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第二章「IDOL」
第24話「クリスマスですので」
「キーア君、私、どうしてもキーア君と一緒に行きたいの!!」
「ありがとうございます。でもすみません。僕、当日は事務所の用事で別のところにおりますので…すごく申し訳ないんですけど、どなたか他の方をパートナーに誘っていただけますか?」
今日だけで一体何回これを言っただろうか。キーアは零れそうになるため息を必死に飲み込んで、誘ってくれた女子生徒を見送る。
事の発端は昨日の帰りのホームルーム。早乙女学園でもクリスマスにはダンスパーティーを行うので、各自ダンスのパートナーを決めるのと、ドレスなどの正装を準備しておくようにとのお達しが出たのだ。
そして、レンとキーアに関しては体育祭でバッチリ踊っている様子を見られているし、文化祭でも社交ダンスがあったために引っ張りダコ状態なのだ。もっとも、レンの場合は誘ってくれた子たちと一回ずつ踊る予定だそうだが…
何より問題だったのが「男性パートが踊れるか?」ということだったのだが、不幸中の幸いか、キーアは例の業界者向けのパーティに呼ばれているため踊る必要も…
とそこまで考えてキーアは青ざめた。
「そうですよ!!AADとして行くならどちらにせよ踊れないと…」
「何が踊れないんだい?」
中庭でレディたちと戯れていたのか、数人の女子生徒とともにレンがやってきた。その女子たちもしきりにレンにくっついて、自分をアピールしようとしているあたり、クリスマスパーティに誘いたい、もしくは自分だけと行ってほしい子たちだろう。
「クリスマスパーティです。僕はその…あまり得意ではないので、ダンスが」
「でも運動が苦手ってわけでもないだろう?…ってそうか、キーアは……」
「そうなんです…一応、見た程度では踊れるんですが…」
「いっそまた女装して出たらどうだい?」
何やら女子生徒たちが騒ぎ出してしまったので、キーアが慌てて当日のことを話すと残念そうにしながらレンと女子の集団は行ってしまった。
「にしても…これはカミュに助けを求めるべきでしょうね……」
もしくは、いっそ踊らないという手もあるかもしれない。藍とずっと一緒に居て、隅のほうで小さくなっていれば目立たないだろうか。キーアはカミュに頼むのとどちらが得策か考えながら、午後の授業へ向かった。
結局、藍に作戦を話した瞬間に「練習するよ」と素敵な笑顔で言われてしまい、キーアはダンスと演奏と両方のレッスンを受けながら、クリスマスまでの日を過ごした。
そしてクリスマス。
キーアと藍はお揃いのサンタ風衣装に着替えた。藍は断固拒否して黒い長ズボンだが、キーアはショートパンツにタイツを履いている。一度この格好してみれば良いのにと言ったらげんこつが降ってきたので二度と言わないことを誓ったのが一昨日だ。
2人は嶺二の上手な運転で会場に送ってもらい、キーアはギターを背負って裏口から入場した。一応ということでスタッフ証を貰って首に下げると、会場の下見をし、先に軽食をと言われてキュウリと卵のサンドイッチ、それからフライドポテトと唐揚げをつまんだ。
もちろん、藍は食べた振りだけして本番前の余計なエネルギー消費を抑えている。
「さて、キーア、本番失敗したらペナルティだからね」
「ええー、クリスマスなんだから楽しみましょうよー」
「駄目。」
「藍のケチ」
お互い笑顔で言い合っていると、主催事務所のスタッフさんたちも皆笑顔で見送ってくれた。本番までに合わせて練習もしているので失敗するとは思ッテはいなかったけれど、演劇以来初めての"生"という雰囲気に気分は高揚しっぱなしだ。
2人はお客が入りきる前にワインレッドのカーテンで立食パーティーの会場から隠されているステージにあがり、軽く手首の柔軟だけしてパーティの開始を待った。
しばらくすると会場の方からは人々の話し声が聞こえてきて、司会のお兄さんがマイクを持って下手側ステージ前に行くのが見えた。
「皆様、本日は当事務所の主催するパーティにお越しいただきまして、まことにありがとうございます。」
長すぎず短すぎずな挨拶の後、ついにAADの紹介に入った。
