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第二章「IDOL」


第21話「好きですので」



「ほ〜そんなことがあったのか…」


Sクラスの教室で、榊が感嘆のため息をついた。確かに境遇を考えると良く生きていたもので、凍死しなかったことも合わせて奇跡だ。

時は11月の最終週。
キーアとレン、トキヤ、来栖の4人はそれぞれに榊が居なかった分の授業を教え、かつサタンのことを覚えていた数少ない人物・日向の助力を得て、榊は退学を免れた。
話を聞くところによると、日向の実家が神社という日本の魔術師一家だそうで、その御蔭でサタンの影響を受けずにかつ記憶も残しているらしい。日本とは恐ろしい国だとキーアは実感セざるを得なかった。


「で、なんでそのお菓子の悪魔はキーアのことを狙ってたんだ?わざわざ榊の体を乗っ取ってまで、その別の世界に連れて行こうとしたんだろ?」

「よくあるファンタジーだと『俺の女になれ!』とかって感じだけどさ、悪魔から見るとキーアは女子に見えたのかな?」

「不思議だよなー」


慌ててキーアが誤魔化そうかと思った瞬間には、来栖と榊が自己完結してしまい、ほっとしたような、ちょっとイラっとしたような気持ちにさせられた。けれど問題はそれ以外にもあり、今日の本題ではないのでキーアは我慢して話題を進めることにする。


「で、榊、パートナーはどうするんです?」


榊が封印されてしまっていた約3ヶ月。
その間に彼のパートナーは他の片割れになってしまった生徒とペアを組み直したのだ。


「まぁ、あれだ。あいつ親友だった浦部も退学になって寂しかっただろうし、そこはしょうが無い。だから新しく空きが出るのを待つか、はたまたキーアに頼むか

「駄目です」


流石つっこみ担当とでも言うべき速度でトキヤが口を挟んだ。すると榊はムスーっとして


「なんだよ一ノ瀬、お前も作ってもらってるんだろう?あ、あと神宮寺もか」

「ですから、3人目の登場によって曲の質が落ちる…なんてことは無いと言い切れません。一応彼は校外での活動も兼務しているのですから。」


もっともらしい理由を言ったトキヤを見ると、なんだか不安そうな色が見て取れたのでキーアは口出しするのを辞めておいた。
他人を好きになるというのは難儀なことだと思う。こうして他の人と繋がりを持ってほしくなかったり、自分だけのものであると思いたかったり、その人の音楽を誰にも譲りたくないと思ったり。

キーアだってそう思わないことは無いのだ。藍の歌声と一番相性良いのは自分だと思うし、トキヤを一番輝かせられるのは自分でありたいし、レンとセッションして一番輝けるのは自分だと言い切りたい。


「難儀ですね…」

「全くだ。お菓子の悪魔も男に恋するなんてな!」


お菓子の悪魔ではなく大地の悪魔で、名前がアマイモンであることを言ってやる気にはならず、キーアはただぼーっと考えるしか出来なかった。


「難しいですねぇ」

「全くだぜ!」







その日、男子寮へレンたち4人と共に帰っている時、ブレザーのポケットで携帯が震えた。プライベートが鳴るのは珍しいなと思いながらみてみると、藍からのメールだった。


「お、キーアもスマホなのか!!」

「そっか、榊は初見だったな。初携帯がスマホなんて、なんかジェネレーションギャップ感じるぜ…」

「って来栖お前キーアより年下だろ?」

「そういう榊はどうなんだよ」

「俺は今年で17。」

「トキヤと同い年ってことは、どっちにしろキーアより年下じゃねーか」

「え、むしろキーアって何歳?」


おーい、と目の前で手がフリフリと動き、キーアは自分が立ち止まっていたことに気づいた。スマホの画面を見つめていただけだったのに、思考回路がパンクしそうだ。


「すみません…ぼーっとしてました…」

「抜けてるなー」

「AADの時もボケ担当だったしな」

「そこに惹かれるレディたちも多いんだ。悪いことじゃないだろ?」


キーアは自分のスマホに揺れる2つのAと1つのDを見つめた。藍に貰ったキーホルダー。宝物の1つで、スマホと一緒にいつも持ち歩くようにしている。
それは何故?


「難儀です…」


最近どうもおかしい。
トキヤに好きだと伝えられてから、異常に意識してしまうのだ。
彼だけでなく、レンや藍をも。

レンを猫のように可愛がったことも、なんだかとても恥ずかしいことをしてしまったようだ。思い出すだけで顔が真っ赤になって頬が緩む。


「どうしましょう、難題です……」

「どした、キーア?恋わずらいか?」

「!!!」


顔を覗きこんできた来栖に、キーアは思いっきり両肩を持ち上げる。
心臓に悪いしなにより、


「こ、恋なんて、アイドルにはご法度です!ありえません!!!」


何とかそう言うと、キーアは全速力で自室まで駈け出した。










キーアが走り去ってしまい男4人残された中で、来栖が一番に口を開いた。


「なんか…あいつ真っ赤だったぞ?俺、なんか言ったか…?」


レンはそのセリフに大きくため息をつくと、お子様たちを自然に部屋へ戻すために若干演技がかった仕草と声で促した。


「キーアだって、ああみえても年頃の男子だろう?恋の1つや2つするだろうさ。そっとしておいてあげようじゃないか」


渋々納得した来栖が榊をゲームに誘い、2人はそのまま来栖の部屋へと引き上げていった。レンが残ったトキヤを見やると、やはりというか物思いに耽った顔でキーアが走り去った方を未だに見つめている。


