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第二章「IDOL」

第06話「演技力ですので」







「解せぬ!!」

「えぇ、解せません。」


応援席の真ん中で、連続引き分けとなった障害物競走と玉入れに出ていた二人が、「ファンの子が怖がってますよー」といってやりたい程ブスッとした顔で座っていた。


「いい加減期限を直せよオチビちゃん。眉間の皺がとれなくなるよ」

「レン、私に言わないのはどういうことでしょう?」

「どういうことも何も、イッチーは元から深い皺が刻まれt

「黙りなさい」

「これは失礼」


キーアはいつもの5人で昼食を摂りながら、険悪な空気に耐えていた。どうやら来栖と一ノ瀬は自分が活躍できなかったことと、キーアが神宮寺を借り物に選んだことを大分根に持ってしまったらしく、先程からずっとむすーっとしているのだ。


「来栖、僕の唐揚げあげるので機嫌直してください」

「お、これキーアの手作りか!?」

「はい、そうですよ。今日は多めに作ってきたのでたくさん食べてくださいね」

「うっまそー!いただきまーす!!」


とりあえず、来栖の機嫌は直ったものの、一ノ瀬は野菜中心にバランスのとれたメニューを口に運びながら、神宮寺と言い合っている。


「それで、キーアさんの借り物は何だったのです?」

「それが、教えてくれないんだ。仮装行列に勝ってからのお楽しみらしい」

「そら楽しみだな…俺はそれまで寝るわ……」


多忙だった榊は応援席のベンチに横たわると、自分のジャージを布団代わりにしていびきをかきはじめた。寝付きはとても良いらしい。







どうにか一ノ瀬の機嫌も良くなり、午後の3つ目の種目である仮装行列が始まった。Sクラスは最後に登場するためわりと余裕がある。来栖とキーアの女装は大分有名になっていたらしく、他のクラスはそわそわとSクラスの登場を待っているようだった。

そしていざ仮装行列が始めると、カメラのフラッシュこそないものの、感嘆の声があちこちから聞こえた。たとえ関係者でも、Sクラスの写真撮影はキーアが居るということで禁止になったのだ。


「さぁ、レディもこの靴を履いてみて」

「だ、駄目ですよ!わたしは…その、舞踏会には行っていません!」

「それでもさ、試してくれなくては、俺の気が済まないよ」


神宮寺にガラスの靴を履かされると同時に、黒子の生徒がキーアの衣装をはぎとった。早替えは大成功で、来賓席からは素敵な笑顔が炸裂した。


(女装で出演依頼とか来ないといいんだけど…)









「解せぬ!!」

「解せぬ!!」

「えぇ、解せません。」


応援席の真ん中で、一ノ瀬、来栖、榊の三人が、「ファンの子が逃げちゃいましたよー」といってやりたい程ブスッとした顔で座っていた。
そんな彼等に見られているなぁと思いながら、キーアは神宮寺に肩を抱かれながら四方八方からの視線を必死になって受け止めていた。


「キーアくん可愛い!お人形さんみたい!」

「レン〜こっちも向いて〜!」

「二人共本物の王子と姫みたい!」

「ね〜外人さんみたいで、本当に綺麗〜」

「キーアくんの女装似合うのね!」


色々とツッコミを入れたい気もしたが、下手に騒ぐとこの歓声がもっと大きくなってしまうだろう。
キーアと神宮寺は仮装行列が終わった途端、取り巻きの子に囲まれて身動きがとれず、他のメンバーがとうに着替え終わっているにも関わらず、いまだ衣装で立ち尽くしていた。女装は嫌だと言っていたわりに、来栖と榊は自分たちが注目されなかったのが悔しいらしく、先程からこちらをジトーっとした目で睨んでくるのだ。


「レン、流石にそろそろ着替えてはどうです?少なくとも結果発表にその格好では不味いのですから、今のうちに着替えてきたほうが良いでしょう」

「そうですね、神宮寺さん、ちゃちゃっと着替えましょう」


キーアは一ノ瀬のセリフに被せる勢いで言うと、神宮寺の腕をひっぱって校舎付近の更衣室へと入った。中はそれぞれ個室になっているので神宮寺をそのうちの1つに押し込み、自分も適当なところに入ると万が一を考えてさっさと着替え、慌てて応援席へと戻った。


「早かったですね。」


一ノ瀬の隣に滑りこむとそっとジュースが差し出され、キーアはありがたくいただくと改めて彼に御礼を言ってから進行表を広げた。残りは各クラス選抜のリレーくらいで、仮装行列が想像以上に時間がかかっていたことになる。


