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第二章「IDOL」


第33話「嵐の前ですので」




シャイニーから請け負っていた通称「密偵」こと生徒目線からの優秀人材確保についても、卒業オーディション前日になってしまえばもう要らない。

リストアップしていたメンバーは、榊を除いて全員を教師の目に止める事ができたようだ。榊も卒業オーディションまで練習しないわけにはいかないと言って、作曲家の友達に練習用の曲を作ってもらっていたそうで、先日大変楽しそうに話してくれた。

キーアは卒業オーディションが明日に迫っているにも関わらず、何故か緊張していなかった。それは自分が舞台に立たないからではなくて、レンやトキヤを信用しているからだと分かっている。
なぜなら


「はい、もしもし?」

『グーットイーブニーング、キーアさーん☆』

「シャイニー、どうされました?」

『卒業オーディションの前座として、YOUがこっそり作っている自分用のソロ曲を披露してくださーい☆』

「突然何なんですか!!というか、何故ご存知なんですか、僕の作曲事情を……」

『Meには何でもお見通しデース』

プツン

「あ、切れた…」





というようなやり取りが昨夜あったせいで、急遽自分自身も歌うことになったのだ。そのあときた日向からのメールによると、キーアの歌に触発されて気合が入れば良し。怖気づいたらその程度。ということになるそうだ。

要するに、そのくらいにはキーアの歌が認められているということで嬉しい。何より出番が同時ではないにしろ、トキヤとレンと同じ舞台に立てるのだ。
衣装も昔AADで使ったものを事務所から引っ張り出してきて改良し、曲の雰囲気に近づけて針仕事で完成させた。


「女王、カミュ、藍、見ててね。頑張るから」


キーアは夜空を見上げながらそう呟くと、プレイヤーで藍と砂月の曲のプレイリストを再生し、ごそごそとベッドに潜り込んだ。








次の日の朝。
冬らしく冷たい空気が部屋中を満たしていて、ぶるっと震えながら暖房のスイッチを入れて着替える。レンもトキヤも大丈夫、もちろん来栖に聖川、四ノ宮、一十木、友千香。全員大丈夫。
そう思いながら制服に着替えて衣装を持ち、キーアはいつも通りにローラースケートで学園へと向かった。
どこのクラスも特色が無くなってしまう程には緊張しているようで、どの教室からもピリピリした空気が流れ出てきていた。

特にDやEクラスは余程のことがない限り成績は伸びづらく、個性的な演技で他の事務所に拾ってもらわないと芸能界にはなかなか残れないだろう。
Sクラスもプロ意識の高さからなのか、何時も以上にピリピリした空気が漂っていて、今日だけはレンでさえも取り巻きの子を連れては居なかった。

レンはキーアを見つけるといつも通りの笑みで手を振ってくれた。それに気づいたのかトキヤもこちらに気づいて微笑みかけてくれる。
キーアは二人に手を振り、机に荷物を置くと衣装と譜面だけを持って発表場所である講堂へと向かった。ある意味出番が一番なので、早めに準備しようと思ったのだ。



衣装に着替えて舞台に行くと照明を担当する生徒たちはもうとっくに準備を始めていて、キーアが行って挨拶すると元気に返事をしてくれた。
しばらくすると、どこで聞きつけたのかトキヤとレン、来栖がやってきた。後ろから榊も慌てて着いて来たようで、つまずきながら来栖にダイブした。


「キーアさんも歌うと聞きました。」

「はい、驚かせようと思っていたんですが…バレちゃいましたね」

「にしても、黒いファーに赤いバラとは…オレとよく似たモチーフだね。後で一緒に記念撮影をしないかい?」

「はい、喜んで!でもせっかくなので、5人の写真も取りましょうね!」


まだ制服姿だった4人は開始前の準備に向かうと行ってしまい、キーアも舞台の奈落担当の子やセリの確認をしている子たちと打ち合わせを行い、絶対に会場を驚かせるぞ!と意気込んだ。

キーアが舞台袖に戻るよう日向に呼ばれた直後くらいから、会場にゲストの方々が入り始めた。他の芸能事務所の人事さんや取締役、人気アイドルグループのリーダーなど、シャイニング事務所に入れなかった・入らなかった生徒を拾っていこうということらしい。