「イッチー、それは流石に分かりやすすぎやしないかい?」

「…っ……大きなお世話です」

「せめてここで否定くらいしないとね」


榊の曲を彼女に作らせたくないと言ってみたり、騒がしいことは苦手なのにわざわざレンの取り巻きの中に入ってきたり。他のクラスメイトたちはそもそも"キーアが男である"という認識からか気づいていないが、トキヤがキーアを常に気にかけて大切にしていることは火を見るより明らかだ。


「で、キーアがああなった理由に心当たりは?」

「…あります。恐らく私のせいなのでしょう」


これもまた想定の範囲内だ。


「まさかとは思うけど、彼女に告白したりなんて…」

「!!?」


カマをかけて何か口を滑らせやしないかと言ってみたそのセリフに、トキヤは先程のキーアも顔負けなレベルで顔を真赤にしてみせた。
レンもこれには目を丸くして言うしか無く、


「驚いた…そこまでとはね……」

「黙りなさい。実ったわけでも振られたわけでもありません。」

「そりゃ、実っていたら今頃は二人共学園の外だろうからね。」

「そもそも、言葉で明確に伝えたわけでは…」


その言葉に少し感情が高ぶった。


「好きだ、愛しているだなんて言ってなくても、あれだけ通じてれば十分だろ?」


必死に性別を隠して男子生徒として過ごし、まして顔出し厳禁というルールの中で周囲の目線に気を配ることもして、ここで学んでいる彼女に。これ以上余計な負担をかけてどうしようというのだ。
ああやって彼女を乱したくないからこそ、出来るだけ他の女子と同じ様に扱い自分の恋心はひた隠しにして支えることに徹しているというのに。他の男が先に気持ちを伝えてああなってしまうのなら、いっそ自分が伝えてしまいたかった。


「オレだって……出来ることなら伝えたいさ。でもそれで彼女の気持ちを乱したくない。」

「レン、場所を変えましょう。これから貴方にする話は、他人に聞かれては困る。」

「オーケイ。寮の空き部屋で良いだろう?」


いつもの無表情に戻ったトキヤがスタスタと男子寮へと戻っていくのを、なんだか奥歯に何か挟まったような気分でレンは後を追った。










今は使われていない練習室で、キーアはただスマホの画面を見ていた。
ここに来たのは自室では他の人と出会ってしまうかと思ったからで、
気持ちの整理がつくまで戻るつもりはない。



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From:美風藍
Title:無題
Text:
明日、土曜日だけど空いてる?
たまには一緒に練習したいんだけど。
後、時間あったらシュークリーム作っておいて。
久しぶりにキーアのお菓子食べたいな。
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珍しく要件以外の要望が入ったメールに、キーアは困惑した。
別に藍からメールを貰ったという事態が困るのではなく、その「キーアのお菓子が食べたい」とお願いされて、何故か高鳴った胸に困ったのだ。
純粋に嬉しく思うと同時に、何故か不安できゅんとする胸の奥に、違和感を感じない方がおかしいのではないのだろうか?
最近は行事もないし、体調も整っているから不整脈は考えづらい。
では一体何が理由なのだろうかと考えると


「恋…って、難儀…」


バタン


「!!!!!」


誰かが部屋に入ってきた。
まさか今の呟きを聞かれてやしないかと、思わず息を潜めて窓際のカーテンに包まった。


「さて、ここなら良いだろう、イッチー?」

「えぇ。」


困ったことになった。トキヤとレンのようだ。不幸中の幸いか、来栖や榊は居ないらしい。
キーアはぐっと気配を消して、音を立てぬように固まった。


「で、話って?」

「私は…今HAYATOとして活動しています」


キーアは早速声をあげるところだった。自分のトップシークレットをそんな簡単に言うだなんて。


「今晩放映分のドラマの撮影で、HAYATOの演じる登場人物が女子生徒に告白するシーンがあり……その、感情移入してしまったと言いますか………撮影中にふとキーアのことを思い出してしまい…」

「それで?」

「撮影後、練習の予定だったので彼女の待つレコーディングルームに行きました。
 私の仕事が押していて、着いた時には彼女は眠っていました。悪い夢を見ていたのか少しうなされていた彼女を見て…唐突に気づいたのです」


キーアはすっかり2人の話に聞き入っていた。どうしてだろう。彼はどうしてこんな話をしている?


「私は彼女を守りたい。大切に想う女性を守りたいと願うのは、自然なことだろうと」

「それで?衝動的に気持ちを伝えて、彼女を困らせてるってことかい?イッチーはもうちょっと、冷静に考えて行動するタイプだと思っていたよ」

「……その件に関しては、申し訳なく思っています。」

「彼女の生活に支障が出ているんだ。」


レンが怒った声で言う。


「オレだって言えるなら言いたいさ!でもそれでキーアを困らせたくない!オレが幸せを感じることよりも彼女が幸せで居ることが大事なんだ。」


キーアは自分の頬が染まるのを感じた。
レンの言いたいことは一体何だろう。妹のように思ってくれているのか。
そうだったら良いのにと思う自分と、それは寂しいと思う自分が居る。


「誰にも奪われたくない。」

「それは私とて同じことです」

「イッチーがHAYATO本人だっていうのは薄々感じていたから驚かない。けど、だったら尚更、彼女の立場が辛いものだって分かるだろう!?」

「本気で音楽に取り組もうとしない貴方に言われたくはありません!!」


初めて聞いたトキヤの怒声にキーアは更に小さくなる。
怖い。


「今は!!オレだってあの曲に本気になってる!!」


怖い。




怒ってる。



「話に、なりません。お互い頭を冷やした方が良さそうですね……」



男の人が、怒ってる。




いやだいやだいやだいやだいやだいやだ。



誰か止めて!!




キーアの意識は、そこで途絶えた。







第21話、終。






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