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第二章「IDOL」

第08話「プール開きですので」





「うーみーはーひろいーなー おーきーーなーー」


キーアは学園寮のベランダで頭上に吊るされた風鈴に合わせて歌っていた。
母国には当然海に入るような習慣は存在しておらず、是非とも海に行ってみたいとカミュにオネダリしてみたのだが、体育祭の後疲れきってお昼寝したことを指摘され、そのうえアイドルが肌を焼くなどもってのほか!と怒られてしまったのだ。
しかもキーアは卒業オーディションに直接参加はしない予定だ。パートナーと曲を作るという休日のイベントがあるわけでもなく、ただただ時間を浪費するしかない休暇はむしろ暇だ。


『楽しいことないかなぁ…』


プルルルル


寮に備え付けられている電話が鳴った。パタパタと駆け寄って出てみると電話をかけてきた人間の第一声が


『今から3分後に学園のプールに水着で集合デース☆』

「え?シャイニー!?」

『問答無用デース』


電話はプツンと音を立てて切れた。

そもそも水着で集合とはなんだろうか。今日は7月に入ったばかりで体育の授業でもまだ水着になっていないし、そもそも性別を隠している身である以上、プールの授業は適当な理由をつけて見学しようと思っていた。
お国柄入れません、肌が弱いので…などなど。一応男物の学園指定の水着はもらっているが、これも別に着ることは無いと思っていた。
仕方がないのでその男子用の水着に着替え、上にパーカーを羽織るとキーアは学園のプールへと向かった。もちろん水着はセパレートタイプで体全体が隠れるタイプのものだ。流石に海パンなどというものを渡して来なかったあたりが流石林檎だと思う。






仕方なしにプールに入っていくと、


「お、キーアじゃん!!おっす!」

「来栖、おっすです!」


Sクラスのいつもの3人とAクラスの一十木、聖川、四ノ宮が集結しており、そこにもう一人、見たことのない女の子もきていた。
何故かパラソルなどのバカンスセットが設置されているが、恐らく林檎の私物だろう。


「で、これは何の集まりなんです?」

「俺たちは最初、プールびらきのために掃除をすると言って呼ばれたのだが…」

「Sクラスは水球対決するってボスが言うんで、喜んで出てきたのさ」


一番に反応してくれた聖川と神宮寺が言うには、どうもここに来た理由はそれぞれ違うらしいが、これは絶対にシャイニーの"素敵な思いつき"であると断言できる。
それぞれが自分の好きなように学校指定の水着を着ている中で、Aクラスの女の子は白いふりふりっとした可愛らしい水着で、その上に誰かのものなのだろう、男物のパーカーを羽織っていた。純情そうな彼女のために誰かが貸したのだろう。


「それで、君はいったい何故ここに?」

「僕はシャイニーに電話で呼び出されました」

「ということは…やっぱりボスのお楽しみに巻き込まれたってことで良いのかな?」

「まーそういうことだから、諦めてくれ」


プールサイドに日向と林檎がやってきて、林檎はセットされていたパラソルの下に座った。やはり彼の私物のようで、美味しそうなジュースも持っている。


「で、水球対決をしろとのお達しなんだが…こうプールが綺麗じゃないとやりたくないよなぁ」

「心配ご無用デース☆」


ぎゅいーん。

と機械の音がしたかと思うと、プールの上、ガラス張りの天井が開き、空からシャイニーが降ってきて、何事もなかったかのようにプールサイドへ着地した。


「こんなこともあろうかと、それ!やっちゃってくださーい!」


シャイニーが何かのスイッチを押すと、プールの各所から洗車機のようにブラシがとびだし、プールの底が下がっていって水がすべて抜けるとピカピカに磨き上げ、床が戻ってくるのと同時に水が溜まっていき、あっという間にプールの掃除が終わった。
その間、約十数秒といったところだろうか。


「またこんなところに金かけやがって…」

「日向さん、この経費どこから出たんですかね…シャイニーのポケットマネーなら良いんですが…」


肝を冷やす2人をよそにAクラスと来栖はすっかり盛り上がり、水球対決には罰ゲームが必要だなんて恐ろしいことを話し始めていたし、何よりシャイニーがそれにノリ、Aクラスの女の子に案を求めていた。


