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第二章「IDOL」

第04話「異国人ですので」




季節は移り変わって皐月。


「僕らが紡ぎだす このメロディに乗せて 未来が今日に重なるよ…」


日本には「五月晴れ」という言葉があるそうで、よく澄んだ空に歌えばどこまでも声が届きそうだ。そんな爽やかな曲を作りたいなぁと思いながら、キーアは鼻歌まじりに男子寮から校舎へと向かっていた。
雨降って地固まるとはよく言うけれど、来栖たちとのダンスの練習会であったイザコザ以降、男子生徒たちからの嫌がらせじみた目線や暴言なんかは無くなった。平和になりはしたものの、やはり男性なんてそんなものかと。キーアは怖がるよりもなんだか呆れのようなものを感じてしまい、早く知識を蓄えて藍やカミュの曲を作りたいと思うようになっていた。


ローラースケートで昇降口に入るとそこで靴を履き替えて、いつも通りにSクラスの教室へと向かう。すると、キーアの机の前の席で突っ伏すようにして負のオーラを放っている固まりがあった。


「さ、榊くん、生きてますか…?」

「どうしよう……なんで俺、実行委員なんて立候補したんだろう…」


内申点が欲しいと言っていたことは蒸し返さずに、キーアは「これが5月病か!」と納得して彼を放置し、自分の机に教科書を移していると、


「助けてくれよぉ!!!」


榊が勢い良く振り返り、ガシィッ!と両肩をつかんで揺さぶってきた。


「何で誰も種目決めてくれねーんだよ!!俺ちゃんと決めて名前書いとけって紙ハッたのに!!」

「知りませんよー、僕も聞いてないですし、皆さん聞こえてなかったんじゃないですか?」


酔いそうになるのと舌を噛みそうになるのと両方に気をつけながら話していると、来栖が飛んできて榊を止め、キーアはどうにか止まって話をすることが出来た。



騒ぎを見ていたらしい一ノ瀬と神宮寺も入れた5人で、今月にあるという体育祭の種目表を囲み、キーアは乱れた髪の毛を来栖に梳かしてもらいながら、いかに振り分けるかを話しあい始めた。


「それで榊さん、決まっていない種目に印をつけてくれますか」

「あぁ、障害物競走と玉入れ、借り物競争に騎馬戦と……仮装行列」

「仮装行列とは…、いかにもボスの考えそうな種目だね」

「じゃぁ僕は借り物競争に出ますよ、楽しそうですし。」

「イッチーはどうするんだい?イッキが障害物走に出るって騒いでいたよね」

「…では私も障害物競走に出ることにしましょう。」

「お前らが出ると他の連中も着いてくるだろうから助かるぜ…」

「かくいうサカキィは何に出るんだい?」

「徒競走とリレー。」

「まともそうなものを選びましたね…?」

「じゃぁオレは騎馬戦にしようかな。…で、オチビちゃんはどうするんだい?」


キーアの髪の毛をせっせと梳かしていた来栖に、3人の視線が集まった。が、櫛を動かす手は止まること無く動いており、髪の毛は朝寮を出た時よりも整っているほどだ。


「オチビちゃん、帰っておいで」


パン!と神宮寺が手をたたくと、ビクッ!っと飛び上がったような気配が背後でした。


「え、あ…あ、悪ぃ、なんだ?」

「ぼーっとしてないで来栖も出る種目決めてくれよ。運動好きなくせに決めてないなんてズルいぞー」

「いや、キーアの髪の毛さ、めっちゃ綺麗なんだよ。手触り良いし…シャンプー何使ってるんだ?」

「寮に入ってからは備え付けの…確か『シャイニングビューティー!ビッグバン級』というシャンプーとリンスのセットを使ってますよ」


名前にドン引きしている4人を話に区切りがついたと勘違いしたらしいクラスメイトたちが寄ってきて、最低出場数に満たない人に対してキーアがテキパキと種目を割り振った。そして結局残ってしまったのが、


「仮装行列ですか…さすがにこれは人数必要ですよね」

「だな。何をやるにしても行列つくれないとだから…」

「音也に聞いたんだけどさ、Aクラスは新撰組やるんだってよ」

「Bクラスのレディはブラジルのサンバを取り入れると言っていたね。」

「被らないようにするには……うーん…シェイクスピア?」


それじゃ演劇だろと最大に突っ込んだ榊に、一ノ瀬が間髪いれずに「良いかもしれません」と呟き、


「登場人物や衣装、大道具なども分かりやすいので準備は簡単でしょう。問題はどの作品を取り上げ、誰を主役に据えるかですが…確か、審査席の前でパフォーマンスも必須でしたね?」

「そうだ、2分以内で仮装内容にあった何かをシなくちゃならなくって…Aクラスは聖川主体で殺陣をやるらしいぜ」


聖川、という名前が出た瞬間に神宮寺が立ち上がった。何やら背後に炎が見えるほどにやる気が出てきたらしく、


「受けて立つぞ聖川!!お前なんかの時代遅れなパフォーマンスがチャチく見えるくらいに豪華絢爛、レディたちの心を掴んで離さないパーフェクトな仮装行列にしてやる!!!」


