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第二章「IDOL」

第03話「生徒ですので」




「左足を右足の前からクロスしてターン!一十木、それでは早すぎです!!一回転するのに2拍使うと何度言わせるつもりですか!もう一度サビから!」


来栖は後悔していた。


「左右の足で一歩の大きさが違うから立ち位置がおかしくなるんです!自分の中でもっと一歩の感覚を持って踊らないと!」


キーアの奴、どの口が「ダンスは苦手」と言ったのかと。







キーアは授業が終わるといつも通りリュックに教科書類を詰め込み、急いで行きたいという来栖に引っ張られながらどうにか一ノ瀬にさよならを言い、中庭に向かって「おーとやー!」と叫びながら走りだした。
その時点で嫌な予感はしていたのだが、実際練習場所である中庭についてみると、赤い髪の毛に身長は来栖より遥かに高いものの、同じ様に犬の雰囲気を持った少年が居て。


「翔遅いよー!待ちくたびれちゃった!」


CDコンポから流れてくる音楽に合わせて踊っていたらしい少年が、来栖を見つけて楽しげに駆け寄ってきた。そしてキーアを見るや否や


「わー!凄い!本物のキーアだ!!俺さ一十木音也!AADのセカンドシングル大好きなんだよね!ギターが格好良いやつ!」

「えっと……どうもありがとうございます。」


あまりの勢いの良さに困り頭を下げると、一十木は慌てて頭をあげさせた。


「いいよいいよ、気にしないで!俺たち同い年くらしでしょ?敬語も無くって良いよ!」

「………一十木さん、今年誕生日が来て16歳ですよね…?」

「うん、そうだよ。翔と同い年」

「では僕の2学年下ですね」

「「!?!?!?」」


言うと、目の前で目を皿のようにした状態で二人が固まってしまい、キーアは何か言っただろうかと小首をかしげると、元に戻った来栖が鋭く突っ込んだ。


「待て待て!…同い年じゃなくて、年上!?まじかよ…」

「まじですよ」


どうやら身長や声の高さから同学年くらいだと思っていたらしい二人は、勝手にタメ口を使っていたことや気軽に話しかけていたことを謝ってくれたが、敬われては逆に変な感じがするからと、キーアは今まで通りに接するように言って練習を始めるよう促した。

課題曲は全クラス共通で「永遠のトライスター」という曲だ。作曲家コースには無い課題曲なので、キーアはまず二人の振り付けを見ながら曲を覚えることにした。
二人とも元から体を動かすのが好きなためか、ノリ良く踊っている。が、一人の観客として見ていて感じるのはそれだけだ。

キーアはアドバイスをするために必死に頭を回転させる。ノリやダンスを楽しむといったことは、二人とも意識できている。むしろ意識せずとも乗ってしまうのだろう。だからこそというか、ダンスの基本的なことが全くなっていないように見えた。
特に一十木は体の中心線がぶれやすい。来栖はそこまででもないが、意識するだけで大分踊りやすくなるはずだ。
キーアは一曲終わるとそのことを指摘してみた。


「軸か〜……うん、授業で言われた気がする」

「…審査は林檎がするんですよね?だったら授業中に聞いたワンポイントはありませんか?」


聞いてみると、一十木は必死な顔をして来栖の助けを借りながらいくつかダンスのポイントをあげることが出来た。次はそれらを意識して踊るように伝え、もう一度頭から曲を流す。
すると今度は技術にばかり頭がいって、視線が下がり先程までの楽しそうな顔ではなく、ただ真剣なだけの顔になってしまった。


「一十木、この曲一日に何回踊っていますか?」

「んと…昼休みに1回と放課後にも30分くらい。あとは歌の練習とかサッカーしてるよ」

「今の一十木の顔は真剣なだけで詰まらないです。さっきのように楽しく踊れるくらいに技術が身につくまで何度でも踊りこんだほうが良さそうですね。」

「じゃ、昼休みも踊ろうぜ!」


来栖が振り付けの復習をしながら元気に言った。確かに良い成績を取らせるためには、昼休みも見てあげたいと思うのでキーアも了承した。


その後も何回か踊ってもらい、


「左足を右足の前からクロスしてターン!一十木、それでは早すぎです!!一回転するのに2拍使うと何度言わせるつもりですか!もう一度サビから!」


何故か気合が入ってしまい、踊っている最中にもポイントを叫ぶようになっていた。まるで藍になった気分だと思いながら、キーアは一十木と来栖の踊る様を見つめていた。


「左右の足で一歩の大きさが違うから立ち位置がおかしくなるんです!自分の中でもっと一歩の感覚を持って踊らないと!」










次の日の昼休み。


『EveryDey,EveryTime!眩しく強く 輝けるその日まで どんな時も側に居たい』


キーアは一ノ瀬が撮影で居なかったために一人でさっさと食事を済ませ、中庭にコンポを用意して振り付けの予習をしていた。昨日の放課後、あれだけ来栖と一十木に指摘したのだから、そこに関しては自分が出来ていないと示しが付かないと思ったのだ。
ノリの良いこの曲の歌詞を考えながら踊っていると、いつの間にか集中してしまい、曲が終わった時に初めてギャラリーが居ることに気がついた。コンポの横にあぐらをかいて、一十木がじっとこちらを見ていたのだ。


