お名前変換


第一章「猩々緋の瞳」

第二話「雪の国、王族の血」





キーアの住んでいる小さな邸宅の庭が突然騒がしくなった。時計を見あげればまだ日付が変わる直前で、寝付いてからそんなに経過してないことがわかる。
何事かと思いストールを羽織ると、キーアは足音と気配を消して玄関口へと向かった。セバスチャンに体術を習い始めてから約二年。自分でも驚くほどに身についたそれのお陰で、誰にも気付かれずに背後に回りこんだり、近くに居るのに気付かれないことが特技になった。
そんな身を隠す術をフル活用して覗いた玄関にはセバスちゃんと一人の成人男性が居た。


「旦那様、既にお嬢様はお休みされております。大変失礼ですが、明日、もう一度お越しください」

「黙れセバスチャン!あの忌み子を寄越せ!!直ぐにだ!!」


旦那様とセバスチャンが呼んだ成人男性…否、恐らく自分の父であろう人は、王族の証であるエンブレムがついた衣装を身にまとい、酷い顔で喚いていた。本当に王族なのかと疑いたくなる程のはしたなさに、キーアは顔をしかめた。


「ええい…やれ」


男性が小さく呟くと、お付きの護衛らしき者たちが容赦なく家に入ってきた。恐らくキーアを探しているのだ。隠れなくては。そう思うのに、足も体も動かなかった。


「お嬢様っ!」


助けてくれようとしたセバスチャンに手を伸ばしても届くことは無く、首筋に鈍い痛みを感じたあと、キーアの視界は真っ暗になった。







次に目を開けた時、見知らぬ豪華な天蓋付きベッドに寝そべっていて、体を起こそうにも革紐で手足がベッドの支柱に固定されて動かなかった。ひっぱっても、たかだか七歳少しの女の子に革紐が切れるはずもなく、ただ体力を消耗しただけだった。
目が覚めてしばらくすると、自分を攫ったのだろう男性がやってきた。


「ここはどこ?」


男は答えることなく、キーアの着ているワンピースをはいだ。
そして肌着だけの姿にすると----------------------







「いやあああぁあああぁああぁぁあああ」









毎日、違う男性がやってきた。
時には革製のおかしな服を着せられて、時には獣の耳をつけられて。
極稀にムチを持ってくる人も居た。

今日はどんなことをされるんだろう。そう悲観することも無くなったある日。男はまた部屋に入ってきて、キーアの顔を嫌らしい笑顔で覗きこんできた。



「どうだい、忌み子。人間様に飼われる気分は。お前は罪深い。今からお前を産み落としてしまった愚かな女に、我々聖なる王族が裁きをくだすのだ。よぉく見ておいで」


ガラガラと金属の音がして、どうにか持ち上げた首で自分の足の方を見やる。すると、大きなゲージに入れられた女性が運ばれてきた。

その女性と目があうと、彼女はとても驚いた顔をして鳴き出した。口枷がされている彼女が何を言っているのかは良く分からなかったけれど、自然と頭の中に言いたいことは伝わってきた。


---- あぁ、大きく美しく育ってくれた。ありがとう。


ああ、この人が母なのだと思った。
綺麗な焦げ茶色の髪の毛は、乱暴されていたのか乱れていても、その女性の放つオーラは輝きを失ってはいなかった。


「ほら、でろ」

「忌み子を産んでしまったお前もまた、既に人間様の足元にも及ばん存在だ」


ゲージから乱暴に引っ張りだされた女性に、容赦なく蹴りが入る。そして男性の護衛と思われる人たちが、ガチャガチャとベルトを外し、ズボンを脱ぎ始めた。そこで、幼いキーアにも何が行われようとしているのかが分かってしまった。
あの下賤な"男"という生物たちは、キーアの母を辱めようというのだ。胸をいじり、刃物を首にあてがいながら服を脱がせていく。


「やめなさい!その人を離して!!」

「聞こえぬよ、悪魔の子。」


銃口が、母の足の間に押し込まれる。
どんなにひっぱっても切れない革紐と、目の前で着々と進んでいく母への暴行に、キーアの中で何かがはじけた気がした。

バン

銃声とともに、母が倒れるのが視界に入った。

視界に映るもの全てが数式で見える。
視界に映る全てが電子レベルで見える。

視界に映る全ての存在を解析…そして、破壊できる。







男爵は何が起こったのか分からなかった。ただ、忌み子----自分の血と、目の前で自分の部下に強姦されている女性の血を引く、黒い髪の毛の少女。古い伝承にある悪魔の子。

