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第二章「IDOL」

第07話「雨唄ですので」



「てーるてーるぼーずー てーるぼーずー」


キーアは学園寮のベランダで、日本の残酷な風習「てるてる坊主」というものを作りながら、頭上で鳴る風鈴に合わせて歌って休日を過ごしていた。
風鈴という小さな芸術に魅せられたキーアは、白地にミント色と赤色のラインが入ったものを先日衝動買いしてきた。なんだかAADの二人に見えたし、地の白は母国を思い出す。

そんなちょっと気の早い風鈴が、梅雨の季節特有のじめっとした空気を晴らしてくれる。シルクパレスは雪国で日本のような強烈な梅雨の気候はない。正直過ごし辛い季節ではあるものの、学園寮の豪華な設備のお陰でさっぱりと過ごせるのだが、
今日はなんとなくこの湿気を感じて歌ってみたくなったのだ。

大抵の楽器に湿気は大敵なので、こんな日に演奏できる楽器は限られていて、キーアは手持ちの数少ないプラスチック製の楽器から、クラリネットを組み立てた。リードは市販のものであれば3、もしくは3と1/2を自分で少し削って使っている。

母の血のお陰で大抵の楽器は演奏できるものの、人前で聞かせられるレベルにあるのはごく一部で、たまにこうして他の得意でない楽器も練習するようにしているのだ。


「んー雨、降って来ましたね……」


流石にここまで湿度があるとタンポによくないなぁと思い、除湿機のスイッチを入れてそれから五線紙とシャーペンを用意すると、窓際にピアノ椅子を持って行って演奏を始めた。そうだ、とキーアは思い立ち、少しだけ窓をあけるとそのままでクラを構え直した。

雨の音は常にメロディーだ。その中から自分と相性の良いメロディーを拾い集めて、今日という曲を作ってみようと思ったのだ。ロングトーンもそこそこにキーアは思うまま気の向くままに吹き始めた。
B♭からE♭へ。GからCへ、そしてまたB♭へ。時折とんでもないところで転調し、何事もなかったかのようにまたもとの調へ戻る。


ふと、雨音が変わった。空から地面へと静かに降りていた音が、バシバシと叩きつける音に変わった。ひょいと窓の外に目をやると、紺色の傘が見える。
キーアは楽器を持ったまま窓をカラカラと開けると、そこにはどこかで見たことのあるような青っぽい髪の毛の少年が立っていて、先程までキーアが吹いていた旋律を口ずさんでいた。


「どなたです?」

「…あ、あぁ、すみません。素敵な旋律が聞こえたもので、つい近くで聞いてみたくなり、ここまでやってきてしまいました」


丁寧な口調でそう答えた彼は、他のクラスの人だろうか。


「ありがとうございます。僕はSクラスのキーアです…あなたは……?」

「Aクラスの聖川真斗、アイドルコースです。」


キーアは自分の頭の上に豆電球が浮かんだ気がした。そうだ、確か神宮寺が目の敵にしているAクラスの御曹司で騎馬戦の大将だった人だ。


「確か神宮寺さんの幼馴染の…」

「ええ、不本意ながらそうなります」


やっぱり仲が良くないのかなぁと思いながらせっかくなのでお茶でもと誘うと、聖川はこれまた丁寧に御礼を言って、寮の玄関へ回ってからキーアの部屋へとあがってきた。

男子寮は2階建てで一階は食堂やラウンジ、2階が各生徒たちの部屋になっているのだが、キーアの部屋はもともと数に入っていなかったので、急遽一階の空き部屋を改装してもらった。畳がしかれた部分に聖川を通すと、彼の雰囲気に合わせて暖かい緑茶と茶菓子を持っていった。


「ありがとうございます。」

「気にしないでください、あと敬語も要りません、同年代ですし」

「ですが、キーアさんは既にアイドルとしてデビューされている身。言うなれば俺たちの先輩なのですから、敬うのが当然なのです」


お固い子だなぁと苦笑しはしたが、こういうタイプも嫌いではない。自分を律して行動が出来るのはとても良いことだと思う。


「では、先輩命令ということで、「さん」付けも敬語も無しで!」

「…分かった。お前もなかなか強情そうだな」

「そうですね、来栖に屈しない程度には」


彼とお茶を楽しみながら、一十木や来栖の話、楽器の話、授業の話と、取り留めのない話題で小一時間話し込むと、聖川が置いてあるピアノに気づいた。趣味程度だが弾けるという彼に、アンサンブルを申しこめば快く応じてくれた。


