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第二章「IDOL」


第12話「青春ですので」



神宮寺がプールサイドに倒れると同時に、周囲の取り巻きたちもふっと現実に帰ったのか、どうしてここに居るのだろう?というようなことを話し合いながら、倒れている神宮寺が見えていないかのようにプールから出て行ってしまった。


「キーア、大丈夫デスか?」

「はい、ご心配なく。」


歌い終わったところに駆け寄ってきてくれたセシルに、おざなりな返事だけをするとキーアはプールの反対側へとかけだした。
プールサイドは固いので神宮寺が頭を打っていないか心配だったし、何より完全に洗脳されたわけではなかったので、逆に体に何か不都合が起きていないかと思った。うつ伏せに倒れていた神宮寺をそっと仰向けにしてあげると、眩しそうに眉間の皺を深くし、そして少しずつ目をあけてくれた。


「神宮寺さん!」

「……キーア?」

「もう、普通に戻ってますか?体に変なところがあれば教えて下さい。」


まだ洗脳が溶けたばかりでポーっとするのか、微かに頷いただけで神宮寺はまた目を閉じてため息をついた。


「せっかくレディが名前で呼んでくれたっていうのに、あれは夢だったのかな?」

「ぁう…」

「誕生日とクリスマスが一緒にやってきたみたいに、とても嬉しかったのになぁ」

「…れ、……レン…くん……」


仕方なくそう呼べば、満足したように蕩けるようなほほ笑みを見せてくれた。とても洗脳の解けたてとは思えない彼の様子に、キーアはほっとすると同時に「二度と心配してあげるもんか」と決意した。










その後、レンから楽譜を取り出すことに成功し、今日の収穫はこれ以上を望むべきではないというセシルの言葉に従い、一行は女子寮地下のレコーディングルームに戻ってきていた。


「なんだ神宮寺、生きていたのか。」

「聖川こそ、どうして生きてるのさ。せかっくキーアと2人でレッスン出来ると思ったのに。」

「貴様!婦女子のみでは飽きたらず男にまで手出しするというのか!!?」


とんだ誤解だと叫んでやりたい気もしたが、キーアはとりあえず全員のお茶と夕飯を用意し、テーブルを囲んで座るように促した。


「レン君、あんまり聖川さんで遊ばないでください。彼は真面目なので本気にしてしまいます」

「キーア、それは俺を貶していいるのか」

「いいえ、褒めてるんです」


タラコのオニギリを食べながらレンが勝ち誇ったような笑みを浮かべていたので、脛にチョップを入れてあげてから、キーアはことの次第をレンに話して聞かせた。とはいえ、洗脳されながらも半分意識があった彼は殆ど説明せずとも理解してくれ、明日から譜面の練習にとりかかるとも約束してくれた。
そこで、集まっている譜面がギター、ヴァイオリン、サックスであるというと、レンは思い立ったように言った。