お伽話にある弟の筋にある自分の子供が黒髪だったなど、到底許されることではないのだ。悪魔の子が生まれたとなっては、王族とはいえ爵位剥奪でいいところ。最悪国外に追放されかねない。自分の生まれた時からの豪華な生活が無くなってしまう。


「っあは…」


だからこんなことあってはならないのだ。少女の瞳が眩しい程の赤色に染まり、可愛らしいワンピースに包まれた全身から、女王と同じような魔力がほとばしっている。


「燃えろ…」


小さく呟いた言葉に呼応するように、少女の周囲に炎の帯が浮かび上がった。


「Reply to a voice. It is followed by all the flames to me.」


途端、視界が炎で埋まった。助けてくれと叫ぼうと口を開けば、そこに少女が操っている炎が飛び込んできた。
熱かった。







自分の意思のままに動く炎を見て、キーアはやはり自分が悪魔の子なのだろうかと考えたが、でも一応王族の血を引く身なのだから、魔法くらい使えてもおかしくないかと開き直る。そんな冷静な部分もすぐに激昂の波に攫われて、涙が頬を伝った。

助けたかった母は死んだ。自分が弱かったから。
だったら全部燃やしてしまおう。










ふっと我に返ると、キーアはまた見知らぬ天蓋付きベッドに寝かされていた。違うことといえば、そのベッドが白く上品なものであることと、手足に革紐がついてないことだ。


「目が覚めたか、愚民」


この国特有の色素の薄い綺麗な髪の毛と、ベッド脇に立っているだけなのに感じる気品。慌てて起き上がろうとしたキーアをそっと寝かすと、その男性はベッド横の椅子に腰掛けた。


「お前の名はキーアで良いな?」

「はい」


目の前の人間の名前や正体が気になったが、逆らってはならない気がした。何より相手は自分より少し年上の男の子で、キーアの知っている男という生き物はキーアを蔑んだ目で見るか、欲に満ちた目で見るかしかしないからだ。


「カミュだ。今から女王陛下がお前と面会をなさる。」


カミュ、とは恐らく彼の名前で、女王というのはシルクパレスの女王のことで。その国のトップに立つ国で唯一吹雪を操れるそんな女王が自分と会う!?
何が何だかさっぱり分からぬまま、カミュは部屋を出ていってしまい、入れ違いに入ってきたメイドたちの手によってキーアは可愛らしいバーミリオン色のワンピースドレスに着替えさせられ、軽くサンドイッチをつまみ、髪の毛のセットまでしてもらい、まるで自分じゃないかのような気分で部屋の外へと出た。
そこには先程部屋から出ていったカミュが待っていて、キーアの手をそっと取ると広い廊下を歩きだした。

キーアが住んでいた…否、幽閉されていた屋敷も十分に豪華だと思っていたけれど、この建物はその比ではないくらいに、絨毯もフカフカで天井もたかく、白い壁と装飾の薄い青が綺麗で、いったい時価幾らなんだろうと思ってしまう。けれど、よくよく考えれば「女王に会う」ということはきっとここは王宮で。


「どうした、顔色が悪いぞ」

「…いいえ、問題ありません」


まさか「男と一緒に歩いていることと、王宮に居るという緊張で気分が悪い」などと素直に言えるわけもないので、キーアは迫り来る胃のキリキリを必死に耐えていた。


「キーア、女王陛下がどのような方か知っているか?」

「いえ、この国を守れる唯一の女性、吹雪を制御出来る能力をお持ちであるとか、その程度の一般市民と同等のことしか……詳しいことは存じません」

「いや、良い。軟禁生活だったと聞いてな、女王陛下のお力についての知識があるか確認したまでだ」


少し歩くと大きく豪華な、と形容する他無い扉の前まで来た。細かく言えば、どんな職人が来たのだろうと思うほど精密でリアルな彫刻、張られている皮はいったいどこから仕入れたのかというほどに艷やかで……あげればきりがない。

