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第二章「IDOL」

第05話「騎馬戦ですので」






「解せません」


険しい顔で応援席に座った一ノ瀬が言った。その視線の先には各クラスの得点表があり、先程の障害物競走はゴールした人が0だったために引き分けで、Aクラスとの点差を引き離すことは出来なかったのだが、どうもそれが悔しいらしい。
キーアは彼の気持ちも分からなくは無いので、とりあえずスポーツドリンクを手渡した。


「あれは…シャイニーが凄すぎるんですよ。今は玉入れに出る来栖を応援しましょう?」

「そうですね、ここで点数を稼いでいただかなくては…」


神宮寺は女子生徒たちに囲まれて別のところで応援しており、一ノ瀬の回りが静かなのは彼のファンが遠くから眺めるタイプだからだろう。そして玉入れ開始のアナウンスが流れた。


「わ〜い、翔ちゃんとおんなじ種目に出れるなんて、嬉しいなぁ〜」


前方から、ポワポワ〜っとした空気と声がやってきた。キーアが何事かと見やると、隣のフィールドから来栖を見つめるなにやら背の高い男の子が居て、彼は来栖に可愛いを連呼し、同じ種目に出れることがいかに幸せかをとくとくと語っている。


「あ、でも翔ちゃんは小さいから玉を放るの大変だよね?肩車してあげようか?」

「ちびって言うなぁ!!つか、お前も自分のクラスのカゴに入れろよ!!!」


「小さい」に反応した来栖が、ヒョイヒョイと手元の玉をAクラスの彼に投げつけ始めた。


「四ノ宮さんもこんな時にからかわなくてもよいのに」

「四ノ宮さん…?……あぁ彼が来栖の衣装を決めてくれた方でしたか」



カシャン



と、来栖の投げた玉が四ノ宮の顔の横をかすめ、彼のかけていた眼鏡が地面に落ちた。
瞬間、



「ふしゅううううううううううううぅううううぅぅぅぅぅぅ…」



大気が闇のオーラを纏い始め空を暗雲が覆い、四ノ宮が奇声を発するごとにどんどんと気候が荒れていく。
Aクラスの人間が、慌てて四ノ宮から逃げるように遠ざかった。そして四ノ宮が右手を振り上げ、落とすと、


ズゴゴゴゴ


地面が割れた。四ノ宮はそのまま来栖を毛糸玉のようにクルクルっとして持ち上げると、ポイっと放り投げて玉入れのカゴに入れてしまった。


「なんですか、あれ!!」

「いつもの温厚な四ノ宮さんでないことは確かですが…」


性格が変わる、なんてレベルではない。むしろ別人になってしまったかのような、切れたときの女王のようなその様子に、キーアは呆然と四ノ宮を眺めるしかできなかった。


「キーアちゃーん!」


吹き始めた暴風の中、髪の毛を抑えつつ林檎がSクラスにやってきた。


「なっちゃんの眼鏡、何処に飛んだか見てない?」

「確か僕達のほうに飛んできたような…?」

「探して!!そしてどうにかしてなっちゃんに眼鏡をかけてちょうだい!!」


若干男に戻りつつある林檎の剣幕に、キーアと一ノ瀬は慌てて返事をすると眼鏡を探し始めた。そして少しの後、一ノ瀬が眼鏡をみつけ、


「しかし、これをあの四ノ宮さんにかけろというのは…」

「僕に任せて!」


キーアは一ノ瀬から眼鏡を奪い取ると止める一ノ瀬を無視して闇のパワーの固まりになっている四ノ宮に近づいていき、


「四ノ宮さーん」

「……あぁ?」

「大丈夫、僕はちゃんと貴方の存在にも気づいてますよ。あなた、さっきまでの四ノ宮さんじゃありませんよね?」


キーアが感じたままのことを言うと、四ノ宮は驚いたように一瞬固まってしまい、


「すきあり!!」


すぽっ


眼鏡をかけた瞬間、


「あれ〜?どうして地面がボコボコなんでしょう?」


いつもの四ノ宮と、いつもの青空が返ってきた。シャイニーのアナウンスが即座に入り、この試合はまたも引き分けとなった。


「あれ、翔ちゃん、駄目だよ!玉入れは自分が入るんじゃなくって玉を下から入れなくっちゃ!」

「………………」











「解せぬ!!」

「えぇ、解せません。」


応援席の真ん中で、連続引き分けとなった障害物競走と玉入れに出ていた二人が、「ファンの子が怖がってますよー」といってやりたい程ブスッとした顔で座っていた。
来栖がシャイニーにやり直しを要求したものの、元の原因がなんと言おうと取り合ってはもらえなかった。


