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第二章「IDOL」


第36話「引越しですので」




3月に入り、ようやく藍と予定が会った今日。ひな祭りのお菓子がスーパーやコンビニに並んでいる光景は、やっぱりキーアをとても不思議な気持ちにさせてくれる。

この国は多文化的で外来の文化を拒まず受け入れ、そして自分たちなりにアレンジしてしまう。そしてこの国の行事として取り込んで楽しむという風潮にある。けれどこの国独自の行事も廃れることは無く残っているのだ。

キーアは個人的に、夏祭りとお月見、そしてこの桃の節句が好きだった。
あとはお花見もだろうか。

待ち合わせの場所は早乙女学園の敷地内にある庭園で、もう春も近いんだよと言わんばかりに花々が咲き乱れ、小鳥たちがはしゃぎまわっている。


「おはようございます。冬の間、元気にしてましたか?」

「鳥に話しかけるなんて、相変わらず存在がファンタジーでメルヘンだね」


目の前まで飛んできた小鳥に話しかけていると、正面から藍がやってきた。小鳥は藍に驚いたのかどこかへ行ってしまって、キーアはちょっと寂しく思いながら相変わらず綺麗な顔立ちの藍に向き直った。


「お久しぶりです。それと、お誕生日おめでとうございました」

「そっか、ボク、誕生日だったんだよね」

「そうですよー。ということでプレゼントを用意してみました」


ワインレッドの紙袋を手渡すと、藍はさっそく中から箱を取り出して、力の加減が上手く調整出来ないのか、そうっとそうっと包装紙をめくっていく。


「これ…桜?」

「はい!白い桜って藍のイメージにぴったりだと思うんです。」

「……あり、がとう………」


藍は白い桜のブローチを見つめたまま固まってしまい、何事かと心配して顔を覗くとほんのりと頬を染めて口角をあげた顔をしていて。


「藍?」

「これの感情は、幸せに分類すれば良いの?でも今まで幸せと認識してきた感情とは明らかに違う。でも他に分類すべきカテゴリがわからないんだ。」

「感情のカテゴライズに不備ですか?」

「不備?バグなの?この感情は…」


切なげな伏し目で問われ、キーアは思わず藍の手を取ると優しく問いかけた。


「大丈夫です!一緒に紐付けしましょう?どんな気持ちなのか、僕に教えてください」


藍は突然手を掴まれて驚いたのか、目を見開いたままどうにか口を開き、


「キーアにプレゼントを貰ったことが、というか、誕生日を祝ってもらったのが嬉しい。ボクのことを考えていてくれたという事象に感動した。同時に、他の人の誕生日も、同じ様に笑って祝ってるのかと思うと、苦しい」


キーアを盛大に困惑させた。

そんなことを言われたら困る。
だって藍はパートナーなのだ。大切で掛け替えの無い、AADの片割れ。
キーアの運命共同体で、変えの利く存在ではないのに。

そんなことを言われてしまったら、











言われてしまったら?
どうなるんだろう。


「僕も、その気持ちが分からない程ウブじゃないです。」


藍はやんわりとキーアの手をほどくと紙袋にブローチを戻して仕舞うと、もう一度キーアの手をとりなおして歩き出した。
外へ向かう方ではなく森の奥に向かい始めたのでキーアも特に何も言わず、二人共無言のままで歩き続けた。


「藍。その処理出来ない感情、嫌…ですか?」


ゆったり進みながら聞くと、藍は無言で首を左右に振る。


「直ぐに、答えを出さないと駄目ですか?」

「……キーアの存在はボクの中で優先順位が高いんだ。理由は色々あると思う。ユニット組んでるし、性別を隠さなくちゃならないし。」

「……そうですね。僕の教育という意味でも、有資格者の中で位置づけは高かったと思います。」

「だけど…今は博士やレイジなんか比じゃないくらいに優先度が上がってるんだ。ボクだって知識としてこの感情に名付けるべき名前は知ってる。でも…」


藍はそこで立ち止まると、キーアの手を引いて自分の前に押し出し、そこにあった景色を見せつけるようにした。


「わぁ……綺麗…」


木々の生えていない場所が自然に丸く出来たその場所には、まだ3月とは思えない程、外界よりも色鮮やかな花が咲き、気の早い蝶々も飛んでいる。
新緑と呼ぶにはまだ早い枝ぶりの間から溢れてくる陽射しが、柔らかく一帯を照らしていてまるで春の妖精が飛び交っているように見える。


「もし、本当にこれが"恋"や"愛"という感情だったとしても」


藍はその光の中に進み出ると振り返った。それはまるで天使が舞い降りたように見えて、太陽も花も、この綺麗な景色が藍のために存在しているような錯覚。

僕はどこのゲームのヒロインになってしまったんだろう。キーアはそんなことを思いながら、夢を見ているような変な感覚になった。
藍は何も言い返さなかったことなんて気にしてないようで、キーアの手をとるとそのままふかふかの芝生になだれ込んだ


