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第二章「IDOL」
第28話「影ですので」
真新しい五線紙にト音記号を入れて拍子を書き込み、そのパートの管に合わせてシャープやフラットを書き込む。バイオリン記号って書き慣れないから訳が分からないな…と。
キーアは元旦になったばかりの深夜帯、初日の出を見るために寝る事ができず、砂月の依頼をうけて作曲をしている真っ最中なのだ。
新年に変わった瞬間に、「お前が好きだ」と言われ何事かと思った直後、「お前の音楽が好きなんだ」と告白し直され、今に至るのだ。
砂月曰く。
自分はキーアのパートナーになりたい。けれど四ノ宮は七海のパートナーになりたかった。この音楽性の不一致が今回の大きな心の負担に繋がっているらしい。
「ん〜ん〜んん〜……壊して俺を…お前の居ない明日は要らないから」
砂月に似合うフレーズを繋ぎながらオケも作り、1分半程にまとめる。テレビで主題歌としてよく使われる時間でまとめるからには、キャッチーで親しみやすくかつ印象に残るような歌詞でないといけない。
特に、四ノ宮よりも意見をガッツリ言えるタイプの砂月が相手だ。トキヤやレンの時に手を抜いている訳ではないが、更に気が抜けない相手である。
砂月は自分を「那月の影」と呼んでいる。だからこそ、今まで何かしたいと思うことはなかったのだろうし、その欲望の思考が存在しても気づけなかったのだろう。
そんな彼が今、キーアの曲を歌いたいと思い、それを伝えてくれている。だったらそれを叶えてあげたい。
そして二人の心の負担が少しでも軽くなれば、また元の四ノ宮那月として安定した状態に戻れるのではないか?キーアはそう思っていた。
「砂月くん、ちょっと相談良いですか?サビの後半、これとこれ、どっちが好きですか?」
「見せてみろ」
2枚の譜面を手渡すと、砂月は小さく2つを口ずさんで、少し考えてからまた口を開いた。
「壊さないで俺を お前の居ない 明日へ連れて行かないで」
2つを上手に混ぜたメロが出てきた。男女で思考回路が異なることは良く言われているが、自分ではまったく想像出来なかったメロだ。
「なるほど……砂月くん、自分で作曲もするんですか?」
「…ある程度はな。アドリブなんかは自分で作ることになるし、歌詞と音数が合わなくて歌いながら調整することもあるだろ。それで慣れた」
やはり彼はセンスの固まりだなと、キーアは感嘆の溜息をついてさっそく五線紙に書き込みはじめた。
丁度そこに
「た、ただいま…」
扉を振り返ると恐る恐るといったように来栖が入ってきた。すっかり年越しパーティのことを忘れていたが、もしかして心配させていただろうか。
「あ、来栖。パーティはもう終わったんですか?」
「いや、初日の出見て初詣行こうぜってことになって、キーアの様子見に来た」
来栖は、砂月がキーアにくっついたまま大人しいのを良いことに、割りと何時も通りに話している。確かにこれでは"猛獣使い"と言われても仕方ないかもしれないとキーアは思った。
「砂月くん、初詣どうしますか?」
「行かない。それより、これさっさと作れ」
砂月はそう言ったきりキーアを後ろから抱きしめるように座り、頭を首元に寄せてきてどこにも行かせないぞというように動かなくなってしまった。
キーアはこれは諦めたほうがよさそうだなと、彼の頭をそっと撫でながら返した。
「分かりました。朝までにラフにしてしまいましょう。ということで来栖、僕と砂月くんは初詣欠席でお願いします。」
「そう…か?それじゃ携帯はずっと気にしてるから何かあったらかけろよ?」
「心配しすぎですよ、学園寮で何があるって言うんです?」
来栖は心配性だなぁと笑ってみせたキーアは、こいつ鈍すぎて辛い…と来栖が心で泣いたことには当然ながら気づかなかった。
「出来ましたー!」
初日の出に照らされながら、キーアは一枚の譜面を掲げる。まさか新年早々に一曲作ることになるとは思っていなかったが、清々しい達成感に浸っていると横から伸びてきた砂月の手に譜面をかっさらわれて、気分は一気にしぼんだ。
「レコーディングルーム、行くぞ」
「い、今からですか!?」
「今なら誰も居ない。……っく、那月が五月蝿いからさっさと終わらせる。」
「え?」
スタスタと部屋を出てしまう砂月を追いかけながら、キーアは首を傾げる。普段の四ノ宮は砂月の存在を知らないようだった。
なのに今の「那月が五月蝿い」とは何なのだろうか?