そんな豪華な扉が静かに開いた。


「おぉ…カミュ。その者が例の少女か?」


奥の玉座に腰掛けた女性…というか、キーアよりも少しだけ年上の女の子にカミュはその場で跪いた。慌ててキーアもそれに習う。


「左様にございます、陛下。分家筋ながら王族の血を引く、第3王位継承者です」

「しかし、他国の血を引いているのじゃろう?……とはいえ、魔法を行使したのであれば、それはあの狸爺たちも黙ってはおらぬか…」


俯いて床を見つめたまま、カミュと女王の会話を効いているだけは、精神的に辛い。
話の内容は大体把握できる。
自分の父親が一応王族に連なるもので、先祖返り的に魔法力を持って生まれたキーアは、たとえ他国の母を持っていても、国の重鎮たちが無視できるものではないと。
この国では魔法が行使出来る者が少ない。母の国では神々に音楽を捧げることで、誰でも魔法が使えたと聞いているが、生憎とこの国に音楽神の信仰は無い。


「良いじゃろう。妾とともに王宮で暮らし、女王となるべく教育をうける。それがその者の運命じゃ」

「はっ。仰せのままに」

「して、キーア。顔をあげよ」


はいと返事をして顔をあげれば、白いドレスを身にまとった華奢な少女は優しい微笑みをたたえてキーアを見ていた。


「そちは今から、妾の友達じゃ!つまらぬ勉強も、二人なら楽しかろうて」


勉強のくだりの時には少し意地悪に笑い、でもキーアを受け入れてくれると言った。その女王に、キーアはただただ感謝してその身分を甘んじて受け入れた。





キーアが王宮に王位継承者として暮らしはじめて一週間。


「いやっ!!」

「お嬢様落ち着いて下さい!」

「触らないで!!!」


カミュは頭を抱えていた。燃え盛る貴族の邸宅から助けだされたキーアは3日間目を覚まさなかったが、その間に読んだ報告書の内容は酷いもので。彼女は黒髪の悪魔だから何をしても構わない、その貴族の方針でたかだか七歳やそこらの少女に性的暴行を加えていたらしい。
キーアの出生をたどれば、母親が他国の生まれでありその母が黒髪であったこと、そしてその母も無理に貴族の家に迎えられたことが分かるのだから、彼女らは被害者だと分かるのに。
その貴族邸宅での生活のせいなのか、キーアは男性が近づくと泣きだして触れられようものなら無意識に魔法を使っているのか熱波がとんでくる。なので、キーアが許したもの以外はこの彼女の部屋に近づけないはずなのだが…


「カミュ様っ…お嬢様を!」

「何故、お前たちはここに居る?」

「う、噂を確かめようと!…ひぃい、お助けっ!」


この執事たちは、最近城にやってきたキーアの噂を聞いたのだろう。深くため息をついて、カミュはベッドの上で自分の体を抱えているキーアに近づくと、そっと頭を撫でて耳元で囁いてやる。


「キーア、落ち着け。俺がここに居るから、あいつらは手出しできない」


すると徐々に周囲の気温が下がり始め、魔法を行使しているせいで猩々緋色に染まっていた瞳も、もとの濃い灰色に戻っていった。


「あ、カミュ……ありがとうございます」

「気にするな。あの愚民どものせいなのだろう?」

「…なんか、"魔性の子がやってきた"っていう噂が流れてて、どんな美人が見に来たけどがっかりだとか言って、笑いながら寄ってこられて、それで、それで……」


カミュはもう一度、深ーくため息をついた。下らぬ噂が広まってしまったものだ。腕の中に居るキーアは疲れたのかクッタリとしていて、もう執事たちを咎める気力もないようだ。


「愚民ども」


背後に居る執事たちに言う。


「陛下がこのことを知られれば、お前たちがどうなるか分かるな?二度とこの部屋に、そしてキーアに近づくな」


低く言えば彼等は慌てて出ていった。もちろん、このことに執事長が気づいていないはずもないので、どちらにせよ彼等の運命は良いものでは無いはずだ。
そもそも。物珍しいというだけではなく、彼女の黒髪は冬の夜空のように深い色で綺麗だ。瞳は温もりを残した暖炉の様に暖かで、ずっとそこに居たくなる。肌は父親から受け継いだのか、この国特有の色素の薄い白に近い肌色で、黒髪とよく映える。


「全く…手のかかる奴だな」

「申し訳ないです…」

「良い。俺が手をかけようと思うだけの身分と向上心は持ち合わせているということだ。光栄に思うが良い。そして存分に陛下のお役にたつのだ。」

「善処します」


女王と共に帝王学やマナーを学ぶこの少女が居ることで、女王が救われる。外の世界に憧れ、城の生活に飽き飽きしていた女王に少しでも楽しんでもらいたい。カミュの願いを叶えてくれた少女には、少なからず感謝しているのだ。そんな感謝の意を込めて、最後にぎゅっと抱きしめた。




終。



_