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第二章「IDOL」
第14話「秋ですので」
キーアは日本の秋が好きだ。焼き芋に大学芋も美味しいし、カラッと晴れた空は綺麗で、なによりも紅葉が素敵だと思う。
最近一ノ瀬に教えられた言葉でいうなら「侘び寂び」という言葉もピッタリで、思わずカミュに「そうだ京都行こう」というメールを送ったら「勝手にしろ」と返されたのはつい3日前のことだ。
とどのつまり、
「聖川さん!!侘び寂びで京都なんです!着物がきてみたいんです!!」
Aクラスの聖川の机がバーンと大きな音をたてた。
「着付けをするのは構わないが…」
「本当ですか!!やったー!!!」
日本に来てから一度も浴衣や着物を身に着けていないことに気づいたキーアは
一番詳しそうな聖川に手助けを求めたのだ。幸いにもお金は大分貯めているし(というか使うことが無かった)、この際なので着物を一式買いたいと思い立ったのだ。
「だが、京都と侘び寂びとは…一体どうしたのだ?」
「僕、紅葉狩りがしたいんです。日本の紅葉って綺麗ですよね、是非写真やイラストに収めたくて」
「なるほど。秋が良い季節であることには同感だ。だが日本の四季は他国よりもはっきりとしており、他の季節にもその季節にあった楽しみがあるのだ。秋だけを楽しむのも良いが、もし気が向くのなら他の季節も、共に何か出来ると良いのだが…」
「ではお花見!それにカマクラもつくって、スノーマン…は日本語でなんと言うんでしたっけ…」
「雪だるまのことだな」
「そう、それです!!」
すっかり舞い上がっているキーアに、聖川は小さくため息をついた。外国の人間が日本特有の文化に心惹かれると言う話は良く聞くが、まさかキーアもそのような人種だとは思っていなかったのだ。
ただ、これを期により親睦を深めることが出来たら良いとは思うので、聖川は後で執事の藤川に「良い呉服店を選んでおけ」とメールすることを心に決めた。
「だけどさキーア」
話を聞いていたらしい一十木がキーアの肩をちょんちょんと叩いた。
「秋は文化祭あるし、それにそろそろペアが欠けちゃった子も居るみたいだから、キーアも忙しくなっちゃうんじゃない?」
するとキーアが目を見開いて、ウルウルとし始めてしまい聖川は慌てて口を挟んだ。
「何も秋は今年だけのものでは無い。今年紅葉狩りに行けずとも、来年再来年があるだろう?」
「聖川さんはそれまで僕と友達で居てくれますか…?」
「当然だ」
するとキーアはパァっと顔を輝かせてにっこりと微笑むと、御礼を言ってから文化祭で何をやるか決めるのだと言ってSクラスへと戻っていった。
台風一過とはこのことかと聖川が頭を抱える横で、一十木は笑顔で手を振っていた。
その日、サタンの一件でアドレスを交換した七海から呼び出しをうけキーアは放課後のAクラスへと向かっていた。隣り合った教室ではあるが、学園の広さ故に若干の距離がある。微妙に日当たりの悪い廊下が寒くて、キーアは駆け足でAクラスへと滑り込んだ。
「あれ、キーアも呼ばれたの?」
「一十木…みんなも…?」
そこには既にレン、来栖と、一十木たちAクラスのトリオとが勢揃いして好きな場所に好きなように座っていた。話を聞くと彼等もまた七海に呼び出しを受けたらしく、一体何事だろうかとあれこれ想像してしまった。ちょうどそこに七海が帰って来たのでキーアは思考の海から救い出され、
適当な席にちょんと腰掛けた。
「先に、日向先生からのご伝言です」
「日向先生から?」
「はい、セシルさんが留学生として早乙女学園に通うことになりました!」
七海がニッコリと笑うと一十木と来栖が手を取り合って喜んだサタンの一件で大分セシルに懐いたらしい年下3人組は嬉しそうに笑い合い、他の4人はそれを微笑ましく見守った。
「それで七海さん、他のお話というのは?」
「あ、実は…その、もし宜しかったらで良いので…これを歌っていただけませんか?」
キーアが先を促すと、七海はおずおずと自分の鞄からファイルを取り出し、左上に数字の振られた譜面を7人それぞれに配りだした。
