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第二章「IDOL」


第25話「危機ですのでっ」





クリスマスの連休明けは、まだ雪が溶けずに残っているくらいには冷え込んでいた。
けれどもキーアの故郷に比べれば遥かに暖かく、体内に宿っている炎のちからもあってか、最近流行りだという「ヒートテ●ク」なるものは購入せずにすんでいる。

クリスマスパーティの後、もしかしたら間に合うかもしれないと早乙女学園のパーティ会場を覗きに行ったものの、すっかりもぬけの殻だった。
そんなことを思い出しながら、ポンチョ型のコートを着て昇降口へとローラースケートで向かうと、まるで入学式の当日のように皆の視線が痛かった。もしかして誰かの知り合いがあのクリスマスパーティに居たのだろうか?

だとしたら、あのレンを見習った振る舞いが伝わってしまっているということで……そう考えただけでキーアは恥ずかしさのあまり蒸発してしまいそうだった。



その視線に耐えて教室へはいると、途端に女子生徒にかぎらずクラスメイトたちの視線が突き刺さった。そして次の瞬間には女子たちが駆け寄ってきて、


「キーアくん!!今朝発売の雑誌って本当!?」

「AADの2人って付き合ってるの!?」

「え?……えええええええ!?」




待て、どうしてそうなった。




「その雑誌、見せていただいても良いですか!?」


余程鬼気迫る表情をしてしまったのか、目の前の女子が若干青ざめながら雑誌を開いて渡してくれた。そこには、


<噂のアイドル「AAD」を激写!!クリスマスに手繋ぎデート!?>

<2人の性別はいったいどちらなのか………>


という見出しに、あのパーティの帰り道、ギターを背負ったキーアとその手を引く藍の写真だった。
丁度、植木の陰ができて藍の顔は良く見えないが、口元はしっかり笑っているし、
キーア自身も自分で驚くほど楽しそうに笑っていて、


「こんな写真いつの間に……」

「え、じゃあこれやっぱりAADのふたりなの!?」

「はい、確かに僕ですが…いや、そもそもなんで男同士でデートになるんですか…?」

「それは、君たちが性別をメディア上で断言していないからでしょう?」


後ろからの声に飛び上がって振り返ると、トキヤが朝から不機嫌そうな顔でキーアの持っている雑誌を覗いていた。そして盛大にため息をつくと、


「だいたい、そのような写真を撮られるだなんて、学園生活で気が抜けているのではありませんか?」

「ぁぅ…ごもっともです……。」


HAYATOのこういったネタは聞かないが、そもそも女性関係なんてなさそうだ。キーアが改めて雑誌を見下ろしたところに、仕事用のスマホが黒電話の音をけたたましく鳴らした。


『お、キーア。もう学園か?』

「日向さん!この雑誌なんですか!?なんで藍が女の子みたいに書かれてるんですか!?」

『いや……お前は本当に自分のことには鈍いというか……良い、とりあえず、社長がお呼びだぞ』

「げ…シャイニーが………すぐ行きます」


キーアはさっと電話を切ると、女子に笑顔で雑誌を返して今来た道を全力で逆走し始めた。


















『愚問ですね』

『おや、寿さんはお二人のことを良くご存知なんですか?』

『えぇ、AADの2人とは良く会いますし話もしますし、下積み時代の公演も見に行ってましたよ』

『ではそんな友達という立場から見て、今朝の報道をどう思われます?やっぱり〜という感じなのか、そりゃないよ!という感じなのか…』

『確かに2人は仲良いと思いますよ、でも男の子同士じゃないですかぁ〜』

『おっと!?それ言っちゃっていいんですか!?』

『えーだってどうみたって男の娘じゃないの!嶺ちゃん自信もてるよ〜!』


朝の民放の情報番組に丁度嶺二が出演していたせいで、随分とネタにされてしまっている。藍はそんな報道を事務所の一室で見ながら、映しだされた光景に思いを馳せた。

そもそも機械の電気信号で作られた思考回路で『思いを馳せる』なんて表現が合っているかは分からないが、とにかく今は、クリスマスパーティ直後の光景をメモリから引っ張りだしたくなった。

キーアは太陽や月だ。明るくて暖かくて優しい。けれど雪で、自分が触れたら溶けて消えてしまいそうに見える。この思考回路はいったいいつから出来上がったのかは分からない。けれど、無意識にプロテクトをかけるくらいには大切な『感情』だ。