その叫びを聞いた女子生徒が協力的な態度を示し、あれやこれやとやりたい演目を上げていってくれたおかげで、あっという間に候補が集まった。


「ハムレットにロミオとジュリエットですか。」

「主役は神宮寺に任せるとしても、どれを選んでも相手役の女子がほしいよな。普通なら立候補だろうけど……」


榊がちらっと教室をみやると、そこには爛々と目を輝かせた女子生徒たちがこちらを見ており


「これはあれか!!来栖が女装するしかないか!!」

「いや待て!!どう考えても俺様よりキーアの方が似合うだろ!!」


キーアは演劇の一覧を見ながら、「自分が女装似合うこと否定しなくて良いんだな」と呑気にぼうっとしていたかったのだが、次の瞬間には現実へ引き戻された。


「キーア君の女装見てみたい!!」

「顔も可愛いから林檎ちゃんにも負けないんじゃない!?」

「キーア君なら和服も似合いそうだよね!でもドレスも捨てがたい!!」


さすがに「女装男子にリアル女子が負けたら困ります!」とは叫べずに曖昧に微笑むと、どうも否定的でないととった女子たちがキーアにやらせるならどのヒロインが良いだろうかと演劇の一覧をひったくってキャアキャアと楽しげに話し始めてしまった。


「お、おい、いいのかよ」

「来栖には僕のおつきのメイドさん役とかやらせるので」

「げ……」


結局、神宮寺とキーアに似合う衣装から選んだとのことで、仮装行列は「シンデレラ」に決定した。
審査席の前で行うパフォーマンスは、王子がシンデレラにガラスの靴を履かせてダンスをし、流れでまた歩き出すということになり、キーアは神宮寺と踊らなくてはならないということに少なからずプレッシャーを感じていた。

舞踏会の類はシルクパレスで出たことがあるので問題無い。言ってしまえば、男性と密着することがどうしようもなく気持ち悪く感じるのだ。当然、神宮寺がそのような人間であるとは思っていないのだけれど、同じ男という生き物だと思うだけで、なんだか気後れしてしまう。
日本人の心情は察しと思いやりと聞いたことがあるけれど、果たしてこの英国人のような神宮寺にも通用するのだろうか?
キーアは重く下がりそうになる両肩をひっしに上げて、体育祭の準備に取り掛かった。













数日後の放課後、Sクラスの教室にて。


「オレはこのガラスの靴を落としたレディを探しているのです。さぁどうぞ、レディたち。試してみてもらえるかな?」

「翔、あなたから試しなさい」


王子役の神宮寺と、その付き人役の一ノ瀬。そして継母役はくじ引きで榊が、イジワル姉役は来栖が。たいぶ偏ったメンバーになってしまったメインキャストでパフォーマンスの練習に励んでいた。
神宮寺の衣装は取り巻きの子たちが考案したらしく、黒い軍服をベースにしたようなデザインが良い意味で日本人離れした美しさを際立たせている。逆に白い軍服を着せられている一ノ瀬も、彼やHAYATOのファンが衣装を考えたそうだ。


「わ、わかりましたわ、おかあさま…」

「はぁ…やっぱりオチビちゃんに女役は無理かな?」

「う、うるせぇ!!!どこに自分から進んで女役やれる男優志望が居るってんだよ!!」


ピンクのふりふりがたくさんついたワンピースを来た来栖が、耐え切れなくなったようにガニ股になり、恨めしそうに軍服姿の二人と、なぜかパンツスタイルの継母を睨みつけた。


「大体、なんでオレサマだけ衣装担当が那月なんだよ!!俺もクラスメイトに考えてもらいたかったよ!」

「安心しなさい、翔。クラスの女子が持っていたスケッチブックにも同じ様なドレスが書いてありましたから」


それを聞くと来栖は不貞腐れて適当な椅子を持ってくると、適当に腰掛けた。なんだかんだ女物の衣装を着ていることに変わりはない榊も、もうやりたくないというように来栖の隣に椅子を持ってきた。


「二人共、そんなに女装が嫌かい?」

「「あたりまえだろ!!」」

「キーアなんかはわりと協力的なのにねぇ。」


とそこへ、ガラガラと学校の扉特有の音を立てキーアが教室へと戻ってきた。
シンデレラの部屋着からドレスへと衣装の早替えがあるために、今のいままで別室で衣装の採寸と調整を行なっていた、というか女子に囲まれて衣装をととのえられていたのだ。


「ヒュゥ!最高だぜキーア!このオレがレディと見間違う程に上出来だ!」


教室に足を踏み入れたキーアに、神宮寺は口笛とウインクで絶賛を浴びせた。一ノ瀬や来栖はもう唖然とするしかないようで、ただただ口を半開きにしている。


「凄い…!!薄い青地の衣装と白のコントラスト、そして裾の段フリルのグラデーション!豪奢なドレスと見紛う程の肌とそれに映える黒髪!!黒檀のようなその色は神宮寺の衣装とよくあっていて、かつ差し色にオレンジが入ってるのもまた神宮寺とペアらしくて良い!!」

