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第二章「IDOL」


第10話「魔女ですので」



キーアは誰もいない場所にある黒い道の上を歩いていた。何の音もしなくて明かりもなく、東西南北の感覚も無く上下左右の感覚も曖昧だ。怖くなってカミュや藍、神宮寺に一ノ瀬や来栖の名前を呼ぼうとするも、なぜだか声が出てはくれなくて、どんなに息をすって大きく口をあけても音はならなかった。


(どうしよう)


そう呟くことも出来ない真っ暗な場所で、このまま帰れないのかな?と、涙が溢れるのを堪えながら自分の両手を見下ろした。


(あれ、自分の手は見える?)


そしてよくよく考えてみれば、自分の胴体も足もしっかりと見えていて。どこにも光源が無いはずなのに自分のことだけは視界に写っている。


(何で?……って、私が光ってる他に無いか。さて、どうしましょう?)


自分が光っていることが分かっても、これではどうしようもない。夜空の星々はこんなに怖い状態で日々過ごしているのかと思うと、キーアはそれを歌にしたくてたまらなくなってきた。


「時間を止めてこの空全部の
 光を捨てて貴方のもとへ
 走り出したいのに出来なくて
 一筋の涙がこぼれた…」


歌おうと思って発したそれは、やすやすと声になり歌になり、光の粒子となってキーアの回りに浮かび上がると、周囲の暗闇を勢い良く打ち砕いた。







ぱっと目を開けた時、キーアは全身に汗をかいていた。そっと起き上がっても体は光っておらず、ついたため息の音もしっかりとなった。
まだまだ夏休みも始まったばかりで、寝起きでエアコンのついていない部屋は暑く、いつものように冷たいチャイで喉を潤しても、なんとなくの違和感は消えなかった。酷い夢を見ていたからな、と片付けて夏休み中に趣味で作っている曲の続きを考えようと、
ピアノの上蓋を開けた時だった。


『ナニコレー!?!?』


思わず母国語が飛び出すほどには驚いた。鍵盤の配置が、めちゃくちゃだったのだ。

普通ならCからCまでの1オクターブ分の白鍵と、その鍵盤の間に半音の黒鍵が白3と黒2、白5と黒4の一定の決まりの中で並ぶはずが、今は白黒交互に並んだり、その数や決まりを無視して並んでいたのだ。実際に、恐る恐るFの音が鳴るはずの鍵盤を抑えてみると、


べろーん


「!?!?!?」


一瞬、意識が飛ぶかと思った。こんなのピアノの音ではない。こんなの絶対おかしいよ。
どうしたものかとテレビを付けてバラエティに切り替える。そしてそのテレビの中にも違和感があった。


「BGMが流れてない…?」


いつもコミカルな音楽が流れているはずの、シャイニング事務所のバラエティ。にも関わらず、音楽やSEは流れることなく無音で番組が進行していく。


「なにこれ、絶対可怪しい」


放送事故であるならすぐに直されるはずだし、何よりスタジオが無音であることに違和感を感じていない様子なのが気がかりだ。どうしよう、と思っていると、部屋の電話が鳴った。心臓に悪いなと内心愚痴りながら受話器を取る


『おぉ、キーア!部屋に居てくれたか』

「日向さん?どうしたんですか?」

『いいか、今から俺が迎えに行くから絶対に部屋から出るな…と言おうと思ったが、お前なら大丈夫か。』

「あの、状況を説明してください。朝起きたら色々と変なことが起きていて…」

『合流できたら話す。魔法を使っても良いから、女子寮の地下、レコーディングルームに来い』

「わかりました」


キーアが応えると即座に電話はきれてしまった。魔法を使っても良い、ということは何かしら超常現象が起きているのだろう、ということは把握出来たので、キーアはいつもの制服姿に着替えると軽く外出する程度の荷物を持ってローラスケートで女子寮へ向かった。