そしてこの報道で言っていた『手繋ぎデート』という言葉も、何だか回路がいくつかオーバーヒートしてしまいそうになる程で。藍は自分がどうしたら良いのかさっぱり分からなくなってしまいそうだった。


「藍、どうしたんだい、機嫌悪そうな顔して」

「別に。」


シャイニーと共に部屋に入ってきた博士は、藍の保護者としてやってきたのだろう。アイドルは恋愛ご法度だなんていうルールがあるから、こんな面倒なことになるのか。そうしたら、この美風藍のプロジェクトは凍結されてしまうのだろうか。
キーアと一緒に歌えなくなるのは、嫌だな。ふっとそう思った。


「すみません、遅くなりました!!」


丁度飛び込んできたキーアと目が合うと、彼女にふわっと微笑まれ、またプロテクトされた思考回路が働く。本当に彼女の優先順位は驚異的な勢いで上位に食い込んでくる。


「さて、二人に問おう。今朝の報道についてどう思う」


いきなり真面目に話しだしたシャイニーに、藍は至極当然だという顔を作って答える。


「どうも何も、キーアの性別はバレていない。記事でも『これでどちらかが女子なら新聞の一面を飾れる』と言っているし、何よりボクが彼と歌いたい。だからAAD解散なんて絶対に嫌だよ」


シャイニーに目線で促されたキーアは少し怯えたように、いつもより大分控えめに言った。その様子はなんだか小さい子どものようで、庇護欲を刺激する。


「僕も、まだ藍と歌いたいです。藍のことが好きだから。でもそれはパートナーとしてであり、恋愛感情ではありません。僕の性別もまだメディアに公開されていません。」


そこで小さく息を吸って落ち着こうとしているように見えた。目の前の上司に何かを言っただけで、下手をすれば二度とこの世界に戻ってこれないのだ。


「もし、可能なのであれば、僕のプロフィールを男優の方へ移していただけませんか?もしくは男性であることを匂わすことが出来れば、今回の報道は全く脅威ではありません。」

「プライベートは無くなるぞ?」

「もとより、ミッチャーダにアイドルにならないかとお誘いいただいて以降、そのつもりです。何より僕はまだ、藍と歌いたい!学園の人たちと音楽を作りたい!ここで夢は諦められません」


言いながら目尻一杯に涙をためて、キーアはシャイニーを見つめていた。藍にはその必死さが理解出来ても納得が出来ない。このことをこんなにも悔しく思ったのは初めてだ。
少しでも、その涙の理由を理解してあげたいのに。








「ブラアアアボオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」






シャイニーが両手を振り上げて叫んだ。藍もキーアも当然に目が点状態で、


「その素敵な友情、そしてパートナーへの親愛を認め、AADの存続をここに決定シマース★」

「うん、良かったね、藍もキーアも」


まともにリアクションがとれたのは、その場では博士だけだった。
一瞬遅れてキーアも現実に帰ってくると、


「ちょ!!じゃぁ今日呼び出したのは!?」

「YOUたちの信頼関係が崩れていないか確かめる為、アーンドここでAADを続けたいという言葉が無ければ速攻で解雇でシタ〜!!」

「無茶苦茶でーす!!!」


藍は1つ賢くなった、『頭痛がする』とはこういうことを言うらしい。









横からやってくる昼前の日を浴びながら、藍とキーアは並んで学園寮へと向かっていた。止められるかとも思ったのだが、案外シャイニーは「送ってあげてくださーい」とノリノリだった。
近頃では男同士というのも流行っているらしく、全くもって理解出来ないが仲が良いというだけなら問題もなくお咎めは一切無しになった。


「にしても、びっくりしました。顔文字にしたらこんな感じですよ、ほら!」


キーアは大分慣れてきた手つきでタップすると


< (゜д゜)!? >


スマホの画面に顔文字を出して見せてきた。くだらないねと言いながらも、藍は自分の口角が上がっていくを感じた。
本当にこの相方は藍のペースを乱すのが得意で、そしてこちらに合わせてくるのが得意で。これから先どんな音楽を作ってくるのかが楽しみでならない。藍はそんな『大切な』相方の手をとると、冬の柔らかい日差しの中を歩き続けた。





(他の誰にもあげない。頼られるのはボクだけで良い。)







第25話、終。




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2013/02/07 今昔都
ただ、藍ちゃんとほのぼのさせたかっただけ。





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