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第二章「IDOL」


第18話「オレンジですので」




「キーアくん、そのクッキー自分で作ったの?」

「わーすごーい!私も貰って良い?」


レンと2人、彼とキーア自身の取り巻きの女の子たちに囲まれながら、キーアはお昼休みの一時を過ごしていた。たくさん作ってきたクッキーもあっという間に無くなってしまって、もうお菓子を作ってくるのは止めようとキーアは決心した。
つい先週あった先輩参加の日、キーアが男子生徒に嫌がらせを受けたことがどこかから漏れ、それを聞きつけた女子生徒がキーアを守るように常時くっついてくるのだ。
さらに心配したレンと一ノ瀬も「パートナーだから」という口実で行動を共にしており、女子生徒たちの言葉を借りるなら「まるで天国」とのことだ。ただ、来栖だけは近寄り難くなったと嘆いていたそうだ。


「さぁレディたち、みんなに届けるための歌を作りたいんだ。ちょっとキーアを借りて練習に行ってきても良いかな?」


レンがそう切り出せば、不満の声と一緒に応援の声も聞こえてきて、改めて彼の人気の高さを認識させられる。続けて一ノ瀬が


「皆さんも、パートナーと練習に励んだ方が良いのでは?」


と冷静に言えば、一ノ瀬さんが言うならと女子生徒たちの輪は解散していった。


「見事な手腕です!!」

「いえ、私はこういった賑やかなものは苦手ですので、自然と静かにさせる技が身についたのでしょう」

「今度教えてくださいね」

「それじゃイッチー、今日はオレがキーアを借りるよ」

「キーアさん、お気をつけて。私は午後早退になりますので、曲の件で何かあればメールをお願いします」

「はい、了解です」


ほのぼのとした昼下がり。
一ノ瀬に引き続きレンの曲も書くことになったキーアは、できるだけ2人平等に練習時間を割いていた。当然今日のようにHAYATOの件があるので定期的に練習を振り分けることは出来ないが、そのあたりは二人共納得してくれていて、今日はレンの曲のラフを仕上げてしまおうといことになっている。
最近のHAYATOは恋愛物の月九ドラマのサブヒーロー的なキャラに抜擢されて、めっきり忙しくなってしまっているのだ。辞めたいはずなのに精神的に大丈夫かどうか心配なところではある。


「あぁ、そうだ。レン、お願いがあります」

「キーアのお願いなら何でも聞いてあげたいところだね」

「明日はサックスを持ってきてもらえませんか?」


彼のために書いているのはジャズで、オケに生のサックスを使いたいと思ったのだ。レンのサックスは本人そっくりに艷やかで色っぽい音のため、今回のこれにもピッタリだし、ウッドベースは苦手ながらもキーアが頑張ろうと思っている。


「了解、曲の参考にするんだね?明日必ず持ってくるよ」


快く引き受けてくれた彼にお礼を言いながら、キーアはレコーディングルームに入った。


最近は徐々にオーディションが近づいてきたためか、なかなか場所が取れない。運良く今日明日のレンとのレッスン時間に取れたレコーディングルームで、サックスの技量のチェックとラフを仕上げたいのだ。
まずは軽くストレッチをし、ブレストレーニングを2人でし、いつも授業でやっている発声練習を済ませてから、キーアはレンに譜面を差し出した。今まではただ彼に似合うフレーズを幾つも作っていたのだが、それを昨夜一通りの曲に仕上げてみたのだ。


「へぇ、格好良い。スマートでかつ情熱的」

「ありがとうございます。もっと"こう歌いたい"というようなところがあれば、歌いながら試して下さい。仮ですがオケも流しますね」


ブースに入りながらウインクで答えたレンは、まず譜面の通りに歌ってくれた。それだけでも彼の声質の良さで十分にトキメキを感じる。


「レディ、もう一度オケを流してくれるかい」

「ラジャーです!」


すると次は譜面に書かれた指示からはかけ離れた、けれど彼なりのメロディの解釈の入った歌い方で、とんでもなく色っぽく、けれど切なさも含むその歌はまるで高校生とは思えなかった。一通り歌い終わると、レンがブースから出てきた。


「レディはどちらが好みかな?」

「断然後の方ですね!」


きっぱり言えば、レンは嬉しそうにやってきて、シーケンサーの前に座るキーアを抱きしめた。彼なりの挨拶や感情表現なのだろうかとじっとしていると、レンがそのまま耳元で囁く。


