お名前変換



第一章「猩々緋の瞳」

第五話「平穏と安心と」
※美風と寿、博士に関する独自の解釈入ります。
※ゲーム全作全ルート、クリスマスつをプレイしていれば分かっている程度の内容です




とある土曜日。今日はキーアが初めて出演する、シャイニング事務所以外が主催する演劇の公演日で、彼女はいつもより余程早く目覚ましをセットし、いつもより気合を入れて髪の毛の手入れをしていた。演目は人魚姫で、今日は嶺二や博士も見に来てくれる予定だ。


人魚姫の妹役は微妙に美味しい役どころで、冒頭の姫が地上に思いを馳せることを咎めるシーン、それから魔女に会いに行くのを止めようとするシーン、泡になって消えていく姫を嘆き歌うシーン。なんだかんだでずっと出演シーンが続いていて、キーアが緊張するのも当然なのだ。
会場入りしたキーアは早速衣装の確認を済ませ、台本を持ち全員分の飲み物も持って練習室へと移動した。ギギっと立て付けが悪そうな音を立てる扉を開くと、先に居たらしい出演者が振り返った。


「あら、アンタたしか妹役の…」

「おはようございます。星影さん」


キーアは必死になって脳内から顔と名前のデータを引っ張りだした。たしか魔女役に友情出演する女優、星影セイラというレコード会社の社長令嬢だ。色気のある面とそれに似合った髪型、そして赤いワンピースはなんというか美魔女的に感じる。
彼女はキーアが持っていた飲み物のダンボールを見ると、ちょっと驚いた顔で言った。


「アンタ確かキーアとかいう外タレよね。意外と気が利くじゃない」

「ありがとうございます。」


練習見てあげるわ、というセイラの一言にキーアが目を輝かせると彼女はまんざらでもない様子で、台本を広げてキーアにその場でラストシーンを演じさせた。
一人芝居状態のそのシーンは本来童話の中には無い場面で、解釈は演じ手と監督、そして脚本家のそれれぞれの見方を合わせて、かつそれを客席にしっかりと届ける必要があるので、キーアが一番難しく感じていたものだった。
けれども、セイラの前で演じて見せたそれは今までのどれよりも上手くできたと思ったし、セイラもまた褒めてくれた。「意外と」という但し書き付きではあったが。



その後もセイラはやってきた役者で自分よりも劣ると思っている人を捕まえては、その人の一番むずかしいシーンを演じさせ、最終チェックを行なっていた。キーアは御礼を言ってそっと場を離れて準備に向かった。
監督に呼ばれ衣装担当に呼ばれしているうちに開演時間が迫り、控え室に役者一同が集まって円陣で気合を入れ、そして人魚姫の公演が始まった。



冒頭。
海の中の楽園から地上を見上げて夢を語る人魚姫に、キーアの演じる妹が諭しにやってくる。岩場と海藻をイメージして作られた舞台の上で、キーアは泳ぐようにあるく。


「お姉さま……またそのように、地上を見ていらしたの?」

「そうよ。私はいつか、あの地上へ行ってみたいと思うの。」

「なりません。お姉さまはこの国を継がれるお方。相応しい殿方はこの海の中に居られるのです。」


嘆きながら客席の方へ顔を向けた時、前から4.5列目に座った嶺二と博士、そしてさらにはシャイニーまでもを見つけ、キーアは嬉しくなった。博士と嶺二に挟まれて座っている、ミント色の髪の人が、例の友人さんだろうか?

その場で人魚姫とキーア、そして他数人の姉妹たちは歌をうたい、海の素晴らしさと未知の地上に対する憧れを歌い上げる。

その後、王子が溺れているのを人魚姫が助け、一目惚れをしてしまうシーンがあり、人魚姫は妹や家来たちを振りきって、魔女のもとへ足をもらいに行ってしまい、更に舞台は王子が港町へやってくるところへと変わっていく。
キーアの出番はしばらくお休みで、自らも演じているというのに、人魚姫のストーリーにハラハラして見入ってしまう。
最後、人魚姫は小さく歌を口ずさみながら、泡になって消えていき、その様子をずっと海の中で見ていた妹の一人が、悲しい歌を歌う。


---- 切なさは海の色 愛しさは海の色

---- 2つの青は交じり合い そして

---- いつか幸せになるはずだから


キーアにも、妹の気持ちが分かる。きっと女王がミッチャーダを気にいって、彼に着いて行ってしまったら、こんな気持ちになると思うから。
好きな人のために頑張って、そして死んでしまう。悲しいけれどでも、その人の幸せを願わずには居られない、切ない歌。その歌に次々と役者たちが入ってきて、最後には大合唱になり、メジャーへと転調して、舞台は幕を閉じた。






その後、今日一回だけの公演だったために打ち上げがあるそうだが、シャイニーに呼び出しされたキーアはノリノリだったセイラに丁重にお断りを入れてから慌ててシャイニング事務所の社長室へと向かった。
バタンとちょっと乱暴になってしまったが、社長室へ入ると、


