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第二章「IDOL」


第27話「無理難題!!ですので」





「で、砂月から戻れなくなっちゃったの…?」

「あぁ。昨夜なんて俺しっかり寝れなかったぜ…」

「じゃぁ、今晩はこっちに泊まる?」

「頼んだ…」


年越しパーティ………というには辛気臭い雰囲気が部屋中にあふれていたが、トキヤと一十木の部屋にはいつものメンバーが集まっていた。もっとも、砂月は自室で年越しするそうだ。


「にしても、とんだ年越しになったわよね」

「四ノ宮さん、大丈夫でしょうか…」


友千香は割りと平気そうにしているが、七海の方はかなりショックが大きいようだ。パートナーでないにしろ、仲の良いメンバーの緊急事態はやはり優しい彼女には辛いのだろう。


「昨日だってキーアが居てくれたから良かったものの、俺一人だったらどうなってたか…」

「何で?キーアって猛獣使いなの?」

「一十木、それは砂月に失礼ですよ。なんだか、僕は彼に懐かれているようでして」


友千香にも、それって十分猛獣使いじゃないのと突っ込まれたが、キーアは苦笑いしか出来なかった。

昨日の宣言通りに年越しパーティのために集まった一同は、年末の特番を付けたままで「四ノ宮砂月対策委員会第一回総会」を開催していた。四ノ宮と同じクラスの4人はもちろん、命に関することなのでレンやトキヤも協力的だ。


「要は、眼鏡をかければ良いんですよね…?」

「春歌の言うとおりだけど、問題はどうやったら掛けてくれるかよね」


クッキーを両手で持ったまま悩んでいる七海は必死に何か考えているようで、よほど四ノ宮が心配なのだろうなとキーアは思い、そしてふと思い当たった。
砂月は四ノ宮が戻ってこないのは「お前のせいじゃない」と、つまりキーアのせいでは無いと言った。その時確か「心を乱したのはお前じゃない」という言い方をしていたはずだ。
つまりそれは


「多分、砂月くんが出てくるのは、四ノ宮さんの心が乱れた時です」

「キーア、なんか分かるのか?砂月から何か聞けたのか?」


キーアは必死すぎる来栖にちょっと驚きながら続けた。


「ほら、僕が砂月くんに捕まった時、心を乱したのは僕じゃないから、みたいなこと、言われたじゃないですか」

「確かに……そうだよな。今回は那月の眼鏡が取れたわけじゃなくて、体調不良で倒れて目が覚めたら砂月になってたんだもんな」

「眼鏡以外にも原因があるってこと!?」

「一十木!耳元で叫ばないで下さい!」

「あぁ、ごめん、キーア……」


ひとまずは、その心の乱れを治めることが出来たら那月に戻れるはずだ。そのためには乱れた原因を知らなくてはならないが、砂月に不用意に近づけば命が危ない。


「で、問題はどうしてシノミーがご乱心かってことだろう?オチビちゃんに心当たりはないのかい?」

「悪ぃ、俺からみたらいつも通りだった」

「翔が謝ることではありません。こればかりは四ノ宮さんの心の問題です。誰が悪い、ということは無いはずですよ」

「トキヤくん、実はそれ、違うかもしれません」


キーアが思わず口をはさむと、驚いた表情でこちらを振り返ったトキヤはすぐに眉間に皺を寄せて続きを促した。


「砂月くんは『お前のせいじゃない』と僕に言いました。ということは、何かしら原因になった人が居るんだと思います。」

「じゃぁそれが誰か聞きだせたら、原因が分かるよね!」

「イッキ、簡単に言うなよ。シノミーに近づいてちゃんと会話を成り立たせることをするなんて………………キーアに頼むつもりかい?」


レンが一十木を睨んで言うと、そこまで深く考えていなかったらしい彼は肩を竦めてみせた。キーアに行かせたくない様子のレンは聞き出すという案には賛成出来ないとばかりに腕を組んで真面目な顔で黙りこんでしまう。
なんだか良くない空気になってしまい、これではせっかくの年越しが台無しだなと、キーアは新しいお菓子の袋を開けてテーブルに置くと、わざと明るく言った。