シャイニーがそれを許しているのは外交的な問題なのか、はたまた出来る限り多くの生徒に芸能界に残って欲しいのか…もしくは他社に取られた所で絶対に負けないという自信があるからなのか。
ともかくキーアは客席にはいってくるビップすぎるビップたちを見て息を飲んだ。


「わ〜、セイラさんのお父上までいらっしゃいますね…」

「今日は寿や美風も見に来てるからな。頑張れよ」

「あ、日向さん!はい、藍に恥ずかしいところ見せられませんからね!」


すれ違いざまに応援してくれた日向に手を振ると、ほんとのホントに冒頭が出番なのでキーアは奈落に移動してセリとその他演出の道具がしっかりしていることを確認した。



















「ふーん、結構な著名人ばかりが来ているんだね」

「そうだねー、ここでシャイニング事務所に入れなくても他の事務所の人の目に止まれば、そっちの事務所で芸能界に残れることもあるし、悪いシステムじゃないと思うけど」

「…っち。他所で良いなら最初から他所に行けばいいとも思うけどな」

「…………右も愚民、左も愚民……。息が詰まるな」


藍は後ろから着いてくる嶺二と黒崎、カミュの気配を感じながら、シャイニング早乙女から指定されていた招待席へと向かった。
卒業オーディションに興味があるわけでは無かったけれど、命令なのだから仕方ない。未来の後輩たちのデータをとるようにとも言われている。だからと言って、何故この4人で聞かなくてはならないのか分からないが…。


「ほら、レイジがもたもたしてるから始まっちゃうよ」

「えええー!アイアイ酷い!ぼくちんだけのせいにするなんて!!」


相変わらずテンションの高い嶺二を一番奥に詰め込むと、自分との間に黒崎を入れて距離をとった。4人が席についた時、本ベルが鳴り客席の照明が徐々に落ちて会場は真っ暗になった。
ステージの上だけが薄ら青く光っていて、神秘的だと藍は想った。フワフワと羽のようなものが上から降ってきて、徐々にそのライトは紫に変わり、赤からピンクになるころには大分ステージの上が見えてきた。
白い棒を横向きにロープで吊るしたそれは空中ブランコだろうか。風の音のSEが流れ始め、セリが奈落から上がってきた。
スタートダッシュのような体勢で居たその人が立ち上がると



---- 届いて!僕の声!!



艶やかな声は間違いなくキーアのもので。藍は視界の隅で嶺二が目を丸くしているのが見えた。
そのままAADの時には歌ったことのない明るい曲調で、爽やかなイントロが流れだす。



---- 雪が降る日に王子様が 僕を迎えに来てくれる

---- そんな夢物語を信じてみても良いじゃない

---- 君のことそれだけ 思ってるってことだから my sweet revolution!!




今まで"小悪魔"と称されていた蠱惑的な歌声とはまた違って、今のキーアは藍のような、透明度の高い透き通った声質に自声そのものの色っぽい部分も損なっていない危うくも美しい歌声をしていた。
一年間まともに歌を聞かないだけで、ここまで伸びるのかと思うほどに。

クリスマスに彼女と話した時には、まだこんなにも透明度は高く無かったはずだ。彼女が自分からこの声に切り替えたとも思えず、学園には彼女の心を揺さぶるものがたくさんあるのだと藍は思った。



---- 女の子は誰でも皆 素敵な恋を夢見ているの

---- 白馬の王子様なんて贅沢言わないよ

---- ただ君の側に居させてね



そのままキーアは空中ブランコに飛び乗ると、命綱なんてつけていないようなのに、ブランコは客席へと移動していき、片足を引っ掛けて回ってみせたりするキーアはブラスとベースが格好良い伴奏の間に客席の上を2週ほど回ってみせた。


「あぁあぁ…キーアちゃん無茶しちゃって」

「レイジ、楽しそうに言わないで。落ちて怪我でもしたらどうするの。キーアって結構ドジだから見てられないよ」


黒崎に「テメーも笑ってるじゃねえか」と突っ込まれたがスルーして、楽しげに空中ブランコで演技してみせたキーアを見つめた。
















アウトロに合わせてお辞儀をすると、
鼓膜が震えるのが分かるほどの歓声と拍手が飛んできた。ブランコで客席の上を回った時にカミュがはらはらした様子でこちらを見ていたのがこのステージのハイライトだろう。
キーアは客席に手を振って下手袖へとはけた。



