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第二章「IDOL」
第34話「それは愛の歌ですので」
---- 逃げているだけじゃ何も掴めない 諦めないそれがオレサマだ
---- ここに誓うよきっと君だけのメロディになることを だから信じて二人の奇跡を
---- 心のダムが堰き止めた幾千のひたむきな 白い思いがそう溢れだしてく
どうしようもなく止められない
---- 終わりなき口づけを 波の数 Ah しよう…
---- 南十字のWaltz 君となら僕は夢に飛べる
皆がみんな、誰かへの思いを歌う。
それは愛しい恋人へであったり、未来の自分であったり。今はもう逢えない大事な人であったり。
正直甲乙つけがたい人が多い。審査方法は、審査員が各自持ち点10点の採点をし、そこに会場の投票で一位は10点、二位が9点と10位までに人気に応じた点数が入る。
一位になれば即戦力として事務所がプッシュしてくれて、そうでなくとも80点を獲得していれば事務所所属となることが出来る。
毎年何人が合格しているのか聞いておけばよかったと思いながら、キーアは全員分のコメントを残していた。
「忙しいみたいだね、キーア」
背後から両肩をたたかれてキーアは飛び上がった。慌てて振り向くと、茶色っぽいパンツに黒のワイシャツ、右肩に盛大な黒ファーを載せたレンだった。さらに白い帽子がオレンジ色の髪の毛がよく映える衣装だと思った。
「あぁ、もうレンの番なんですね。」
「あぁ。」
優しい声で肯定したレンは、舞台袖が暗いのを良いことにキーアの頬を両手で包み込むと、二人のオデコをこつんとぶつけて至近距離で呟いた。
「レディのくれた曲を、オレが出来る全力の愛を持って歌ってくるから。ここでしっかりと聞いていてね。」
「レン、セクハラです」
じっと目を見て言うと、レンは楽しげに微笑んでキーアのおでこにチュっとリップ音をたててからウインクを1つ置き土産にしてステージへと歩き出した。
イントロと共にステージへ出たレンに、客席の女性陣からとんでもないボリュームの歓声が飛び交う。存在そのものに華がある彼と、それを引き立てるように作った艷やかで色っぽい曲。つかみはバッチリで、キーアも微笑みをたたえて聞くことが出来た。
---- どちらか選ぶなんて難しい オレは皆のものだったのにさ
---- こんなにもハートが狂いそうさ もう戻れない昨日のオレに
初めて聞く、本番用の歌詞。
---- 白いシーツの中の孤独は 溶けて無くなっていく
---- 花のように儚い君の香りに酔いしれる オレの心そっと開く君はひだまり
あぁ、こんなに、パートナーとして認めていてくれたんだなと。そしてきちんと女性として見てくれていたんだなと。扇情的な微笑みは時折舞台袖の自分にも向けられて、キーアは照れくさくてしょうがなかった。
演出上の問題で反対方向の下手袖へ出て行ったレンとはその後話せなかったが、「全力の愛」というのもしっかりと聞き届けた。
お互い表舞台に立つ人間である以上、絶対になり得ない関係ではあるけれど、それでもやっぱり思ってくれることはとても嬉しい。そして切なかった。
そしてレンの後ろは両手で数えられる程しか居ないのだが、ラスト間際、ついにトキヤが舞台袖にやってきた。
一緒に考えた衣装は、モノトーンに薄い青と紫のラインを入れたシンプルなもので、つんと冷たい雰囲気のあるトキヤにとても良く似合っている。
「トキヤくん」
「お疲れ様です。審査員と同じ仕事をしているのです、体調には気を使っていますか?」
「はい、ありがとうございます。でもトキヤの歌がしっかりきける特等席なので」
そうふざけて言うと、彼もまた楽しげに笑ってくれた。本番慣れしているはずのトキヤも、HAYATOを含め自分の将来がかかっているせいか、少し表情が固いように見える。
トキヤはレンのように本番前だからという理由でスキンシップをとろうとはしてこなかったので、キーアは思い切ってトキヤの右手をとると、両手で大事につつんでその薬指にそっと唇を落とした。
「なっ……なにを…して……っ!」
「実力を出しきれるオマジナイです」
「ここにきて…歌詞を変えたくなる程の衝撃でしたよ………」
「え!なんかスミマセン…」
余計なことをしてしまったかと焦ったキーアを見て、トキヤはくすくすと笑っていた。珍しくひと目を気にせず表情を出したトキヤに、キーアは微笑む。