キーアが受け取った譜面を見ると、タイトルが入る下線の上にはまだ何も書かれておらず、五線の大分上の方ばかり使われたメロディはきっとコーラスだろう。
メロディラインだけが書かれている譜面は歌詞もまだ入っていないが、アップテンポでキラキラした如何にもアイドルユニットですというような曲だった。
「皆さんに、是非文化祭で歌っていただきたくて…」
「なるほど、子羊ちゃんはユニットで文化祭に出たいのか」
レンが理解したとばかりに頷きながら言えば、七海も笑顔でイエスを答えた。七海の手元にはあと2つの譜面が残っているようで、恐らくはここに居ない一ノ瀬とセシルの分だろう。
「七海、この曲いいね!!俺歌ってみたい!」
「確かに音也くんみたいにキラキラな曲ですね〜」
「俺も興味あるな、歌ってみてぇ!」
一十木と来栖、四ノ宮は大分乗り気なようで楽譜片手に主旋律を口ずさみはじめた。レンも断る気はないようで譜面をしっかり見始め、聖川も右手が小さく拍を刻んでいるので、ここに居る全員が七海の曲を良いと思い、歌う気になったようだ。
キーアは楽しげな雰囲気を壊すことに多少の罪悪感を感じながらも、小さく手をあげてはっきりと言った。
「確かに楽しそうですが…僕はちょっと保留にさせてください。」
「なんで?キーアは七海の曲気に入らなかった?」
「そういう訳ではありません。確かに僕やレンが居ることが考慮されていて、コーラスの豪華な曲になっている辺りはよく僕らのことを聞いてるなと思いますよ」
「じゃぁなんでだよ」
来栖がむすっと言ったことに逆にムカっとしたが、キーアは冷静を装って続ける。
「僕は一応顔出し厳禁のアイドルなんです。学園祭とはいえ外部の方がいらっしゃる場所で歌って良いか、日向さんかシャイニーに確認が必要になります。」
言うと、来栖がきょとんとしその後ハッとした顔になり、恐らく顔出し厳禁ということも、ひょっとしたらアイドルだということすら忘れていたのかもしれない。
全く酷い奴だと思いながらキーアはまた譜面に目を落とした。まだ作りこまれていないその曲は、けれど全員の特徴をしっかりと捉えている。コーラスは2人の想定なのか上下にハモリがついていて、ユニット内で相当音域が広がる。
レンのよく通る声でコーラスを入れれば一人で十分に聞こえるし、そのオクターブ上をキーアに歌わせることで透明感をあげようとしたのだろう。他にも七海のセンスを感じる部分はたくさんあり、この子は絶対事務所に入れたいと思った。
「それに何より、一ノ瀬さんの意見をまだ聞いていませんよ」
「あ、トキヤのことすっかり忘れてたや!」
「一十木、最近一ノ瀬の扱いがひどくないか?」
「そんなことないよ!いつも通りだって!」
「要するに、いつも酷いんですね」
キーアは盛り上がってしまった彼等をどうにか治めると、歌い手8人が揃ったら決めようということと、それまでに日向に確認をとってくるということを伝えてその場は解散させることに成功した。
キーアはレンと2人で帰り支度を整えると寮に向かった。今日は取り巻きの子たちにお断りしたらしく、2人で静かに話しながらの下校になった。
「よく女の子たちが許してくれましたね」
「『ごめんね、可愛い子羊ちゃんたち。今日はどうも疲れているみたいなんだ。こんなオレじゃぁレディたちを楽しませてあげられないから、また明日誘ってくれるかい?』これで完璧さ」
「………レンはいつから英国人になったんですか。あ、訂正します、どっちかというとラテン系の国ですね。英国紳士っぽいのは一ノ瀬さんの方でした。」
「日本男児に聖川が居るから、バリエーション豊富だね。」
キーアがくすくすと笑えば、レンが嬉しそうにこちらを見下ろしていた。どうも女性だとバレてからは優しくなった気がするのだが、男として扱いづらいだけだろうとも思えるし、もしかしたら大事にしてくれているのかもしれない。
流石にちょっと自意識過剰だなと思っていると、すぐに男子寮についてしまった。
「そうだ、キーア。今日はこのあと暇かい?」