「屋上ゲリラライブなんてどうでしょう…?」

「舞台度胸もついて一石二鳥!ですがパンチに欠けまーす………むむ!ひらめきました!負けたチームには今日一日を女装で過ごしてもらいマース☆」

「「女装!?」」


キーアと来栖がそれぞれの意味で悲鳴をあげた。2人のことよりも、七海春歌というらしいAクラスの子の話になっていしまい、結局免除されるのは七海だけで、負けたチーム全員女装という凄まじいペナルティが課せられた。


水球のルールは一ノ瀬が考案したものになり、それぞれのクラスにゴール役を据えて飛び込み台に立ち、ゴール役パスが通ればポイント。Aクラスのゴールは七海に、Sクラスはすかさず口を出してくれた日向のお陰でキーアになった。
楽しげに水に入っていくAクラスとは正反対に、Sクラスは女装が嫌なのか鬼気迫る様相で水の中に入っていく。もっとも来栖に限った話では


「来栖、ゴール役交代しましょうか?」

「う…ぷはっ!うるせぇ!このくらい…うぷっ!なんでもねぇよ!」

「翔、生きてプールからあがってくださいね」

「トキヤてめぇ!…ぶくぶく…ぷはっ!いつかぜってーぶっとば……す!」


プールの水深は約160cmで、4人の中で一番背の低い来栖は顔を出しているのがやっとの様子だ。
まさに死に物狂いの水球対決がはじまった。


「マサー!パスちょーだーい!」

「一十木、それを言っては意味が無いだろう!」

「聖川に負けるわけにはいかないからね…それ!」

「はい、神宮寺さんナイスパスです!」


来栖が半分溺れていて使い物にならないものの、負けず嫌いの神宮寺とHAYATOであることを隠すために普段はあまり動かない一ノ瀬も今日は頑張っているようで、終始Sクラスのリードでゲームは進んでいた。


「あ…足痛いかも……」


小さい呟きを聞きつけたキーアが慌てて見ると、来栖が本当に溺れかけていた。


「来栖!!」

「翔ちゃん!!」


慌てて四ノ宮が助けに入ると、来栖は助けられたことが相当に恥ずかしかったのだろう、手足をバタバタさせてどうにか一人で立とうとしはじめた。確かにAクラスの七海という女の子が居る前で、格好わるい姿は見せたくないだろう。
なんて呑気に構えていたのが間違いだった。


かしゃん


来栖の振り回した腕があたり、四ノ宮の眼鏡が水中に落ちていった。

途端、空が曇り雷鳴が轟き、


「ふしゅうううううううううううぅううううううぅうぅうぅぅぅぅぅぅ……」


四ノ宮が別人に切り替わった。


「ちょ!ちょ!キーア、ヘルプ!!」


慌ててキーアが飛び込み台から手を延ばすが、ギリギリ手がつなげたところで四ノ宮が一歩後ろに下がり、キーアを水中に引きずり込んだ。キーアは一先ず人質の安全を確保スべきだという昨夜の刑事ドラマのセリフをふっと思い出し来栖の腰をしっかりつかまえると飛び込み台の方へおしやり、魔法で水温をあげ創りだした水流で上へと押し上げた。


「おいてめぇ…また会ったなぁ」


キーアは水中から引きずり出されると、四ノ宮に背後から抱きかかえられ、耳元でそう低く囁かれた。その声には若干の嫌悪が混じっていて、小さい頃の嫌な記憶が嫌でも蘇ってきた。


「あなた、四ノ宮那月さんでは無いのですね?」

「ほう…やっぱり気づいてたのか。オレは砂月だ、てめぇも名乗れ」

「キーア。Sクラスの人間です。よろしくお願いいたします、砂月さん。出来れば僕を離していただけませんか?」


出来るだけ男性に接触されているという恐怖が出ないように答えれば、砂月は楽しそうにクツクツと笑うと、首筋をペロりと舐めた。


「っっ!?」

「良い反応するじゃねぇか……」

「離して下さい」

「嫌だ」


再び怪しげな笑いを耳元で聞かされ、キーアの堪忍袋はあっけなくビッグバンを迎えた。


「離しなさいと言っているでしょう?」

「ほう、オレにケンカ売ってんのか?上等だ…」

「Reply to a voice! It is followed byall the flamestome!!」


全身から炎を吹き出し砂月の腕から逃れると、上昇気流にのって飛び込み台へ戻り、キーアは眼鏡を目視で探そうと思い、諦めた。水の中に落ちたのでは見つからない。
これは本体を倒すしか無いか…
そう思った時だった