「僕はトキヤくんを信じてるので、特に応援しなくても良いですかね」
「…信頼されるのは嬉しいですが、やはり口に出されると安心するものですよ」
「オマジナイ、もう一回しましょうか」
ちょっぴり照れて、知りませんと言い残して去ろうとした背中に、キーアは「僕にデビューCDの一枚目下さいね」と声をかけると、軽く半身で振り向いて手を挙げた。
レンと同じ様に、トキヤがステージに出るとすぐさま女性の歓声が広がる。純粋にトキヤを一年見てきてファンになった人も居れば、HAYATOが好きだからトキヤも好きという人も居るだろう。
こんなこと本人に言ったら怒られるかもしれないが、HAYATOだってトキヤの一部だ。だからのこの歓声の全ては、彼を祝福するもの。
絶対に、大丈夫。そう思える程に大きな歓声を沈めるように、透き通る彼の声が響き渡った。
---- 伝えたいよ君だけに この世には歌があること
---- 二人だけのメロディは永遠を約束する奇跡に 初めて気づけたんだこの気持ち…
初めて聞いた時からは比べ物にならない程に、彼の歌は伸びていた。もしかすると、昨日の最後の練習よりも伸びているかもしれない。
最初はただ技術が優れているだけだったその歌が、今は感情もしっかりと篭ったものになった。メロディラインをただなぞるだけでなく、しゃくって、吐息を混ぜて、しっかりと曲を魅せて聞かせて自分の魅力を最大限に引き出す歌い方。
「すげぇな、一ノ瀬」
背後から声がした。
振り向くと、榊がバインダーに進行表を挟んで持ちながら、ステージに立つトキヤを呆然と見ている。
「入学式の後の自己紹介とかはさ、ただ『コイツ何者だ?うますぎだろ』って思った。でも今は違う。『良い曲だな、オレもこんな風に誰かを思いたいな』って思わせてくれる」
「はい、トキヤくんはこの一年でとても成長しています。そりゃもう惚れるんじゃないかってくらいに」
「やめろ、それだけはやめてくれ。お前可愛い顔してるから洒落にならん…」
---- このままほら動かずに 唇だけで確かめて
---- 私の目に映るのは君しか許されない
その歌詞に篭った熱に、キーアはポッと顔が音を立てたような気がした。人間の頬が染まるのは自分で制御は出来ないようで、キーアは隣の榊に見られていないかハラハラしながら両頬が早く元に戻るように念じた。
そしてトキヤも歌い終わると反対側の袖へと出て行ってしまい、キーアは手元の評価表に感想を書き込むと次の出演者に備えた。
そして、全ての発表が終わった。
ハイテクな機器のおかげで、集計はほぼリアルタイムで行われていたらしく、ものの数分で発表の準備は整ってしまった。
「キーア、お前は賞状渡す係やってもらえるか?」
「相変わらず突然ですね」
舞台袖に用意された賞状とトロフィーたちに名前が書き込まれていくのを眺めていると、恐らくシャイニーの突然の思いつきに振り回されているのであろう日向に呼び止められた。
上位入賞者にはトロフィーの他に賞状も渡されるそうで。キーアは甘んじでその仕事を了承した。
ステージの下手側にテーブルがひとつおかれ、その上にトロフィーや賞状が並べられる。出演者である生徒たちは上手袖で自分の名前がいつ呼ばれるのかとソワソワしているはずだ。キーアはトキヤとレンに声をかけに行きたかったのだが、日向に首根っこを掴まれて断念した。
「それでは只今より、本年度卒業オーディションの結果発表を開始する。」
日向の進行で始まった結果発表は、合格ラインに達している者を成績が低いものから読み上げるという方式だった。
キーアはステージ上でシャイニーの背後に控えて、一枚目の賞状に目を落とした。
(来栖…!!……おめでとう)
名前を見て感激で涙が出るかと思った。
自己紹介で見せた空手やプール開きにサタンのこと、体育祭に文化祭。
皆でやった行事の思い出がたっぷりと頭に蘇る。
「合格者を読み上げる。一人目の発表だ。……来栖翔!」
「いやったー!!!」
「わ〜翔ちゃんおめでとうございます!それっぎゅー!!」
舞台袖からボキボキゴキゴキという音ののち、来栖がステージへとあがってくる。幾分本番直後よりも疲れているように見えるのは恐らく四ノ宮のしわざだろう。
来栖の賞状を持って彼の前に立ち、学園の名前や彼の獲得点を読み上げて賞状を手渡す。合格者第一号の彼はステージ上の所定位置についた。