「ちょ、ちょっと!!藍ってば何するんですか!」

「あははっ!楽しいんだから良いでしょ?」

「精密に出来てるんですから体を労ってください!」


藍はそんなキーアを見て楽しそうな表情を見せると、
ころんと仰向けになって空を見つめ始めた。


「〜♪〜〜〜♪〜〜♪」

「あ、綺麗なメロですね…青空みたい…」

「それじゃぁ、この曲にはキーアが歌詞をつけてみてよ」

「ん………」


キーアは藍と同じように空を見上げて、ふっと思い浮かんだ言葉を羅列してみる。
意外と拍あまりも無くはまったそのセリフを、ポンポンとメロディに乗せて呟いてみた。


「Best Friend? Into the SkyなHeart of Gold
 行方はDon't know why…知らずSea-Breeze」

「……Sleepy,Nostalgia Lullaby」


そうして二人で、流れていく雲を見上げながら小さく歌うとお伽話の登場人物になったようなのどかな気持ちになる。キーアと藍はお腹が空くまでそうして歌い、二人でカフェに入って軽食を摂ると、学園寮から事務所寮へと戻るために荷造りを始めた。

誕生日をしっかり覚えていたお陰か藍も自ら手伝ってくれ、キーアの荷造りはほんの2時間程度で終了してしまった。


「本当に、物少ないね。それでも本当に女の子なわけ?」

「五月蝿いです、部屋に何を置くかなんて人それぞれですよ」

「にしても、観葉植物以外は全部授業や仕事に関するものばかりって、リューヤもびっくりの仕事バカだよね。」

「藍も人のこと言えませんけどね」


ダンボール数箱に収まっている荷物を学園寮の前まで運ぶと、迎えに来てくれた嶺二の車で事務所寮へと向かう。
嶺二と藍はそのまま同じ現場に向かうらしく、荷物を下ろすとさっさと行ってしまった。そんな暇で無い日に自分に会ってしかも引越しの手伝いまでしてくれた藍にしっかりとお礼をしなくては、とキーアは心に誓った。


「やぁキーア。のんびりなご到着だったね」


寮からの声に振り向くと、同じく今日引っ越し予定だったらしいレンがラフな私服で出てきた。ピンクや灰色でまとめられた服装は、春っぽくて素敵だ。


「あ、レン!はい、ちょっとAADのミーティングをしていまして…」

「じゃぁ荷物を運ぼうか。持つよ」

「ありがとうございます。」


レンに手伝ってもらい入学前まで暮らしていた部屋に荷物を運び込み、とはいえ二人で2回に分けてすぐに運び終わったので、キーアはレンをお茶に誘った。レンの好みに合わせてお茶を入れて、最近定期的に焼いているクッキーを出すと、彼は嬉しそうにピンク色の袋をテーブルの上に載せた。


「可愛い袋ですね。もしかしてこの後デートだったりしました?」

「まさか。準所属とは言えどもアイドルなんだ。もう誰かとデートしたりなんてしないよ。もっとも、キーアがお相手なら別だけどね」

「からかわないでください。傍から見たら男同士ですよ」

「女装したら別人に見えるから大丈夫じゃないかな?」

「レン!」


冗談だよと笑う彼に、もぅと小さくため息をつくと、目の前に白い何かが差し出された。ちょっと身を引いて見てみると、可愛らしいテディベアがミント色のリボンをつけられて、小さいサックスのペンダントをさげていた。


「わぁ、可愛い!」

「どうぞ、オレからレディへの引越し祝いだよ」

「え!!いいんですか!!」

「もちろん。ベッドで一緒に寝てくれると嬉しいな」


白とミント色のテディベアはなんだか藍にそっくりに見えて、キーアは喜んでベッドで寝る約束をした。どうもレンは、キーアのスマホケースを見てお気に入りのブランドだと気づいていたらしく、わざわざ専門店まで買いに行ってくれたそうだ。


「それにしても、よくスマホケースで気付きましたね」

「あれだけ一緒に練習していればね。AADのキーホルダー、よく大事そうに見てただろう?」

「そんなに取り出してました…?」

「ふふ、そうだね。最初は携帯依存症なのかとも思ったけど、困ったことがあるとキーホルダーを握っていたから。大事なんだろうなってね」


どうも自分で気づかないうちに色々なクセが出来ていたらしい。
なんだか気恥ずかしくて、キーアはもう一杯レンに紅茶のおかわりをついでごまかした。






第36話、終。






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2013/02/25 今昔
もうすぐ学園編終わり……たい…
回収できなかったフラグたちは3章に持ち越します。






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