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第二章「IDOL」


第13話「夏休みでしたので」



キーアの譜面によってリズムパートが入り、曲はついに完成した。七海にアドバイスを求められたところは口出ししはしたものの、彼女のセンスは素晴らしく、キーアが指摘するところは殆ど無かった。
とはいえ、やはり初心者なので業界の知識には乏しく、キーアはオーケストラなどに関する知識を教えこんだ。
作戦当日は、サタンに完成した曲を聞かせるために、セシルと七海が学園長室へ、他のメンバーは放送室からオケを生演奏することになった。ミューズの加護を受けるセシルが歌う必要があったため、パート分けはそれぞれの得意楽器に、セシルがボーカル、一ノ瀬がドラム、キーアがフルートを演奏することになり、曲の完成後急ピッチで練習をした。コーラスは余裕のあった一ノ瀬が入れる限りで入るそうだ。





そしてついにきてしまった作戦当日。


「日向先生が無事だといいんだけどな…」

「落ち込んでる場合じゃありません、来栖。」

「オレたちがリューヤさんを助けるんだ、そう思うほうが前向きでオチビちゃんらしいよ」


結局、日向はサタンの配下に捕まってしまったのか帰ってこれず、生徒だけでも作戦決行することになってしまった。
ドラムセットとキーボードは放送室にあるはずだとキーアが言えば、他の楽器は普通のケースにしまわれたままで、9人は女子寮を飛び出した。


「先頭は僕が行きますから、悪魔の取りこぼしがあればレン君と一ノ瀬さんで対応してください」

「わかりました。」

「セシルさんは最後尾で体力の温存と、背後の敵にだけ気をつけて下さいね」

「Yes」


先頭はキーアがローラスケートで進み、ゴブリンやサタンに乗っ取られた生徒たちをこの際知ったことかと魔法を使って薙ぎ払っていく。


「Replytoavoice! Itisfollowedbyalltheflamestome!」


直ぐ後ろには女性であると知っているために心配なのか、レンが着いて来て、覚えているのかは聞きそびれていたが一ノ瀬も居る。女子寮で見つけた木刀を持った2人はとても心強い。
どうにか校舎に入り込むと、キーアたち演奏者は放送室へと駆け上がった。階段の途中で、上から緑色の怪しげな光線が飛んでくる場所があり、一行は仕方なしに足を止めた。


「なんか、スパイ映画みたいだね」

「音也、呑気なことを言っている場合ですか」

「キーア、魔法でどうにかなるものでは無いのか?」

「申し訳ないですが、僕は炎をちょっと操れるだけです。セシルさんのように色んなことが出来れば防げそうですが…」


いかにも人体に害があるような光線が縦横無尽に飛び交う中、
一ノ瀬が慎重に進みだしてしまい、キーアも慌てて後を追った。

背後から覚悟を決めたらしいレンと聖川が続き、
一十木と来栖はまだ恐怖が拭いきれていないのか立ちすくんでいる。


「っく、これは流石に…」

「結構辛いですね」


ときおり思いがけない角度から光線が飛んできて、まるでコントのようなポーズで避けることになり、一ノ瀬は大分イライラとしているようだ。余裕があれば指摘してあげたいのだが、言えば更にイライラさせてしまいそうだ。
最初の4人がどうにか光線地帯を抜け振り向くと、来栖たち残りの3人がこちらに向かっている最中だった。すると、階段の踊り場の壁が丸く一部分だけ奥に引っ込んでいき、そしてそこから銀色の筒が飛び出してきた。
如何にもといったそれは、恐らくこの緑色の光線を飛ばすもので、ジジジジと機械音を立てて、来栖たちに照準をあわせているようだった。


「来栖!上からきます!」


叫ぼうと思った瞬間には体が勝手に動いていて、来栖の腕を掴んで思いっきり引き、テコの原理で場所を入れ替わったのと同時に、キーアの右腕にじんわりと痛みが広がった。


「いそいで!」


突如弾速があがった光線を避けながら、どうにかこうにか残り3人とキーアは階段を駆け上がった。


どうにかこうにか放送室へたどり着いた時は、打ち合わせされた予定時刻の30分前だった。


「意外と早く付きましたね」

「キーアさんが魔法使いだということが、計算に入っていなかったのです。」


プランを作った一ノ瀬が少し息を切らしながら言った。キーアは全員の怪我が無いか確かめたが、一番重症なのはキーア自身のようだった。


「だいたい、魔法使いだなどとSFじみたことを誰が想像しますか!」

「でもさ、サタンなんて凄い奴が出てきてるんだから、魔法使いが居てもおかしくないよ!」


ねーと同意を求める一十木に、キーアは曖昧に笑ってかえした。
この話題をいつまでも続けられて素性を話すのは嫌だったので準備を促すと、各々が楽器を組み立てたり弦の調子を見たりしはじめ、来栖が持ってた音叉を回してチューニングをした。