「すみません、遅くなりました」

「待っていましたよキーアさーん。今日YOUを呼び出したのは他でもありません」


シャイニーの目がすぅっと細まった。


「お前と同郷であるカミュが日本へ来た目的を聞いているか?」

「いいえ、ただ女王の指示であることと、私の警護を兼ねているとしか聞いておりません」

「…そうか……。もう1つ、シルクパレスのお嬢さんに送った手紙が、受取拒否で返ってきた。理由は分かるか?」

「手紙…あぁ、恐らく国外からくる女王宛の手紙は全て返送されています。女王が国の外に出てしまっては、シルクパレスはすぐに雪に埋まってしまいますから」

「なるほどな…」


次に何を話して良いか分からなく困惑していると、ノックの音とそれを追いかけるようにして、日向が社長室へと入ってきた。大きな封筒を抱えている。


「お、キーア、良いところに居るじゃねーか」

「どうされました?」

「それはMEから説明しますぅ!ビックリしちゃダメダメよ」


シャイニーは「全くこいつは…」と愚痴る日向から封筒をひったくると、その中からチラシを引っ張りだした。ピンクや水色、可愛らしいパッケージのソレを見ると、


「HAYATOオーディション?」

「HAYATOというイメージキャラクターを演じる"15歳前後の少年"を募集していまマス。YOUにはこれに挑戦してもらいます」

「ノン!待ってくださいシャイニー!少年って書いてあるじゃない!」

「林檎さんの逆バージョンデース☆YOUには今後、少年アイドルとして芸能界デビューしてもらいマス」


横暴だ…というキーアの呟きは、ノリノリな学園長には届いていないようだった。ただ、日向の「まぁ諦めろ」という囁きにごもっともですと納得してしまった自分が悲しかった。









シャイニング事務所の寮、カミュはその自室で鏡に向かって小さく呪文を唱えた。それは知らない人が聞けばただのため息にも聞こえるだろうし、他の場所で使っても何も違和感がない。


「お久しぶりです、陛下」


カミュはすっとその場に膝をつくと恭しく鏡に挨拶をする。


『久しいの、カミュ。して、キーアはいかがしておる?』

「シャイニング事務所、及び日本の芸能界で地位を築きつつあります」

『良いことじゃ…して、特別に親しい者は居らぬな?』

「はい、今でも何か困ることがあれば私に相談しにくることが多いようです。」

『ならば良いのじゃ。……キーアに、妾のような思いをさせぬためには…他変わったことは無いようじゃな?』

「はい」


カミュの最後の言葉に反応するように、鏡の表面はすこしだけ波打った。







キーアはその後、林檎と嶺二と連れ添って買い出しに出かけた。まずは呉服店によってサラシを買い、ショッピングモールに入り男女共用の洋服を買い漁る。


「ねぇねぇ、これとか似合うんじゃない?」

「流石!キーアちゃんはやっぱり黒が似合うわよね〜」


キーアがお気に入りだと言って連れてきたゴスロリ系のブランドショップに入ると、本人よりも林檎と嶺二がノリノリで選びはじめた。この二人、女性とデートしたらとてもモテそうだ。


「んー、やっぱりこれでしょ!ショーパンとニーハイソックスの組み合わせ。男の娘の王道じゃない?」

「そうね、キーアちゃんの今までの普段着からもイメージ遠くないし、これにしましょ!」


本人の了解を得る前に、林檎が黒いショーパンと足のラインが出るようなフィットタイプの五分丈ズボン、さらには白と黒のブラウス1つずつとチョーカー、ベストと一緒に試着室へキーアを押し込んだ。


「ちょっと…嶺二も林檎もノリノリ過ぎです…」

「いいから着てみて!あと喋り方、気をつけてねん♪」


仕方あるまい…とキーアは覚悟を決めて着替えをさっさと済ませると、カーテンを開けて「どやっ」という顔で林檎と嶺二を睨みつけた。


「おぉおおぉお!」

「大丈夫よキーア、どっからどうみても男の子だわ!」


女に見えないというのはちょっと寂しくもあるけれど、まぁ、良いだろう。これがシャイニーの指令だし、何より性別を隠してアイドルをするというのは楽しそうだ。キーアは着替えた服をそのまま着て帰れるように支払いを済ませて紙袋を貰った。
その後は3人で軽くお茶をしに、小さな喫茶店へと入った。嶺二の飲み物が半分くらいに減った時、彼の携帯が鳴った。離席しようとした彼を別に良いよとその場で出させる。


「はいはーい、嶺ちゃんです。どしたの?」


数秒後、彼の顔が強張った。


「そう、分かった。明日、キーアちゃんとそっちに行けば良いんだね、了解」


自分の名前が出てビックリして嶺二を見ると、寂しそうに笑い、電話を切った。


「明日、博士と3人でシャイニーさんに会いに行くよ」

「分かりました…何時にどこに?」

「10時に事務所だって」

「了解です」

「なんでも、今準所属状態だから、正所属に契約変更するために来て欲しいんだって。あと会わせたい人が居るらしいよ」

「会わせたい人…?」


シャイニーの思いつきだろうから明日のお楽しみねとはしゃぐ林檎にケーキを奪われながら、
3人は楽しくお茶をして、結局夕飯も一緒に食べて寮へと帰ることにした。




第五話、終。



_