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第二章「IDOL」

第09話「夏休みですので」



「なっつーもーちーかづっくー はーちじゅうはっちーやー」


キーアは学園寮のベランダで頭上に吊るされた風鈴に合わせて歌っていた。ギンギンと照りつける太陽は8月ですと声高に宣言しており、熱中症になりそうでならない体調の悪さを楽しむには持って来いだった。
日焼け防止のために青い長袖のワイシャツを着て、流石に下は短いものだが、それでも暑いものは暑いし、冷房をつけるのもなんだかなぁと気後れする。
そもそも雪国生まれの人間をこんな暑い所においておくとは何事だ!と、日本に来て以来毎年思っていることを今日も呟く。



8月に入り夏休みが始まったため、気の早い生徒はもうパートナーを組み曲を作り始めている。もしくはこれを期にと実家へと帰郷しているものも多いようだ。
キーアは基本的に卒業オーディションに参加しないスタンスのため、ペア決めや曲作りも無くとにかく暇な長期休暇を過ごしているのだ。


「たまには美風さんやカミュとお買い物行きたいなぁ」


そろそろ本気で熱中症になりそうだったので、キーアは部屋に引っ込んで出窓を閉めると、デスクトップPCのスリープを解いて藍のプライベートアカウントにメールを送ってみた。
すると流石というかほんの数分で返事が帰って来て、


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美風藍<***********@mikaze.com>
To自分

今日は一日空いてるよ。
一時間後、駅前に集合で。
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とりあえず暇な一日にならなそうな予感に、キーアはお気に入りのワンピースに着替えて他の生徒に見つからないようにそっと寮から抜けだした。






藍はいつも通りに白っぽい格好で、涼しげな様子で駅前につったっていた。キーアが駆け寄ると無表情のままで「遅い、行くよ」とだけ言い、キーアの手をひいて街中へ繰り出した。


「美風さん、どこに行くんです?」

「携帯ショップ。いちいちPCのメアドに送ってると返信が遅いからね。仕事用は事務所にお願いするとして、今日はプライベート用を買うから」

「噂の藍フォンですね!!」

「それは商品名で、総称はスマートフォン。OSはiOSでもAndroidでも良いけど、着いたらボクが候補を選んであげるから、そこから選んで」

「はいっ!」


なんだか今日は藍が優しすぎるような気がすると思いながら、キーアはしっかりと手を繋いで携帯ショップへと足を踏み入れた。
今まで入ったことのない場所に戸惑って居ると、藍が発券機で紙を取り、そのまま店内の携帯たちを物色し始めたのでキーアもその後ろについて回った。


「暇なら暇と早く教えてよね。そうしたらもっとリサーチしてから来るのに」

「すみません、さっき思い立ったので」


藍はため息をつきながら3つのモバイル端末を差し出して、どれが良いか聞いてきた。1つはiOSというもの、もう1つがAndroid、最後のは数も減ってきたフィーチャーフォンで、藍の一押しを聞くと1つに絞ってくれたので、キーアはそのスマホに決めた。
そのうち店員に発券された番号を呼ばれ、藍とともにカウンターへ向かうと、テキパキと契約がすすんでいきキーアは晴れて自分の携帯を持つことになった。


「ありがとうございます、美風さん!」

「別に……。ボクが連絡とるのに不便なだけだから。」

「それでも、嬉しいので言わせて下さい」

「他に行きたいところは?」

「雑貨屋さんが見たいです!スマホケースも買いたいですし」


携帯ショップには可愛いのがなかったのだというと、藍はくるっと進行方向を変えてモール街の中にある女の子向けの可愛らしい雑貨屋へと向かった。手をつないだままのキーアは少し引っ張られるように店内に入った。
テディベアがたくさん並び、最近流行りのピヨちゃんというキャラクターが並び、ピンクや水色の薔薇のデザインが並び、要するに、


「可愛い!!」

「そう、よかったね。」


キーアはちょっとした悲鳴をあげるくらいに感激した。
普段身の回りに居るのは学生ばかりで、女の子に気を仕えているのは神宮寺くらい。事務所の人間もカミュはこういうことに興味がないし、嶺二や博士も同様で、藍もこういうお店は知らないと思っていたのだが、認識を改めたほうが良さそうだ。
そんなことを思いながら店の奥の方にある携帯用品の棚に行くと、今さっき買ったばかりの