そんなことをちょっと考えているうちに砂月はレコーディングルームの鍵を職員室から持ち出し、適当な部屋を選んで入るとそのままブースに立った。
キーアはソレを見て持ってきたオケを流す準備をし、会話用のボタンを押した。
「準備出来ました。砂月くんも良いですか?」
「あぁ。さっさとはじめろ」
部屋を出る時からなにやら焦っているようにも見える彼を見ながら、キーアはオケを流した。使っている体が同じだから当然かもしれないけれど、しゃくった時の雰囲気や声はそっくりだ。けれど細かいところ、表現の方法だったりする部分は砂月の方がよっぽど力強い。
四ノ宮は柔らかく伸び伸びとよく晴れた昼下がりのように歌うが、砂月は激しく熱く嵐の夜に轟く雷鳴のように歌い上げる。
一曲が終わった時、キーアは一瞬録音を停止し忘れるところだった。
怖かった。こんな彼の曲を作らせてもらったことが、恐れ多かった。自分の曲が想像を簡単に超えて、迫力のあるものに仕上がっていた。まだオケもラフでしかないのにどうしてか一緒に叫びだしたくなるような。
「凄い…」
そう呟くしか出来なかった。
砂月は一回で満足したのかブースから出てくると、一旦オケと合わせてミックスダウンし、音声のみもきっちり保存してUSBをキーアのポケットに滑りこませた。
「お前とは…今日はここまでみたいだ。」
「砂月くん?」
「キーア、那月の憂いを……払ってくれ」
言うと、彼はまるで眠たくなった子どものように瞬きを繰り返し、全身の力が抜けたように頭をキーアの膝の上に載せて倒れこんできた。
突然のことに頭が付いて行かないまま、キーアはしばらくそうしているしかなかった。
彼を運ぼうにも自分の力ではむりだし、魔法を使えば火傷させてしまいかねない。どうしたものかと頭を撫でてあげながら待っていると、パチっと目を開いた。
その目の雰囲気からもう彼が砂月ではなくて四ノ宮であることが分かる。
「四ノ宮さん、おはようございます。気分はどうですか?」
「あれ、キーアくん?……そっか、さっちゃんと一緒に、歌作っていたんだもんね」
どうやら、砂月の存在を認識してしまったらしい彼は、寂しそうな顔で起きあがった。
「僕…今まで何回か記憶が飛ぶことがあったんです。きっとその時は、さっちゃんが出てきて辛いことを代わってくれていたんですね」
「砂月くんは、いつも四ノ宮さんのためにって思っていたんですよ、だから四ノ宮さんは笑ってください。砂月くんの努力が無駄になっちゃいます」
「キーアくんは、さっちゃんと歌うの楽しかった?僕よりさっちゃんの歌のほうが好き?」
悲しみの表情をさらに深くして言う彼に、キーアは砂月の言葉を思い出した。確か彼は、「七海のパートナーになりたかった」ことと「四ノ宮の憂いを払う」と言っていたはずだ。
七海のパートナーは一十木で、もしかして今四ノ宮は一十木よりも自分が劣っていると思い、苦しんで結果心がボロボロになってしまったのではないだろうか。
キーアはそう思うと、自分まで辛く寂しくなってきて、四ノ宮をぎゅっと抱きしめると子どもをあやすように言う。
「大丈夫です。砂月くんと四ノ宮さんは別の魅力があります。僕はお二人とも大好きですよ。」
今、彼の中で眠っているのであろう砂月のことを思いながら、ただただ、頭を撫でて静かに涙を流す四ノ宮が落ち着くのを待っていた。
ばたん!!