正確には向かおうとした。部屋を出たところに榊が居て呼び止められたのだ。


「よう、キーア」

「おはよう、ございます?」


けれど彼からはいつもと違う雰囲気がして、近づくことが出来なかった。なんとなく、女王と同じかそれ以上の魔力のようなものを感じてしまい、怖いのだ。


「あっれーやっぱり洗脳されてないだけあってバレたぁ?」

「キミは誰ですか!?いえ、体が榊だというのは分かるのですが」


キーアが思ったままのことを言うと、榊はキャハキャハと高らかに笑い始めた。


「そーう、俺様はアマイモン!」

「大地の悪魔ですか」

「ハッハ!会いたかったぜぇ、アウグネ」

「僕は悪魔じゃない!!」


榊がこんな冗談を言うとは思えないし、言っては悪いが彼にこれを演じるほどの演技力は無い。何よりアマイモンを名乗る彼からは人間には絶対に出せないような黒いものを感じる。はてには聖書の時代に登場した炎の悪魔の名前を出され、キーアを炎の悪魔だと呼んだ。キーアの魔法を知らない榊がこんな巧い言い回しをするはずがない。
臨戦体勢になり体を低く保ちながらキーアは言った。


「何をしにきた、アマイモン」

「お前に会いにだよ、アウグネ。こんな人間ばかりのツマラナイ世界じゃ、お前の心を動かせる男なんて居なかっただろう?」


これではっきりした。彼は本物のアマイモンだ。
言っては悪いが、彼に女性であるとバレるほど間抜けなマネはしていないはずだ。


「僕に祓魔の知識はありません。ですが、そうやすやすと本物の悪魔がここに出てこられるはずがない。」

「流石、俺様が見込むだけあるなぁ。そうだよ、お前んところの社長が、悪魔界に接続したんだ」


アマイモンは楽しげにどうやって人間界に語り始め、


(あ、コイツバカだ…)


彼はキーアに敵意が無いと思い込んでいるらしく、大げさな身振り手振りで時折こちらに背中まで見せて話をしている。もしくは大地に属する悪魔だからこそ、炎を操るキーアに負けないと思っているのだろうか。


「Replytoavoice!!」


それでも、彼の頭脳は榊の時から然程進歩していないようで。制服の裾に着いたボヤを消すのに大慌てで、キーアがさっさと男子寮から出たことに気づいていない様子だった。


他にも幾人かの生徒が悪魔にのっとられて攻撃してきたものの、ローラスケートのお陰でどうにか無傷のまま女子寮へ飛び込み、そのままの勢いで地下への階段を転がり落ちた。


どん!


「あいったー……」

「あ、あの、大丈夫ですか!?」


割りと正常そうな声が聞こえ驚いて顔をあげると、そこにはAクラスの、たしか七海と呼ばれていた女の子が立っていた。


「あ、はい、大丈夫です。ご心配なく」

「良かったです。日向先生もこちらにいらっしゃるのでどうぞ」


言われて、キーアは女子寮の地下にいくつか設置されているレコーディングルームへ通された。最近は使う生徒が少ないのか、若干埃っぽい。


「おぉ、来たか」

「ノーン!日向さん!さっさと何が起きているのか教えて下さい!!」


キーアがばしばしと机を叩いて抗議すると、日向はお茶のペットボトルを差し出してソファに腰掛けるように促してきたので素直に従った。
七海も側に椅子を持ってきて腰掛ける。


「学園長がサタンを呼び出しやがった」

「サタン?魔界の王様を?」

「なんだ、案外あっさり信じるじゃねぇか」

「さっき、榊の体に取り憑いたアマイモンと戦って来ましたから。それより、どうしてサタンを呼び出したのです?」


そこからは七海が代わって説明してくれたが、どうにもシャイニーは音楽の女神であるミューズを降臨させようと魔術を行い、それが失敗して魔界の王であるサタンを呼んだらしい。