「それにしても、キーアもレンもまじで外国生まれかってくらい似合ってたよなぁ」

「大丈夫ですよ、来栖。来栖も十二分に似あってました!」

「いや、嬉しくねえよ」


来栖ににっこり微笑むと即座にツッコミを返され、彼は歌よりバラエティ向きだよなと奇妙なところでキーアは実感し、これも後で報告しようと心に止めおいた。


「でも僕、本当に外国の生まれですから」

「まじ!?さっき来栖とキーアや神宮寺にどの国が似合うか話てたんだけどさ、神宮寺は英国、キーアはロシアとかって出たんだぜ!で、本当はどこ?」

「知ってるか分からないけれど、シルクパレスっていう国。父親はその国の人で母が他国生まれだから、一応ハーフになるんですかね」

「へー!来栖の予想外れたなあ」

「五月蝿い!お前も『ロシアか〜わかるわかる!白いしな!』とか言ってたじゃねーか」


わいわいと話していると、神宮寺が英国生まれっぽいと二人が言う理由もよく分かり、帰って来た神宮寺に聞いてみれば、幼い頃はよく外国に滞在していたそうだ。イタリアによく旅行していたと聞けば、確かに女性の扱いはラテンっぽいという話になり、そこからはラテン音楽の話へと発展していった。





全ての種目が終了し結果発表の時間になると、誰もが想像していたとおり、クラス順位一位はSクラスに、個人の優勝は来栖だった。個人の部二位に入ったのはなんと榊で、シャイニー曰く「委員会を頑張ったご褒美でーす☆」だ。
仮装行列でたくさんの人に見られたせいなのか、キーアは妙な倦怠感が全身を襲ってくるのを感じ、帰りのホームルームが終わると同時に、後夜祭だ打ち上げだと騒いでいる教室から抜けだした。もともと体は弱くないし、セバスチャンに体術を習っていたのだから運動神経も悪くないし、
体育祭程度の運動量でどうしてこんなにも疲れたのだろうか、とキーアはフラフラしながら寮へと向かう最中、レコーディングルームから聞き慣れた声がすることに気づいた。

そっと中を覗いてみるとカミュが録音している最中で、練習しない主義の彼のことだから、周囲には内緒でこのように練習しているのか、もしくはこれも仕事のうちなのだろう。そう思い、キーアはそっとレコーディングルームに滑りこむと、小さめのソファに腰掛けてカミュの歌を聞くことにする。

彼の声が好きだ。低い男声は恐怖よりも安心感を与えてくれるし、背筋がぞくっとするほど色っぽいそれが、世の女性たちの心をつかむ理由もよく分かる。伯爵家の生まれだからというプライドがあるのか、威厳に満ちたカミュの歌。キーアが聞きたいと思う音楽の1つだ。もちろん、カミュのチェロも聞きたいと思う。


「なんだ、来ていたのか」

「あぁ、カミュ。おじゃましてます」


あまりの心地よさにウツラウツラしてきた頃、カミュがブースから出てきた。まだ半開きになりがちな目を頑張って開けようとすると、カミュが隣に腰掛けてキーアの頭を自分の肩に寄りかからせた。


「今日は体育祭なのだろう?五月蝿い愚民が寄り付くこともないと踏んでいたのだが…」

『私は愚民じゃないもの。疲れたから寮に帰ろうと思ってたらカミュの声が聞こえて、久しぶりに聞きたいなって思ったら来ちゃったの』


眠さ故か母国語が自分の口から出てきて、キーアはほんの少し違和感を覚える。


『少し眠れ。俺が帰る時にまた起こそう』

『ありがとう、カミュ。大好きよ』


キーアは睡魔とのセッションのために、そっと意識を手放した。







カミュは自分の元に倒れ込んだキーアの頭をそっと撫でながら、彼女の魔力の消耗具合を確認する。
昔から炎を其の身に宿して生まれたせいか、体内で常に魔法を使っている状態、つまりはシルクパレスの女王が常に吹雪を止めているのと同じ。普通の人が体力であるHPを消費するだけのところ、彼女は一緒に魔力のMPも消費しているのだ。特に気負っている時には消耗しやすいらしく、ミッチャーダと呼ばれた旅人がやってきた時も自分から近づこうとしないことで体力を維持しているように見えた。
もちろんこれはカミュ個人の考察で、王宮の魔術に長けたものたちも彼女を気味悪がって近づかず、正確に調査されたことが無いので確証はない。


「だが…」


彼女はイベント事で無理しやすい性格なのか、今日は体力魔力ともに消耗しきっている。せめてゆっくり眠れるように、カミュは控えめな声で子守唄を歌い始めた。




第06話、終。









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