「歌っていて、こんなにドキドキするのは初めてだよ」

「不整脈です?」

「ははっ、レディは相変わらず素直で可愛いね」

「…っ……突然可愛いとか言わないで下さい…恥ずかしいです…」


笑いながらゴメンゴメンと頭をポンポンされ、キーアはなんだかもっと恥ずかしくなった。必死に誤魔化そうと話題を探し、キーアは気になったことを聞いてみた。


「そういえば、今の声すごく艷やかなのに、寂しそうに歌ってましたね。」

「…そう、だね」


突然歯切れの悪くなったレンは、キーアの前に両膝をつくとまた抱きついてきて、キーアの首元にオデコを埋めて猫のように擦り寄ってきた。
このこは猫か!と突っ込みたくなるような仕草に、思わず頭をそっと撫でてしまう。サラサラの手触りに、ちょっとだけドキっとした。


「オレはこの学園に入ったのは自分の意思じゃなかった」

「ご両親に無理矢理…?」

「…母は円城寺蓮華。キーアなら知ってるかな?」

「トップアイドルじゃないですか……あぁ、でも確かに、男女で違うとはいえ目元がそっくりです」


言って髪の毛を耳にかけてやると、レンはくすぐったそうに笑った。


「ということは、レンのお母様は…大分幼い頃に?」

「あぁ。その後、オレは三男で、兄貴たちに比べたら神宮寺家には要らない存在だった。家を継ぐのは長男だし、何かあっても次男が居る。そのうえオレは親父に似てなくてね」


レンはまた息を吐いてキーアに擦り寄った。その仕草は子猫が母猫に甘えているようで、キーアは、ひょっとしたらレンが女の子たちと戯れるのはただ寂しいだけなのかもしれないと思い当たった。


「オレはそれを恨んで大分荒れてて、自由な校風だからと思って兄貴がここに入れたんだ。高校も行ってないようなものだったから…神宮寺家の広告塔にでもするつもりなのかも知れないね」


やっぱり。
レンは寂しがりで甘えたで、小さい頃にきっと存分にそういうことが出来なかったから、今こうして取り戻そうとしているのかもしれない。そう思うと男性にくっつかれているという不安よりも、何故だか守ってあげたいと思う方が強くて、しばらくそのまま抱きつかれていた。
本当に大きな猫のようになってしまった彼の頭を撫でて、髪の毛を弄っているうちに、昼休みが終わる予鈴が鳴ってしまった。


「……もう、帰らなくちゃならないのか…」

「ふふ、名残惜しいですか?」

「あぁ、とてもね。ずっとこうしていたい」


フザケて聞いたつもりが大分本気な答えが帰って来て、キーアはちょっと驚いた。一人の女の子に執着しなさそうなのにも関わらず。もしや女性と見られていないのだろうか?
逆に女性として見られていても、それはそれで困るのだが。


「キーアは本当に可愛いね。」

「照れさせた本人に言われると、無性に仕返ししたくなります」

「そんなところも可愛いよ。仕返し、待ってるね」

「待たなくて良いです!」


レンがクスクス笑いながら片付けて鍵を持ち先に出てしまったので、慌てて後を追うとまるでパーティに向かうようにエスコートされてしまい、さらに顔が火照る。職員室にレコーディングルームの鍵を返しに行くと、午後の一限目は空きなのか、日向がひたすら書類仕事に追われているところに出くわした。


「日向さん、レコーディングルームの鍵返しに来ました。勝手にしまいますね」

「おぉ頼んだ。…あぁあとキーア、お前たしか得意な楽器フルートだったよな?演奏の依頼が来てるんだがちょっと詳細確認してやれそうなら頼んでも良いか?」

「分かりました。」


日向から書類を受け取って職員室を出ると、大分本鈴が近づいていて2人は足早に教室を目指した。いっそ全力疾走してしまいたいのだが、どうも最近調子が良くないことが多いので素直に早歩きするだけに留めておいた。


「で、その仕事受けるのかい?」

「曲の難易度にもよります。」

「得意なんだろう?若いころの苦労は勝手でもしろってボスも言うし。オレはキーアが舞台に立つところが見てみたいな」

「んー、でも、でもですね、レンの曲にウッドベースを入れたくて…実はそれを練習しようかなと思っていたのです。」


正直なところを話すとレンはちょっと目を見開いた。弦楽器は管楽器や打楽器に比べると、習得に時間がかかるのが普通だ。幼い頃から始めるものが多いのも、これが理由のひとつだろうとキーアは思っている。
いくらアグナパレスの血を引いていて楽器の演奏が得意でも、生半可なものをレンの曲に使いたくは無いのだが、練習が間に合うなら生音の方が良い。レンのサックスに合わせるなら尚の事だ。


「なるほどね、それはイッチーには無いサービスかい?」

「はい、一ノ瀬さんの方は全部打ち込みで作ってしまいました。」


するとレンはどことなく嬉しそうで、どうしたのか聞きたかったが教室についてしまったのでキーアは大人しく席についた。ちらりと確認すると、レンは回りの席の女の子たちにチヤホヤされており、少しだけその女の子たちが羨ましくなってしまった自分にビックリしながら、教科書とノートをどうにか机の上に引っ張りだした。




第18話、終。



2013/01/30





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