「先程の曲なのだが、少し俺の思った通りに弾いてみるから聞いてくれないだろうか」

「もちろんです」


彼がチラリと窓の外に降る雨に視線をやってから、先程までキーアが吹いていた曲をピアノで演奏する。ポロンポロンと小さく弾けるようなのに静かな音で、目をつむれば雨に揺れるてるてる坊主が見える。そんな聖川の音に、キーアは惚れた。
小さく大きく。ときに生暖かい梅雨の風が吹くその曲は


「遠い遠い場所に居る 友達を探して
 両足から飛び降りたその世界は
 どこか懐かしい色でした」

「そんなにすんなりと歌詞が出てくるのか」

「はい。僕の場合はメロも歌詞も一緒になって出てくるんです。例えば綺麗な風鈴を見つけた時、サッカーをしてる来栖を見た時、一ノ瀬さんや神宮寺さんとご飯を食べる時、聖川さんとお茶した時、今日の雨を見ていた時も!」

「天賦の才というものか。日常の全てを歌に出来るというのは、楽しそうだ」

「はい、とっても楽しいですよ。特に早乙女学園はフィーリングの合う人が多いので、常に曲が溢れてきて止まらないんです!」


聖川は鍵盤の上に手を置いたまま、また外を見て言った。


「先程の曲も、この季節になってよく見るようになった雨粒たちの歌なのだな」

「知らない場所に送り出されるだけじゃない、海や川から水蒸気として雲になり、雨になる。だから雨にとって地上は知らない場所じゃないんです。それを歌いたくなって。」


雨を見ることに満足したのか、彼はふっと笑うとまた鍵盤に指を走らせた。同じ水でも、今度は雪のように静かで冷たく、けれど暖かい気持ちになるそのフレーズにキーアは楽器を構えてすっと参加した。



ひとしきり満足するまで演奏すると、2人はまたお茶を入れなおして休憩することにした。一度聖川がクラに挑戦したものの、中々良い音がならずすこし拗ねてしまったので、キーアは奮発してシャイニーお手製のメロンパンを振舞った。

そこにコンコンとドアがノックされ、「キーア居るー?」という声と共に返事をしていないにも関わらず一十木が入ってきた。


「あれ、マサ!なんで居るの!?」

「一十木、お前部屋の主が返事をする前に入室するのは、少々礼儀がなってないのではないか?」

「あぁ、ごめん!」

「次は気をつけて下さいね。一十木はコーラで良いですか?」


一十木は御礼を元気よく言うと、キーアが言わずとも勝手に畳の部分にあがりこみ
聖川のとなりでお菓子を食べ始めた。コーラを差し出して何をしに来たのか聞くと、慌てて楽典の教科書とノート、それからつい先日行われた定期試験の問題用紙をとりだし、


「追試の勉強教えて下さい」


頭を下げられた。


「構いませんけど……他にもっと教えるのが上手な人、居るでしょう?特に日本語の微妙なニュアンスが必要になる音楽表現のあたりなんかは。」


それでもー!とごねる一十木に、聖川と二人がかりで楽典を教えているうちに、気づけばすっかり夕飯時になってしまい、その日は解散となった。3人分のコップを片づけながら、随分と素敵な休日を過ごしたことに、またメロディーがたくさん浮かんできた。まるで遊園地みたいな曲だ。

キーアはパソコンをつけて今日のことをブログに書くと、即座に反応してきた藍に「今年の生徒はずば抜けて楽しい」と伝えるためにメールを起動した。
藍から「今日の曲、今度譜面で見せて」と帰って来たので、忘れないうちにピアノを弾きながら五線紙を必死に埋めていくうちにまた別のメロディーが浮かんできたりして、キーアは彼等が自分を感化してくれることに感謝しながらシャーペンを走らせた。




第07話、終。








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短め。聖川のターン。
ここでヒロインさんの呼び方まとめ。セシルファンの皆さん、少々お待ちください。

音也:一十木
真斗:聖川さん
那月:四ノ宮さん
トキヤ:一ノ瀬さん
レン:神宮寺さん
翔 :来栖

藍 :美風さん
カミュ:カミュ
嶺二:嶺二or嶺ちゃん
蘭丸:黒崎さん

早乙女:シャイニー
林檎:林檎
日向:日向さん









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