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第一章「猩々緋の瞳」

第六話「悪魔の独白」
※美風と寿、博士に関する独自の解釈入ります。




次の日。耳元でなっている目覚ましを無意識に止めて、キーアはカーテンを勢い良くあけた。眩しいけれど、窓際に置かれたおじぎ草と外で囀る小鳥の声でしっかりと目が覚めるのだ。
そのまま毎日恒例の朝シャンとストレッチをして体をほぐし、昨日買った黒いショーパンに白いブラウス、黒地に赤いレースと刺繍の入ったコルセットをつける。いつものブーツを履いていると、ちょうどチャイムが鳴った。


「おはよ、キーア。」

「おはようございます、嶺二。お迎えですか?」

「そう、可愛いガールを一人で歩かせるのも…って、外に出たら男の子として扱わなくちゃいけないんだけどね。これは僕なりの礼儀だよ。君を迎えに来たかったんだ。」


キザに言う彼をスルーして「行こうか」と腕を引いて外に出る。最初はキザったらしく言われることにむず痒さを感じていたけれど、知り合ってから大分長い時間が経過したからか「あしらう」「スルー」というものを会得した。


「そうですよ、嶺二。僕は外に出たら男の子ですから、変な気遣いは無用です!」

「でも中身は女の子なわけでしょう?男女で力量差があるんだから無理は禁物」

「分かってます!でも女扱いされると一人称や口調が戻ってしまうので、営業モードの時はこれでお願いします…」


グイグイ腕を引っ張って歩いて行くと、後ろから呆れたようなため息が聞こえた。キーアはちょっと悔しいなと思いながら事務所へと足を進めた。



途中からは普通に並んで歩きながら事務所を目指し、事務のお姉さんに尋ねれば社長室で博士とシャイニーが待っているという。二人は軽いノックの後に社長室へ足を踏み入れた。


「失礼します」

「失礼されマース」


シャイニーのいつもの様子は軽くスルーして、「えぇ!ひど!」というリアクションは嶺二に任せる。
接客用のソファの二人がけの方には、相変わらずな白衣の博士とミント色の綺麗な髪の毛をした少年が座っていた。確か今日は博士と3人で会いに行くと聞いていたが、彼は博士の助手とか同僚とかそういった人なのだろうか。

キーアはいつもの社長用の机に居るシャイニーに一例すると、促されるままにソファに腰掛けた。追って嶺二も隣の椅子に座ってくる。嶺二は自分の向かいに居る少年が気にならないのか、特に眺めたりする様子もなく、逆に対角線上に居るキーアがまじまじと見てしまい、慌ててシャイニーに向きなおった。


「まずは…自己紹介からしてもらいましょウネ☆」

「早乙女さんも人が悪い……どこまで説明するんです?」


口を開こうとした少年を手で止めて、博士が聞き返す。
"どこまで"とは一体どういうことだろう。


「キーアさーん、YOUにはこの少年、美風藍とユニットを組んでもらいマース☆」

「ユニット…?」


ドーンという効果音を背負ったシャイニーが楽しそうに言い放った。美風藍と呼ばれた少年はすっと立ち上がると、右手を差し出して


「美風藍です。よろしく。」


とても、綺麗な声で握手を求めてきた。。


「キーアです。ファミリーネームは特に無いので気軽に呼んで下さい、美風さん」


キーアが握手に応じてもどこか冷たい表情で彼は頷き、違和感の無いタイミングでまたソファに腰掛ける。なんというか、見た目だけでなく仕草や性格までお人形さんのようだ。


「ということで、キーアさんはこの用紙に必要事項を記入したら、早速親睦会として4人で食事に出かけてくだサーイ」

「ちょぉっと待ったぁ!食事!?僕この後収録…はバラしになったから…えっと…」

「Mister寿っ!口答えダメダメ駄目よ駄目なのYO!」


やけにノリノリなシャイニーに嶺二のツッコミも虚しく敗れるのを傍目に、キーアは必要事項を記入しようとして、手が止まった。


「シャイニー、あの、氏名の記入はどうしましょう?僕にはファミリーネームが無いので、名前のみで良いですか?」

「ふーむ…」

「というか、準所属になる時にはどうしたのさ?」


博士に言われ、ハッとして思い出してみるが、確かあの時には記入欄が氏名合わせて1つだったので、そのまま「キーア」としか書いていない気がする。


「記入欄が1つだけだったので、気にせず書いてしまいました。」

「というか、今更だけどさ、キーアちゃん…っと今はキーア君か、君はどこの国の人なの?」

「僕はシルクパレスの出身です。」

「シルクパレスでは苗字の制度が無いのかい?」


そういえば、幼馴染のカミュのファミリーネームも知らないし、女王のことはみな「陛下」「女王」と呼んでいたので分からないし、メイドたちのことも愛称や名前でしか呼んでいなかったなぁと振り返る。


「ん…幼い頃に少々事件がありまして、普通の生活をしたことが無いので分かりません」


シャイニーの目がすぅっと細くなった。カタコトモードが解除されことを、キーアは空気で悟った。


「お前、確か純血のシルクパレス人では無いと、言っていたな」

「はい。母親がアグナパレスの出身です」


言うと、博士と藍が思いっきり目を見開いて、これでもかというほどに驚いた。流れた沈黙に、何か変なことを言ってしまっただろうかと不安になって嶺二を見やるが、分からないなぁと言うふうに肩をすくめられてしまった。博士は勢いそのままに喋りだした。


