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第二章「IDOL」


第15話「文化祭ですので」



「ぷりーずーせーぶんっ!すーぱーせーぶんっ!」

「お前…それ自分で歌ってて寂しくならないのかよ…」


その日の放課後、キーアと七海を含む全9人は放課後の空き教室で練習に励んでいた。文化祭の出し物として七海の曲を歌うため、ただのライブではつまらないのでミュージカルにしようと聖川が言い出したあたりからどんどん本格的な出し物になってきて、練習もみんな真剣に……


「だってー!!ずるいです!僕だけ歌わせてくれないなんて!!」

「しょうが無いだろ!お前ジュリエット役なんだから」

「来栖がジュリエットになればよかったんです!!」


演目は聖川たっての希望で「ロミオとジュリエット」に決定したのだが、唯一の女子生徒である七海が音響と楽曲の担当に回っているために女優がおらず、仕方なくキーアが女形を務めることになったのだ。


「このシーンはジュリエットを思う男性が歌うシーンですからね、諦めて下さいキーアさん」

「……訂正です、一ノ瀬さんがジュリエットやれば良かったのに…」

「どうしてだい?キーア程適任な人は他に居ないと思うけどね」


レンと一ノ瀬がフフフと笑っているのを見ると、最近弱みを握られているような気になる。そろそろ絞めてやろうかと思わないこともないあたり、大分男性と接することにも慣れてきたようだ。


「で、でもキーアさんは次にソロがありますから!」

「ありがとうございます七海さん!僕の味方は七海さんだけです」

「拗ねんなって」

「そうだよ、ほらほら〜聞いてて感想言ってもらわないといけないんだからね〜?」


来栖と一十木に言われて適当な席に座ると、彼等の歌を聞き修正点をメモする作業に戻った。個性が全く被らない7人の歌は多少の無理矢理感はあるものの、よくまとまっている。それぞれの基礎値が少しずつ伸びてきたからだろう。
特にクラスメイトで入学当時の歌唱力がよく分かっている来栖の伸びが良い。一十木は気分でよく走ったり転んだりするが、もとが元気キャラなのでそれも長所だし、四ノ宮の本能的に曲の中身を感じ取って歌うそのセンスと技量は目を見張るものがある。
とにかく、シャイニーに推薦すべき人たちが一箇所に集まってしまった感じだ。キーアはメモを取りながら、これは推薦しなくても勝手に卒業オーディションに合格するのではないかと思いはじめた。

そこで歌ってる一ノ瀬と目線が合うと、彼がふっと柔らかい表情を見せた。するとその声の変化を七海も感じ取ったのか、伴奏をしていたピアノの音も楽しげなものに変わる。やっぱりこの人達って凄いんだなと、キーアはなんだか泣きそうな気持ちになった。









その日の練習が終わると男子寮に暮らす者全員で帰り、その後恒例になりつつあるのだが、キーアの部屋でレンと一ノ瀬と3人で夕飯とお茶を楽しんでいた。


「うん、今日はあっさり目のピーチティーか。キーアは本当に紅茶のブレンドが上手だね」

「ありがとうございます。小さい頃一緒にお茶をしていた人が…その、極度の味音痴でして…僕が出来ないと他に出来る人が居なかったんです」

「なるほど、それでは自然と覚えるもの無理ありません」


出来ればコーヒーのブレンドもと一ノ瀬がぼそっと呟いたので、キーアは笑って僕がコーヒーを飲めるようになったらと返しておいた。


「それで本題です」

「ほぼ定例になっているこのお茶会で、本題なんてあったのかい?」

「今日はあります。レン、あなたは黙っていて下さい」


カップを置いた一ノ瀬がこちらを真剣に見つめて言った。確かにどうも"本題"というべき内容のようで、キーアも思わず背筋を伸ばしてしまう。


「私のパートナーになっていただけませんか?」

「……え?卒業オーディションのですか?」

「えぇ。今まで何人かの方に声をかけられましたが、どうしても私は歌いたいと思えず、卒業オーディションも近づく一方だというのにパートナーを決めれていないのです。」

「確かに…"不慮の事故"があれば僕と組むことも出来ますが、その理由で組むことが出来るかどうかは分かりません」


もともと生徒たちが壁と感じてしまわぬように出場権が無かったのだから、一ノ瀬のような場合に組ませてもらえるかなんて分からない。
やりとりをじっと見ていたレンも何か思うことがあるのか足を組み替えていたが、キーアのベッドに座ると置いてあったピヨちゃんのぬいぐるみを抱きしめて


「だったらオレだって、キーアと組みたいさ」


ピヨちゃんに顔を埋めたままで言った。


「でも万が一キーアの性別がバレた場合に、他のレディたちに何かされやしないかと心配だね。イッチーだって人気者なんだ。そういったことになるのは分かってるだろう?」


レンはいつも寂しそうだとキーアは思う。今も自分と組めないからかどうかは分からないが、まるで母鳥が帰ってこない雛のようだ。彼は一体なんでこんなに辛がっているんだろう。
以前一ノ瀬に感じたような、守ってあげたいという気持ちがふわふわっと胸を支配して、最近年取ったなとキーアは簡単に片付けた。


