審査用の部屋へと移動した。

3人が入っていくと、いらっしゃいと審査員の誰かが言った。思わず会釈を返すと更に笑みを深くされ、なんだか恥ずかしくなった。


「それでは、名前と番号を言ったら好きに始めて下さい」


そんな大体な雰囲気で審査は始まった。番号と名前、所属している場所を言って、演技が始まる。最初に登場する一ノ瀬の役で、キーアはそんな「大体」の雰囲気では居られなくなった。

先程渡された台本を見ながらの演技だが、役の作り込みが凄い。先程の冷静沈着な彼からは想像も出来ないほどに明るい笑顔と声。魅力があるというのはこういうことかと認識させられた。

続いて入った名前不明の少年は、どうやら一ノ瀬に圧倒されているらしく、演技がまともにできていないようだ。もったいない。キーアはむしろ、一ノ瀬に負けられるかと闘志が湧き上がり、セリフと同時に演技に入った。

一ノ瀬と目が合うと彼は楽しそうな表情をして、更に洗練された演技をしてくる。それに応えるようにキーアも上へ上へと。立った3分程度の演技なのに、お互いの言いたいことが伝わり、今までに覚えが無いほど上手く演じられたと明言できるほどの出来だった。

審査員たちに笑顔で見送られ、3人は控え室へと戻った。名前を覚えそこねた少年が、一ノ瀬とキーアを見やって言った。


「…俺、お前たち見てると受かった気がしないから、これで帰るな。今日はありがとう。」

「お疲れ様でした。」

「順位も発表されるんですから、見て行けば良いのに」

「いや、一ノ瀬もキーアさんもありがとう。こればっかりは…耐え切れねぇや」


彼はちょっぴり泣きそうな顔で荷物をまとめていそいそと部屋を出ていってしまった。キーアが困って一ノ瀬を見上げるも、


「あの程度の根性では、この先やっていけないでしょうからね。むしろ今帰って良かったのかもしれません。」

「なるほど、そう考えられなくもないですね」

「あの小説の解釈から行くと、今のは『理解したけど納得出来ない』という意味でしょうか」

「ありゃ、バレましたか」


二人はまたすみのソファにすわり、結果発表まで思う存分にお喋りを楽しんだ。




第七話、終。



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