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第一章「猩々緋の瞳」

第三話「ミッチャーダ」




午前中に帝王学の授業を終えて、美味しい昼食を摂り、キーアは女王と二人で庭に出てきていた。シルクパレスはこの自分と然程変わらない年齢の女王が居なくては、すぐに吹雪に埋もれてしまう。従って、四季の移り変わりによる気候の変化も薄く、年中雪景色が楽しめる。
最も、国外の人間からしたらとんでもなく住みづらいのだろうけれど。


「キーア、あの鳥の名前はなんじゃ?」

「あれはツバメ。季節によって暖かい場所に移動する鳥だから、この国で見るのは珍しいかもしれない」


もともと読書家なキーアに知らないことを聞いて覚えるのが楽しいのか、時折女王は無邪気に質問を投げてくる。この前は「抜く」とは何かと聞かれて随分困った。結局諦めてカミュに投げた所、彼もまた困ったように微笑むだけで女王を怒らせていた。


「陛下、キーア。そろそろお戻りになりませんと、謁見のお時間になります」


庭に出てきたカミュに呼ばれ、二人は手を繋いで室内へと戻った。女王の話を聞くと、この国を守るために城から出ることが出来ぬ身がどれほど辛いかが分かった。誰も友達が居ない、地位が欲しくて取り入ろうとする大人も居て、孤独で。キーアやカミュが居るから大丈夫なんだと、そう言ってくれた。
キーアは女王が謁見のために赴くのを見送ると、カミュに誘われ自室でお茶をすることになった。

メイドたちが用意してくれたピーチティーを飲み、他愛もない会話を楽しむ。カミュが居るとその空間が落ち着いて、とても居心地が良いのでキーアは彼とお茶をするのが好きなのだ。


「ところで、キーアは何故男の俺が平気なんだ?」

「…なんだか凄く失礼なことを言うかもしれないけれど……」


カップを置いて、少し言葉を選んでから言う。


「年齢が年齢ということもあるけれど、そういう欲が無さそうに見えるんです。」

「……まぁ、確かに同年代の男に比べれば無いのかもしれないが…」


ちょっと複雑な顔をするカミュの眉間にうっすらシワが寄る。あのシワを指でグイグイと伸ばしてやるのが日課だが、今はそっとしておこう。カミュもキーアもまだ10やそこらの年なのだ。そのうち眉間も平たくなるだろう。


「何にせよ、お前の側に気兼ねなくよれるのであれば問題無いな」


小さく呟いたカミュの言葉に、小さく胸がときめいたのはキーアだけの秘密だ。




その後、謁見が終わったからまた庭に行こうという女王と共に、雪の中をサクサクと進んでいた。回りは少し吹雪いているけれど、女王の力で二人の回りは快適だ。それでも歩きづらい時は、扱いに慣れてきたキーアの魔法で少し溶かして進んでいる。
城の門扉の近くまでやってきた時、視界の端に黒い塊が映ったような気がして、キーアは足を止めてじっとそこを睨みつけた。何もなければそれでいいし、万が一侵入者だったら警備の者に連絡をしなくては。
女王と常に共にいる身として、年不相応な程の責任感を感じていたキーアは女王の服の裾をつかんで、そっと黒い影を指さして見る様に伝えた。


「あれはなんじゃ?」

「分からない…もうちょっと近づいて見てくるから、待ってて」


熱波で吹雪をやり過ごしながら、キーアは慎重にソレに近づいた。近づく程に形がはっきりし、それが倒れている人だと見えた。この吹雪の中で倒れているなんて!生死に関わるんじゃないかと慌てて走りだすと、女王もその様子に気づいたのか急ぎ足で寄ってきた。
倒れている人を屈みこんで見てみると、恰幅の良い異国の男性だった。キーアは冷えているからいけないのだろうと、3人の回りに暖かい風を起こして、異国の人の樣子を見た。


