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第二章「IDOL」


第30話「最終決戦ですので」






「できた…」


キーアは真夜中のレコーディングルームでほっと安堵のため息をついた。音源をミックスダウンして聞いてみる。
一曲目は砂月と二人で作り上げた曲。




---- まだ知らない僕の道を教えてくれる

---- こんなモンじゃないぞお前は戦えと

---- 疲れ果てて眠るまで

---- 愛を知る為にfight it again






夢を諦めないことと、それから怖がっちゃいけないこと。もう一曲にはボツにしたはずの譜面を知らぬ間に砂月が録音してくれていたらしく、そのボーカルと今突貫工事で作り上げたオケをミックスしてみたものだ。





---- 強く燃えている夜空のオリオン あんなふうに

---- ハートの炎の赴くまま 生きればいい

---- 善悪と御託並べ悩み尽くせばいいさ GeminiSyndrome





その歌は、砂月が四ノ宮に歌っているんだと思った。
四ノ宮の好きな夜空の星々に例えて、夢も恋も諦めるなと。俺が居なくてもお前ならやれるんだと、そう言っているように聞こえる。キーアはその2曲をCDにやくと、トキヤの曲の修正に入った。ベースだけ黒崎が生演奏してくれたので、それとボーカルを軸にするように少しずつ少しずつ調整を加えていく。
ふっと、両肩に暖かいものがかぶさった。


「お疲れ様、レディ。朝から姿が見えないからランチを持ってきたよ。」


気づかなかった気配に慌てて振り向くと、レンが穏やかな顔をして立っていた。両肩にかけられたのはキーアが持ってきていた膝掛けだった。


「ありがとうございます、レン。……ってもうランチなんて時間ですか?」

「やっぱり。気づかずに篭っていたんだね。さ、軽く済ます方が良いと思ってサンドイッチと紅茶、それからフルーツも持ってきたよ」

「何から何まですみません。」

「気にしないで、オレがしたくてしてるんだ。さぁ、こっちにおいで。」


呼ばれてレコーディングルームにあるソファに座ると、レンが丁寧にお茶を入れてフルーツも切り分けてお皿に載せて目の前においてくれる。
レンの卒業オーディションソングは順調に進んでいて、あとは衣装と微調整、それからステージの構成を大きく左右する照明だ。衣装もレンがデザインした候補から絞るだけで、あとはリハで照明を調整する程度だろう。
2月に入ろうとしているこの時期、少しではあるけれど他よりリードはしているだろう。こんなに才能溢れるレンなのに、今まで本気を出して来なかっただなんて勿体無い。


「オレの顔になにかついてるかい?」

「いえ、相変わらず綺麗な顔立ちだなと思いまして」

「ありがとう、でも綺麗っていう言葉も、キーアに対して使われるほうが嬉しいと思うよ」

「それはどうも。」


レンの歌もまた特別だ。
こう、正しい日本語の意味で「きゅんきゅん」するとキーアは思う。扇情的で思わず吐息が溢れるような歌声が好きだ。
レンもトキヤも砂月も、皆自分好みの歌声をしていると思うけれど、こうも系統が違うと「合わせたらどうなるんだろう」という知識欲がくすぐられる。堪らなく素敵な想像に頬が緩んだ。


「で、レディは食事も忘れるほど何を作っていたんだい?」

「……四ノ宮さんに渡す音源です。」


言うと、少しレンが不機嫌そうになる。ここまで懐いてくれているのだと思うと、嬉しいのと同時にちょっぴりの罪悪感もある。


「砂月が残してくれた音源のなかに、恐らく四ノ宮さん宛だろう歌があったので、形にしなくちゃと思ったら止まらなくって……オケを作って混ぜていました」

「……キーアは随分とシノミーにご執心だね。理由を聞いても?」

「四ノ宮さんの歌がどうこうではありません。僕は砂月くんの歌が好きだったんです。
 あんなに……怖くない男性が居るとは思いませんでした。ただ歌が好きで音楽が好きで、僕の音楽だけを求めてくれる、そんな人に……はじめて出会ったんです」

「キーアの過去は暗すぎる。砂月は明るかったんだね」

「砂月くんは特別だって思えたんです。僕の曲を必要としてくれて、僕も彼の歌が欲しくて。言わずとも女の子だって気づいてくれて、だから…その、レンが嫌いとかではなくて…」


言っていて涙がこぼれてきた。嗚咽で言葉が出なくなると、レンは優しく頭を撫でてくれた。砂月が消えてから1週間と少し、我慢していた涙が全部出てきたような気がする。
あんなに泣いたのに、まだ砂月のことで泣けるのかと思うほどに。


「すみません、泣いてばかりで……」

「そのくらい良いと思える歌手だったんだろう?
 なら、キーアの涙を止めるためには彼を超える歌を歌えば良いんだろうね。
 聞いていて」


レンはそう言うとブースに入っていった。キーアも慌ててシーケンサーの前に行くと、録音しながらオケを流し始めた。
いつも練習している歌詞と違うそれは、きっと今のキーアに向けて歌ってくれているからだろう。励ますような、ずっと側に居るよ。君のために歌うよという歌詞はキーアの涙を拭って笑顔にするには十分すぎるほどの効力を発揮した。
その後はレンのお誘いで中庭を散歩しながら歌詞を練って、夕暮れ時になるとレンの部屋に行き聖川と3人で夕飯を食べた。