「二人共おちついて…ほら、次は神宮寺さんの出番ですから、応援しましょうよ」


キーアがそう言った瞬間だった。


ぼぉーーーーー


法螺貝の音が校庭中に響き渡った。何事かと見渡せば、いつのまに用意されたのか、校庭の真ん中の審査席反対側ほどに物見櫓が組まれており、その上で金色の褌一丁でシャイニーが法螺貝を吹き鳴らしていた。


「シャイニー!!かぜひいちゃいます!!」

((そこ…?))


そんな中、東西に作られた城門から、各クラスの騎馬兵が大量に入ってきて、応援席もちょっとした…否、かなりの騒ぎになった。


「翔、私は疲れているのでしょうか。馬が見えます」

「悪いトキヤ。俺にも見えるぜ。大量の馬、というか、めちゃくちゃ楽しそうなレンが…」

「安心して下さい、あのお馬さんたちはシャイニング事務所の動物タレントさんたちのはずですから」

「何でお前がそんなこと知ってるんだよ!?」

「だって何処の馬の骨ともしれない動物タレントを、シャイニーが学園に入れるわけないじゃないですか」


そこでもう一度法螺貝が吹き鳴らされ、全クラス一斉に自陣の大将が撃ち落とされるまでのバトルロワイアルが始まった。


最初にSクラス大将の神宮寺がBクラスの大将が頭に載せていた風船の様なものを叩き落とし、Aクラス大将の聖川という生徒がCクラスの大将を落とししていく。
Sクラスの女子が甲冑姿の神宮寺も格好いいと、盛大な応援をしているが、Aクラスからもさすが聖川様和装が似合うと、これまた大きな歓声があがっている。

そして落馬した生徒から順に退場していく中、SクラスとAクラスの大将同士の戦いがグランドの中央で繰り広げられていた。ファンの子たちが叫ぶ内容を聞くに、どちらも旧家の御曹司らしく、乗馬の経験があるのか出場者の中でもピカ一の馬の扱いを見せている。

応援席からでは彼等の声までは良く聞こえないが、神宮寺が怒鳴っているのは分かる。犬猿の仲というやつだろうか?そんなことを思った次の瞬間、神宮寺の強烈な剣技によって聖川が馬から弾き飛ばされた。












「解せません。」

「まったくだぜ!!」


応援席の真ん中で、連続引き分けとなった障害物競走と玉入れに出ていた二人が、「ファンの子が怖がってますよー」といってやりたい程ブスッとした顔で座っていた。その二人が憎々しげに見つめる先には、華麗に凱旋を決めている神宮寺だ。


「せっかくSクラスが勝ったんですから、もっと喜びましょうよ!ね?」

「いいえ、いけません。そんな甘いことでは!」

「キーアよく見ろ!!さっきよりAクラスに追いつかれてるんだぞ!ということで、次は借り物競争だろ?お前がダントツトップになってこい!」


何故か熱くなっている二人と、神宮寺の凱旋で盛り上がっているSクラスはキーアの背中をバシバシと叩きながら入場門へと送り出してくれた。




キーアが出る種目には特に知り合いも居ないようで、一番最後の走順の組みと一緒に並んだ。ちらっと横を見てみると8人中8人が、否、キーア自身を除けば7人が男子生徒で、始まる前から憂鬱にさせられてしまった。前の組も一人だけ女の子で、組み合わせをどうやて決めたのか気になるところだ。