「美風さん!このケース可愛いです!あ、でもこっちも捨てがたい…」

「そんなにファンシーなカバーにしたら学校で付けられないでしょう?せめてこれくらいにしておいたら?」

「ぁう……こっち、駄目ですか?」


ミント色のリボンをつけた可愛らしいテディベアが書いてあるケースに一目惚れし、キーアはなんとしてもそれを買ってやろうと思い手にとっていたのだが、確かに言われてみれば男子生徒として過ごしている以上、これはまずいかもしれない。
それでも手放せないキーアを見ていた藍は、棚の端から端までしっかりと見渡し、1つケースを取ってくれた。


「ほら、これくらいなら良いんじゃない?」


濃い色のケースにミント色のリボンをつけた白のテディベアが小さくデザインされたケースは、シンプルだけれど同じシリーズのベアで、とても可愛らしいものだったのでキーアはそちらも一目で気に入った。


「わあ!こっちも可愛いです!」

「"男の娘"で売っていくなら最初のでも良いかもしれないけど、性別不詳っていうのが特徴だからね。これで我慢して」


少し声を潜めて言う藍に小さく頷くと、キーアは選んでもらったケースを持ってレジへ向かい、その場で包装もはがしてもらうと早速スマホに装着してみた。とたんにシンプルなスマホが可愛らしくなり、キーアはご機嫌で隣のレジに居た藍のもとへ戻った。


「あれ、美風さんも何か買ったんですか?」

「うん、ちょっとね。」


2人はその後クレープ屋でバナナチョコを1つだけ買うと、それを食べ歩きながらモール街でウィンドウショッピングを楽しむことにした。


「美風さんと一緒にご飯、久しくしてないですね」


雑貨屋のウィンドウに飾られたフライパンや鍋のセットを見つめ、キーアがふっと呟いた。


「ボクは店に入っても平気だって言うのに、キーアが駄目ですって言いはるんでしょう?」

「省エネの時代ですから!」


わけがわからないよというような顔をして歩き出してしまった藍に、キーアは慌てて後を追いかけた。そうしないと繋いだ手をひっぱられて、クレープを落としそうだったのだ。


「ボクが甘やかしてあげようとしてるんだから、素直に受け入れれば良いのに」

「…美風さんは私を甘やかそうとしてたんですか?」

「ユニットメンバーが久々に顔を合わせるんだから、気にかけたって不自然じゃないでしょう?」


優しい藍なんて十分に不自然だと思ったが、キーアは黙っていた。クレープを食べ終わる頃には入ってみたいお店をみつけ、キーアはその日一日藍を連れ回してショッピングを楽しんだ。
夏休みのせいか人出も多かったが、2人が居ることで騒ぎがおきたりもせず、キーアと藍は無事に学園寮の前まで戻ってくることが出来た。
別れ際、藍はまってとキーアを呼び止めると、今日雑貨屋で買っていた紙袋を差し出した。


「あげる。」


無愛想に言われながらも中身を覗いてみると、古金色の金具に繋げれた茶色い皮のベルトに「AAD」の文字が焼かれていて、金具には同じ素材で出来た、藍とキーアのイニシャルのモチーフが繋がれていた。


「ありがとうございます、美風さん」

「そうだね、それじゃぁ御礼を貰っておこうかな」


日本人の美徳は謙虚さでしょうにと心のなかで思いながらも、キーアは全然嫌な気持ちではなくて、むしろ出来る限りのことは聞いてあげようと思えるくらいにはこのキーホルダーのプレゼントがとても嬉しかった。


「ボクのこと、藍で呼んで。」

「それだけで良いんですか?」

「カミュやレージのことは名前で呼んでいるでしょう?あとリンゴもか。だから問題ないよね?」


疑問形で念を押され、キーアはもちろんですと頷いた。基本的に藍には逆らえない感じがするけれど、今のコレは普段の数倍断りづらかった。


「あと携帯出して。アドレス入れるから。」


ついでにキーホルダーも付けるよ、と宣言した藍は、Bluetoothで電話帳を交換した後、藍はキーホルダーをつけ、いつもの冷たい顔ではなくて少しご機嫌な様子で帰っていった。





第09話、終。






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