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第二章「IDOL」
第32話「ShoutOutですので」
卒業オーディションまで残り1週間。
本来であれば、ペアで曲の最終的な調整を行ったりするのだろうが、中には緊張からなのか精神的に不安定になり、今になって自分の曲が駄目なんじゃないか。なんて言い出す生徒が居るそうだ。
「佐伯さんの曲はテクノポップですね。パートナーも可愛らしい女の子でしたから、イメージぴったりに出来ていると思いますよ」
「ほ、ほんとう…に?」
「えぇ。ただ、1つアドバイスをするのなら、佐伯さんがそうして落ち込んでいると、ペアの方も心配になって練習に集中できないかもしれませんね…」
「あ……」
「なので、はい。昨日僕が作ったクッキーをプレゼントするのでお二人で練習に戻って下さいね。」
「は、はい!ありがとうございました!」
キーアが手渡したクッキーを持って、Aクラスの佐伯さんという作曲家はこの教室に入った時からは考えられないくらいに晴れ晴れした顔で出て行った。
とあるSクラスの女の子がレンに相談を持ちかけ、その相談がさらにキーアのところに回ってきて以来、作曲家コースアイドルコース問わずに卒業オーディションへの不安な気持ちを吐露するため、幾人かの生徒たちがキーアの元を訪れては相談をし、そして元気になって帰って行っていた。
キーアは手元のメモ帳に佐伯の名前を書き留めると、日向にその相談しにきた子たちの名簿を届けようと片付け始めた。
するとカラカラとまた扉が開き、
「あら、次はどなたです?」
「キーア君……ちょっとだけお話、良いですか?」
「四ノ宮さん…」
ドアを開けて大きな体でこそこそっと入室してきたのは四ノ宮だった。ふんわりした蜂蜜のような色の髪の毛が、今日は心なしぺちゃんこに見える。
この教室はもともとキーアの個人練習用に借りていた部屋だったのだが、今ではカウンセリング室と化しており、四ノ宮は何も言わずそのカウンセリング用の椅子に座った。
いつも明るくポワポワしている彼からは大分低いテンションで、キーアも様子のおかしさに、直ぐに向かい合った椅子に腰掛けた。
「四ノ宮さん、どうかされたんですか?」
「…レンくんに聞いたんです。キーア君がさっちゃんの歌の音源を持っているって」
すっかり忘れてしまっていたわけでは無い。キーアは慌てて自分の鞄からプレイヤーを取り出した。四ノ宮に宛てて歌われた曲に関しては、聞けば聞くほど手を加えたくなってしまい、結局今持ち歩いている音源はバージョン8になっている。
キーアはプレイヤーを手渡しながら言った。
「すみません、この曲、四ノ宮さん宛に歌われていることは気づいていたんですが、オケの調整をしているうちに時間がたってしまいまして……」
「そうだったんですね…!!わ〜、ありがとうございます!」
「いたいいたい!」
ふいに抱きしめられて背骨がちょっとギシギシと音を立てたようなきがしたが、四ノ宮はすぐに離してプレイヤーを聴き始めてくれた。冒頭のギターで入るメロが、どう頑張っても砂月の声と比べた時に聴き劣りしてしまっていて、
練習に練習を重ねて自分で演奏してみたりしたものだ。
「これが…さっちゃんが僕に歌ってくれた曲………」
「えぇ。歌詞を聞いても、歌声を聞いても。それは四ノ宮さん宛だと思いますよ」
「あぁ。僕、さっちゃんに心配ばかりかけていたんですね…。ありがとう、さっちゃん。」
幸せそうに聞くその様子を、キーアは紅茶を準備しながら見つめた。そんな穏やかな表情を、砂月にもさせてあげたかったのにだなんて過去の分岐点をIFで考えても何が変わるでも無いのに。
それでも、あったかも知れない「今」を考えて、未来を少しでもよく出来たらいいのになと、キーアは思いながら四之宮の前にティーカップを置いた。お茶菓子は佐伯さんにも渡したクッキーだ。
「あれ、こっちの曲は…もしかしてキーアくんに宛てた曲でしょうか?」
「恐らく……砂月くんが応援してくれてるような気がして、大好きな曲ですよ。って自分で作って言うのも変な感じですが」
言うと四ノ宮もそうかもしれませんねと笑ってみせた。
四ノ宮とこうしてゆっくりとお茶をするのは初めてのことだったけれど、キーアは砂月と一緒に居た時のように安心感で満たされていくのを感じた。もとが同じ人間だからなのか、四ノ宮の中に砂月が居るからなのかは分からないけれど、こうして心穏やかな時間を共有できるのは素敵なことだ。
「あ、この香りとっても素敵ですね。…メロディにするならこんな感じです」
四ノ宮はそういって突然口ずさみはじめる。柔らかく甘い紅茶の香りは四ノ宮によってボサノバとしてメロディになり、キーアはつられて小さく伴奏を口ずさんでいた。
「なんだか、他の人とは無い感じですね。フィーリングが合うというか…流星と流星がぶつかって星が散った感じです。」
「はい!まるで彦星と織姫が出会った時のような感動です!」
「こう、星がきらって光っていて、その通りに歌ったらこうなるんですよね!」
どうやら四ノ宮も感覚だけで曲や歌詞が作れる人間のようで、この感じは中々理解してもらえない。二人はしばらくその話題で盛り上がっていた。
---- まだ知らない僕の道を教えてくれる
夢のなかで、砂月の歌が聞こえていた。
キーアは一本の蝋燭を台に取り付けて持っていて、暗い廊下をただ歩いていた。どこから何が飛び出してくるか分からない恐怖と、自分の中に流れている砂月の曲の安心感とで心が2つに割れそうな感じ。
そんなもやもやを持ったまま、目的も分からずに歩いていた。時折、ゴブリンやグリーンマンといった弱い悪魔たちが自分とは反対方向に歩いていて、すれ違う時には必ず会釈をしたり、立ち止まって挨拶をしたりしていた。
<おいで…おいで、アウグネ。>
廊下の奥から聞こえた声に、キーアは立ち止まった。
自分はどこに向かっている?