「榊、五月蝿いです。…で、声の高さはこれくらいで良いですか?」


お前はどこのレポーターだと聞きたくなるような、演説ぶった榊のセリフは無視して、何時もしゃべるより少し高めの声で神宮寺にチェックを求めると、ウインクでOKがかえってきた。
キーアはここまでしてよくもまぁバレないものだと関心しつつ、一人の女の子としてはちょっと寂しいとも思うし、けれども男性からそういった目をむけられないのは安心したりと、複雑な気持ちで練習に合流した。










そして、ついに体育祭がやってきてしまった。
大きなトラックを囲むようにして作られた応援席、実況席、来賓席、そして医務のテント。何故か業界各所から偉い人が見に来ており、キーアは朝からご挨拶周りをしなくてはならなかった。
以前舞台で一緒になった星影セイラの父親なんかも見かけ、この体育祭はオーディションかと一瞬錯覚してしまうほど豪華な来賓席だった。

そんな来賓に騒がれることを嫌ってか、一ノ瀬は木陰で読書に励む気まんまんで応援席に2冊の文庫本を持ち込んでいた。逆に来栖と神宮寺は負けん気が迸るほど格好良く鉢巻をつけ、クラスの女子も男子もつられて気合が入っているようだ。どうもAクラスはみんな仲良く団結、Bクラスはある程度がんばろうという空気らしく、一番端の応援席であるSクラスだけ異様な空気を放っていた。

そんな中、開会式が終わり種目がスタートする。榊は実行委員になってしまったが故に、出場種目数も来栖と並んでクラストップ、かつ空いてる時間にはゴールテープを持ちに行ったりと殆ど応援席には居られないそうだ。
最初に盛り上がったのは徒競走だった。榊が意外と運動神経が良いことを見せつけ、Sクラスはひとまず総合順位1位になることができた。


「クラス単位の順位の他に個人の順位も出るんだな、ってことはやっぱり俺有利だったり…!?」

「へぇ、個人順位ですか。来栖なら狙えるかもしれませんね、たくさん出ますし」


キーアと来栖、そして神宮寺は並んで応援席に座り次の種目を待っていた。次は障害物競走で一ノ瀬の出番があるのだ。


「そんなことより、オレはイッチーがどうするのか気になるね。運動神経は良いし負けず嫌い、でもこういう行事に積極的じゃないだろうから…」

「僕は一ノ瀬さん頑張ると思いますよ、一十木も出てますから」

「音也のことになるとトキヤも人が変わるもんなぁ…」


なんて話をしていると、アナウンスが入ってきた。そろそろ種目が始まるようだ。一ノ瀬のファンの子たちが最前列にいそいそと移動している。


『笑ってはいけない!!恐怖の障害物競走〜!!』


「笑ってはいけないって何です?」

「某年末の番組のパロディだろ。…ってそっかキーアはそういうのも疎いんだよな」


一ノ瀬は最終レーンらしく、一十木とともに最後尾に並んでいるのが見えた。最前列の選手たちが口に牛乳を含み、スタート位置にたつ。


「もしかしてこれ、走り切るまで牛乳はくなってことか…?」

「そのようだね。」


次々と選手がスタートしていくも、超人気お笑いタレントやら、有名落語家やらが障害として立ちはだかるコースに、始まるのと同じ勢いで脱落していく。一番健闘していたBクラスの選手も、トラック半分程で脱落してしまった。


「これ、ゴール出来るやついるのか…?」

「奇遇ですね、来栖。僕も今同じ事考えてましたよ」


あれよあれよと進んでいく障害物競走は、ついに最終レーンの一ノ瀬たちの順番がやってきてしまった。二人は既に障害に見慣れてきたのか、無表情で牛乳を口に含むと、一度目線で火花を散らしあってからスタートラインについた。


「も、燃えてますよ…一ノ瀬さんが……」

「音也も負けず劣らず燃えてるぞ!大丈夫か、アイツら…」


ピストルの音と共に選手が走りだし、BGMには天国と地獄が流れだした。トップを走るのは一十木と一ノ瀬で、キーアは両手を握りしめてその様を見守った。
15段の跳び箱も平均台も、それから電気ナマズ池もお笑い芸人もものともせず、一十木と一ノ瀬はトップを風の如く走っていく。素敵にスルーされたお笑い芸人がガックリと落ち込んでいるのは可哀想だけれど、キーアは女の子に混じって声を出して応援に精を出した。


事件はおきた。


「ではでは〜これでいかがでSHOW!!!」


ネットの下を匍匐前進し、ちょうど頭が向こう側へぬけたところで、地面から褌一丁のシャイニーが姿を表した。金色に輝くそのふんどし姿に、


「…っ!!」

「ぶっ!!!」


二人は同時に牛乳を吹き出した。





第04話、終。





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