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第二章「IDOL」
第35話「僕らの未来地図、ですので」
「皆、卒業オーディションお疲れ様です!!それじゃ…」
「「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」」」
カチンとコップの打つかる音がする。
本来、グラスが割れるのを防ぐために乾杯は軽く手を持ち上げるだけなのだが、それをしたのはその部屋に居た中でレンとキーア、そして聖川だけだった。
卒業オーディションの翌日。年越しパーティーの時のようにいつものSクラスの4人とAクラスの6人は集合していた。来栖と一十木の思いつきで打ち上げパーティーをすることになったのだ。
それと同時に、卒業オーディションのDVD鑑賞会でもあった。キーアが打ち上げの話を日向にしたところ、だったら見ると良いと言ってDVDを貸してくれたのだ。
「それにしてもさ、トキヤの歌、凄かったよね〜」
「あぁ!あんな熱の篭った歌、歌えるなんてちょっと意外だよな」
「大きなお世話です」
「でもさでもさ、あれだけガチに歌えるってことは、一ノ瀬さん、好きな人いるんじゃないの〜?」
「渋谷さん、その口ガムテープで塞ぎますよ?」
「トキヤくん女の子になんてこと言うんですかもぉー!」
相変わらずレンとキーア意外には冷たい態度もとる彼を止めて、キーアはDVDに視線を戻す。確かに、普段の彼からは想像も出来ないような歌だったが、
「そんなこと言ったら、一十木だって結構な歌、歌っちゃってますよね?」
・・・・・・・
沈黙が降りた。
すると頭の上に豆電球を発生させた友千香が、ポテチを片手に持ったまま言う。
「そうよ!キーアってばクリスマスパーティ居なかったじゃない!知らなくて当然だったわ……」
はぁとため息をつく友千香の後ろで、なにやら七海が恥ずかしそうにもじもじしていた。
「実はね、俺、クリスマスパーティで園長先生に啖呵切ったんだ。『アイドルは恋愛ご法度なんておかしい』って」
「君の方がよっぽどおかしいので安心してください」
「ええええ!!キーア酷いよ!!」
あのシャイニーに楯突くとはいったいどんな図太い神経をしているのだろうか。様子を見るに想い人は七海なのだろうし、何も彼女に茨の道を歩かせなくてもと思う。
「だいたい、恋愛がNGな理由なんて誰だって分かることじゃありませんか。何の理由も無く、シャイニーがルールを作ることなんてありませんよ」
キーアが至極真面目に言うと、さらに場の空気が固まった。
「え、僕なにか変なこと言いました…?」
「ボスの考えがしっかり理解出来る人なんて、キーア以外に居ないだろうからね。あまりにショッキングな出来事だったんで皆固まってるのさ」
「あ、だって恋愛ご法度なんて、わかりきったことじゃありませんか。」
いくらキーアが、ファンが不快に思うこと、ライバルにつけいる隙を与えないことを話しても、結局反論しなかったのはトキヤとレン、七海だけで、他の人にはただそんなのは時代遅れだと言われるばかりだった。
「もう!だからどうして言葉の上辺だけしか見てないんですかぁ〜!!」
「キーアさん、落ち着きなさい。」
じたばたしていると、トキヤに後ろから羽交い絞めにされるし、本当にもう散々だと叫びだしたくなった。
「HAHAHA〜!キーアさんの言うとおりデース☆」
ぱりーん
トキヤと一十木の部屋の窓が砕け散った。今更突っ込む気になれないキーアと、元来ノリの良くないトキヤ以外は思い思いにコントのノリで突っ込んでいたが、シャイニーは「ダイジョブダイジョブ!」と言い放って、キーアに茶封筒を差し出してきた。
「YOUの卒業式後のスケジュールで〜す」
「あ、ありがとうございます。………って休む暇無っ!!!藍でもここまで仕事入れてきたことありませんよ!?」
そこにはまさに分刻み、というか秒刻みで刻まれた一週間分のスケジュールがあり、背後に居たトキヤでさえも「あぁ…」と吐息を漏らす程の量だった。
「若い時の苦労は買ってでもしろデース☆」
「でも、これじゃぁトキヤくんとレンのサポートはどうすれば……」
言うと、シャイニーはむむっと黙りこみ、キーアはこれ絶対忘れてたよねと、ちょっと冷たい視線を向けて熱波を飛ばす。
「ミスター神宮寺とミスター一ノ瀬はその1週間の間、『アイドルたるもの笑顔を絶やすな!シャイニング流アイドルトレーニング 華の巻』に挑戦してもらいまーす!!」
コイツ絶対今考えた…!!