「おい、大丈夫か?起きるのじゃ」

「ともかく、誰か呼んで暖かい場所と食べ物をあげないと…寒さで弱ってるのかも」


キーアがそう言えば、女王は慌てて近くにあった食堂の扉を叩きに行った。風で会話は聞こえないが、食堂を取り仕切る婦長さんが驚いた顔でこちらを見て、そして直ぐにフットマンを呼び寄せてくれた。


「キーア様、その者から離れて下さい。僕がお運びいたしますので」


礼儀正しそうなフットマンはキーアの男嫌いを知っているのか、ある程度離れるまで待ってからその男性を引きずるように食堂へ運び入れた。
その後、厨房は鍋をひっくり返しそうなほど騒がしくなった。なんせ女王とキーアという国のトップが二人も居るうえに、彼女たちが"拾い物"をしてきたものだから、婦長さんは「困った子たちだ」と言いながらも楽しそうにお粥を作っていた。

キーアは思わず作るのを手伝おうと、お皿を取り出して料理人たちの側にそっと置いたり、洗い物を集めてシンクへ移動させたりと働いていた。


「なんじゃキーア、随分と手馴れておるのう」

「昔のお家に居た時には、よく執事と一緒にやってたのよ」


セバスチャンは体術だけでなく、料理や裁縫も教えてくれた。彼は今、別の貴族のお屋敷で働いているらしい。


「ですが、私達の心臓に悪いのでキーア様は座っていてくださいな」


婦長に軽々と抱きあげられて、女王の隣に座らされてしまったキーアは私だって働けるのにと口を尖らせた。


「だめじゃ、キーア。妾とそなたはこの国では高貴な身分。働いてしまうとな、メイドや執事たちはそれよりも働かねばと、もっと忙しくなってしまうのじゃ」


女王のセリフになるほどと思ったキーアは大人しく座っていることにした。楽にしてあげるためには、どうも我慢も必要なようだ。




キーアと女王が手伝わせてくれたのは、異国の男性のお見舞いだった。庭で小さな花を摘み取って、寝かせたベッドサイドの上に飾っておく。そして目が覚めるのを今か今かと二人は待っていた。いつもお城の中で暮らしていると、どうも「外」というものが新鮮に感じるのだ。


『ん……んん〜?ここはどこだ?』


異国の言葉で呟いた彼は、どうやらちゃんと目を覚ましたようだ。キーアが慌てて婦長を呼びに行って戻ってくると、既に男性は身なりを整えてベッドに腰掛けていた。


「よぉ、あんたがもう一人の恩人だな?」

「キーア!彼はの、ミッチャーダと言うそうじゃ!」

「ミッチャーダ?……どこの国のお方かしら?」


気を失っている間は平気だったが、目が覚めてしまえば男性は男性で。キーアはある程度距離をとって慎重に丁寧に聞いてみた。


「なに、オレはちょっと旅をしていてな。日本から来ているんだ」

「日本とはどんな国じゃ?話を聞かせてくれ、ミッチャーダ!」


その日から、女王はすっかりミッチャーダに懐いてしまい、勉強の合間には彼を連れ回して散歩をしたり彼が旅した国々の話を聞いて過ごすようになった。つまり、彼に近づけないキーアとの時間はどんどん減っていき、キーアは空いた時間にはずっとカミュの部屋や図書室にこもるようになっていた。


「カミュ、このお茶美味しいです」

「そうか、ではこれからはキーアの分にはこの茶葉を使わせよう。同じ茶葉を使ったクッキーもある、夕飯に差し支えない程度に食べると良い」

「はい。ありがとう、カミュ」


ある日、キーアがテラスでカミュと二人、午後のお茶を飲んでいると、庭で話をしているのか女王とミッチャーダの声が聞こえてきた。


「日本にはな、"アイドル"ってーのがあるんだ」

「あい…どる?」

「そうだ、皆に夢と希望を与える、凄いやつらのことだ。オレはそれになろうと頑張ってるんだ」

「ミッチャーダは夢と希望なのじゃな!」


"アイドル"という聞きなれない言葉は、何故かキーアをも魅了した。その日からキーアは必死に多国語を学び、シルクパレスの言葉からあまり仲のよく無い母の故郷の言葉、英語、フランス語、中国語、日本語。
幼い頃から"忌み子""悪魔の子"と罵られていた反動なのか、そのアイドルというものはキーアの心をぐっと掴んで離さなかった。私もなりたい、そう思わせるだけの力があった。