「さて、砂月くんのところに言ってちょっとお話してきます。 皆さんはお菓子を食べてテレビを見て待っていて下さい。」

「キーア!オレは反対だよ。キミ一人を行かせるのなんてしたくないね」

「私も同感です。彼は危険すぎます」


半分立ち上がって言ったレンに続き、トキヤまでもが更に機嫌が悪そうな声で言う。キーアはなんだかむしゃくしゃしてしまった反動で叫んでいた。


「じゃぁそんな暗くしないでください!パーティ台無しにしたいんですか!僕以外に砂月くんと話せる人が居ないんだからこうする他無いじゃないですか!!」


叫び終えた瞬間に冷静になってキーアは気まずくなり、皆の驚いた顔を見ていられないと思うと一十木の部屋を飛び出して四ノ宮の部屋へと駆け出していた。














「は?邪魔だ」

「いやです。帰りません」


四ノ宮砂月は目の前で頬をプクっと膨らませて拗ねている男の娘、いや、男装女子を見下ろしてそっとため息をついた。どうやら自分が那月と入れ替わってしまったことに関して他の連中と意見が合わず、思わず飛び出してここに来てしまったらしい。無計画な奴だ。
ソファの横に正座している彼女は、もともとの身長差もあってか随分と小さく見える。こんな小さい奴からあんなに大きな音楽が紡ぎ出されるかと思うと、少し不思議な気もした。


「で、お前ここに来て『帰らない』って言う意味分かってんのか?」


わざと低く言ってみるも、彼女は怯える様子をかけらも見せずに睨み返してきて言う。


「僕がここにお泊りします。シャワーは年越しパーティの前に済ませたので問題ありません。」


どうやら大分感覚がズレているらしい彼女に、砂月はもう一度ため息をついた。
年頃の男女が二人っきりで一夜を過ごすということに何の恐怖も興味も無いのだろうか。砂月がキーアの性別に気づいているのだから、あんなことやこんなことだってしようと思えば出来てしまうのだ。もちろん力ずくになるだろうが。


「お前、それ本気で言ってるのか?」


ん?と言いながら小首をかしげた彼女の手を掴んで腕の中に引き寄せると、それでもまだ何も警戒した様子がない。過去の父親との関係があり、男性とそうなることは想像出来ないといった様子だったのに、だ。
もしかしたら、過去のせいで感覚が鈍っているのだろうか。砂月は試しに、と心のなかで言い訳をしてからキーアの耳たぶを甘咬みしてみた。


「!?!?」

「分からないとか言うんじゃねぇぞ……?高校生くらいの男女が二人きりで夜を過ごす意味が、お前にだってわかってないわけ……おい、大丈夫か!?」


気づけばキーアは、砂月の腕の中で小刻みに震えながら、目尻に一杯の涙を浮かべていた。瞬きをした時に、その涙が頬をつたった。


「お前……やっぱり怖いんじゃねぇか」

「さ、つきも………そういうこと、僕にするんですか…?」


いつも気丈に振舞っている彼女は、本当はずっと怯えていたのかもしれない。
砂月はそう思った。男として男に囲まれて過ごす間も、本当は怖くていつ今のように恋愛対象として、やらしい目で見られはしないかと気を張って過ごしていたのかもしれない。
すると何故か、突然彼女を守らなくてはならないような使命感が胸を支配する。その感覚にまかせて彼女をぎゅっと抱きしめると、砂月は耳元でそっと言った。


「お前が無防備すぎるように見えたから言ったんだ。オレは何もしない。だから今くらい安心してろ。いつも本当は怖いんじゃないのか?」

「砂月くん……」


抱きしめているせいで顔は見えないが、彼女の両手が控えめに砂月の胸元に移動した。自分から腕の中に入るようにした彼女に砂月は安心し、そのまま座っていたベッドに倒れこむ。
すると疲れていたのか、キーアは無防備にも寝息をたてはじめた。