「この編成なら、ピアノやビオラ、もしかしたらベースなんてのがあっても良さそうだね」

「あぁ、それは僕も思っていました。パートは8つだそうなので、それにプラスして打楽器と……クラ?なんかが入りそうだと思ってます」


そこで音也もちょっと思ったんだけどという前置きをしてから言った。


「俺がギターで翔がヴァイオリン、レンがサックス。皆得意な楽器だよね。ってことはマサがピアノ持ってたりしないのかな?」

「そういえば、サタンに洗脳されている時の真斗くんが『楽譜が欲しいのか?』と言っていたような気がします!!」


七海もがそう言い出せば、聖川は少し困った顔をしながらも、昨日一十木や来栖がしてみせたように両手をあわせると、


「光った…」


次に聖川が両手を開いた時、そこには一枚の楽譜がのっていた。左上には「Piano」の文字が入っていて、まさに一十木の言うとおりのことが起きた。


「ヒュウ!イッキの勘もなかなかのものだね!」

「えっへへ!だってマサのピアノ好きだからさ、一緒に練習出来たらいいなーって。だから、勘っていうよりは…願望?」


照れて笑う一十木のとなりで聖川が複雑な顔のままで楽譜を手渡してきたので、キーアは彼の不安が取れればと笑顔で受け取った。


「これで半分ですね。七海さん、作曲の方はどうですか?」

「この先打楽器が出てくるかもしれないと思うと、自分でリズムパートを作りづらくて…」

「そうですね…確かに最初に主旋律とリズムから入れたいですよね。他にボーカルの譜面を持っていそうな人ですか……ううん…」


そう呟けば、今度は来栖が閃いた!と言わんばかりに輝いた笑顔で、右手をびしっと上げて選手宣誓のように叫んだ。


「トキヤ!!」

「が、どうしたんです?」

「だから、ボーカルの譜面を持ってそうな奴だよ!!」


来栖がそう言うと、その場に居たセシル以外の全員が納得したように頷いた。彼の正確無慈悲とも言える技術に最近出せるようになってきた曲の表情、そしてなにより特徴的で耳に心地よい歌声。
そして知っている人間は少ないが、HAYATOとの歌い分け。どれを取っても彼が相応しいような気がして、明日は一ノ瀬を探そうということに決まり、そこで会議と夕飯は解散することになった。



すっと神宮寺がソファから立ち上がろうとした時、


「レン!!」


フラッと彼の体が来栖の方に倒れた。顔色が悪いようでもないが、随分と疲れた顔をしている。キーアが慌てて潰されそうになっている来栖を助太刀し、レンをどうにかソファに寝かせてひざ掛けをかけてやった。


「悪い」

「気にすんなって!俺たちだって解放されたばっかりの時は気分悪かったりしたし。」

「貴様は中途半端な洗脳だったそうだからな。体調も中途半端なのだろう。普段の熱意の無さを恨み、今後は改善していくことだ」


聖川の発言には少し嫌そうな顔を見せたが、レンは素直に休むことに決めたらしい。お大事にと言って最後に七海が部屋を出ると、キーアは夕飯のゴミをまとめて明日すぐに捨てにいけるように部屋の隅においておいた。


「レン君、僕は奥に居ますから用事があったら呼んで下さい」

「…お願いごとでも、呼んで良いのかな?」


いつもの気取ったような、気を張ったような、取り巻きのレディたちに向けているのとは違う、低くてよく響くことに変わりはないが、そんな普段と違う声で呼び止められてキーアはまたレンの枕元へと戻った。


「内容にもよりますけど、構いませんよ」

「プールで歌っていた歌、もう一度聞かせてほしいんだ。」

「?? そんなことで良いんですか?」


くるりと、仰向けだった体をこちらへ向けて、レンはキーアの手つかんだ。男性に上目遣いで見つめられるという異常事態に、キーアの頭はもう少しで「目の前の獣を排除しろ」と全身に命令をくだすところだった。


「情けない話だけれど、純粋に怖いんだ。」


お前がな。とは言えなかった。


「意識がだんだんと奴に食い荒らされていく感覚をまる二日味わったんだ。」


そこでキーアもはっと気づいた。
他のものは完全に洗脳されて、ただサタンに従っていただけだったはずだが、レンに限っては意識がサタンと共有されていたがために、乗っ取られそうになる恐怖を味わい続けていたのだろう。


「だから、歌ってもらったら眠れるだろうなんて、女々しくも思ったわけさ」

「分かりました。歌いますよ…ですが手は離して下さい」

「おや、意外と人嫌いなのかな?それとも何か理由が?」


キーアは少し話すべきかどうか悩んだが、女性だと見破られている以上、今後何かしら助けになってくれるのではないかと思い話すことにした。もちろん、思い出したくもない記憶だし、聞いていて気分の良いものでもない。
それでもと思い、キーアはレンの枕元に両膝をついて話し始めた。


「僕、幼い頃に実の父親から虐待を受けているんです。」

「虐待?」

「母国に伝わるお伽話で、黒髪の人間は悪魔の使いだというものがありました。王族の人間であった父は僕が生まれたことを世間に隠し、ひたすら暴力と…それから性的な虐待を加えるように部下に命じていたようです」


レンがにぎった手に少しだけ力を込めた。


「なので無条件で男性は嫌いです。シャイニーみたいなタイプなら問題ないのですが…。幼い頃なんか、男性に近づかれるだけで感情が昂ぶり、魔法が勝手に発動してしまうほどのものでした」