それからしばらく後、ミッチャーダはシルクパレスを去った。その日女王は、「ミッチャーダがフミーダをくれるのだ!」と散々自慢してきた。どうも「言葉では伝えきれない思い」を伝えるための手段らしい。

フミーダとはもしや文のことかと思ったけれど、恐らく国の重鎮たちは女王が外の世界に憧れないように、必死に外部との接触を無くすだろうから、きっとその文----手紙も読めないのだろうなと寂しくなった。
けれど女王のささやかな楽しみを奪うのもなんだか気が引けて、キーアはただ、良かったねとしか言うことが出来なかった。





二人はまた、一緒に勉強をし、成長し。そして気がつけばもう立派な年頃になっていた。最初の頃はカミュと然程変わらなかった身長も、今ではキーアの方が遥かに小さい。この時期になるまで気が付かなかったことは他にもあって、なんとカミュと女王はキーアよりも年上だったのだ。


「だからといって、そんな顔をするものではない。」

「でも、同い年で仲良しの3人だと思っていたんですもん」

「そもそも、キーアの出生年については詳しく書類が残っていない。もしかしら1つしか違わないかもしれないだろう?」

「でも〜」


今日は女王の誕生日で、今夜は豪勢なパーティが行われる。そこで改めて女王の年齢を聞いてみたところ、それが判明したのだ。ここで5年以上一緒に暮らしていて、年齢を知らなかったというのもおかしな話なのだが…。


「そう拗ねるな」


天蓋付きベッドの支柱にもたれていると、カミュがその支柱と反対側に腰掛けて、上からキーアをぎゅっと抱きしめた。そして首元に顔をそっと埋めて、ささやいた。


「拗ねるなと言っている。歳が離れていようとも、俺がキーアを置いてどこかに行ったりすると思うのか?」


そんなことはない。例えミッチャーダという異国の人に女王が着いて行ってしまった時も、彼はずっとキーアと一緒にいてくれたのだ。そう思って首を左右に振ると、カミュは満足そうに少し頬ずりをしてからキーアの額にキスをした。


「分かったら、早くパーティの支度をしろ。メイドたちが部屋に入れてもらえないと嘆いていたぞ」

「うん、わかった」


キーアの着替えのため部屋を出ていこうとしたカミュが、入り口で思い出したように立ち止まると、振り返って優しい笑みをたたえて言った。


「そうそう、前に俺と揃えて誂えた銀色のコサージュがあっただろう、あれを付けれるようなドレスで来い。ダンスのパートナーは俺以外に認めないからな」


ダンスのパートナーと認めてくれたのがとても嬉しくて、キーアは張り切って着替えをすることにした。メイドたちもやりがいがあるのか楽しげだ。
銀色のコサージュを使いたいがために、キーアは黒地に赤いレースの使われた誕生日パーティには少し地味かもしれないシンプルなドレスにした。主役は女王だし、彼女は白と紫を着てくるだろうから、対比が良い感じになると思ったのだ。
銀色のリボンを腰の上がりに巻いて、それをコサージュで止める。髪の毛もアップにして赤と銀のリボンで結べば完璧だ。


「カミュ様をお呼びしますね」

「お願いします」


メイドが扉を開けると、ちょうどそこにカミュが来たのか、サッサと軽い足取りで彼が入ってきた。白を基調に差し色で黒が入った正装は、顔立ちが良いカミュに良く似合っていた。きちんと胸元に銀色のコサージュもついている。


「ふん、良いだろう。俺のパートナーとして申し分無いほどには似合っているぞ」

「ありがとう、カミュ。あなたもとても格好いい」


こんなに格好いい人が自分の兄のようにずっと側に居てくれることに、キーアは感謝しながらその腕をとって広間へと向かった。





第3話 終。



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