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第二章「IDOL」


第20話「練習中ですので」




「あーきーのゆーうーひーーにーー てーるうやーまーもーみいじーー」


キーアはその日の休日をのんびりと過ごしていた。本当なら今日は土曜日なので一日トキヤと練習するはずだったのだけれど、突然撮影が前倒しになったということで、オフになったのだ。

レンと練習しようにも連絡が取れず、かといって一人で曲をいじるのも…ということで、先日聖川に貰った京都の紅葉写真集を眺めていたのだ。
先日のレコーディングルームの一件以来、トキヤと気まずくなってしまうのではないかと本当に心底心配していたのだが、意外といつも通りに過ごすことが出来ていた。ただほんのちょっと、彼を見る目が変わったくらいだ。
あの次の日に聞いたのは、実はHAYATOオーディションから女性ではないかと勘ぐられていたことだ。体のラインと歩き方、喋り方が柔らかく、余程良い育ちをしたのかとも思ったが、サタンの事件で女性と知り驚くよりむしろ納得したそうで。


♪〜♪♪〜


短く着信が鳴った。仕事用の音にガバっと起き上がって携帯を見てみると、シャイニーからピックアップしている生徒のリストを持って学園長室へ来るようにとの指示だった。逆立ちで来るように書いてあるが、まぁ無視しても良いだろう。
キーアはジャケットを羽織るとローラースケートで校舎へと向かった。





いつものように昇降口で履き替えて学園長室へ行き、軽くノックする。

コンコン


「入ってマース」

「失礼しマース」


語尾だけ真似て中に入ると


「失礼されマース」


と返された。
想定外の反応に思わずコントのようにズルッとリアクションをとると、良い傾向デ〜スと褒められ複雑な気持ちのままキーアはシャイニーの前に立った。


「お呼びいただきまして馳せ参じたのですが、何用でしょう?」

「お前がチェックしている生徒のリストを見せてみろ」

「はい、こちらになります」


素直にファイルを差し出すと、シャイニーはそれを眺めながらぼそっと先輩参観の内容と比べたいのだと言った。


「ふーむ、やはりキーアさーんの方がデータが濃いですネ」

「一日一緒に過ごしてますので…」

「では次の生徒について詳細な意見を言ってみろ。来栖翔」


まさかこのコメントで将来に影響してしまうのではないかとも一瞬思ったが、嘘を言ってもきっとシャイニーにバレてしまうだろう。


「正直、僕があげた中で一番下手かもしれません。でも庶民的アイドルというか、嶺二のようなタイプになれる素質はあると思います。なによりダンスのキレと弦楽器の腕前はあるので、事務所にとって不利益な人間ではありません」

「なるほどな。…では渋谷友千香はどうだ」

「彼女は華があります。自分を磨くことにも余念が無く、歌手よりも女優向きかと。」


そこで少し間を置いてから、シャイニーは続けた。


「では一ノ瀬トキヤはどうだ?」


先日のレコーディングの件が頭に蘇る。


「彼は、とても素敵な人です。安定した歌唱力とHAYATOを演じきる演技力。それに最近は歌にもちゃんと感情が込めれるようになってきました。」

「その曲に込める感情を仔細に感じ取れないほど、お前も鈍感ではあるまい?」


シャイニーが何を言おうとしているのか理解した瞬間、キーアはまずいと思った。トキヤがキーアを思ってくれていると気づかれてしまったのなら、最悪彼が退学になることもありうるのだから、焦らない方がおかしい。


「…はい、分かります。」

「お前は奴をどう思っている?」

「純粋に良い人だと。それと二重生活に耐えられるか、心配です。思ってくれていることは嬉しいですが、今はそれに答えようとは思えません」

「愛故に、ということか」

「いえ、彼に抱く感情が愛かどうかは分かりません。」


出来るだけしゃきっと言い切ると、シャイニーは無表情に頷いた。怖い気もするが、トキヤが退学になってしまうことは無いだろう。両想いが駄目なだけで、片思いまで否定している校則ではないのだから。


「では神宮寺レンはどうだ」

「ご家庭の件に、レンの中で決着が付けばもっと音楽に真剣になれると思います」

「神宮寺のことも大分気にかけているようだな」

「はい、パートナーですし…何より女遊びの度が過ぎないように見守っています。」


他にも幾人かのコメントを求められ、キーアは素直に答えていった。
どうやらあの先輩参観の日のコメント用紙、各クラス担任からのコメント用紙とを見比べて、生徒の違いや同じ生徒へのコメントの差を確認しているようだ。珍しく真面目に書類を見ているシャイニーがなんだか面白かった。
暫くして、シャイニーは最後に、と付け加えた。


「最後に、YOUしか名前を上げていませんが、榊彰彦はどうでスか?」

「榊はむしろお笑い芸人に向いていそうですね、リアクションが人と違っていて良い…
 ……ん……?榊………」


キーアは何か大事なことを忘れていたような気がしてきた。


「ふ〜む、彼にも救済措置として"シャイニング愛と勇気は世界を救う!アイドル養成合宿in早乙女島"を実施してあげまshow!」


榊、ごめん!!

