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第二章「IDOL」


第26話「暴走…ですので」






恋愛疑惑報道で呼び出された藍たちを見送ると、博士はくるりとシャイニーを振り返った。


「藍に、新しい思考回路が出来ていましたよ」

「……ほう?」

「いうなれば恋愛感情。」


シャイニーの眉がぴくりと動いた。


「彼女を、キーアを大切にし守ろうという優先順位付けですね。もちろん性別を隠す意味もあると思いますが…これから先藍がどうなるかは僕にもわかりません」

「愛を知ることも成長の内だ。特に、キーアにとっては、な。彼女は愛を知らない。知っていても理解出来ていないだろう。過去のことを帳消しに出来るほどに愛されるようになれば……あるいは…」


博士はそれに小さく頷くと、白衣の裾を翻して部屋を出た。












キーアがSクラスの教室に戻った時は丁度昼休みに入る直前で、扉を開けた瞬間に教室中がザワメイた。やはり年齢的な問題なのか、この程度で大分テンションが上がっているらしい。


「おぉキーア戻ったか。」

「はい、お騒がせしました」

「どうだった?」

「どうも何も、なんで男同士でこんなこと騒がれなくちゃならないんですか。事務所の方から出版社に抗議していただけるそうですよ、気色悪い報道するなと」

「そりゃそうだな」


日向に聞かれて笑顔で答えれば、教室もそれで納得したようだった。ただ、レンとトキヤだけはまだ心配そうにこちらを見ていて、丁度なったチャイムで昼休みに入ったので、二人をお昼に誘った。


学園内にあるカフェでお願いして個室に通してもらい各自のお弁当を開くと、早速といったようにレンが口を開く。


「で、キーア。本当は何があったんだい?」

「何も?ただ藍とはしゃいでるところを雑誌に撮られたんです。そしたら『どっちが女子!?』って騒がれてしまって…事務所から僕が男性であることさりげなくアピールしてくれるそうです。」


なんだと気力を削がれたように昼食に戻ったが、トキヤはどこか辛そうな顔で言った。


「本当に、それで良かったのですか?」


やっぱりこの人はよくわかってくれている。
今まで男性アイドルだと言い切って来なかったのは、生活面でどうしても不都合がでるからだ。体調や洋服なんかについてもそうだが、プライベートでも男でいることを強いられる。
きっと彼もHAYATOのことでつらい目に遭っているのか、こういった痛みに関しては人のことにも敏感なようだ。


「そうですね、演じるのは大分慣れてきましたし、体を見せることがなければ問題ありません」

「私も出来る限りでサポートします。」

「ありがとうございます。で、お二人の曲出来るところまで進めて来ました。聞いてみて下さい。」


二人にそれぞれCDを渡すと、嬉しそうに受け取ってくれた。その後は時間の余裕もあったのでミュージックプレイヤーで聞いてもらい、気になるところは放課後修正ということでお昼の時間を楽しんだ。








3人でお昼をして時々は来栖も混じりながら、そして放課後は二人とレッスンをしながら過ごすうち、気づけば冬休みに入っていて残り少なかった今年もあっという間に終わってしまう。

12月30日。
冬休みで帰省する生徒もちらほら居るなか、寮に残っている生徒の多くは大掃除に取り掛かっていた。キーアも午前中に事務所寮の片付けをしておいて、午後には学園寮の掃除をした。
あらかた片付いた頃、部屋のチャイムがのんびりとした音を立てた。


「はーい」

「キーア!マサの部屋でお茶しよー!」

「あぁ、一十木ですか。今行きます!」


キーアはスマホをポケットに突っ込むと、お茶用にとお菓子のカゴを持ってパタパタと出入り口へ向かう。ガチャっと開くと一十木が尻尾があったら振り廻さんばかりの勢いで、キーアの手をひいて階段へ駈け出した。
聖川の部屋ということはレンの部屋で、そういえば入ったことは無かったなと思いながら
自分の部屋と同じデザインの扉をくぐった。


「おじゃましま……す…」


圧倒された。
入って右半分はどこのバーですか?と聞きたくなるようなワインレッドの壁紙とカーペットに彼の趣味だろうかダーツが壁にかけられれ、ベッドのシーツは紫色でツヤツヤしている。
逆に左半分は床が一段高くなっており、そこに畳が敷かれ、掛け軸が下がり、囲炉裏があって机も文机で墨と筆が置かれている。