「本日はスペシャルゲストとして、シャイニング事務所所属アイドルユニット、AADのお二人をお呼びしております!!それでは、演奏を聞きながら、どうぞ、心ゆくまでご歓談くださいませ!」
照明が少し落ち、藍と目が合う。彼のザッツはとても分かりやすい。息を合わせて入った最初の曲は、AADアレンジのWeWishYourMerryChristmasだ。パッとライトに照らされた2人の姿に、会場から黄色い悲鳴があがる。
全英詩でキーアの書いた歌詞が、2人の声で紡がれていく。似ているとたまに言われる2人でハーモニーを作ると、とても相性が良い。
声域の関係でキーアが下を歌うことが多く、事務所の人からは男女逆転だなどとからかわれたりもする。
そんなことを思いながら楽しく歌ううちに、会場に来ている人たちから手拍子が起き始める。ただ楽しいと思うしか出来ない間に、一曲目は終わってしまった。
「みなさんこんばんは!AADの美風藍です!」
「AADのキーアです!今宵は僕たちから皆様へクリスマスプレゼントを届けさせていただきたいと思います。」
「どうぞ、お食事を楽しみながら聞いて下さい。続いての曲は僕達のデビューシングル『rainy』です。」
藍が曲名を言った途端に、また黄色い声が響いた。2人の名前を呼ぶ声に小さく手を振れば、さらに悲鳴があがる。なんだかアイドルになった気分で、キーアは持てる限りのものを出して歌と楽器で奏でた。
「「ありがとうございました!」」
2人が叫ぶと、喝采の中でライトが一旦暗転し舞台以外が明るくなる。キーアは生演奏を終えた充実感と共に舞台袖へ引っ込むと、ひとまず楽器の片付けに入った。
藍はスタッフと楽器の運び出しをしていたので、キーアは一人でギターを片付けると楽屋に戻って安全な場所に楽器を置き、姿見で服の裾を直しながら藍を待つことにした。
待っている間に何回か楽屋の扉がノックされ、
「キーアくんお疲れ様でした。」
「ありがとうございます。」
というようなやりとのりの後に、お菓子の詰め合わせやマフラーなんかのプレゼントを渡そうと主催者側のスタッフがやってきたため、キーアはその度に「事務所にお願いします」と言わなくてはならなかった。
ガチャリと扉が開いて「またか!」と警戒して振り向いたそこに藍が居た時にはすっかり疲れてしまっていた。
「もしかして、キミの方にもプレゼント渡そうとしてきたの?」
「はい…お陰で噛まずに言えるようになりました、『申し訳ございません。とても嬉しいのですけれど、プレゼントは事務所宛にお願いいたします。』」
「で、パーティ出るの?」
「え?むしろ出なくて良いんですか?」
まさかそんなことは無いだろうと聞き返すと、椅子の上でぐったりしていたキーアの頭に、ポンポンと藍の手が乗った。
「大分疲れてるし、社長からの顔出し厳禁令もあるからね。帰りますっていうのが通らないことは無いと思うけど」
「その手がありましたか…会場に行って騒がれてしまうのも面倒ですよね。反面嬉しくもありますが……」
「知名度のチェックにはなるかな。でも歌い出すまで歓声が起きなかったことを考えると、この赤いポンチョだけ脱いでいけばバレないような気もするけど?」
バレないと言われれば行きたいような気もするし、せかっくのクリスマスパーティなのだ。
今頃学園でも皆楽しく過ごしているだろうし藍と一緒にこういったパーティに参加するのも初めてで、だったら行こうかなと思い立ったキーアは頷き返した。
藍はさっとこちらの意図を読み取ってくれ、キーアの右手を軽くとると楽屋を後にした。舞台袖にある出入り口からそっと会場内に滑りこむと、そこにいた司会のお兄さんが
笑顔で「いってらっしゃい」と見送ってくれ、2人はそれに頷いて人混みに紛れる。
意外と大丈夫そうなもので、2人が並んで歩いていても誰も声をかけてはこない。もしかしたら関係者が多いとあの取締役が言っていた通りで、AADを見慣れた人たちばかりなのかもしれない。
「拍子抜けするほどだね。」
「平和で何よりですよ。あ、僕あのケーキ食べたいです」
「ほら、袖にクリーム着くよ。ボクが取ってあげるからじっとしてて」
チョコレートとココアのケーキの前で2人がわいわいと騒いでいても、特に周囲からの目線は飛んでこない。クリスマスで他の人達も気分が高揚しているせいだろうか?
