お名前変換





第二章「IDOL」


第29話「泣き虫ですので」




---- アウグネ、迎えに来たよ





キーアはその日最悪な目覚めだった。夢のなかでサタン事件の際に出会った大地の悪魔アマイモンがまた自分を迎えに来て花嫁にしようとするのだ。
夢のなかでは必死に戦っても何故かダメージが通らず、必死に守ろうとしてくれるレンやトキヤ、砂月が怪我をしてしまう。最近、砂月のことがあって疲れているのだろうか?

時計を見ればまだ午前2時過ぎで。止まっていたプレイヤーをまた再生させると、砂月の歌が丁度流れ始める。力強いその歌声に守られているような気持ちで、キーアはもう一度毛布の中に潜り込んだ。






年越しに出てきて以来、砂月は全くその気配を見せなくなった。それだけあの曲に満足してくれているということのなら嬉しいのだが、反面あの歌を生で聞けないことは少しだけ寂しかった。
レンとトキヤの曲も順調に仕上がっていて、四ノ宮の負担も無くなり、一十木や聖川、来栖、セシルの方も順調に卒業オーディションに向けて準備をしている。何ら問題なんて無いはずなのに、その寂しさはキーアの胸の内から消えることは無かった。


「おーっすキーア、生きてるか?」

「おはようございます、榊。そういう榊は随分と元気ですね」


教室に入ってくるなり茶封筒を机に叩きつけてきた榊に、キーアは膝掛けをかけなおしながら聞いてみた。封筒には「早乙女学園」の文字が入っている。


「ほら、夏休みの例の事件で俺授業出れなかっただろ?特別対応で留年が許可されたんだ!」

「あぁ、良かった!授業もしっかり受け直せるんですもんね!一緒に歌ったり出来なくならなくて僕も嬉しいです!」

「来年もお前、その監査役みたいのやらないのか?」

「流石に来年からはお仕事に戻りますよ。AADも活動再開したいですし。」


寂しいなーと言う榊に、ちょっとだけ元気が出て頬が緩む。それをみた彼もちょっと嬉しそうに笑って、もしかしたら彼なりに心配してくれていたのかもしれない。

榊に小さくお礼を言うと、丁度日向がやってきてホームルームになった。新年の挨拶と卒業オーディションが近づいてること、そしてさらにこの休みで退学になった者がいることが話され、ホームルームはすぐに終わった。

するとSクラスの扉が勢い良く開き赤色のものが飛び込んできた、


「キーア!!」

「一十木?どうしたんです?」

「那月が倒れちゃったんだ!!」


その言葉にキーアだけでなくトキヤにレン、来栖も立ち上がり、バタバタとAクラスへ移動する。他人のことには興味が無いように振舞っているトキヤでさえも心配しているようで、眉間の皺がいつもより深く刻まれてしまっている。

4人がAクラスの入った時には、四ノ宮の回りの机がどかされて林檎が心配そうに膝をついて顔を覗きこんでいた。


「林檎!四ノ宮さんは!?」

「キーアちゃん!今保健の先生を呼んでもらってるのよ。冬休みのことは聞いてるから…もしかしてと思ってキーアちゃんも呼んでもらったの」

「確かに、僕が居れば砂月くんは大人しいとは思いますが…ともかく、保健の先生を待ちましょう。体に問題がなければ部屋で休ませてあげて…必要なら僕がついてますので」

「お願いしてもいいかしら。シャイニーかキーアちゃんじゃないと止められないんだもの。トキヤちゃん、キーアちゃんの分のノートとかだけお願いね」

「分かりました」


やってきた保健の教師が特に頭を打ったりはしていなさそうだと言ったので、林檎の指示でレンと聖川が四ノ宮を部屋へと運ぶことになった。キーアも四ノ宮の荷物と自分の荷物を持って彼の部屋へと向かう。
どうしてか今朝見た夢や、ここのところ感じていた焦燥感のようなものが、ふつふつと胸の中に湧いてきて溢れて、涙になって出てきそうだった。
目から涙が零れそうな状態で四ノ宮の部屋にはいると、レンと聖川が心配そうな顔で見てきたので慌てて笑って見送った。


「お二人は戻って下さい、四ノ宮さんには僕がついておきますので」

「ごめんね、頼んだよ、キーア」

「万が一起きたのが砂月の方で、困ったことになったらすぐに呼んでくれ」

「ありがとうございます。」


年越しと同じ様にベッドに寝かされた四ノ宮からは、若干の砂月の気配を感じる。キーアは彼がいつ目をさましても良いように飲み物を用意して、他にすることもないのでベッドを背もたれにして声楽の教科書を読むことにした。
発生法について考えれば考える程に、気づけば砂月の歌が頭をよぎってしまい、教科書をめくる手はなかなかはかどらなかった。


「はぁ」

「人の隣で湿気た面するな。」

「ぅわ!?砂月くん起きてたんですか!?」


背後からの低い声に驚いて教科書を足の上に落としてしまい、痛い。足の痛みを我慢して振り向くと、いつもより覇気の無い暗い顔の砂月が居て、予想よりもだいぶ近い顔と顔との距離にキーアは両頬が染まるのを感じた。


「何赤くなってる」

「よ、予想以上に近かったので……」


ふん、と鼻で笑われるかと思えば、砂月もまたちょっぴり赤くなってしまい、キーアは珍しいものを見てしまったと困惑した。砂月との付き合いが長いわけでは無いけれど、彼が素直に感情を表に出せるタイプには見えないからだ。