「ところで、聖川さんの曲はどんな風にまとまったんですか?」


二人分の曲の面倒を見ていると、さらに他のものと比較してみたくなるとはずっと思っていたので、キーアは味噌汁椀を持ったまま尋ねてみた。


「俺はしっとりとしたバラードだな。ピアノが際立つ曲なので、俺が演奏させて貰う予定だ」

「聖川さんのバラードですか……元々が落ち着いた声なので似合いそう。今から楽しみです」

「そういうお前たちはどうなのだ?神宮寺と一ノ瀬の分ということは、だいぶ雰囲気の違う曲を作ることになっていそうだとは常々思ったいたのだが、聞いても良いだろうか?」

「もちろんですよ。レンはラフが作りやすかったですね、もうイメージがラテン系というか……ジャズとルンバ、フラメンコの3つをテーマに作って、そこから選んでもらいました。」


それからトキヤは…とキーアが口を開いた時だった。バタン!!と大きく音を立てて開いた扉から、来栖が部屋に飛び込んできた。
忍者かなにかかと思うほどの素早さで室内に潜り込むと、これまた素早く扉を閉めて扉の向こうに聞き耳を立てる。
遠くで「翔ちゃーん!!お夕飯ですよー!!」と叫ぶ四ノ宮の声が聞こえて、部屋に居た3人は納得した。


「やぁオチビちゃん。またシノミーから逃げてきたのかい?」

「おぉ、レンにキーアも居たのか…。」


レンがそう声をかけると、だいぶ辟易した様子でテーブルの空いた場所に腰掛け、勝手にキーアのお茶を飲むと一息ついてから状況説明を始めた。


「実はさ、もうすぐ2月でバレンタインがあるだろ?クラスの皆にお菓子を配りたいからって料理の練習はじめやがってさ。」

「あぁ…バレンタインですか?確かにクラスの皆にはお世話になってますし、カードとか用意したほうが良いのでしょうか……」


お前のお菓子なら食いたい、と力なく突っ伏した来栖に、聖川がもう一人分のご飯と味噌汁、それから主菜の煮物どを持ってきて置いてやると、今度はがばっと起き上がって食べ始めた。
この国のバレンタインは女性が男性にチョコを贈るという習慣があるため、毎年事務所は大忙しだったなぁと思いながらも、キーア皆にお菓子を食べてもらうのが楽しみでしょうがなかった。


「あ、聖川さん、よければバレンタインのお菓子一緒に作りませんか?」

「あぁ、キーアなら安心して共に作業が出来るな。」

「ところで、どうしてオチビちゃんはここに逃げてきたんだい?イッキと仲が良いからてっきりそっちに行くものかと思っていたが」

「いやー、実はさ、結構聖川の夕飯恵んでもらってるんだ。前に那月から逃げてた時に偶然出くわして、それ以来時々お邪魔してるんだよ」

「互いに長男ということもあってか、不思議と話は合うな。」


意外な組み合わせだなと思いながらも、不思議とその4人で話すのは楽しく、その日はあっという間に消灯時間になってしまった。帰り際、キーアは来栖にも同じ質問を投げかけてみた。


「来栖、卒業オーディションの曲、どんな感じにまとまってきました?」

「ん?俺の聞いて参考になるのか?…って意味もなく聞いたりしないか」

「いえ、気になっただけです」


廊下で盛大に転ぶフリをした来栖は本当にバラエティに向いてるなと思いながら、
キーアは思っていたことを続けた。


「なんか、二人分を作っていると他の人のも気になってくるというか…比較対象がある分、この程度で良いのかな?もっと違う系統や高いレベルに行けるんじゃないかな?
 って思っちゃうんです」

「人より有利な立場にあるからって驕ってないか心配になるって感じか?」

「そうですね……他に言いようが無いです。」

「なるほどな、お前も悩んだりするんだな。ちょっと意外。んで安心した。」


来栖はこちらを向くことなくニカっと笑ってみせた。安堵が見えるその表情の意味が、キーアは直ぐには理解できずに戸惑った。


「お前ってやっぱり雲の上の存在って感じあるし、男のくせにキレイだし。だから人間っぽくて安心した。」


ふっと疑問がよぎる。
「男のくせに」?

あの時砂月は来栖が居る前で女性であることを言ったはずだ。何故そのような言い回しをするのだろう。


「で、俺の曲だったか?俺のは明るくてめちゃくちゃ踊りたくなる感じの曲。伴奏にバイオリン入れようって話が出てさ、今練習してるんだ」


キーアはそこで1つの仮説にいきあたった。


「お前の歌って切ない感じの多いだろ、よかったら今度俺の曲も歌ってみてくれよ!きっと参考になるだろうし!!」


なるほど、こいつ、バカなのか。


何にせよバレてなくてよかったーと、キーアは気分が久々に軽くなったのを感じながら、歌ってみてという来栖のお願いに快くOKを返した。



第30話、終。





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2013/02/18 今昔都
2章の学園編で回収したかった伏線が回収出来ない!!orz
あと数話で終わりそうです。




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