お名前変換





第二章「IDOL」


第11話「女の子ですので」



その日からキーアは女子寮のレコーディングルームで寝泊まりすることになった。慌てて一週間分程度の着替えを取りに帰り、アマイモンに出くわさぬようにどうにか女子寮に帰ってくるとセシルと七海と3人で作戦会議が始まった。
日向が持ち込んでくれた購買の菓子パンやオニギリを食べながら、最初にサタンを倒すための条件をセシルに聞くことにした。


「サタンを倒すためには、ミューズの力で対抗するしかありません」

「そのミューズの力とやらを行使するには何が必要なんです?」

「楽譜です。」

「「楽譜?」」

「YES。」


そこでセシルはお茶で喉を潤してから続けた。


「どこかに散り散りになってしまった、8つの譜面を探し出し、それを歌うことでサタンを封印します。」

「譜面といっても、この学園にはたくさんの楽譜があります。…その中から探し出すのは至難の業かと」

「大丈夫ですよ七海さん、そんな普通の譜面として存在しているはずがありませんから」


セシルはキーアの発言に大きくしっかりと頷くと、あくまでも可能性でしかないという前置きをしたうえで話しだした。


「この学園にはミューズに愛された者が大勢居ます。その人たちが自らの身体に宿していると考えるのが妥当です」

「体に、宿す…ですか?」

「Yes、My Princess。」


キーアは自分はエンジェルなのに彼女はプリンセスなのかと、どっちが上なのだろうとちょっと複雑な気持ちになりながら話を聞いていた。とりあえず、サタンに洗脳されている生徒たちを片っ端から助けて、楽譜を持っている人間を探そうということをセシルが言い出したので、慌てて口を挟んだ。


「全員を救うことに変わりはないのですから、ひとりずつ助けて探しましょう」

「そうですね、セシルさんがおっしゃるのなら」

「異議あり!!」

「は、はい、なんでしょう…」

「ミューズに愛されているということは、何かしらの才能を持っているということ。だったら僕や七海さんの分かる範囲内で才能のある生徒から当たるべきです!」

「確かに…音也くんや聖川様、四ノ宮さん、トモちゃん……心当たりはあります」

「Sクラスからも、一ノ瀬さん、神宮寺さん、来栖を推薦させてください。」


セシルは次々と名前をあげられて納得ができたのか、まずはAクラスの生徒から当たろうと決めて、もう遅いから寝るようにと七海を部屋に送っていった。
キーアも共同のお風呂に入ると、さっさと眠りについた。











次の日、3人が女子寮を出たところで榊が待ち構えていた。どうやら制服を焦がされてもなお、キーアを、というよりはアウグネを手に入れたいと、そしてあわよくば嫁にと思っているらしく、


「おはよう、アウグネ」

「出たっ!!悪魔め!」


セシルが他2人を守るように前に出るも、まるで視界に入っていないかのようにキーアのもとまでやってくると頬に手を添えてささやいた。


「俺様以上の男なんて居ないんだから、とっととこっちに来いよ」

「お断りです。」

「どうしてだ?」

「少なくとも、僕はあなたよりイイ男を6人は知っているからです」


さり気なく榊を数に入れていないことに気づいたのかどうなのか、アマイモンは堪忍袋の緒が切れたらしい。


「頭に来た。俺様の女にしようと思ったが、やめだ」

「願い下げです」


言って距離を取ると、アマイモンの能力なのか大地が裂けて刺が飛び出した。キーアはソレを避けて安全な場所に来ると、


「セシルさん!七海さんと先に行って下さい!!」


キーアも魔法が使えることに気づいているのか、セシルはしっかりと頷いて、まだ残りたそうにしている七海の手を引くと走りだした。
予想どおり、アマイモンは他の2人に手出しはせずにキーアだけを狙っていた。


「炎じゃ地面は焼けないぜぇ?」

「僕の力がこれだけだと思ってるんです?」


地面から飛び出してくる土の柱を避けながら、キーアは不敵に笑ってみせた。履いているローラスケートは慣れのためか小回りも効くし、徒歩よりもよほど良い動きが出来ている。
なかなか攻撃が当たらないことにイライラしだしたのを見て、キーアはさらに言葉で攻め立てた。


「大地の悪魔、最強の悪魔と言われるアマイモンが僕程度に大分手をこまねいているようですねぇ。たかだかアウグネごときに!!しかも本物のアウグネではないというのに!!キミはもしかしてアマイモンでは無いのでしょうかねぇ…」

「うるさいうるさい!!」


アマイモンの攻撃のスピードが上がった。不利になるかとも思ったが、速度の分精度がガタ落ちした彼の攻撃を避けるのは容易かった。
軽々と攻撃を避けるばかりで反撃しないキーアに切れたのか、アマイモンは叫んだ。