「しかも今、この世界から音楽が消えました」

「消えた?」

「文字通り、消えたんだよ」


日向がレコーディングルームにあったキーボードのスイッチを入れ、鍵盤を抑えてみせた。けれどそこからは何の音もせず、カチカチとキーの降りる音がするだけだった。


「サタンのしわざ、ですか」

「サタンを封じる方法は七海が知ってるらしい。俺は普通に教師としても動かなくちゃならねえから、お前が手伝ってくれねえか?」


もちろん、本当にサタンが復活しているのであれば断る理由もないし、日向や七海からはあのおかしなオーラは感じられないので、恐らく本物だ。キーアは気になることが1つだけあったものの、快く引き受けた。
キーアが護衛についたことで安心したのか、日向は職員室に向かうと言って出て行った。それを見計らい、キーアは七海に向き直り、すこし威圧するように見つめて言った。


「さて、七海さんに質問です」

「は、はい…」


彼女は引っ込み思案なのか、睨まれていることに萎縮しながらもどうにか返事をした。
罪悪感を感じないこともないが、これも彼女が本物か確かめるために必要なことだ。


「どうして制服で学校に居るのですか?」

「ぺ、ペアの子のイメージで曲が出来たので、オケを作ってみようと……」


確かに、気の早い生徒であればもう曲を作り始めているのだから、彼女だって作っていても不思議はないだろう。


「それともう1つ、どうしてサタンを倒す方法をご存知なのですか?」

「それは…」


七海は口ごもった。何か言えないような秘密を抱えているのだろうか?キーアのように?
七海が悩みアタフタしていると、どこからか黒猫がやってきて七海の足にすりよった。どこかで見た覚えのある姿形に、見覚えのある魔法の様なオーラ。


「その黒猫くん、僕と会ったことがありますよね?」

「え!?セ……クップルとお知り合いなんですか!?」

「知り合いというか、試験の日に偶然出会って、それからもちょくちょく見かける子です」


にゃーと返事をするように鳴いた黒猫を、七海が抱きかかえると猫はもぞもぞと彼女に寄って口元に自らの鼻先を押し付けた。
とたん


ぼん


猫は消え、一人の男性がそこに居た。年の頃は一十木や来栖より小さいくらいだろうか、褐色の肌に濃い茶色の髪の毛、そして綺麗な緑色の瞳と感じるのは魔法のオーラ。


「呪いで猫にされていたのですか?」

「Yes、My Angel。アナタの言うとおり」


ちょっぴり片言な英語と日本語で彼は言った。


「呪いに気づいてくれていたアナタなら話は早いです。ワタシはアグナパレスの王子、セシルと申します。」

「アグナパレスの…!?」


初めてであった、母と同郷の者。その衝撃にキーアは動けなくなった。嫌な思い出がよみがえると同時に、懐かしく優しい気持ちも流れ出てくる。


「ワタシは王位継承の争いに巻き込まれ、兄たちに呪いをかけられました。そして猫の姿で日本へと送り出され、途方にくれていた時、アナタと出会ったのです」

「セシルさんはキーアさんに出会って希望を貰ったとお話してくれました。」


七海が付け加えるとセシルもYESと答える。


「なるほど、ミューズを祀る国の王子であれば、サタンを封じる方法もご存知でしょうね」

「アナタは、とてもこの事件に関して詳しいようですが…理由を聞いても良いですか?」


セシルも彼なりに思うところがあるのか、キーアのリアクションに恐る恐る尋ねてきた。キーアは隠すことも無いだろうと、母がアグナパレスの出身であったこと、そしてシルクパレスで育ったことを掻い摘んで話して聞かせた。
するとセシルはとても可愛らしい笑顔を見せて


「アグナの人!だからアナタからミューズを感じるのですね!!」


思いっきり抱きついてきた。異国で同郷である人間に出会うことは、彼にとっても嬉しいことらしいので、キーアは仕方なく反発せずにおいておいた。


「あ、あの、離してください…」

「スミマセン、つい!」


セシルはキーアを離してからも嬉しそうに笑ったままで、共にサタンを倒そうと元気よく言い、七海もまた笑顔で其の様子を見ていた。






第10話、終。






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ついにセシルのターン!
セシルルートを圧縮して話は進みます。

2013/01/23



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