「お二人と組めるかどうか、日向さんに確認してみますね。一応、自分たちからも先生に申し出ておいて下さい。あぁ、あとレンは僕がレディたちに殺されないように配慮願います。」


すると、レンも一ノ瀬もぱっと顔を上げて度合いは違うものの、二人共表情を柔らかくして口々にお礼の言葉を言ってくれる。その日はそのまま解散になり、2人に合う曲を考えるうちにどんどん楽しくなってしまい、キーアは3時間程の仮眠をとっただけで次の日の学校に出向くことになった。
居眠りなんてしようものなら叩かれてしまうと思い頑張って耐えていたが、その日に昼休みは流石に爆睡してしまい、目が覚めると男子用のブレザーがかけられていた。正直午前中の授業内容もあやふやな状態で、キーアがぼーっとしていると、目の前に端正な顔立ちがぬっと現れた。


「おはよう、キーア」

「レン…おはようございます」

「よく眠れたかい?」

「少なくとも良い目覚めではありました」

「…どうしてか、聞いても良い?」

「僕はレンの声好きなので、目覚めの第一声がレンの声というのはなかなかに嬉しいです」

「ありがとう、オレもキーアの声も、それ以外も好きだよ」


そこまで言われて、恥ずかしさに目が覚めた。ガバっとレンを見やって


「レン、心臓に悪い起こし方はやめて下さい」

「しょうが無いだろう?レディたちが喜ぶんだから」

「責任転嫁です」


プンスカとレンに文句を言えば、それすらも可愛いと言われてしまい、来栖の気持ちが少しずつ理解できて少し悲しくなった。可愛いも褒め言葉でないことがあるようだ。
無理に起こされたお陰が、キーアは午後の授業は割りとしっかり受けることができた。午後は一ノ瀬が居らず、ノートをしっかり取りたかったのでとてもありがたい。HAYATOの仕事が終わり次第文化祭の練習に来るという一ノ瀬のためにしっかりとノートをとり、キーアは放課後になると同時に、七海に指定されている空き教室へと向かった。



女性であるとばれて以来、レンや一ノ瀬と行動することが増えて気がついたのだが、もう自分は「男性が苦手」では無いのかもしれない。レンは男友達と同じ様にではあるが普通に接してくれて、キーアも気負うことは無くなった。もともと読書仲間だった一ノ瀬も、演劇の練習で抱きとめられることもあったが、まったく怖くない。
良い傾向ですねと思っていると自然と気持ちは上を向き、文化祭を間近にした学園全体の雰囲気と相まって、残りの練習期間はあっという間に過ぎ去った。










そして文化祭当日。


「あぁ…立ち見は消防法で禁止されてるのに…」


キーアは舞台袖から講堂を覗きこんでため息を付いた。

舞台衣装で看板を持ったレンや来栖が、女子生徒に父兄参観の母親たち、それに文化祭を見に来た業界の女性たちと大量に釣ったために、キーアたちのミュージカルは立ち見が出るほどだった。


「この講堂が一杯になるとは…正直驚いています」

「そうですね…それにほら、あそこ」


後ろから同じように顔を覗かせた一ノ瀬に、キーアは客席の一点を指さした。


「あそこでしっかりシャイニーも見てますよ」

「早乙女さん…何故ここに?」

「このミュージカルは文化祭の午後一番を飾る舞台になったからね。ボスも気にしてるんじゃないかな?」


さらにその上に顔を覗かせたレンが言う。
出番の関係で下手袖にいるのはこの3人だけだ。あとは上手袖と奈落にわかれている。
七海は上手袖の上の方にある放送用の個室だ。
前ベルが鳴ったので3人は顔をひっこめると、直前に台本を見ることで逆に駄目になるのではないかというキーアの持論によって軽くストレッチをすることにした。
しかしながら、そのうちにだんだんと緊張してきてしまい、手のひらに棒人間をかいて飲み込んでいると、一ノ瀬が書くのは「人」という漢字であることと、それをやるより深呼吸が良いことを教えてくれた。
そして本ベルが鳴り、レンのナレーションからストーリーが始まった。


『14世紀、イタリアの都市ヴェローナ。この街は近頃、神聖ローマ帝国の助力のもと隣国を制圧。ところがその直後、ローマの皇王が非キリストだったことで国は2つに割れている。』


「流石レン。聴きほれそうな声です」

「……」

「もちろん、一ノ瀬さんの声も大好きですよ!」

「ありがとうございます。」


『オレはこの国のキャピュレット家へ入れられる養子のようなもので、今日はじめてこの家へやってきた』


まだちょっと不満そうな一ノ瀬を置いて、キーアはレンにエスコートされながら舞台へと足を踏み出した。


「レン、あなたの部屋に、何か不便はなくって?」

「もちろんですとも、ジュリエット。貴女をこうしてエスコート出来るんだ。この家に不満なんて1つだってない。いや不満さえも貴女の輝きに霞んでしまう…」


冒頭でいきなりアドリブする奴が居るか!と叫びそうになるのを必死にこらえて、キーアは「ふふ、お世辞がお上手ね」とだけ答えておいた。

今回のロミオとジュリエットは悲劇ではなく、シェイクスピアの描いた笑劇の部分にスポットを当てて、キーアが台本を1から書き上げたものだ。七海の曲を使うためだけに敢えて作ったシーンや登場人物も居る。