「あんたもしかしてキーアさん?」


目の前に居た女の子がくるっと振り向くと話しかけてきた。他は男子ばかりだというのに特に緊張している様子もなく、キーアは感心してしまった。


「はい、そうですよ。君は?」

「あたし、渋谷友千香。Aクラスのアイドルコース。よろしくね!」

「よろしくお願いします、渋谷さん」


軽く自己紹介なんかをしているうちに、借り物競争が始まった。第一組が走りだし、借り物の書かれた紙を広げた途端、止まった。


『いいか、今日中に帰ってこれないと判断した場合は棄権するんだぞ』


マイクを通した日向の声が聞こえる。


「今日中に帰ってこれない場合って何よ…」

「借り物を決めたのがシャイニーだったら、南極のペンギンとか、烏骨鶏の有精卵とか書いて有りそうですね」

「どんなバラエティよ!!」


友千香にノリよく突っ込まれながら、「四ノ宮那月の眼鏡」なんて書いてないことを祈っているうち、キーアの1つ前の組のスタートになってしまった。


「渋谷さん、頑張ってくださいね!」

「おう!まっかせといて!」


ピストルとともに勢い良く走りだした友千香は、一番に紙を取ると、これまた素敵なスピードで走り去っていった。
キーアたちの組みもスタートし、魔法を使うわけにはいかないので男子に混じって必死に走るも、最後から2番目に到着して紙を広げた。ちらっと見えた目の前の人の紙には「学園長のサングラス」と書いてあり、彼は泣きそうな顔で日向にリタイアを告げにいった。
かく言うキーアの紙には………







神宮寺はいつも通り、大勢の取り巻きに囲まれて借り物競争の応援に励んでいた。とりあえず聖川は打ちのめしたので満足したが、それでもやっぱりAクラスには勝ちたい。
最後の組みがスタートした。キーアは運動が得意ではないらしく、そこそこのスピードで紙をゲットし、折りたたまれた紙を開いた瞬間、応援席へと走ってきた。
誰かの持ち物を借り物しにきたのだろうねと、右隣に座った女子が言っているが、キーアはまっすぐ神宮寺の目の前に走ってきた。


「神宮寺さん!…というか神宮寺さんのレディの皆さん、ちょっと神宮寺さんを貸してください!」


取り巻きの子たちにキーアを嫌っている子はおらず、むしろ友好的な方だ。


「キーア君の借り物、レン様なの?」

「…名指しでは無いんですけど、他に思いつかなく……あ、もし嫌なら一ノ瀬さんひっぱってっても良いですかね…」

「いや、行くよ。せっかくキーアが頼ってくれるんだからね。ごめんね、レディたち。ちょっと勝ちに行ってくるから、良い子で待っててね」


誰に向けるわけでもなく笑顔で言えば、周囲の子たちからは笑顔で返事が返ってくる。キーアは先を急ぎたいのか神宮寺の手をしっかりと掴み、ゴールに向かって走りだした。
神宮寺はそこで、ふっと気づく。確かキーアの年齢は自分たちと同学年。普通の学校に通っていれば高校3年生になる歳だ。それにしては、手が丸くて柔らかい。
それこそ日々握ってキスを落としているレディたちよりも、よほど温かみのある手だ。

一度疑ってしまうと疑問は次々と浮いてくるもので、そもそも18になるというのに声変わりしていないのも珍しいし、身長も普段はヒールで誤魔化されているが、運動靴の今日は随分低い事がわかる。
とはいえ翔と同じくらいだろうが。

特に何の妨害もないまま借り物の内容が正しいかどうか確認している日向の前に連れて行かれ、借り物の内容を見た日向がキーアの頭を小突いた。


「おいこら、てめぇは何でこんなやっかいなもの引きやがった!!」

「書いたのはシャイニーでしょう?シャイニーに言って下さいよ…」


盛大なため息をつかれながら、一着だったらしく「1」と書かれた旗の前に並ばされた。前に居た一番の生徒は某コンビニ限定のメロンパンを持っていて、さらに横の2着の生徒は三毛猫を連れている。


「で、そろそろ借り物の内容を聞いても良いかな?」

「あぁ、そうですよね……じゃ、仮装行列で一位とれたらお教えしますよ!」


もしかして、この借り物の内容で彼の性別の判断がつくのではないかと思ったが、そんなに急いで突き止める必要もないなと、神宮寺は借り物競争の終了を待つことにした。







第05話、終。






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