「それだけ、辛かったんだろう?」

「そうですね、日本の芸能界に入ってからも、男性に恋愛対象外として見られている保証が無いと、ちょっと怖くて近づけませんでした。」


レンはそこで体を起こすと、キーアの頭をぽんぽんとたたいて、取り巻きの子たちが悲鳴をあげるのも分かるほどに素敵な笑顔で言った。


「話してくれてありがとう、キーア。だから男装で通っていたんだね。オレが出来る限り助けるから、頼ってくれて良いよ」

「ありがとうございます、レンくん」

「それに、レディだとバレてもこうして近くに寄ってくれるってことは、嫌われてないということだよね。光栄だ」


レンはそうお茶目に笑うと、疲れたのか子守唄の催促をしてから横になった。
キーアはプールで歌った即興の子守唄を、思い出しながら彼が眠るまで歌おうと決めた。








次の日の朝。


べちん べちん


濡れ雑巾をガラスに投げつけたような音で、キーアは目を覚ました。そして目を開けてあやうくあげそうになった悲鳴を、両手をばちんと口元にもっていって堪えた。流石に、目覚めた瞬間に男性の顔が目の前にあって悲鳴をあげない女性は居ないだろう。しかも結構な美形だ。
キーアは歌いながら寝てしまったらしく、レンの頭の隣に自分の頭を載せて寝ていた。
そしてその状況の混乱が落ち着いて、例の雑巾の音がする方を見て、今度こそ悲鳴をあげた。


「いやあああああああああああ!?!?」


耳元で叫ばれて驚いたのか、レンもぱっちりと目を覚まして体を起こした。そして同じ様にレコーディングルームの入り口を見やって固まった。扉のガラス張りの部分に、小さな黒い小動物のようなものがたくさん張り付いていたのだ。そいつらは薄っぺらい手をペチペチと扉にたたきつけて、中に入れろとアピールしているようだ。


「おはようレディ…もうちょっと素敵な朝だと良かったんだが」

「おはようございます、レン。あれは…ゴブリン?凶暴化したグリーンマンも混じっているようです」


それでも、キーアが居るせいか学園の扉が強いのか、彼等は中に入ってこない。けれど、女子寮の中も安全では無くなってしまったということだけは確かで、七海や他のレコーディングルームで休んでいるはずの来栖たちの安否が気がかりだった。


「どうにか他の人と連絡をとらなくては!!でも外に出られませんし…レン、どうしましょう!!」

「……なんというか、キーアは随分と古風だね」


言うと、彼は脱いでいた上着のポケットから携帯を取り出して、これだよと言うようにふってみせた。キーアはあ!と思い立ってポケットからスマホを取り出した。


「もしかして、普段使ってない?」

「AADの連絡にしか使わないので、連絡先も一人しか登録していないんです」

「それじゃぁ、オレが二番乗りっと」


レンはキーアからスマホを取り上げると、赤外線でアドレス帳を交換したようだった。そして慣れた手つきで来栖の携帯に連絡を入れ、


「あぁ、オチビちゃん、おはよう。」

『チビじゃねぇ!!!おはよう。』

「ところで無事かい?」

『ってことは、もしかしてそっちにもなんか居るのか?』

「キーアが言うにはゴブリンとグリーンマンだそうだ」


来栖は一十木と昨夜偶然泊まっていた日向と一緒に居るらしい。聖川はセシルと七海のところへ出向いたきり、昨夜から帰っていないとのことで、セシルとともにいるのなら少なくとも命の心配は無いだろう。
一旦電話を切り、今後の対策について日向が考えるまではその場で待機となり、キーアはレンと2人ひとまず朝食を摂ることにした。ちょっと飽きてきたオニギリも、ゴブリンたちを前に食べるとまた違った味になるというか、


「見られた状態で食べるというのは…落ち着きませんね」

「あれが全部レディなら歓迎するんだが……」


朝食を食べ終えると、2人は他にすることもないので曲の練習をすることにした。幸いにも備品のサックスが置いてあり、リードはキーアが持ち歩いていたものを貸し、キーアも自分のクラを組み立ててロングトーンから始めた。
もともとはフルートの教本に書いてあった方法で、すべての音域の質と量を合わせていく。レンのウォームアップが終わるのを見計らって、2人で基礎練習に入る。


「ではB♭音階1オクターブで8拍4拍、上昇と下降でお願いします」

「了解」


管楽器しか居ないので、吹奏楽の基本となる音階のロングトーンと3度進行、4度進行、5度進行の跳躍練習、それから12音階の半音階で指のトレーニング。その後は簡単に教本の練習曲を行っているうちに気づけばお昼時だった。
レンは久々にきちんとした練習をしたと言って、大きく息をついた。