続いて読み上げられていく名前は、一十木、友千香、聖川、愛島と、いつもキーアが関わっていた人たちばかりでどうしても頬が緩んでしまった。
「第3位、四ノ宮那月」
呼ばれてステージへ駆け出してきた四ノ宮は、そのままの勢いでキーアに抱きついてからシャイニーの前に戻っていってトロフィーを受け取る。
「よく乗り切ったな」
「はい、キーアくんのお陰です。僕も彼に…いえ、彼等に恩返しが出来るよう、全力で取り組みます」
「良い、アイドルになれよ」
「はい!!」
四ノ宮が列に戻ると、早速一十木が肩をバシバシと叩いている。
キーアは舞台袖にまだ残っているであろうパートナーたちを思った。もちろん、合格しないはずが無いと思っている。そして何より自分のパートナーは二人居るのだ。どちらかが優勝していると確信した。
「第2位、神宮寺レン」
日向の声に、客席の女性陣が沸き立った。その声に答えるように手を振り、投げキスをしながらレンが出てくれば、会場はもう収まりが効かない程に盛り上がる。
「レン!!おめでとうございます!」
「ありがとう、キーア。愛の勝利だね」
シャイニーの前で堂々とウインクと投げキスをキーアに寄越したレンは優雅にトロフィーを受け取るともう一度シャイニーにお辞儀した。
「キーアのことについては聞いています。それでもオレはこれからの彼女の曲を歌いたい。だからボスにお願いだ。卒業後も、キーアの曲を歌わせてほしい。オレの全力が出せるのは彼女の曲だけなんだ。」
「言うようになったな、神宮寺。だが、良いだろう。詳しくは、後日連絡する。」
ニヤリと笑ったシャイニーに、レンは親愛のしるしだよと投げキスをプレゼントしてから列についた。
ついに最後の一人が呼ばれる。キーアは緊張して賞状やトロフィーに書いてある名前が見れなかった。こんなに手汗をかいたのは生まれてはじめてかもしれない。
「本年度卒業オーディション、優勝者は………」
優勝者だけ読み上げるシャイニーの声に、会場が静まり返る。
手のひらがそわそわしてきた。
「一ノ瀬トキヤ!」
わー!っと、会場が沸き立った。
キーアは舞台に出てきたトキヤを見ると居てもたっても居られなくなって、
「トキヤー!!」
シャイニーの前に飛び出して抱きついた。
「おめでとうございます!」
「キーアさん、とりあえずトロフィーを受け取らせて下さい」
「HAHAHA〜仲良き事は美しき哉デース☆これからも二人で素敵な音楽を奏でて下さイ!!」
「キーアさんも、それから兄弟弟子だったレンにも。そしてもちろん先生方。感謝してもしきれません。本当にありがとうございます。」
トキヤがそう言ってお辞儀をすると、客席からは今日一番の歓声と拍手の波がやってきた。トロフィーと一緒に彼の腕の中に収まったままで居ると、その外側から更に抱きしめられた。
列を飛び出してきたレンが二人と2つのトロフィーをまとめて抱きしめて、客席に微笑みかけている。
「おめでとう、イッチー。キーアも、表彰台独占だね」
「はい!お二人のパートナーになれて本当に幸せです!!」
榊は下がっていく垂れ幕の内側で喜びを分かち合うクラスメイトたちを見て、小さく息をついた。自分も来年、あんな風に笑えるのだろうかと思うと不安だ。
なんせ自分は悪魔に取り付かれてしまう程弱かったのだから。
もう一度ため息をついたとき、ぽんと肩に誰かの手が乗った。
「来年は、キーアもこっちには居ないそうだ。あいつの曲を歌いたいとちょっとでも思うなら、もう一年頑張ってみろ。」
日向だった。進行役を終え舞台袖に引き返してきた日向は、とても穏やかな顔をしていた。
「はい、今度こそ。先生のようなアイドルを目指します」
「俺や林檎たちも教師っていう立場じゃなくなるかもしれないけどな。いつでも、お前の味方だってことだけは覚えておいてくれ」
「は、はい!!ありがとうございます!!」
じゃぁなと言って去っていく日向にお辞儀をした時、榊の目の前に見えた床にシミが出来た。
聞こえる大歓声の中で、榊は小さく嗚咽した。
第34話、終。
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2013/02/21 今昔
第2章、一段落です。残りの数話は第3章へ向けての準備期間となります。
脱・鬱!!w
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