「もっと、早く出会ってたらと。後悔してる」


突然しんみりとした声を出した彼に視線を合わせると、少しだけ上体を起こして手をこちらへ伸ばし、首の後ろに手を回されて引き寄せられる。近い。
初対面だったとはいえ、嶺二にすら感じていた若干の恐怖を、今の砂月には感じなかった。むしろ力強い何かに守られているような、安心感と庇護欲をくすぐられる。


「那月を守るために、こうなることも覚悟してたつもりだった。けど、お前の曲を聞いて、話して、触れて。初めて自分の身の上を呪った。何故……離れなくちゃならないんだと」

「砂月くん……」


顔は直接見えないが、名前を呼ぶと強く抱きしめられて、その気持ちは良く伝わってきた。恐らく彼は、四ノ宮の負担にならないように消えてしまおうとしているのだ。


「那月が居なくちゃ俺は生まれなかった。でも、いっそ双子として生まれてこれたならとそう思わずには居られない。…そのくらい、いつの間にかお前に惹かれていたのかもな」

「私も、まだ砂月くんと一緒に曲を作りたかった。これっきりでお別れ…なんですか?」

「……那月が俺の存在に気づいた以上、俺が居ることで負担になる。完全に心が2つに割れた状態だからな。だったらいっそのこと……」


辛そうに言う彼がどうしようもなく大切に思えて、キーアはそっと彼の頭を撫でてあげた。自分の体を持たない彼が四ノ宮と意識を統合しようというのなら、それはある意味で自殺願望だ。
そして何より、もう二度と表に出ないままでそのまま四ノ宮になってしまっても良かっただろうに、こうして話せたことがとても嬉しくて、嬉しいはずなのにキーアは涙が止まらなくなった。


「もっと……もっと早く砂月くんに出会ってたら、友達じゃなく、違う風に好きだと思っていたと思います。」


鼻声になりながらどうにかそう言えば、砂月が耳元で小さく息を吸う。半分以上が吐息だったけれど、確かに「俺もだ」と呟いた彼を目一杯抱きしめる。
曲を見せただけで、歌を聞いただけで、淡い恋に落ちることもある。キスより凄い音楽が、今確かに感じられた。


「好きだ。これが愛してるに変わる日はもう来ない。お前は幸せになれよ。」


ふっと、砂月の気配が消えた。












<那月、こっちへ来い>

<さっちゃん……お別れ、ですか?>

<サヨナラじゃない。1つに……元に戻るだけだ>

<……僕とじゃないよ、キーアくん。僕にも見せたくないくらい、一緒に居る時間が大切だったんでしょう?>

<アイツは、幸せになる>

<………そうだね、僕もずっとお友達でいます>

















初めてだった。
歳相応に男の子に心を惹かれるというのは。

といっても、まだ恋とも呼べないようなふわっとした軽く淡い感情だったけれど、それでも確かに他の男の子とは全く違うように見ていた。

そんな彼のことを思うと涙が止まらなくて、キーアはただ泣いた。四ノ宮が目を覚まして慌ててタオルを出してくれて、放課後に他のメンバーがやってきても、もう泣き過ぎで喉が酷く痛んで声が出なくなっても。

残ったのは彼がミックスダウンしてくれたあの曲と、年越しの時にボツになった譜面たちだけ。もしかしてあんなに急いで仮のオケででも音源を作ったのは、こうしてお別れすることが分かっていたからなのかもしれない。

今思い出してみれば、あの歌の歌詞も自分に向けて歌ってくれているような気がしてならないし、真っ直ぐである意味で素直で、強くて脆い彼の切ない歌詞は、キーアの涙を加速させる。


「キーアさん、飲み物だけでも……明日に響きますよ」

「そうだよキーア。元気出せって言っちゃいけないとは思ってるんだけど、流石に声出ないと明日辛いよ?」


トキヤと一十木がやたら構ってくれたけれど、返事をする余裕がなくて首を左右にふった。すると諦めたようにレンがキーアの膝掛けを肩にかけてくれる。聖川は暖かい緑茶の入った湯のみをくれた。
四ノ宮はただ黙ってソファにいて、その隣に来栖が着いている。七海は全員分のお茶を淹れにいってくれた。


「キーアくん……さっちゃんは、キーアくんになんて言ってお別れしてましたか?」


四ノ宮の呟きに顔を上げた。お互いの存在を認知している以上、記憶も共有しているはずなのに。


「さっちゃんは、キーアくんと居る時だけ、いつも僕のことを遮断していました。……きっとそのくらい、二人で作る曲に集中したかったんだと思います」

「砂月くんは、最後まで僕のことを思ってくれていました。それから当然、四ノ宮さんのことも。」


掠れた声で返すと、四ノ宮ははっと顔を上げて、目があった瞬間両目から涙が零れた。そうだ、自分の半分を失ったようなものなのだ。悲しくないはずがない。辛くないはずがない。

だから私は泣いてる場合じゃないんだ、励ます側に居なくちゃいけないんだ。そんな義務感からか、口が勝手に動いた。


「僕からお願いすることじゃないかもしれません…でも、どうか、砂月くんの分まで歌って下さい。」


キーアも四ノ宮も、溢れてくる涙を掬うことが出来ないままで泣き続けた。すぐに砂月のように強くはなれなくても、いつかちゃんと向き合えるように。
今は泣こうと。







第29話、終。





次へ


2013/02/15 今昔都
長々やってもなと思って書き始めた砂月編。まさかの3話で終わってしまいました。
このラスト1話を読む間、美風藍のWinterBlossomを聞いてみて下さい。
多分曲のお陰でだいぶ泣けます。そう、曲のお陰で……




_