「ええ、特に予定はありません」
「よかったら2人でディナーにしないかい?」
「そんなことをしたら、キーアさんがレンの取り巻きに何をされるかわかりませんよ」
性別のこともあって断りたいと思っていると、背後から代わりに拒否する声がした。振り向けばHAYATOの仕事をしてきた帰りであろう一ノ瀬が、いつもの無表情で居た。
「おやイッチー、バイトは終わったのかい?」
「おかえりなさい、一ノ瀬さん。」
「ありがとうございます。えぇ、今日は早くあがれました」
サタンの件以降かなり疲弊した様子だったが、早上がりのためか今日の顔色は良さそうだ。ところで、と一ノ瀬は2人を寮の出入り口からキーアの部屋へ移動するように促した。
キーアの部屋に3人が移動し、とりあえず紅茶を出して適当にクラシックを流すと、なにか話したげな一ノ瀬を促した。
「今日の紅茶はディンブラだね。アイスで飲むには良い。」
「はい、お二人とも何を出しても大丈夫そうなので、僕の趣味で淹れてしまいました」
「ありがとうございます。」
一ノ瀬は話しづらいのか紅茶を一口飲むと、そのグラスを持って水面を見つめたまま、眉間の皺を2割増しにしてため息をついた。キーアがあやうくCDに聞き入ってしまいそうになるころ、一ノ瀬はようやく話しだした。
「サタンに洗脳されている時のことです。記憶が定かでないので私の勘違いであったら大変申し訳ないのですが……」
一ノ瀬はそこで紅茶から視線をキーアへと移し、
「君は、女性なのですか?」
「………」
やってしまったと思った。いつもなら即座に否定出来るし、言い訳もすぐに思いつけるのに今日に限ってはあの抱きしめられた時のことを思い出してしまって、何も言えなかった。
男性にあんなに近づかれるなんて怖かったし、なにより恥ずかしかった。
「キーア、そんなに赤くなってたらバレるよ」
「…あ、ああぁ、はい。すみません、レンくん。」
レンが肯定の言葉を言えば、一ノ瀬はやはりというようにまた紅茶を見つめだした。今度はそのままの目線で呟くように話しだした。
「あの時はすみません、有事の出来事とはいえあのように抱きしめたりなど…」
「お気になさらず。そりゃ怖かったですけど、一ノ瀬さんがしたくてした訳ではありませんから」
「ですが…」
「あーもー、それ以上言うと聖川さんみたいになっちゃいますよ!!」
一ノ瀬の隣に座ったレンがぶっと吹き出した。それをじとっとした目で睨みつけながら、一ノ瀬は幾らか気分が晴れたようで
「わかりました、ありがとうございます、キーアさん」
「いえいえ…あ、それじゃぁ代わりと言ってはなんですが、これ、一緒に歌っていただけませんか?」
キーアはちゃっかり七海から貰った譜面を取り出して、一ノ瀬に見えるようテーブルに広げて、七海が立案した8人で文化祭に出ようという案を説明した。すると一ノ瀬は食い入るように譜面を見つめ、恐らく脳内で音楽として流してみているのだろう。
「なるほど…これはどなたの曲ですか?」
「七海さんですよ」
「なるほど、キーアさんらしく無い曲だとは思いましたが…七海さんにこれほどの才能が。」
一ノ瀬はちらっとレンを見やってから、少し困ったように続けた
「私はその…バイトの件もありますので出られるかどうか…」
「良いんじゃないかい、イッチー。所詮文化祭だ。万が一時間が合わないようなら抜ければ良いし、歌ってみるだけの価値はある曲だろう?」
「レン、あなたやけに乗り気ですね。」
「そりゃあね、何と言ってもキーアと一緒に歌える数少ないチャンスだ。逃すわけにはいかないよ。」
「あぁ、レンも彼…いえ、彼女のことを知っていたのですか」
「体育祭の直後から感づいてはいたさ。確証は無かったけどね」
一ノ瀬はレンの方が先に気づいていたことが悔しいのか。さらにじとっとした目でレンを睨んでいたが、キーアが茶菓子にとローカロリークッキーを出すとちょっと嬉しそうに摘んだ。
第14話、終。
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