キーアが藍に取ってもらったケーキを頬張りながら壁際に移動すると、丁度始まったダンスに入る人々を軽やかに避けながら、取締役がやってきた。チャコールグレーのスーツがとてもよく似合っている。シルクパレスのダンスパーティーにいても違和感が無さそうだ。
「こんばんは、本日はお呼びいただきましてありがとうございます。」
「やぁキーアくん。美風くんも楽しんでもらえているかな?」
「もちろんです。ボクたちが居て、騒ぎが起きたらご迷惑をおかけするんじゃないかとも心配していたのですが……とんだ取り越し苦労のようでした」
社交界モードで肩をすくめてみせた藍に、取締役も楽しげに笑い返してみせ、丁度通りかかったサンタ姿の執事からドリンクを2人にとって渡すと、挨拶回りだとぼやきながら行ってしまった。
「……渡されちゃった…」
「ん、ちょっと待ってください。僕が飲みますよ」
「お願いするよ」
キーアはこそこそっと藍の分のジュースをある程度飲み、グラスを返した。ついでに自分の分のグラスも頼んで、もう一度ケーキにとりかかる。
甘いものの食べ過ぎは太るかもしれないけれど、ストレスで太るよりよっぽど良い。と、甘味派のカミュが言っていたその言葉に従い、キーアは美味しそうなものを少しずつできるだけたくさんの種類を食べるように会場内を歩きまわった。
2人分のグラスを下げてもらいお腹も一杯になってきた頃、キーアは遠くに見えるピンク色の髪の毛をくるりと巻いた可愛らしい…男性を見つけた。パンツスーツ姿の林檎は今日も大変に可愛らしく、業界の知り合いらしき人と談笑していた。
「藍、林檎も来ているようですよ。」
「今日はシャイニング事務所から、社長、林檎、AADが出席予定だからね。早乙女が来てるかどうかは分からないけど」
そこで丁度ダンスの曲が終わり、2人は気づけば大勢の女性に囲まれてしまっていた。うっかりしていたようで、楽しそうに微笑む彼女たちは誰が最初に声をかけるのか、視線で牽制しあっているようだ。
「こんばんは。失礼ですけれど、あなた方がAADのお二人かしら?」
「よろしければ、私と踊っていただけません?」
結局、妙齢のマダム2人が藍たちの前に進み出てきて、その努力の結晶である化粧がきちりされた顔で、ふんわりと微笑んで手を差し出してみせた。ツンと鼻を刺す香水の匂いに顔を歪ませてしまわぬように一曲相手をするのは、カミュを辛党にするのと同じくらいに大変そうだ。
藍は社交界モードの笑顔を貼り付けているものの、一切口を開こうとせず、目で「どうにかしてよ」とキーアに訴えている。仕方なく、ため息の変わりに全力でレンの真似をしてみた。
「ありがとうございます、マダム。僕もここにいらっしゃるレディ全員と踊りたいのですが、たとえサンタと言えども僕達に十分な時間を運んではくれなかったようです。
どなたかと踊って、別のどなたかを悲しませてしまうのであれば、僕達は誰とも踊らずに居ようと、そう決めているのです」
「まぁ…」
目の前のマダム2人が、頬に手をあててうっとりとため息をつく。どうやら上手くいったようで、マダムたちの采配で2人は可愛らしいケーキを持たされ、お話だけでもとダンスの輪には入らずにすんだ。
もっとも、香水の匂いを我慢することに変わりは無かったが。
「ねぇ、お二人は普段どんなところに住んでらっしゃるの?」
「キーアくんのご趣味は?」
「美風さんの得意な楽器を聞いても良い?」
やはり藍は笑顔で当たり障りの無いように曖昧な相槌をうつだけにしたようで、仕方なくキーアがファンサービスに務めるのだが、