「昔から、アグナパレスとシルクパレスは敵対関係にある国でね、といっても戦争をしているわけではなくって、ライバル同志みたいな感じかな」

「宗教的にも、シルクパレスは女王を、アグナパレスは女神ミューズを信仰しているが故に、国民同志の諍いは絶えない。そう聞いたことがあるけれど…」


博士に続けた藍が「異端だ」と最後に小さく付け加えた。嶺二が小さく「そんなことを言わないの」と窘めていたけれど、藍のその異端という言葉にはどこか切なさと優しさが混じっているような気がして、キーアは逆に彼が心配になった。


「ともかくぅ〜!!…適当に書いちゃってくだサイ」


適当で良いのかと呆れながら、キーアは諦めて書類に向き直った。苗字を空白にして書き込み、現住所は事務所の寮、本籍は…見ると既に書き込まれていて、そういえば事務所の方が日本に住む手続きをしてくれたのだったと、確認のサインだけ書く。
書き終えた!と思った瞬間には書類がシャイニーの手によって奪われ、満足気に頷いたシャイニーによって社印が押印されて、そのまま「処理済み」と書かれた箱に入れられた。
そしてシャイニーはそのテンションのままで懐から4枚のチケットを取り出した。


「キーアさんの大好きなケーキバイキングでーす!思う存分食べちゃって頂戴☆」


思わず飛び上がったキーアは「どうどう」と嶺二に止められながら、呆れた博士に引きづられるようにしてケーキバイキングへと向かった。


ケーキバイキングはなんだか混沌としていた。もちろん、お店の雰囲気は可愛らしいファミレスのようなものだったのだが博士が愛用のビーカーカップを持参していたり、藍がケーキなんて初めて食べると言って生クリームを全部剥ぎ取ろうとしたり、嶺二の食べる量がキーアの4倍近かったり…。

なんだかんだ楽しかったのだが、店員さんには大分迷惑を掛けてしまったと思う(特に博士が)。そんな楽しい時間もあっという間に終わってしまい、嶺二は急遽事務所に呼ばれて行き
残ったキーアたち3人は並んで帰路についた。

それにしても、綺麗な髪の毛だな。先程食べたミントアイスを思い出しながら藍の顔を見上げると、彼もまたこちらを見ていたようでしっかりと目が合ってしまう。いきなり逸らすのもなぁと思って見つめていると、向こうも逸らす気は無いようで。

そして、ちょっとした違和感に気づく。藍の瞳孔が、なんだか不自然な気がする。黒目の中の更に濃い部分、目で見て分かる程に大きさが変わったように見えた。


「ちょっとちょっと、二人共何見つめあってるのさ」


博士に言われて初めて、なんだかとても恥ずかしくなってしまい慌てて視線を前に戻した。
そしてちょっと冷静になった、気づいてしまう。「美風藍」の小さな不自然さ。1つしか食べないケーキ。今の瞳孔、無駄のなさすぎる動き。そして異様に綺麗な髪の毛に、真顔は完璧な無表情。呟いた「異端」という言葉。

そして何より、彼からは音楽が感じられない。人が生きていくうえで常に鳴っているはずの、鼓動や感情の起伏による音楽が。


「博士…」

「なんだい?」

「凄く失礼なこと言うかもしれないですが、美風さんって……」


思わず博士に問いただそうとしてしまってから、間違っていたらとても失礼だなと気づくけれど、キーアの口は勝手に続きの言葉を紡ぎだしていた。





「アンドロイド?」





博士と藍が、固まった。

その様子に、あぁ、やっぱりそうなのか。と。キーアは落ち込むよりも納得した安心感を抱いた。だってこんな完璧な容姿の人間、居たら怖いし困る。

その時、


「ブラボー!ブラボー!合格でーす☆」


街路樹と一緒に生えていた椿の植え込みから、シャイニーが飛び出した。仕事は良いのだろうか。


「彼は我社が秘密裏に進めるソングロボ計画の要。キーアもまた、諸外国の血を引いているからして、その姿をあまりメディアに晒せないだろう。従って、二人でダウンロード販売をメインとしたユニットを組み、今後活動させるつもりだったのだ」

「え…これ、気が付かなかったらどうするつもりだったんですか!?」

「即解雇デース☆」

「それじゃぁ、シャイニー。博士に彼女をマスタに登録させてよ。そうじゃないと色々と行動に制限が生まれちゃうからさ」


またカタコトに戻ったシャイニーにも動じず、藍はキーアの手を取りちょっと意地悪なほほ笑みを浮かべて言った。
その笑顔を見てキーアは思うのだった。「そうやって表情を見せている方がとても魅力的だ」と。



そのまま嵐のごとく去っていったシャイニーを見送り、藍に送られて寮に帰ると日向から今後の予定がメールで届いていた。とりあえず直ぐに曲を歌うということは無いそうで2人でレッスンに通うようにとの指示だった。
誰かと一緒に音楽が出来るのは凄く楽しそうだなと、キーアは単純にそう思って寝る前のココアを楽しんでからいつも通りの時間に就寝した。





第六話、終。



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