「ふぅ、キーアの練習はなかなか濃密だね」

「そうでしょうか?僕、きちんと習ったことがあるのはフルートと打楽器だけなので、リード楽器ってあまり得意では無いんです」

「大丈夫、オレもサックスは趣味で始めたものだから」

「そこまで吹けて趣味レベルですか…」


人間の演奏する楽器は、基本的に演奏者の歌声に似ると言われている。それが如実に現れるのはトロンボーン属だが、レンのサックスも声と同じ様に艷やかで色っぽく、サックスの良さがよく出た音だ。

ちょっとクセっぽい吹き方をするフレーズもいくつかあったが、ラテン系の彼に似合う曲を吹かせればむしろ良いクセになるだろう。


「一回休憩しましょうか、お腹空きませんか?」

「そうだね。幸い、この部屋にも食料の備えがあるし。」


2人はゼリーと菓子パンのお昼ごはんを済ませると、30分ほどお茶を楽しみ、その後の30分程のんびりとお腹を休めてそれからまた楽器を構えた。またロングトーンを軽くすると、今度は例の譜面を練習しようと思ったのだが、キーアはそこまできてから重要なことに気がついた。


「譜面、七海さんに渡したままでした……」

「君って、意外と抜けてる?」




仕方がないので楽器にスワブを通し、タンポの水分をとってケースにしまうと、ちょうどかかってきた日向からの電話に応じた。


『もしもし』

「やぁ、リューヤさん、どうしたんだい?」

『俺たちと七海の部屋からは悪魔が消えたようだが、そっちはどうだ?』

「どうも何も、相変わらずモテモテだよ」


レンが言うとなんだか厭らしいです。というセリフは言わずにおいた。日向や来栖の部屋は2人が今居る部屋よりも階段に近いため、一度七海たちと合流しにいくそうだ。2人は絶対に部屋から出るなという指令を貰い、電話は切れた。


「さて、どうしてここに悪魔が残ったんだろうねぇ」


電話を切ったレンの声に答えるように、誰かが言った


「そ・れ・は〜、ボクがキーアたんを欲しいか・ら♪」


それだけのセリフの後、まるで幽霊のようにレコーディングルームの扉から、一ノ瀬トキヤ……というよりは、HAYATOが登場した。


「一ノ瀬さん…?」

「イッチー…その衣装は……」

「ッフフ♪ ボクが誰かって〜?ボクの名前は一ノ瀬トキヤ、歌も演技も完璧なアイドルを目指す少年さ!」


あなたは一体誰ですか!と叫びたくなる衝動を抑えて、キーアは両足を踏ん張った。隣ではレンもポカーンとするしかないようで、それでもHAYATOの頭に生えたツノと、腰のあたりから垂れている悪魔の尻尾を見てどうにか現実へ戻ってきたようだ。


「あれれ〜、気づいちゃたのかにゃぁ?」

「貴様、サタンか?」

「ぶっぶー!残念でっしたー!間違えた子にはお仕置きだぞー☆」


元気よくHAYATOが言うと、レンの頭上にゴブリンが大量に降り注いだ。


「レンくん!!」

「はい駄目ー、君はこっちだよ」


キーアがレンに寄るより早く、HAYATOはキーアを後ろから抱きかかえた。そのまま連れ去られそうな雰囲気に、どうにかレンだけでも助けようと彼にとりついたゴブリンに炎を飛ばした。
それを見て暴れられては困ると思ったのか、HAYATOはよりきつくキーアを抱きしめ、そして気づいてしまったようだった。


「……君は…女性…?」

「ちょ、その声は一ノ瀬さんですか!?」

「あぁ…出てきちゃ駄目だにゃ!……で、ですが女性に対してこのような真似は!!…うるさいにゃぁ〜トキヤだって別に嫌じゃないんだからいいじゃん!…よくありません!!!!」


一ノ瀬がそう叫ぶと、彼に慕うように寄り添っていたゴブリンも、レンを襲っていたゴブリンも全てが一瞬で黒い霧になった。背後で力が抜けたのを感じてキーアが振り返ると、一ノ瀬はもとの制服姿に戻り、気を失ったのか倒れこんでしまった。