出番が速い生徒たちは既に袖に待機しており、その中に一十木の顔も見えた。彼は楽しそうに両手を振ってくれたので、キーアも笑顔で返す。
どうやら一十木はキーアの歌に感化されてやる気が出たタイプらしい。


「お疲れさん。んじゃ、俺は司会で出てくるからな」

「はい、いってらっしゃい」


進行役を務めるらしい日向を見送ると、キーアは衣装のままで審査用紙を受け取った。舞台袖からにはなるが、キーアも簡単に審査へと参加しなくてはならないそうだ。
といっても、直接結果につながるものではなくて、生徒たちへの励ましのようなものだそうで、キーアは思ったことをそのまま書くようにと指示されていた。


「キーア、今大丈夫?」


一十木の呼び声に振り向くと、真っ赤っかな衣装の彼が居て、流石に目に刺激が強いんじゃないかとも思ったが、自分も真っ黒と真っ赤なので何も言えずにキーアはただ頷いた。


「俺の出番、もうすぐなんだよね。だからキーアに応援してもらえたらなーなんて…ってやっぱ虫が良すぎる?」

「あぁ〜!音也くんキーアくん!!」


やってきた四ノ宮は黄色と茶色を基調にした衣装で、一十木同様に自分のトレードカラーが上手に使われている。
大分目に優しい色合いの四ノ宮は駆け寄ってくるとキーアをぎゅっと抱きしめて


「さっきの歌、とぉーっても可愛かったです!あの伴奏の弦楽器、僕もいつか演奏させてほしいなってなりました!」

「ありがとうございます。さぁ、二人共準備でしょう?二人のこと信じてます。頑張ってきてくださいね」


言って促すと、応援をねだってきた一十木も本番を楽しんでいる様子の四ノ宮も満足気に順番待ちの待機場所へと移動していった。
その後、聖川や来栖とも少しだけ話をして控え室へ見送ると、友千香が駆け寄ってきた。


「キーア!!」

「渋谷さん!わ〜衣装もご本人も可愛らしいですね!」

「えっへへー!でしょ?相方が結構衣装にもこだわりあってさ、デザイン一緒に考えたの」

「なるほど、どうりでよく似合うはずです」

「キーアほどじゃないわ!アンタ最初のあれ凄かったもの!!どうやったら会場が沸くのかよく分かってて、指の先まで細やかだったわ!」

「ありがとう。面と向かって言われると照れますね…」

「あはっ!もっと自信持ちなさいよ、アンタプロでしょ!ってもう行かなくちゃ…じゃ、応援よろしくぅ!」


いかにも人気アイドルな感じの、赤っぽいチェック柄のスカートにブラウス、スカートと同じ素材のタイがとても可愛らしい。友千香はそんな衣装を翻しながら控え室へと入っていった。
振り返ると丁度ステージでは明るいギターの曲を一十木が披露しているところで、何時も以上に楽しそうな彼の姿が印象的だった。トップアイドルというよりも、庶民派というか親しみやすいアイドルになれそうだ。

その数人後に出てきた四ノ宮が、キーアには一番の衝撃だったかもしれない。
曲名は「サザンクロス恋唄」。

そのタイトルに砂月のメロディが脳内に蘇った。満月と南国の砂浜がイメージされたその曲は、キーアの心をゆったりとしたものにしてくれる。そんな四ノ宮の優しい歌声だけでなく、今の彼の中には砂月があった。芯がはっきりとあるのに柔らかく。本当に二人で歌っているようなその曲に、
キーアは勝手に溢れる涙を止める事無く聞いて、そして盛大な拍手を送った。


「キーアくん。聞いていてもらえましたか?」

「はい、お疲れ様です。四ノ宮さん。……砂月くんのこと、乗り切ったんですね」

「さっちゃんは居なくなったわけじゃありません。ただ、僕の中に帰って来てくれただけ。だから、キーア君も寂しがらないで」


彼もまた、素敵なアイドルになる。その笑顔が、贔屓目無しに思わせてくれた。


「はい!僕はずっと、お二人の大ファンで居ます!」






第33話、終。




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2013/02/20 今昔
やっぱり誰夢か分からなくなってる…orz
藍ちゃん、トキヤ、レン、カミュがメインの夢のはずなのになぁ←








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