「お前なんか、ただの悪魔の子のくせに!!」


プツン。とキーアの中で何かがはじけた。


『黙れ小僧。』


突然シルクパレス語に切り替えたことに驚いたのか、低いその声に驚いたのか、アマイモンはひっと息を呑んで固まった。


「Replytoavoice. Itisfollowedbyallthesoundtome.」


呪文の直後、キーアは手拍子を1つした。
するとその空気の振動がアマイモンと彼の出した土の柱にあたり、そのまま電子レベルで振動をおこし、柱は分解され、アマイモンは苦痛に悲鳴をあげた。


「うわぁああああぁあぁぁああぁああああああああぁっぁぁぁぁ!!!」


キーアはそこに火の玉を打ち込むと、榊の体からアマイモンが消えたことを確認してから近くの芝生に寝かせてやった。放っておくと今度はサタンにやられてしまうかもしれないと、キーアは彼の回りに封印の魔法陣を描いてからセシルたちの後を追いかけた。







校舎の方へローラスケートで走って行くと、こちらに向かってくる団体が見えた。先頭にはセシルと七海が居り、後ろには一十木と聖川、それに来栖が見える。


「おーい、セシルさーん!」

「キーア!!」


返事をしたセシルではなく、その後ろにいた来栖がこちらを見つけ、満面の笑みでこちらに走ってきて勢い良く飛びついた。


「お前、無事だったんだな!!」

「来栖も無事で何よりです」


その後ろから走ってきた一十木と2人まとめて、犬を可愛がるようにして撫でてやると2人は安心したのか離れて普通に歩き出した。どうやって助けたのか聞きたいところではあったものの、とにかく助かったことを喜んでいる彼等に嫌なことを思い出させるのも悪い。
キーアは3人が無事だったことを喜ぶだけにして、6人で女子寮のレコーディングルームへと戻っていった。




キーアはレコーディングに集まった6人と軽く食事をしながらメモをとった


┌-------------------------------------------------┐
│20**/08/10
│●救出:一十木、聖川、来栖
└-------------------------------------------------┘


「問題は、私とキーアさんが候補に上げた方なのに譜面が見つからなかったことですね…」


七海がサタンのこととそれを倒す方法を話し終え、最後にそうため息をついた。その様子に、一十木と来栖が顔を見合わせて叫んだ。


「「楽譜!!」」


2人は楽譜と言う単語で何か思い出したのか、いそいそと両手を合わせて祈るようなポーズをとった。
そして、その両手を開くと、


「楽譜!!」


光り輝いた状態で、それぞれの楽譜を取り出した。よくよくみてみると、一十木のものはギターの、来栖のはヴァイオリンだ。


「一度に2つも!!!」

「七海さん、これ持っていていただけますか?」

「わ、私がですか!?」


キーアが2人から受け取った譜面を手渡すと、七海はまるで仏壇に蹴鞠をブツケてしまったかのような慌てっぷりで両手を顔の前でブンブンと振った。


「滅相もないです!!」

「だって本職の作曲家は七海さんだけだから、これを元に1つの曲にしてもらわないと…」











どうにか七海を言いくるめた次の日。生演奏をしてもらうために、一十木と来栖には楽譜の練習を、聖川にはその監督をお願いして残った3人は見回りをしていた。
こそこそと他の生徒に見つからないように移動しているうち、キーアたちは学園のプールへとたどり着いた。水球対決をしたのがもうずっと昔のことのようだ。
カラカラとプールサイドへ入った時だった。


「いらっしゃい、愛らしいレディたち。」


プールサイドにはバカンスのようなパラソルとテーブル、そして椅子がセットされており、その上で神宮寺が大勢の水着姿のレディたちに囲まれて優雅に過ごしていた。


「は、破廉恥です……」

「おや、酷いなキーア。せっかくの異常事態を楽しんでいるだけだろう?」


耳ざとく聞きつけた神宮寺はすかさず切り返してくるが、キーアはやはり嫌悪感しか感じなかった。


「春歌、彼からはサタンの呪いを殆ど感じません。もしかしたら口で説得できるかもしれません」

「それじゃぁ…」


セシルの言葉に七海が乗ろうとした時だった。神宮寺が立ち上がり、キーアに向かって手を差し伸べた。


「こっちへおいで、キーア。オレは見て分かる通り、サタンに洗脳されていない。半分はね。音楽への情熱があるほどに洗脳されやすいらしい。」

「そうですね、神宮寺さんは真面目に音楽をしている様子ではなかったです。それでも最近では変わってきたと思っていましたが…」

「変わったさ」


手を伸ばしたまま、神宮寺は嬉しそうにけれどどこか寂しそうに、フっと笑みを見せた。なんだかその儚げな様子が胸をうち、キーアは泣きたいような気持ちになった。


「恐らく、キーアとクラスメイトでなければオレは全く洗脳されなかっただろう。そして、キーアの秘密を知ったからこそ、音楽に興味が出た。だから洗脳された」

「ひ…みつ?」


キーアがビクリとした心情を表に出さないように気をつけながら聞くと、神宮寺はテーブルに置いてあったらしい紙切れを見せた。プールの端と端に居るので良く見えはしなかったが、神宮寺の言いたいことは手に取るようにしっかりと伝わってしまった。