レンが演じる青年もその一人で、キーアのピアノとサックスでセッションしているのを聞きつけた七海が是非ジャズをやって欲しいとお願いされて、この役が出来たのだ。
そのまま舞台はモンタギュー家へと移り変わり、一ノ瀬演じるロミオと聖川ロレンスが、来栖の演じるロザラインを可愛い可愛いと褒め称えるシーンへ、そしてロミオとロレンスがキャピュレット家のパーティーへと忍びこむシーンへ移り変わる。
全員で歌うパーティーソングの後…


「わーい、ジュリエット、ボクと一緒に踊ってくださいねー!それー!!」

「お…やめなさっい!!那月!!回しすぎです!!!!」

「どうしてですかぁ〜?とっても楽しいですよ〜たかいたかーい♪」

「それではお嬢さん、私と踊っていただけますか?」


那月が台本にない…というかダンスシーンで高い高いをしてくる所から一ノ瀬に助けだされ、2人はひと目で恋に落ちる。ここで一ノ瀬とのデュエットソングが入るのだが、キーアはすっかり緊張してしまい、どんな出来だったかさっぱり分からなかった。
その後、聖川演じる修道僧であるロレンスの助力を得てロミオとジュリエットは婚儀を執り行なおうとロレンスの通う修道院に転がり込んだ。


「私は君と出会えたこの運命に感謝します。永久に寄り添い、愛を囁き続けると誓いましょう」

「顔が近いわ、ロミオ。確かに貴方が好きよ、でも出会ったその日に婚儀をあげようとするなんて…」

「全くだぜイッチー!ジュリエットを返してもらおうか」


そこに登場したレンがロミオからジュリエットを奪い返し、キャピュレット家へと逃げ帰る。
が、その後ロミオは街頭であった諍いに巻き込まれ、キャピュレット家の人間に音也演じる友人マキューシオを拉致されて逆上し、来栖演じるジュリエットの従兄弟ティボルトを拉致する。

ところが、その次の日、


「どうしましょう、エドワード?エドワードはどこ?」

「Yes、MyAngel。どうなさいましたか?」

「大変なの、昨夜私が踊っていたロミオという殿方が、ティボルトを攫ったそうなのよ。どうにかマキューシオを解放して、ティボルトを返して貰えないかしら?」


ジュリエットは誰にもその意見が通らないと悟ると、単身で牢屋に侵入しマキューシオを救出、ロミオの元へ向かうことを決意する。
ロミオもジュリエットと同じ様に考え、ティボルトを屋敷の牢屋から連れ出すとジュリエットの元へと連れて行こうとした。ところがそれより一歩早く那月演じるヴェローナの大公がロミオを追放してしまう。男装し身分を偽り自力で人質交換を成功させたジュリエットは、そのままロミオを追いかけ、改めてロレンスに婚儀を執り行ってもらう。事実を知った両家は和解し、街に平和が戻る。

そのラストにまた一ノ瀬とのデュエットがあり、その後は劇中曲をボーカルアレンジしたものをメドレーにして全員が歌い、ミュージカルは幕を閉じた。







舞台袖に役者が全員引っ込んでも、垂れ幕の向こうからは拍手と歓声が止まらなかった。一際大きな声でブラーボ!と叫んでいるのはシャイニーだろうか。


「いやー楽しかったな!!」

「YES!こんなに胸が高鳴ったのは久々デス!」

「あぁ、演劇とは素晴らしいな…。先程DVDの業者が入っていたので、購入しようと思う」

「あ、マサ、それ見終わったら貸して!」

「真斗くんが買ったら、みんなでお休みの日に見ましょう!」


賑やかに打ち上げの計画を立てるAクラスと来栖を見て、キーアは思いっきりため息をついた。正直、


「僕、自分が舞台で何をしてたかもう忘れるくらいには集中してました…」


頑張って言葉を発したものの、すっかり疲れてしまったのか足の力が抜け、後ろに一ノ瀬が居なければ危うく転んで頭を打つところだった。


「とても情熱的な演技でしたからね、疲れても仕方ないでしょう」

「すみません…僕体力なくって…」

「そりゃ、お前一人だけあんな重たい衣装着てたし、その後も戦闘シーンとかやったじゃん?」

「そうそう、我らがお姫様は休憩したほうがよいよ」

「レン…その呼び方やめてください…」


それでもキーアは体力の限界を感じ、一ノ瀬にささえれたままで出待ちの女の子たちに見つかれないようにしながら男子寮へと帰宅した。






第15話、終。








2013/01/28

まいどまいど、劇中劇の省略しっぷりが半端ないですね!!
でもこれ、全部書こうと思うと半端無い話数になるので勘弁ねがいます…m(__)m






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