「び、びっくりしました…」

「イッチーもキミが女性だと気づいたみたいだったね」

「流石に抱きつかれて気づかれなかったら泣きます」


一ノ瀬が結局何に取り付かれていたのか分からなかったが、レンに頼んで日向たちを呼び、夕飯の時に事情の説明をすることになった。







「キーアくん!!!!!!」


ひしっ!っとレコーディングルームに入ってくるなり抱きついてきたのは


「ちょ、ちょっと四ノ宮さん!!!」

「わ〜良かった、無事だったんですね」

「あの、苦しい…」

「僕、皆が無事じゃなかったらどうしようかと思っていたんです」


ぎゅぎゅぎゅぎゅ〜っと抱きしめられて意識が遠退き始めた時、来栖が強制的に引きずり出して助けてくれた。やはり自分が被害に遭うだけあって、救助の時の顔が真剣だった。


「これで、ハルカとキーアの言っていた候補は全員集まりマシた」


夕飯のオニギリを両手で持って、セシルが言った。一ノ瀬も四ノ宮も、状況を簡単に信じて協力すると言ってくれたので、これからどうすれば良いかの作戦会議に参加している。


「まずは、一ノ瀬さんと四ノ宮さんも譜面を持っているか試してみましょうよ」

「YES、MyAngel。ワタシもそう思いマす」


一国の王子に「天使」呼ばわりされることにむず痒さを感じつつも、キーアは2人に譜面が現れるかどうか試してもらった。すると、やはりというべきか一ノ瀬はボーカルの、四ノ宮はヴィオラの譜面を取り出すことに成功した。


「これで残るは2パートですね!」

「はいどうぞ、七海さん。これで主旋律が分かりますので、編曲が進められるとおもいます」

「はい!」

「必要であれば僕も手伝えますから、呼んで下さい」








次の日、七海は大分完成したスコアを持ってきていて、残る2つの譜面を探して組み込むのみとなった。
ところが、その日の夜。何か強烈な光がしたと思ったら、夕飯の時にはセシルが持っていたというフルートのパートも追加されていた。夕飯の席でセシルと七海は誇らしげにスコアを見せてきた。


「あとは打楽器だけなんです!!」

「これで、打倒サタンに近づきまシタ!!」


その勢いに押されてか、一十木と来栖が拍手をしている。キーアは一人、ちょっと悔しいなと思い拍手は出来なかった。ここに居るのは全員が譜面の提供者か、七海は編曲の担当だ。日向は昨日のゴブリン戦争で足に怪我をし、今は職員室に居るそうだ。
つまり、ここに居るうちでキーアだけが何も提供できていないことになるのだ。そんな感情を目聡く察してくれたのか、レンが隣からそっと耳打ちした。


「何なら、キーアも試してみたらどうだい?」

「何をです?」

「譜面を持っているかどうかさ。」

「お恥ずかしながら、こっそり試したところ、何も出ませんでした」

「それじゃぁ、コツを伝授しよう。この愛の伝道師がね」


よくそんな恥ずかしい通名を誇らしげに言えたものだと思いながら、キーアはレンの助言に耳を傾けた。


「自分がどうして音楽をしたいのか、それを考えてご覧。」

「音楽をする理由ですか?」

「セッシーなんかはサタンを倒すためだろう?オレの場合は、キーアの曲を歌いたいからだった」

「なるほど……」


助言をくれた彼に申し訳ない気もしたので、一応試してみるかとキーアは渋々両手を祈るように組み合わせて、何故音楽をしたいのか考えた。



(カミュがチェロ弾きだったから?)

(シャイニーに誘われたから?)

(サタンを倒すため?)

(藍と歌いたくなったから?)

(それじゃぁ……)



キーアはふと顔をあげた。


『呼び声に答えて、ミューズ』


途端、自分の両手から眩しいほどの光がほとばしり、全員の注目を浴びながら両手を開いてみると、


「これは…」


五線紙ではなく、一本の線の上に書かれたリズムと、一段で数本の線が書かれたそれは間違いなく打楽器の譜面だ。左上には「Percussion」とかかれている。


「キーアさん!!」

「よかったね、キーア」


感激した七海に飛びつかれながらも、キーアは自分が役立たずでなかったことに安堵し、その日はとても良く眠ることが出来た。








第12話、終。






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ヒロインのパートは最後まで悩んだものの、ゲーム本編では打ち込みになっていたドラムセットにしました。
作中でいろんな楽器を演奏している彼女ですが、
楽器が吹けないから感情移入出来ないと思った方、本当にすみません。
書き手の僕が結構色んな楽器をやっていたのでついノリで書いてしまっていますorz

レン様と基礎練習させようと思ったら、予想以上に長く…
次回でサタン倒したいです。






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