そして予定の時間になった。
キーアがそっと放送開始のボタンを押す。ドラムとピアノから静かに前奏が始まった。




---- 黄金の落ちる海で 愛の音がlalala


---- 終わりなき口付けを 波の数ahしよう




セシルの声が聞こえるような気がした。ドラムのスタイリッシュな刻みの上にギターの格好良い主線がノリ、サックスとフルートのユニゾンが気持よく決まり、ピアノが後を追うようにスケールを入れ、ヴァイオリンとヴィオラは流石プロと言いたくなるほど綺麗にきまる。
アウトロが終わると、筆舌に尽くしがたい高揚感と達成感で胸が満たされ、キーアはポロリと涙がこぼれたのを感じた。


「見て!空が晴れた!」


一十木の声に放送室から外を見れば、これでもかという晴天だった。別に今までが腫れてなかった訳ではないのだが、それでもこの空は特別なものであるとその場にいた全員がしっかりと感じ取っていた。
その後、セシルと七海の居る学園長室へ向かうと、いつも通りに戻ったシャイニーと、それから若干ぐったりしているものの元気なセシルたちが居て、演奏していた7人はほっとした。









来栖の提案で、コンビニでお菓子を買い込み打ち上げをすることになり、一同はキーアの部屋へやってきていた。一人部屋だが広さは変わらず、また男子寮の他の部屋とは違う階にあるため七海も入りやすいだろうとの配慮あっての選択だ。
誰もが達成感の中で満腹になるまでお菓子を食べると意気込むなかで、セシルだけはなぜだか浮かない顔で落ち込んでいるようだ。


「セシルさん、何かあったんですか?」

『…私はアグナパレスの王子。この件が解決した以上、母国に戻る必要があります』

『どうして!?だって王位継承権の問題で追い出されたと!?』


落ち込んでいる理由に納得しかけたものの、キーアは先日聞かされた呪いのことを思い出して慌てて突っ込んだ。彼が帰ったら命を狙われるかもしれないのだから、当然心配にもなる。


『サタンを倒したことで、私の力は認められている。父王の病が酷いこともあって私の帰国は避けられないでしょう。』

『でも、ご兄弟との諍いが無くなった訳では無いのですよね?』

『えぇ。……私のことは良いのです。良いのですが…』


そこでセシルは切なげにメンバーを見渡した。


『サタンが倒された以上、戦闘中の記憶は消える可能性が高い。』

「そんなぁ!!」


日本語で叫んでしまい慌てて両手で口を塞いだが、一ノ瀬やレン、来栖たちの注目を集めてしまい、「お前たちはよく分からない言葉で何を喋っていたのだ」と目で訴えられた。
キーアは諦めて事の仔細を話すようセシルを促した。


「これは1つの可能性なのですが、サタンと戦っている間の記憶が、皆さんの中から消えてしまうかもしれないのデス。」

「え…それじゃぁ……あの曲も?」


七海が絶望的な顔で、セシルに問うた。彼も相当つらいだろうに、七海の頭を優しく撫でると微笑んで言った。


「ダイジョウブ。音楽は消えない、ただ記憶がなくなるだけ。辛いことを覚えていて悲しむアナタを見たくはない。」

「でも、セシルさんのことも忘れちゃうなんて嫌です」


ウルウルと泣きそうになっている七海を見て、一十木がちょっぴり顔を赤くしているのに気づいたキーアはこれだから男は…と小さく呟いた。


「僕も忘れたくないです。」


意外にも四ノ宮が口を出した。見てみればいつものポワポワした様子ではなく、真面目な様子で


「だって、キーアくんや皆と演奏した記憶が無くなるなんて勿体無いですし、忘れてしまったら、またキーアくんたちとは仲良く無い状態に戻ってしまう。」

「確かに、それは物悲しいが…愛島にどうにか出来ることではなかろう?」

「確かに、この記憶が無くなるのはオレも嫌だね。セッシー、どうにかする方法を知らないかい?」


チラリとこちらを見てからレンが言ったので、恐らく性別のことや過去のことを話した時間を彼も大事なものだと認識してくれているのだろう。


「ワタシのなかにはミューズという超常の存在があります。ですが、皆の中にはそれがない。だから記憶に補正がかかってしまう。」


人間は本物の悪魔や幽霊を見ても、「風に飛ばされた紙切れ」「車のライト」と脳内で勝手に補正して日常を保つ能力があるそうだ。今回はそれが邪魔をしてサタンという超常現象を忘れてしまうというのがセシルの予想で。
キーアは1つのことに思い当たった。


