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第二章「IDOL」


第16話「後夜祭ですので」



一ノ瀬はキーアをベッドに寝かせると、どうにかして舞台衣装を脱がせ、下に着ていた体操着のみにしてから、飲み物を用意しにキッチンへ立ち入った。一ノ瀬は控え室で急いで着替えてきたが、キーアはとてもじゃないが無理だった。
自分で立つこともままならない程に憔悴しており、HAYATOオーディション以降何回か一緒になった現場でもこんなになっている彼…彼女を見たことはなかった。


「キーアさん、飲み物、飲めそうですか?」

「ん…頑張ります……」


熱っぽいのかすっかり潤んでしまっている目と、上演中は分からなかったが上気した頬。まるでインフルエンザにかかったかのようなフラつきようだ。
キーアは一ノ瀬に手渡されたスポドリをどうにか2.3口飲むとまたゆっくり横になった。


「すみません、後夜祭行きたいですよね。気にせず行って下さいね」

「いえ、騒がしいのは好みませんので」


それだけ言うと、一ノ瀬はキーアのベッドにもたれかかり、本棚に並ぶ書物を眺めた。彼女の母国語だろうさっぱり読めない背表紙や、英語のもの、一番多いのは日本語のもので、小説から学術的な本、楽典、辞書と図書館のような品揃えだった。
何よりも、一ノ瀬が読んでいるまたは読みたいと思っている本ばかりが並んでいることに驚いた。


「読みたい本、ありました?」

「えぇ、むしろ読みたいものばかりと言う方がよいでしょうね」

「後夜祭行かないのなら、読んでいても大丈夫ですよ」


趣味があうことが嬉しかったのか、何となく笑っただけなのか、クスクスとキーアが言った。一ノ瀬はありがたく読みたかったシリーズの最新刊を手に取ると、またキーアの枕元に座って読むことにした。





一ノ瀬が本を読み始めてからキーアは少しうとうととしてしまい、気がつくと夕方だった。ちょうど本を読み終えたらしい彼も伸びをして時計を見て、ちょっと眉をひそめていてる。


「大分時間がたってしまいましたね。」

「ですが、有意義でした。読書を邪魔されないというのは素晴らしい時間ですね」

「一ノ瀬さん、誰かが近づくと気配を視線で追いかけてますもんね」


キーアは言いながらゆっくり起き上がると、一ノ瀬が控え室から持ってきてくれたらしい制服を持ってバスルームに入って着替える。やはり体育祭の後もそうだったが、余程体力が無いらしい。舞台1つでこんなにつかれるなんて。デビューしてからもずっと舞台はやってきているのに。


「そういえば、Aクラスが早乙女さんの指示で組んだヤグラがあるそうですよ。なんでもダンスパーティーをするとか」

「…もうこりごりです……」


四ノ宮に高い高いされたことを思い出して言えば一ノ瀬にも伝わったようで、彼もクスクスと笑いながら、また助け出しますよと返してくれた。


「それに花火もあがるようですから、行ってみませんか?もちろん体調が良ければですが」

「はい、是非!」


言って立ち上がると一ノ瀬はキーアの手を軽く繋いで、後夜祭の会場であるグランドへと向かった。移動中、2人は他愛もない話で盛り上がり、校舎から出た目の前にあったヤグラにキーアが歓声をあげるまで、ずっと途切れることなく話し続けていた。


「Aクラスの皆さん、頑張りましたね!!高ーい!」

「えぇ、なんでも盆踊りもしたいと早乙女さんが言ったそうですね」

「盆踊り!浴衣!!」

「それはまたの機会にしましょう」

「はい、それでは来年の夏は一緒にお祭りに行って下さいね、一ノ瀬さん」

「もちろんです」


2人は人混みの中へ繰り出し、屋台が立ち並ぶ中でりんごあめとたこ焼きを買って座れる場所を探すことにした。少し歩くと来栖とレンが居て、体調を心配して駆け寄ってきてくれた。


「大丈夫だったか?」

「はい、おかげさまで元気になりました!」

「良かったね、はい、これあげる」


レンに猫のお面をつけてもらって上機嫌になったキーアは、りんごあめを舐めながらグランドに降りる階段に腰を落ち着けて、4人で買い込んだ焼きそばやクレープなんかを食べた。
そのうち、4人はそれぞれ何回か視察にきていた芸能事務所の役員の方と話をしたり、一ノ瀬とHAYATOの関係を説明したりして過ごした。


「さて、そろそろレディたちと踊る時間かな」


レンがヤグラを見上げて言うと、周囲でそわそわしていた女子たちがキャアキャアと騒ぎ出した。


「では私は部屋に戻ります」

「えぇ!一ノ瀬さん踊らないんですか?」

「騒がしいのは苦手なので」

「じゃー僕がパーティーのパートナーになりますから!そしたら他の子に誘われても断れますよ!」


キーアが思いついたことをそのまま言うと、レンと一ノ瀬はぽかーんとして、来栖は思いっきりコーラを吹き出した。


「お前っ!男同士で踊る気か!!」

「え………………っと、駄目、ですかね?やっぱり…」


言われて気づいたが、そういえば来栖だけが性別の件を知らないのだ。とんでもいことを言ってしまっただろうかと焦るが、来栖は友達思いだなと妙な納得をしてくれた。


「キーアさんがそこまで言うなら残りますが…」

「じゃーせっかくなので最初のダンスは僕と踊って下さい!あ、レンは来栖とですよ!来栖もレンのエスコートなら女性パート踊れると思うので!!」

「げ、まじかよ」


キーアの提案に何故か周囲から拍手が起ってしまい、来栖は仕方なくといった風にレンのエスコートをうけていた。


その後も、Sクラスのトップ3人とキーアが踊っているのを見た生徒たちは羨ましがるやら面白がるやらで盛り上がり、何故かキーアはシャイニーとも踊らされた。
途中でまた一ノ瀬のペアになたっときだった。一ノ瀬もレンに勝らずとも劣らないエスコートで、キーアを踊らせてくれ、ローテンポのワルツの最中に、一ノ瀬が耳元に顔を寄せてささやいた。