この声はアマイモン?
そう気づいて慌てて振り返るも、
『嘘…道がない……』
鼻の先30cmほどのところにはもう壁があって、キーアは驚いた。これはいったいどういう状況なのだろう。
『アマイモン、そこに居るの?』
<あぁ…アウグネ、ようやく答えてくれたね>
『私はアウグネじゃない!』
<いいや、君の中に眠る血は紛れもなくアウグネの血>
『……どういうこと?』
<キーアという個体に流れる血脈は、かつていわれのない罪を着せられた悪魔の血。>
頭にカッと血が登った。
『そんなのただのお伽話よ!!』
<そんなことはない。魔法が使えるのはどう説明するつもりだい?>
『それは母がアグナの人間で
<魔法の対価に音楽を捧げていないのに…?>
気づかなかった。
そうだ、アグナの人間は神々に音楽を捧げることで、そのお礼にと奇跡を起こしてもらう。だから演奏の素晴らしさが起こせる魔法の大きさに直結するのだ。
けれどキーアは。呼べば炎が従ってくれる。これはいったいどういうことなのだろう。
混乱した。自分は一体何者だ?
本当に悪魔の血を引いているのか?
アウグネ=バウガウヴェン。
古代ペルシャ神話の時代に登場する、
アウスタティクコ=パウリガウル階級の悪魔。
炎を司るデーモン。
忌み嫌われるもの。
いやだ。
いやだ。
いやだいやだ!!!
「落ち着け」
ふいに、暖かいものに包まれた。
しっかりとしたその腕と、低い声。怖くはなくむしろ落ち着くその低さに、キーアは安心感から全身の力が抜けるのを感じた。
「ったく、しっかりしろ。」
『砂月、くん?…どうしてここに?』
顔を覗きこまれて頬に触れた、ふんわりした蜂蜜色の髪の毛がくすぐったい。喋ったのは日本語でなかったのに砂月は言いたいことが通じているかのようにそっと微笑むと、腕の中でキーアをくるりと回して前から抱きしめた。
「この闇を一人で払えない程、本当のお前は弱くない。でも今、それが出来ないなら俺を頼れ。そのために来た。」
「…砂月くん、お願い。一緒に歌って……」
目が覚めた時、キーアは筆舌に尽くし難い幸福感に満ちていた。
プレイヤーはとっくに止まっている朝の6時。不思議な夢だったなと思いながら、いつもり早く目覚めてしまったのでシャワーを浴びに支度をする。
体が温まると、夢の内容が鮮明に蘇ってきた。耳元に囁かれた声も、全身で感じた彼の感触も。そして歌ってくれたあの曲も。全部がぜんぶ夢でないんじゃないかと思う程に鮮やかに記憶が残っている。
「砂月…」
バスルームで呟いたその声の方がよほど夢のように儚い。
この前見ていたドラマで「失ってから気付くこともある」というセリフを聞いたけれど、砂月のことはピッタリとこれに当てはまると思う。
ただ、音楽性が合うというだけでは無かった。
寂しい。
初めて見かけた時に、確かに「四ノ宮さんじゃない」と感じとって、気になっていた。それもすぐに忘れてしまって、あのプール開きでの再会も良いものではなかったのに、何故会えなくなってしまうとこんなにも寂しいんだろうか。
産みの母の死を目の当たりにした時と同じ程に落ち込んでいるような気がした。
お風呂上りに制服に着替えた。何となく今日はトレードマークになりつつあるショートパンツをはきたくなくて、普通の男子用のズボンを引っ張り出してきてはいた。
電気を付ける気にはなれず、とりあえずカーテンを全開にして朝日を呼び込む。ホットミルクを作って、食パンと野菜を切ってサンドイッチを作り、ベーコンをこんがり焼いて軽めの朝ごはんを作る。
どうしても晴れない気分を晴らすために、キーアはおはやっほーニュースを見てから登校することにした。
第32話、終。
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2013/02/20 今昔都
ヒロインちゃんが砂月大好きっ子になっていて吃驚。
もうこれ砂月の悲愛連載じゃねっていう展開。
ちゃんと意味があるのですが…回収は3章?4章?w
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