「なんですか、この強烈な部屋は……」

「いらっしゃい、キーア」

「レン、このお部屋は……」

「あぁ、それぞれの趣味に合わせて作られているからね。どっちがどっちかはすぐ分かるだろう?」

「むしろ、その紫の空間で暮らす聖川を見たくありません…」


レンのような格好をしても、聖川だって似合わないことは無いだろう。逆に和装のレンだって格好良いだろうとは思うのだが…固定観念とは恐ろしいものだ。


「え、しかもお茶しようって抹茶じゃないですよね…?」

「安心してくれ、今日は紅茶だ」


奥からお盆を持った聖川が出てきた。着流しに割烹着を着ていて、なんだかサザ●さんのフネさんみたいだ。


「あれ、一十木もお茶なんてするんですね」

「えぇ!なんかそれ酷いよ!…って言っても、俺と翔はコーラだけどね〜」

「邪魔するぜー!」


キーアが聖川を手伝いながら茶菓子とお茶の準備をしようとしたところに、来栖と四ノ宮、トキヤも部屋にやってきた。どうやらこれにプラスして七海と友千香、セシルも後から合流する予定らしい。


「んじゃ、先に食っちまおーぜ!キーアのケーキあるんだったら早く食いたいし!」

「あー!翔ずるい!」


テーブルを囲んだメンバーにお茶を配り、最後に聖川の分と合わせて緑茶を淹れてもらうと、キーアもその輪の中に加わってお菓子をつまんだ。このメンバーが集まると、お茶会というよりはお菓子パーティーになってしまうようだ。


「やっほー!お菓子持ってきたよー!」

「し、失礼します。」

「お邪魔しマす。」


途中合流の3人もやってきた頃には、レンたちの部屋はもういちど大掃除をした方がいいんじゃないか、なんて思うほどには賑やかでお菓子が散乱するほどに持ち込まれていた。
そして何故か一十木が持ち込んでいたギターのせいで合唱タイムが始まり、トキヤの眉間の皺が増え、レンと四ノ宮がお菓子に変な調味料をかけ始めた。
来栖とセシルが友千香を引っ張りこんで踊り、聖川はゴミを片付けはじめ、七海にいたっては「ひらめきました!」と叫ぶと五線紙に向かってしまった。


「おい、次あれ歌おうぜ!AADのrainy!!」

「いいね!!キーアも歌ってよ!」

「僕ですか…!?」

「ほら早く早く!」

「はいキーアくん、僕特製のお菓子が出来ましたよ〜」

「わー見た目からして食べたくなーい……」

「渋谷さん、そんなこと言ったら可哀想です…」


クッキーの上に様々な色合いのクリームやら得体の知れないものが乗ったお菓子が出来上がり、「もっとホットにしようか」とレンがタバスコをふったものを、キーアの口に押し込もうとした時だった。
手を差し伸べていた四ノ宮が、そのままふっと目を閉じてこちらに倒れこんでくる。キーアは反射的にそのお菓子を受け取りながら四ノ宮を抱きとめて、どうにかクッションのうえに倒れ込んだ。


「四ノ宮さん!?」


慌ててお菓子を聖川に処分してもらうと、キーアは四ノ宮をそっとたたいてみた。けれどまったく目覚める気配は無く、仕方なくレンとトキヤの二人に頼んで来栖と四ノ宮の部屋へと連れて帰ることになった。

そのままお菓子パーティーは解散となり、四ノ宮が元気になったら明日こそ年越しパーティをしようということになった。









四ノ宮を送り届けた後、看病を手伝うということでキーアは二人の部屋に残った。熱を測るも特になく、仕方なしに暖かくして寝かせておくしかなかった。


「来栖、よければお夕飯作るの手伝いますよ」

「お、頼んでも良いか?なんなら一緒に食べてけよ」

「ではお言葉に甘えて」

「何作る?…つっても、今ある材料だと……キャベツと人参、あと豚肉が少し…」

「中華丼なんてどうです?ちょっと取り分けておいて水っけ増やせば四ノ宮さん用のお粥にできますし」

「おお!頭良いな!そうしようぜ」


年頃の男の子らしく、ちょっとたどたどしい手つきではあるものの、元から手先が器用らしく危なげなく料理を手伝ってくれた。キッチンに並んで立っていて気づいたのは、春より少し伸びていることだ。
その見て分かる成長っぷりに、なんだか男の子って良いなと思いながら、二人は他愛もない話をしながら中華丼を完成させて、テーブルへと移動する。
キーアは丼をテーブルに置くと、起きて食べれるかと四之宮の様子を見に、ぬいぐるみが一杯のベッドに近づいた。すると彼はうっすら目を開けており、


「あ、四ノ宮さんおはようございます。もう起きてだいじょ

「あぁ?」


目が完全に開いた途端、部屋中に黒いオーラが立ち込めた。来栖は既に恐怖からかスプーンを持ったままで固まっている。


「…お前、いつも俺の前に居るな」

「おはようございます、砂月くん。すみません、寝覚め、悪いですよね」


下手に出る方が無難だと思ってそう言ったのに、彼は何故か舌打ちするとキーアの手を掴んで自分の腕の中に収めようと引き寄せてきた。


「あ、あの、砂月くん?」

「お前、隠してるけど女だろ」

「……やっぱり砂月くんには隠し通せませんか。」

「見てりゃ分かるだろ。あそこのチビなんかは別だけどな」

「ち、チビって言うな!!!」


身長のことは恐怖を上回るのかと感心している場合では無かった。これで来栖にも性別がバレてしまったことになるし、何よりこんなに意識がしっかりしているのでは隙を突いて眼鏡をかけるというのも難しそうだ。