キーアは心のなかで叫んだ。


「すみません、シャイニー、急用を思い出したのでちょっと行ってきます!!」








キーアは昇降口でローラースケートに履き替えながら思い出そうとしていた。確かあれは女子寮から出てきた時。



<<おはよう、アウグネ>>

<<俺様以上の男なんて居ないんだから、とっととこっちに来いよ>>



サタンの現れた数日目にレンを助けに行こうと女子寮から出たら、大地の悪魔アマイモンに取り憑かれた榊が待ち伏せしていたのだ。
その時、キーアはアマイモンを倒して……


「地面に封印したままでしたー!!!」

「五月蝿いぜ、キーア…」


何事かと思い振り向くと、教科書や譜面の束を持った来栖と、
同じく五線紙をたくさん持った一十木、七海だった。


「あぁ、皆さん、こんにちは」

「うん、こんにちは…って、キーアどうしたの?封印って…何?」

「一十木は知らないかもしれませんが、封印したままだったのです!!」

「うん、わかんないね」


きょとんとしてしまった一十木の代わりに来栖が大きくため息をついた。呆れられているようだ…。


「封印ってサタンの時の話か?」

「そうです!榊にソロモンの悪魔が取り憑いていたので、彼ごと封印してしまったのを忘れてました!!」


言うと来栖も目を見開き、


「お前バカかあああああああああああああ!!!」


べちん!


盛大に頭を引っ叩かれた。


「痛いです来栖!!」

「とっとと榊を助けに行くぞ!どこに封印したんだ!」

「…たしか、女子寮の前の花壇…?」

「七海ナイス!行くぜ!」


意外としっかりものの来栖に続き、4人は女子寮の前へと駈け出した。男子2人は普段からスポーツ好きで鍛えているためか足も速いが、そうでなく、ただでさえ内気な七海は大分きつそうだ。
キーアはふっと思い立つと、一旦七海の後ろに回りそこから助走で勢いをつけて七海の膝の裏と背中に手を回して抱き上げるとそのままの勢いで走り出した。


「あ、キーアズルい!」

「あれ、一十木も七海さんを抱っこしたいんですか?」

「え…あ、いや、そうじゃなくて……」


照れてしまった一十木を置いて、キーアはトップスピードで女子寮まで駆け抜けた。




女子寮の前で七海を下ろした時には、彼女はすっかり魂が抜けていた。


「あれ、七海さーん?」

「……っ!!…キーアさん!すみません、私重たいのに!!」

「そんなことありません。レン風に言うなら、"まるで羽のように軽かったですよ"」

「あ…ぁぅ……」


これまた照れてしまった七海が可愛くて見つめていると、追いついた一十木が面白くなさそうな顔で睨んできたので、キーアは直ぐに榊探しにはいった。
意外と簡単に見つかった榊は、すっかり花のなくなった花壇に横たわっていた。女子寮入り口から少し離れたその花壇は、ちょうど通路からは見えない場所で、夏からずっと皆に忘れられていたようだ。
魔法陣は気合を入れて書き込んだせいか薄くなってもいない。


「なんつーか、まじで不憫な奴だよな……自己紹介の時と言い…」

「あれは喧嘩を売ってきた榊が悪いんです!!」


呆れる来栖に律儀にツッコミしてから、キーアは魔法陣の一部を足で擦って消してあげた。魔法陣はどこかが破綻すると、自然と効力を失ってしまうものだ。
途端、パチ!と音がしそうな勢いで榊が目を開けた。


「おはよっす、榊。生きてるか?」

「忘れていてすみません…というか、榊、ここがどこで何があったか分かりますか?」


上から覗きこんだ来栖とキーアを交互に見て、榊はがばっとこれまた盛大な音がしそうな勢いで起き上がった。


「は!?なんだここ!?女子寮!?」

「サタンやアマイモン…覚えてます?」

「甘いもん?お菓子のことか?」


忘れてしまっているということは、彼の中には"超常現象"や"非日常"が残っていないということで、完全に洗脳も解けているようだ。キーアたち4人は安心して微笑みあった。


「え、なにこれ寒い…はっくしゅ!!」

「あぁ…8月の服装のままですからね」





第20話、終。







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