その場に居た9人のアイドルと一人の作曲家の心は重なった。
「とーもーかーくー!!芸能界の各所からAAD活動再開に伴い依頼が増えてるのデース!!CMソングだけでも4本ありマース。YOUの真価が認められているのです、頑張ってちょーだーい!!」
それだけ言い残すと、シャイニーはまた割った窓からジェット噴射機能のついた靴で飛び去っていった。
「なんだったんだ、一体……」
一十木の声に答えたのは、各自の「さぁ…」というため息にも似た声だけだった。
キーアが改めて茶封筒を開けると、中にはモデルの仕事の用紙が入っていた。張られた付箋には日向の字で「一ノ瀬と神宮寺に見せろ。んでやらせろ」と書かれており、背後から覗き込んでいたトキヤがその募集要項をキーアの手から抜き去った。
「レン、どうやら私たちにも指令が出ているようですよ。」
「オレにも?……なるほど、モデルねぇ………。」
二人の様子に、というよりも、自分たちよりもだいぶリードしているように見えるキーアとそのパートナーたちを見て、回りのメンバーはほんの少し焦りを感じてるようだ。
もっとも、セシルに関してはそのあたりの常識に疎いせいか、「もうお仕事!素晴らしいです!!」と感激しているだけだった。
そして卒業式までの1週間。
キーアたちは純粋に残りの学園生活を楽しんでいた。Sクラスでもペアが居なかった、もしくは実力不足などの理由でシャイニング事務所の所属にはなれなかった生徒もおり、キーアはもっぱらそんな生徒たちの相談役に回っていた。
人によっては星影セイラの父親がやっているレコード会社の事務職を進めたり、神宮寺財閥系列の運営しているアミューズメント施設のイベントスタッフだったり。
他にも知っている事務所の名前を教えて資料収集を手伝ったり普通科の高校に通い直す提案をしてみたりと大忙しで。気がつくとあっという間に卒業式当日がやってきていた。
階段からSクラスの教室に向かうまで、各クラスの特色が見て取れてキーアは笑った。
EやDクラスはシャイニング事務所に所属する生徒が居ないせいか、楽しかった!俺たちよくやった!とよく学園もののドラマであるような風景だったし、Cクラスは誰かがコントでもし始めたのかどっと笑い声が聞こえ、Bクラスの中からは泣いている女の子を慰めるのに必死な空気が流れ出ていた。
Aクラスはノリの良い人たちが皆の緊張と不安をほぐして回っているようだった。
そしてSクラスの教室にはいると、
ぱ〜ん
クラッカーが弾けて紙吹雪がキーアの上に降り注いだ。
「キーア君、
一年間ありがとー!!!!」
幾人かの女子生徒の掛け声の後に、教室中が拍手に包まれた。
「え?…え?」
「一年間、私たちのクラスメイトで居てくれてありがとう!」
「もうプロデビューしてるのに上からな感じも無いし」
「普通にクラスメイトしててすっごく楽しかったの!」
「だから、感謝の気持ちを込めて、Sクラスからのプレゼント!!」
女子生徒たちから差し出された真っ白な紙袋の中を見ると、
黒と白、そして灰色を基調にした洋服が入っていて、ちょっとしたお出かけにも
もしくはバラエティの撮影なんかにも使えそうなものだった。
「い、いいんですか……?」
「もちろんだよ、キーア」
「もちろん、私たちからは別のものを用意させていただきましたよ」
人混みをかき分けて出てきたトキヤとレンがキーアの両側に立った。レンはキーアの右手をそっととると、水晶とローズクォーツで出来たブレスレットをはめてくれた。そしてトキヤは左耳にイヤーフックをかけてくれて、手で確かめると8分音符の形のようだった。
「ふ、二人も…そんな気にしなくて良いのに……」
「これからもよろしくねっていう」
「私たちの大切なパートナーですから。」
「そして、僕達Aクラス有志からもプレゼントがあるんです」
教室の前の方に設置されたピアノの所から、四ノ宮が声を張り上げた。ぱっとそちらを見やると、ピアノ椅子の上に七海が。そしてそれを囲むように一十木、聖川、四ノ宮、友千香、榊、来栖が居て、七海は全員とアイコンタクトの後に伴奏を奏ではじめた。
---- この広い星の中 僕らは何故出会って 空を見上げてるんだろう
---- 幾千の時を超えて 一つのメロディ今日を知ってたような
柔らかい曲調は七海のもので、繊細なのに綺麗に整った歌詞は四ノ宮と聖川、それにトキヤがメインで書いたのだろうとすぐに分かった。
---- Willbe…
---- 心の奥を
---- Maybe…
---- 照らしてあげる
トキヤとレンもピアノの方へ戻っていき、その合唱に加わる。
---- Makeyourhapiness. 星座をランプに…
Sクラスのアイドルコースの生徒たちが、作曲家の生徒たちが。バックコーラスに入ってくれて、曲はどんどんと厚みを増していく。
---- 一人じゃないからね
---- 僕らが包んであげる
---- 守らせて
---- ありのまま君を
---- ハートに響かせて
---- 君と言う名の音符を
---- 世界で一番の花束に
---- 地図は明日を指してる
---- 七色に染めて……
---- 一人じゃない…
---- 一人じゃない
---- 君は一人じゃないから
---- 未来地図広げて…
「みんな……卒業式だからって…僕の涙腺破壊して良いのは藍だけなのにー!皆大好きだー!!」
キーアが思いっきり女子生徒たちにダイブすると、彼女たちはしっかりと抱きとめてくれて、思い思いに背中を叩いたり頭を撫でたりしてくれた。
日向が呼びに来るまで、皆で半分泣きながら一年間のことを語り合った。
第35話、終。
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2013/02/22 今昔
読みやすい長さになっていると良いのですが…
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