「お前、今俺を那月に戻そうとか考えてただろ?」

「えぇ。だって砂月くんは別人格なんでしょう?それって今、那月くんの精神に大きな負担がかかったということ。だったらその負担を取り除いてあげたい。」


言い終わる前に、彼のオーラが増した。怖くて動けないというほどではないけれど、女王が起こす吹雪並の恐怖を感じる。


「てめぇのせいじゃない。お前はむしろ、那月の母親みたいな存在だった。心を乱したのはお前じゃない」

「…僕に、出来ることはありませんか?」

「……ない。」

「分かりました。じゃぁ、砂月くんの気持ちを聞かせて下さい。」


頭をそっと撫でながら聞けば、跳ね除けられると思った手もすんなり許してくれて、砂月は少しだけ、張っていた気を緩めてくれたようだ。
もしかしたら、砂月にとっても母のように感じてくれたのかも知れない。そのまま少しの間頭を撫で続けているうちに、砂月の怖い程のオーラは収まっていき、ぽつりぽつりと話しだした。


「お前の曲を歌いたい。」

「僕のですか?」

「俺は那月の中にいても那月を通して外のことがだいたい分かる。お前が授業で歌っていた歌も、披露していた曲も、那月は偶然聞きつけて惚れ込んだ」


初耳だ。
言われてみれば、関わる機会は少ないのによく懐いてくれていたし、サタンの時には一緒に練習もしたがってくれた。


「俺も、お前の曲を歌ってみたいと、そう思ったんだ。…でもお前は俺を拒絶した。」

「あ…プール開きの……?」

「もう歌わせてもらえないんじゃないかと思った。でもやっぱり、お前の曲はすごく良い。心を奪われて、ずっと側に置いておきたくなる音楽だ」


サブ的な人格である彼にも、そんな複雑な感情があったことには少々驚いた。だったら尚更、誤解を解いておきたいと、キーアは彼に話す勇気を振り絞ろうと、そっと砂月の顔を見つめた。


「プール開きの時はすみません。僕も驚いて動揺していたんです。……その、小さい頃、父親からあまり良い扱いを受けていなくて、男性が苦手なんです。こうやって害意のないと分かっていれば良いんですが…」

「お前…男が嫌いなのか?」

「嫌いってわけじゃありませんよ。レンやトキヤ、来栖とは普通に友達でいたいですもん」

「でも、恋愛感情は抱かないんだな」

「これでも一応プロのアイドルです。恋愛なんて出来ませんよ」


砂月はそれを聞くと、そういうことじゃない…と言ったきり、もう何も言うもんかと言わんばかりにキーアを抱きしめたまま動かなくなってしまった。
キーアが控えめに背中や胸を叩いても反応せず、仕方がないのでまた頭を撫でていることにする。後ろの来栖が居心地悪そうに衣擦れの音をたてているのが聞こえ


「あ、何ならお夕飯食べていていいですよ。」

「い、いや…俺だけ食べるっていうのも、申し訳ないっつーか……」

「それもそうですね。砂月くん、お腹すいてますか?」


無言でこくりと頷いた彼を若干無理に引き離すと、彼は意外と大人しく食卓についてくれた。


「はい、召し上がれ」

「い、いただきます…」

「いただきます」


3人がそれぞれに手を合わせてから丼に手を付けるも、来栖だけは砂月が居る違和感を感じるのか、はたまたキーアの性別のことなのか、ソワソワと落ち着かない様子だ。
そう思って見ていると、視線がばっちり合ってしまい、


「どうかしましたか?」

「いや、その……性別…お前、女だったんだな。」

「そうですね。一応"ショタ系アイドル"で通ってますけど、性別はまだ公表してませんからね。別に女でも良いじゃないですか。」

「でも、世間はそうは思わねえだろ?お前のファンとかさ…」

「んーそうですね、なのでバレるのは困ります」


煮え切らない来栖の様子に問答を途中で放棄し、キーアは食べ終わった3人分のお皿を集めると流しに運んで水につけ、お湯が出るのを待ってから洗い始めた。
すると追いかけるように砂月がやって


「なんですか?」

「…あっちにいるとチビが五月蝿いだろ」


彼なりに気を使ったらしい。
意外だと思いながらも、キーアは視線を耐えつつ洗い物を済ませ、明日にでも皆に相談しようということを来栖と話合い、帰るなと目で訴えている彼を放置してキーアは帰宅した。






第26話、終。









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