知らぬ内に眠ってしまっていたらしいキーアは、扉の開く大きな音で目を覚ました。はっと顔をあげると、同じ様にとても驚いた表情の来栖が、扉を開けた格好のまま固まっていた。
「お…お前!!何してんだよ!!」
「あ、おはようございます。」
「挨拶してる場合か!!お前はもっと自分が女だって自覚持てよ!!!!」
朝から元気だなぁと思いながら、キーアはそっと四ノ宮を叩いてみた。まだ眠たいのかのろのろと起き上がった彼は、やっぱり四ノ宮のままで、キーアはなんだか少しさみしい気持ちになった。
「あ、翔ちゃん!おはようございます!」
「お前もおはようじゃねええええええええええ!!!………って、あれ?那月?」
「はい〜僕ですよ〜」
ゆるゆるふわふわ〜っとした四ノ宮に毒気を抜かれたのか、来栖はがっくりと両肩を落とすと、他のメンバーが待っているからと男子寮へと促した。
一十木とトキヤの部屋にはいると、初詣から戻ってきて新年のお笑い番組を見ていたメンバー全員が先程の来栖と同じ様に心底驚いたという顔で迎えてくれた。
どうして那月の方に戻ったのかと聞かれて、一曲作って歌ってもらっただけだと言うと、四ノ宮が後ろからゆったりと付け加えてくれた。
「さっちゃんは、僕が辛かったり苦しかったり思う度に、それを代わっていてくれたんです。でも学園へ通うようになってからは、僕はハルちゃんの、さっちゃんはキーアくんの曲を歌いたいと思うようになって、それ以来僕たちはベクトルが反対になってしまっていました」
「それって何時からだ?」
ソファでホットミルクを持って話している四ノ宮に、ポテチを持ったまま食べる機会を逃したままの来栖が聞いた。
「多分、最初にさっちゃんがキーアくんを気にしだしたのは、体育祭。さっちゃんのことを『四ノ宮那月じゃない』って言ってくれてとても嬉しかったんだと思う。それからずっとキーアくんを気にしていて、プール開きで我慢できなくなったんじゃないかな」
「あれはとても仲良くしたいって雰囲気じゃなかったぞ…」
「来栖落ち着いてください。あれが砂月くんなりの友愛表現だったんですよ」
「嘘つけえええええ!!!」
当時のことを思い出したのか半泣きの来栖をどうにか落ち着けると、キーアは四ノ宮に続きを促した。
「そこに、僕のペアだった子が居なくなってしまって、ショックを受けて……ハルちゃんと組みたかったなって思っていたら……さっちゃんも同調してしまって、でもさっちゃんが歌いたいのはキーアくんの曲で……」
少しずつ彼自身も整理するように話させれる話に、周囲は驚くどころか納得していた。
ただ、キーアだけは砂月の存在に気づいてしまった四ノ宮が、嫌な感情のみを押し付けてしまっていたことを悔やまないか。そして人格の破綻なんていうことにならないかと心配でならなかった。
「それで、僕の曲を歌ってもらって一度は満足しているから、今は四ノ宮さんで居られるんですね」
「多分、そうなんだと思います。でもさっちゃんはキーアくんが大好きだから。また歌いたいって思うんじゃないかなぁ」
砂月の感情が大きくなるほど、強くなるほどに、本来の人格である那月の部分に負担がかかる。それは砂月自身が言っていたことで、四ノ宮を守ることを一番に考えていた彼もまた心に大きなキズを負ってしまうのではないだろうか。
キーアは彼が芸能界で活躍していくうえで、とんでもないリスクを背負っていることをシャイニーに相談すべきかどうか悩んだ。下手な聞き方をすれば、それこそアイドルになれなくなってしまう。
砂月が出てこないなら今は安心だと言う周囲に、キーアは同調することは出来なかった。
第28話、終。
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2013/02/14 今昔都
レン様はぴば!連載は全く関わりが無い部分を走っていますが、
Twitterでは盛大に応援させていただきましたよー!!
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