「体育祭の時、借り物競走でキーアが選んだ用紙だ。」

「どうして神宮寺さんがそれを…?」

「水球対決の後の着替えで、偶然落ちたこれを見つけてしまったのさ」



キーアはとんでもない自分のミスに、冷水を浴びせられたような気がした。









「キーア、キミは……レディだったんだね」








七海が驚きと少しの疑いの混じった瞳でこちらを見つめてきた。神宮寺の取り巻きは完全にサタンの支配下にあるのだろうか、先程から彼に寄り添おうとするだけで話が聞こえている様子ではない。


「どうして黙っていたんだい?」

「……自分から男性であると公表していたわけではありません」

「男子寮に住んでいるのに?公表はしていないとでも?」

「どちらにせよ僕の部屋は新しく作る必要がありました。都合の良かったのが男子寮だったそうです。」


キーアが必死に口から紡ぐ言葉に、神宮寺は少しだけ思案顔を見せ、すぐにいつも通りの微笑みに戻るとまっすぐにこちらを見て言った。


「でもこれで解決したからね、キーアのことは許してあげる」

「え?」

「オレはね、レディのことが気に入っているのさ。」


一瞬、自分がレディと形容されたことに気づけなかったが、神宮寺がキーアのことを"気に入っている"と言いたいことに気づくと、両方の頬がかぁっと染まるのが分かった。


「レディの声も歌も、そしてつくる曲も演技も。イッチーや他の男友達とは違うし、もちろんレディたちとも違う風に見ていた。だからオレの持っている楽譜は、キミがオレのためだけに歌ってくれたら、渡してあげても良いよ」

「………それは…?」

「恋してるのかもしれないね、キーアの音楽に」


ちょっとだけ目を細めた神宮寺の姿がとても悲しげに見えて、キーアは涙が出そうになった。今までただのチャラいクラスメイトにしか見ていなかったことが申し訳ない。
彼がこうなったことにも何かしら理由があるのかもしれない。それを知らないままで、上辺だけで不真面目な人と決めつけてしまうのはいささか浅慮だったのかもしれない。


「分かりました。私があなたを、レンからサタンを引き離します」












神宮寺は気持ちがふわふわと軽くなるのを感じた。自分の意識を半分持っていったサタンの感情なのか、自分本来の感情なのかは分からないが、それでもここにキーアが来たことを喜んでいた。


「オレはね、レディのことが気に入っているのさ。」


彼女のシンデレラに魅了された時から、彼女が女性であれば良いのにと思いはじめ、そのせいか生活のあちこちに違和感を感じていた。そして気づけば目で追うようになっている自分が居て、キーアの演技に憧れたんだと思っていた。それでもクラス対抗水球対決の時から。


「キーアの音楽に恋してるのかもしれないね」


いいや違う。彼女の持っている音楽性に惹かれたことは違わないが、きっとこれは恋なんだと思う。他のレディたちとは違う何かを感じていて、もしかしたらいつかこの感情が、「恋してる」ではなくて「愛してる」に変わるのではないか。
そんなことを思わせてくれる、初めての人。


「分かりました。私があなたを、レンからサタンを引き離します」


何かを決意したのか、自分を「レン」と呼んだ彼女の声に胸が高鳴る。そうか、彼女の一人称は本来「私」なんだなと、それを知れたことが嬉しかった。彼女が歌い始めると大気が共鳴し、プールの水が渦巻き始め、神宮寺は自分の意識から何かが引き剥がされるような、強烈な何かに襲われた。
それは感情でも痛みでもなくて。


「ありがとう、キーア」


小さな呟きが聞こえただろうか。なんだかとても幸せな気持ちで、神宮寺は意識を手放した。






第11話、終。







次へ






レンはヒロインの女性的な部分が目について仕方なかったはず。
それでも今のSクラス5人(トリオ+ヒロイン+榊)の関係を壊すのも出来なくて、
だから男だと信じようとしてたけど、体育祭やら水球対決でもうのっかーう的な。
そんな本当はピュアで可愛いレン様が僕は大好きです。


2013/01/24




_