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第二章「IDOL」


第38話「隣人ですので」




ぴんぽーん


「はーい」


学園寮よりも大分しっかりとした音が鳴る扉へ駆けていくと、キーアはドアスコープを覗いて笑顔になった。がちゃっと良い音とともに扉をあけると、青っぽいカーディガンに黒いパンツでシンプルに格好良く決めた聖川が立っている。


「いらっしゃい、聖川さん。お引越し完了です?」

「あぁ、その挨拶に来たんだ。この寮ではせっかく隣同士になれたのでな。キーアが知っているかは分からぬが、日本では引越ししてきた者がご近所の方々に蕎麦を配る習慣があるんだ。」

「和を大切にする国らしい習慣ですね。」

「もし時間があるのなら、一緒に昼食を作らないか?簡単だが蕎麦のほうも教えよう」

「はい!是非お願いします!」


蕎麦の箱を持っていた聖川を部屋に通し、学園寮で教わった緑茶をいれて出すと、聖川は大変に喜んで褒めちぎりながら口にした。どうも自分が教えたものをちゃんと継続していることが嬉しいらしい。
確かにクラスメイトの一十木や四ノ宮も、言ったことはすぐに右から左へ抜けそうだ。なんだかみんなのお母さんみたいだと言うと、彼もまた間違っていないと笑う。
ちょっとだけおしゃべりをしてからエプロンをつけようとした時、またチャイムがなった。


「今日はお客さんが多い日ですね。」

「勝手場を見ても良いだろうか?準備しておくので行ってくると良い」

「分かりました、お願いします」


はーいと玄関に返事をしながらパタパタと小さく走っていき、キーアは特にドアスコープを覗いたりはせずに扉を開け、





どーん



と効果音が付きそうなほど視界いっぱいに広がったバラの花に襲われた。


「やぁレディ。」

「こんにちは、レン。で、どうして僕に薔薇をつきつけるんです?」


バラの向こうから顔を覗かせたレンが器用にウインクを飛ばしてくる。絵に書いたらハートが飛んでくるんだろうなと思うような眺めだ。


「今回の現場で美味しい和菓子屋さんを聞いてね、一緒にどうかと思って買ってきたんだ。ほら、水羊羹」

「水羊羹!!どうぞあがってください!」


お菓子につられるなんて厳禁だなと思いながらもレンを家にあげて、そこで、あっと気づいた。


「レン、お蕎麦は食べれますか?」

「ん?もしかして昼食のお誘いかな?」

「キーア!塩はどこだ?」


キッチンまで声が聞こえるところまで入ってくると、タイミングが良いのか悪いのか聖川が声をあげた。
途端、予想通りにレンが顔をしかめた。


「どうして聖川が居るんだ?」


舌打ちまじりのその声に、聖川もリビングへ出てきた。いつのまにやら着ている割烹着が良く似合う。


「なっ!神宮寺!?貴様なぜここに!」

「聖川こそ、どうしてキーアの部屋に?」

「俺はただ、引越しの挨拶で蕎麦を持ってきたので、共に昼餉にしようと思ったまでだ」


昨晩の藍とカミュにひき続いて、また男の人の喧嘩を見ることになってしまうのかと、キーアは怖怖と二人の顔色を伺った。
すると頭の上にぽんとレンの手が乗ってきて


「まぁ、キーアの前で言い争うなんてスマートじゃないこと、しないよ。怖がらせてしまったら嫌だからね」


キーアの昔話をしっかり覚えていたらしいレンは、ぽんぽんと頭をたたいて一人で大人しくリビングで待つことにしたようだ。キーアが買ってきたファッション雑誌をパラパラとめくり始めた。


「さ、聖川さん、さくっと作りましょ!」

「そうだな。もうすぐ4月で暖かくなってきたことだし、大根おろしで食べるのも良いだろう。が、お前は初めてなのでな、普通の温かいものと2種類用意しようと思う」

「はい、よろしくお願いいたします、師匠!」















聖川に手伝ってもらいながら作った蕎麦は案外直ぐに完成した。
ざるそばの上に大根おろしの山、その上からさらにネギと鰹節、しらす。ワサビの効いた和風の味付けがとても美味しい。

のだが、


「神宮寺!!貴様…それではせっかくの蕎麦が台無しだろう!そのように大根おろしが真っ赤になるまでタバスコと七味唐辛子をかけるなど…」

「大根もタバスコもワサビも七味唐辛子も辛い。何の問題もないだろう?」

「素朴な味わいが魅力の料理だというのに!!…キーアからも何か言ってやれ!」

「えっと…ちょっと味見させてください」

「そうではない!!」


喜んでと差し出されたレンの蕎麦を一口貰うと


「あ、美味しい」


聖川が白目になった。


何としても隣同士や向かいあわせに座りたくなかったらしい彼等は対角線上に座っていて、キーアは聖川の隣、レンの正面に座っていた。なんだかカミュと藍の諍いを思い出して、ちょっとおもしろい。どうして男の子ってこんな風にすぐ言い争いをしたがるのだろう。


「な……キーアは此奴の味覚についていけるのか…?」

「はい、僕も辛いの嫌いじゃありませんし。兄代わりの人がその…極度の甘党でして、紅茶一杯にシュガースティック8本とか入れる人だったので」

「なるほど、慣れてるんだね。刺激的な味覚の持ち主、会ってみたいよ」

「お仕事で一緒になれるように取り計らってみますよ。お二人の声の相性は抜群だと思うので、お色気むんむんな曲を歌ってほしいです。」


激辛派と激甘派のコラボ楽しそうだなぁと考えながら頭の中で曲を作りながら、3人での楽しいお昼ごはんはあっという間に終わってしまい、食後のお茶を楽しんだレンと聖川は部屋の片付けもあるからと帰ってしまった。

3人分の片付けをしながら、キーアは考えた。やっぱり聖川よりもレンと居るほうがドキドキするし楽しいし、音楽もたくさん浮かんでくる。だからやっぱりパートナーとして聖川よりレンのほうが向いていたのだろう。
けれど、藍と比べた時、どうだろう。音楽の溢れてくる具合、感情の起伏、降ってくる歌詞、ひらめくメロディ。全部全部、藍と居る方がコンディションが良いような気がする。

何故だろうと考えた時、色々な理由は思い浮かぶけれど、やっぱりこれが恋なのだろうかと考えてしまった。

けれど藍はロボで、戸籍もなく、成長もせず。歌の相性がピカ一である自信は持てるけれど、それが恋なのかは分からなかった。

結局またむしゃくしゃとわけの分からない感情に負けて、キーアは寝る前のココアを飲んでからベッドに入った。







第38話、終。








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2013/02/28今昔
こういうほのぼのしたシーン好きです。






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