「なっちゃん!!!!」


来栖が大声で叫ぶと、砂月の動きが止まり、


「翔…ちゃん?」

「今だ!!」


ちゃっかりスペアの眼鏡を取りに行ったらしい来栖が、すぽっと四ノ宮の顔に眼鏡をかけた。途端、体育祭の時のように雲は晴れ、太陽が戻ってきた。


「あれぇ?どうしてこんなに水かさが減っているんでしょう?」


元の四ノ宮那月に戻ったことで平和が戻り、キーアの魔法も特に突っ込まれることはなく、水球対決は両クラス引き分けということでシャイニーが決着を付けた。


「おぉ、じゃあまたキーアの女装が見れるんだね!俺楽しみー!」

「つまりそれって…俺たち全員女装するのか!?!?」


ノリノリなのは神宮寺と林檎だけで、8人はAクラスの教室へ移動するとたくさんの女物の衣装に囲まれてメイクやら何やらをすることになった。
七海はお手伝いと言いながらもかなりノリノリで来栖のメイクをし、四ノ宮と共にピンクのワンピースを吟味し、可愛らしい翔子ちゃんを作り上げることを楽しんでいた。


「七海さん、ノリノリですね……」

「確かに、彼女のあの勢いでは私達も逃れられないでしょう。ですが、やるからには完璧にいきます」

「え、一ノ瀬さん乗り気になったんですか…?」

「イッチーの女装センスも見てみたいね、もちろん写真撮影有りで」


背後からした神宮寺の声にびくっとなりながら振り向くと、髪の毛に軽くウェーブをかけ、春色の可愛らしい洋服に身を包んだ彼が居り、意外と似合っていると思った自分にキーアはちょっと失望した。


「似合いますね、神宮寺さん。」

「今日はレンって呼んでくれるかな、その方が女性っぽいだろう?」

「では改めて、レン、良く似合っています。何時も以上にとてもお綺麗ですよ。」


結局一ノ瀬と神宮寺は七海のメイクを逃れて自ら身なりをととのえ、キーアも衣装の中に混じっていた着慣れたロリータに身を包み、化粧をした。AADのファンでもあるという七海がしきりに"顔出し厳禁"の掟を悔やむほど、「女性にしか見えない」とのことで、キーアは複雑な気持ちで皆の女装を楽しんだ。











神宮寺は、キーアと聖川の女装は、知らなければ気づかないかもしれないと思った。聖川ももとの育ちが良いためか違和感なくスカートを着こなしているし、キーアにいたってはもう女性にしか見えない。
「女性にしか見えない」と思うと同時に「女性ではないか?」という体育祭の時の疑問が再びムクリと起き上がってきた。
もともとが中性的な声を売りにしているAADだ。雑誌等で話題になっていた時も「性別不詳」で騒がれていたのに、何故今は男子生徒として受け入れられているのか。
男子のブレザーを着ているし、確かに男子寮で暮らしている。が、他の生徒とは暮らす階も違うし大浴場に居たという話も聞かない。そう思ってキーアに視線をやれば、彼の畳んでいる制服から紙切れが落ちたのが見えた。滑ってこちらにやってきたそれを拾い上げ、渡そうとして神宮寺は固まった。







【あなたの借り物】
一緒に曲を作ってみたいと思う 異性






この紙は恐らく体育祭の借り物競争の時のもので、何故今まで持っていたのかは分からないが、これで気づいてしまったことになる。あの時キーアが指名したのは神宮寺と一ノ瀬だ。
キーアが一緒に曲を作りたいと思う、異性。それに2人が該当するのだから、深く考えずとも分かる、
神宮寺は自嘲気味に笑うとメモ用紙をポケットにしまい込み、何故気づかなかったのだろうと思いながら、いつものようにキーアの肩を抱き、シャイニングの指令をこなすべく全員で街中へ繰り出すように促した。






第08話、終。




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