「なんだ一十木、居たなら声をかけてくださいよ」

「キーアってやっぱり凄いんだね!!」


お日様顔負けのキラキラ笑顔で、一十木はキーアを褒め称えた。


「昨日言われたところとかリンちゃんに言われたこと気にして見てたんだけど、俺からじゃ言う事無いくらい凄い!!なんていうか凄い!!」

「一十木、日本語が可怪しいですよ。」


なんだかすっかり感化されてモチベーションが上がってしまったらしい一十木は、さっそく踊りたいと騒ぎ出してしまったのでキーアは仕方無く一緒に並んで踊り始め、その内慌ててやってきた来栖もまじって3人で振り付けの確認と練習をはじめた。
二人は本当に「のる」ということに長けているらしく、一緒に踊っていて楽しくなる。昼休みに練習している生徒が珍しいわけでも無いのに、だんだんとギャラリーが増えてきた。

気づけば神宮寺の取り巻きであろうSクラスの女子なんかも居て、ちょっとした騒ぎになってしまっていた。キーアも、一十木や来栖もそれだけなら「見られている」という意識で練習がはかどるだけだったろう。


「なんだよ、コネ入学じゃん。」

「ずりぃよな、プロのレッスン受けてるんだから成績上位に入って当たり前だろ」


じっとこちらを見ていた男子生徒が、ボソっとつぶやくのが聞こえてしまった。
またか、と思うだけで踊り続けようとしたキーアは、ピタと踊るをやめてしまった一十木が両手をぎゅっと握りしめて男子生徒に向かっていくのを止めることが出来なかった。


「なんでそんなこと言うんだよ!!」


来栖とキーアが呆然と見守る中、一十木は男子生徒に声が十分届くところまで近づいて、背後からでも怒っていることが分かるほどの勢いで怒鳴った。男性の怒鳴り声は怖いと思っていたが、今はそれどころではなく、ただ驚きが胸を支配していく。


「キーアが上手だからって嫉妬してるだけだろ?プロなんだから当然じゃん!」

「それにあいつは作曲家だからこのダンスは成績に反映されねぇぞ?」


気づけば来栖も少し前に出てそう叫び、心底呆れたというようにため息をついてみせた。


「だいたい、こいつがここに通ってるのだって学園長の指示だし、ちゃんと理由があるんだぜ?」

「あ、園長先生の指示だったんだ…」


一十木と男子生徒やその周囲に居た生徒たちが驚いた顔でこちらを見ているので、胸元のエンブレムを確認すれば、見事にSクラス以外の生徒ばかりが集まっていて、神宮寺の取り巻きたちは蔑むような勢いでその他クラスの集団を見やっていた。


「だいたい、指示じゃなかったらこんな叩かれるの当たり前の場所に誰が来るってんだよ。」

「来栖、もう良いですよ。こうなることは十分に分かっていましたし、そうやってやっかんだりミーハーな態度を取るような生徒は減点対象ですから、痛い目みるのは彼等です」


「その通りデース☆」


どこからともなく、

ちゅどーん

という音をたてて、シャイニーが空から降ってきた。当然パラシュートや命綱の類はつけておらず、いつものごとく生身でどこかから飛び降りたようだ。


「おっさんどこから出てきてんだよ!」

「上からデース☆」


もう誰も突っ込む気力が無いらしい生徒たちをよそに、学園長である彼は声高に


「キーアさーんはいわば潜入捜査官!!優秀な生徒は教師の目につくように進言し、また教師では気づけぬ良からぬ行動をチェックしているのデース☆したらば、皆さんキーアさんをいじめちゃダメダメ駄目よ駄目なのYO!!」


とだけ言うと、バレリーナのように回転しはじめたかと思った瞬間にはプロペラのように空へと舞い上がってどこかへ消えていった。


「なんだったんだ…あのおっさん……」

「シャイニーにツッコミを入れるだけ体力の無駄ですよ。」


これじゃぁ潜入捜査とか言ってる意味も無いよなぁと思いながら、その場にちょうど居合わせたSクラスアイドルコースの女子生徒も交えて、それなりに規模の大きくなってしまった練習会を再開したのだった。






そしてその週の金曜日。
放課後に教室へ飛び込んできた一十木が、テストで良い点数だったと犬のように報告にやってきた。ちなみに一緒に練習したSクラスの女子生徒も良い点数だったらしく、
前の席の榊に「一体何をしたんだ」と問い詰められた。ちなみに彼の成績は芳しくなかったらそうだ。




第03話、終。






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