「駄目ですよ、素性はミステリアスな方が……僕たちのことを気にしてくれるでしょう?」
「「「きゃー!!!」」」
なんだか会場を騒がしくしてしまっているようで恐縮だ。
「レディたち、すみません。あまりはしゃぐと皆さんが驚かれますよ」
「ごめんなさい、キーアくん」
「だってAADはお二人とも写真もろくに公開されていないんですもの」
「今日くらいお話したいわ」
「僕たちはサンタにはなれませんよ。あくまで、皆様全員のアイドルですから」
今度はキャーがギャーに変わってしまい、キーアは眉をハの字にするしかなかった。しばらくそんな感じで女性陣の相手をしていると、プレゼントの交換会が始まり、交換会不参加の藍たちを残して女性陣をどうにか見送ると、キーアは盛大にため息をついた。
「本当、見事なお手並みだったね」
「藍が協力的でなかったので、頑張ったまでですよ…」
近くのテーブルからマダムたちが持ってきてくれたジュースを飲み干すと、2人は流石に長居する気にはなれず、ホストである取締役を探して挨拶をするとそっと会場を抜けだした。
ギターを背負ったままで外に出ると、大気は冷えきりふんわりと降り始めた雪がひらひらと桜のように舞っていた。
「藍!雪ですよ!!雪!僕の故郷だと見慣れてましたけど、改めて日本で見ると嬉しくなります!」
数歩駈け出して振り返ると、藍は宙空に手を差し出して、触れて溶けてをくりかえす雪を見ていた。
私服に戻っていつもの白い格好をしている彼と雪はとても良く似合っていて、濃紺の背景に白い彼とミント色にもターコイズ色にも見える髪が映えて、まさに天使のようだ。
「藍?」
「………キーアはどちらかというと太陽だよね、雪雲よりも」
「確かに、前に雑誌で僕達のこと、"北風と太陽"って言われてましたよね」
突然どうしたんだろうと思っていると、藍は突然キーアの手をとって指を絡め合うと
そのままスタスタと帰り道を歩きはじめた。
「ちょっと…どうしたんですか?」
「いや、そうやって対に扱われるのと、同じものとして扱われるの。どっちが親しい存在なのかなって思っただけだよ」
「……僕と藍は仲良しですよ」
「そう……だね。…最初は、芸能界で同じ異端児だっていう共感はあったよ。今はもっと別…………言うなら、雪の花」
「雪?」
「近くで見ていて綺麗だと、素敵だと思う。だけど触れたら溶ける。ボクにとってのキーアもそれと同じ」
「今日はやけに詩的ですね。僕にとっての藍はテディベアですよ」
すると藍はちょっと嫌そうな顔で振り向いて、やめてよ猛獣と一緒にするの。
とでも言いたげに鼻で笑った。
「小さいクマさんはぎゅってしたいですし、大きいクマさんにぎゅってされたいんです」
「まったく、訳がわからないよ、キーアは」
先程のも怒ったフリだったのか、藍は小さく吹き出して繋いだキーアの手をそっと引き寄せた。見ようによっては男の子同士にも女の子同士にも、もしかしたらカップルにも見えるかもしれない。
別に変な目で見られても良いかななんて、キーアはそう思えるくらいに繋いだ手から伝わる体温で素敵な気持ちになっていた。
(毎日がクリスマスだったら良いのにな)
第24話、終。
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2013/02/06 今昔
な、長い…詰め込み過ぎた感が半端無く出てますねorz
でもこの連載をするにあたって、一番書きたかったお話がようやく書けました。
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