「つまりは、皆さんの中にも超常の存在があれば良いんですね?」

「え、なんかお前できんのか!?」

「来栖落ち着け。確かに魔法が使える以上はキーアも超常の存在。何か方法を思いついたのか?」

「聖川さんも十分落ち着きないですよ…?あくまでもこれは提案の1つで、皆さんが嫌なら断って下さいね」


キーアは全員がこちらに注目していることを確認して続けた。


「僕が、力を使って皆さんに簡単な呪いをかけるんです」

「呪いって……なんかキーア、怖いよ?」

「大丈夫です。呪いといっても些細なもので、"僕との繋がりを作る"というものですから。ちょっとボディペイントのようなものが出来てしまいますが、他に副作用はありません。」


目の前で来栖と一十木が固まった。すると少し離れたところに居た一ノ瀬とレンがくつくつと笑い出し、その笑いは聖川にも伝染した。


「なるほどね、それはいい考えだよ」

「私もその程度で良いのなら、喜んで呪いにかかりますよ」

「嫌な奴、いねーよな?」


来栖が全員に聞けば、全員が頷いてかえしてくれた。キーアもそれに笑顔で答えると、両手を胸の前で組み合わせて呪文を唱えた。
するとキーアの体の周りに炎の帯が飛び回り、それは9つに割れてそれぞれに違う色で燃えながら、内の7つは七海たちへまとわりついて消え残りの2つはセシルとキーアの元へ飛んでいき、首元に吸収されるように消えた。


「こ、これだけ?」

「これだけですよ?」

「なんつーか、拍子抜けっつーか。」

「意外とあっさりしたものだったな」

「あ〜、でもこれを見て下さい、とっても可愛いですよ」


四ノ宮が自分の手首を見せると、そこには薄い茶色でクマのような形が浮き上がっていた。それは刺青には見えず、痣が出来てしまったかはたまたシミが出来てしまった程度のもので、今後のアイドル活動をしていくうえでも問題無いであろう程度だ。


「はい、それが僕からの呪いです。」

「呪いということは、洗っても落ちないのだな?」

「えぇ、僕との繋がりが出来ているので、僕が死なない限りサタンのことは忘れません」


一十木や来栖は目に見えて安心し、これで何も怖くないなと言いながらポテトチップを頬張りだした。それを合図に全員がまたお菓子に戻っていき、キーアもセシルもちょっと笑い合ってお菓子に手を伸ばした。そしてお菓子も無くなり出した頃、一ノ瀬がふっと言った。


「そういえば、今は何日ですか…?サタンに洗脳されている間のことは記憶が曖昧なのですが」

「……携帯とテレビが同じ日付だったら間違い無いと思うけどよ」


確かに時間の感覚が曖昧だなと思い、キーアもスマホの日付を改めて確認して、


「あと一週間で夏休み終わっちゃいますね」

「「宿題終わってねええええええええええええええええ」」

「トキヤ勉強教えて!!」

「おう、そうだぜトキヤ、俺たち友達だろう!!」


それを聞いた一ノ瀬がふふふと笑みを零し、そしてまるで怨霊に取り憑かれたかのような恐ろしい形相で2人を睨みつけて言った。


「えぇ、もちろん構いませんよ。ただし……私の教育はスパルタです」


目一杯の演技力で脅された2人は怯えた子犬のように慌ててキーアの後ろに逃げ込んだ。女の子の後ろに隠れるなんてと思ったが、流石に言えはしないのでただため息をつくだけにしておいた。
翌日からキーア以外の全員が必死になって宿題を終わらせたのは言うまでもない。





第13話、終。






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夏休みの宿題合宿編…書きたい…けどプロットから更にずれるw
番外編でもしかしたら書くかもしれません。

2013/1/25 今昔都





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