「このまま抜け出しましょう。」

「え?」

「花火はこの後だそうなので、屋上から見たほうが良いでしょう」

「わー、内緒の行動ですね!楽しそうです!」


キーアが笑って承諾するとその曲の最中に一ノ瀬は手を引いて抜け出し、校舎の屋上へとゆっくり登っていった。
屋上に着くまでも着いてからも、一ノ瀬はエスコートした手を離すことはなく、最初の花火があがってからもそのままずっと手を繋いで空をみあげていた。フェンス越しに見る花火はとても綺麗で、普通に見るよりも趣があるような気がした。まるでこの学園で過ごす短い時間を表しているようで、切ないのに鼓動が早まっていく。

知らず知らずのうちに手に力を入れてしまったのか、一ノ瀬がそっと握り返してきた時にキーアは慌てて力を抜いた。


「すみません、花火に夢中になってしまって」

「いいえ、私も同じですから。」


いつもより格段に優しいその声に、キーアは心が安らぐのを感じた。そしてふっとメロディーが出てきたのだ。


(あぁ、私、この人の歌を書いてみたい)


キーアはその時浮かんだメロディーに思うがままの歌詞を載せて、手をつないだままで花火に向かって歌い出した。
キーアが歌い終わるのとほとんど一緒に、花火もちょうど終わりを告げた。眼下から拍手が飛んでくる。一ノ瀬はキーアの手を握ったままで、目をつむり、なにかを真剣に考えているように見える。


「伝えたいよ君だけに…この世には歌があること
 2人だけのメロディは 永遠を約束する奇跡に…」


目をつむったまま、手を繋いだまま。一ノ瀬が歌い出したそれにキーアは目を見開いた。たった今歌ってみせただけのメロディをキーアよりも正しいピッチで、そして今までの彼からは想像も出来ないくらいに感情を込めて、歌ってみせたのだ。

恐らく歌詞も彼が今考えたもので、ところどころ字余りや音あまりしているが、キーアと今見た景色が、今日のミュージカルが、それまでの練習の過程が。全て素敵で大切なものだと歌いあげてくれた。


『凄い…』

「…?」

「あぁ、すみません、ついアグナ語で…」

「好きなんです。」


一ノ瀬は優しい目でキーアを見下ろして、そして大切に少しずつ言葉を紡いでいる。


「君の音楽が。愛おしいんです、君の演奏が、演技が、歌声が。他の作曲家コースの生徒が作った曲が霞むほどに、君の曲に惚れ込んでいるのです」


まるで詩を朗読しているようなその言葉に、キーアは体温が上がるのを感じた。

嬉しかった。誰かに必要としてもらえるのが。

ノートを代わりにとるだけでも良かった。だって誰かのために自分が何かをしているということだから。

でもその一ノ瀬が今、自分の曲を歌いたいと言ってくれた。
キーアの中にあった「歌ってほしい」という醜いとも言える感情を否定しないでくれた。

目の前の一ノ瀬が目を見開いたが、その理由は自分でもよく分かっている。
両頬に暖かい涙が伝っていた。


「私も、一ノ瀬さんに歌ってほしい」




「ぶらあああああああああああぼおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」




ちゅどーん


屋上に、爆音とともにシャイニーが舞い降りた。何の装備もしていないところを見ると、生身でどこかからやってきたようだ。


「シャイニー!!何してるんですか!!また床を壊して…」

「キーアさん、早乙女さんにツッコミは通用しませんよ」


するとシャイニーはHAHAHAと豪快に笑い飛ばすと、ビシィ!っと二枚の紙を2人に突きつけてきた。

その用紙は


「パートナー解約届に…」

「パートナー登録届ですか」

「いえーっす!今日の舞台も今の歌も、2人のコンビにMEはビビッときました〜」


パートナーが組める!と喜びの声を発しようとした瞬間、屋上の扉が豪快な音を立てて開くと、日向が駆け込んできた。


「社長!まぁた施設壊しやがって…って一ノ瀬にキーアか、いい所に居たな」

「日向さん、どうしたんですか?もしかしてこれの件?」


キーアが受け取っていたパートナー登録届を見せると、日向は神妙にうなづいてみせた。


「一ノ瀬のパートナーだった浦部が、恋愛禁止令を破って今さっき退学になった」

「え、浦部さん!?」


あんな男っ気の無い子が?と続けそうになったのを両手で口を塞いでどうにか止めると、
キーアは目をまんまるくしたままで続けた。


「え…浦部さんは何をしてしまったのです…?」

「校舎裏で男子生徒と仲睦まじくしているのを私が察知してな、問い詰めたところを無理に繕おうとした」

「…いっそシャイニーに認めさせるくらいの勢いと覚悟がないと……駄目ですよ…」


突如真面目になったシャイニーに驚きながらもキーアが言えば、シャイニーには満足そうにジェットブーツなるもので学園長室へと帰っていった。また下の方でガシャーンという音が聞こえ、日向が頭を抱えた。


「そういう訳だから、明日から一ノ瀬を宜しく頼むぞ、キーア」

「はい、もちろんです!!」


日向も行ってしまうと2人をちょっと目を合わせて微笑み合うと、先程のメロディを忘れないよう口ずさみながら男子寮へと帰宅した。







第16話、終。




2013/01/28
トキヤと仲良しになりました。
この連載の落ちが未定…というかまた選択式にしようと思っています





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