「そういうのが、無防備だって言ってるんだろ…」


眠った彼女をそっと抱き寄せると、砂月も一緒に目を閉じて眠りについた。温もりが腕の中にある眠りは、とんでもなく安らかで幸せだった。










キーアは目を覚ました時、一瞬思考が停止した。

眠る前の記憶で覚えているのは、砂月が自分に迫ってきて混乱しはじめたところだ。その後は曖昧で何故砂月の腕の中に居て、一緒のベッドで眠っているのか分からない。目だけで時間を確認すれば年越しの数分前だった。


「なんだ、起きたのか」

「あ、砂月くん。おはようございます。」


いつもより落ち着いた顔の砂月はキーアを離す気がないらしく、より一層に抱きしめてきてまた目を閉じてしまった。


「もしかして、起こしてしまいましたか?」

「いや、他の誰でも同じだ。近くで気配がしたら目覚める。」

「もはや野生のトラですね。」


くすくすと笑うと、砂月もすこし表情を緩めて首元にすりよってきた。トラではなくてトラ猫だったかなと、キーアはそっと頭を撫でてあげた。


「砂月くん、年越しますよ……はい、あけましておめでとうございます」

「あぁ」


まさかこんな風に年越しするとは思っていなかったが、いつも四ノ宮の中で一人年越しをしていた彼が他人と一緒に新年を迎えられたなら、それはそれで良いような気がする。


「あの、1つ聞いても良いですか?」

「なんだ」

「今回、四ノ宮さんが倒れるほどに心を乱した理由、聞いても良いですか?」


四ノ宮の名前を出した途端、彼から不機嫌なオーラが溢れ、顔を離して見つめてきた。


「お前は……那月のために何かしたいのか?」

「そうですね、クラスの皆も心配していますし……なにより、そうしないと、砂月くんも心配でしょう、四ノ宮さんのこと?」


そう聞けばまた首元に擦り寄ってきて、砂月はキーアの顎の下で囁いた。


「オレは那月の影だ。オレの存在理由は那月、あいつのために存在するんだ。恐怖、妬み、嫉み、悪い感情を全部オレが引き受けることであいつは今のあいつを保ってる」

「砂月くんが…感情を引き受ける?」

「オレが生まれたのは、過去のトラウマからだ。那月は楽器の講師をしていた女によく懐いてた。
 那月は初めて作った曲を『先生だけに聴かせる』んだって言って聞かせた。直後、女は失踪。とあるコンクールでその曲を弾いてある程度の成績を残した。」

「盗作…」


驚いた。幼い頃から四ノ宮にセンスがあったこともそうだが、その子どもが作った曲でコンクールで成績を残せたということは、彼の能力が本物である証拠だ。
そしてそんな将来有望な彼の曲を伸ばすのではなく奪ってしまったこと。


「それ以来、あいつは心を閉ざした。そしてオレが生まれた。」

「四ノ宮さんが壊れないために……ずっと守ってきたんですね」

「あぁ。だから、オレは那月のもので那月のため以外に存在することは許されない。ましてや、本体であるあいつと……反対のことを考えたりすれば、それも負担になるかもしれない」

「反対?今晩はカレーが良い!と、今晩絶対カレー食べない!みたいなことですか…?」

「……例えが最悪だがそういうことだ」


確かに、右に行きたいのと左に行きたいのが一緒になったら、真ん中で破れてしまう。
そこでキーアは思い当たったことがあった。彼の言っている「負担」というものはこれのことなのだろうか?


「あの、四ノ宮さんの負担になっていたのって…」

「ある意味ではオレだ。」


やはり。何か四ノ宮とは違う考えを持ってしまい、それが負担になってしまったということで、その原因が分かればどうにかしてあげられるかもしれない。キーアはちょっと解決に近づいた気がして、立て続けに聞いてみた。


「それが何か、教えてもらうことって出来ますか?僕もそれを取り除きたい」

「………無理だ」

「何故です?」

「……だったら………那月を惚れさせてみろ」

「は?」


キーアの口から零れた声に、砂月はちょっと赤くなって言った。


「お前が、好きだ」







第27話、終。






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2013/02/12 今昔
自分でもまさかの展開。
でも那月と砂月のことをやっておかないと…




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