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第二章「IDOL」

第02話「研修ですので」



入学式から3週間。
校庭の桜たちも大分緑が多くなり、先日は毛虫駆除の業者が入っていたのを見かけた。肌寒さも無くなってぽかぽかした気候のためか、はたまたまだ新学期ということでか学園全体はなんとなく平和な空気が流れている。

一ノ瀬に限っては相変わらず忙しそうで、既にノートを5回は貸していた。そんなある日のこと。ノートを貸しながら授業内容を教えるということで、キーアは一ノ瀬と教室でお弁当を食べようと机を2つ並べていた。


「おや、キーアは大分イッチーに懐いているようだね」

「神宮寺さん、今日はレディたちとお昼は良いんですか?」

「ほうら、相変わらずオレには冷たいことで」


神宮寺の女性慣れしている雰囲気に、ただ自分の性別がバレてしまわないかと心配で、中々普通に接することが出来ないだけなのだが、神宮寺は嫌われたと思っていたらしい。
一ノ瀬に関してはたとえバレてしまっても、秘密を共有するもの同志として特に困ったことにはならないだろうと思っていたので、避けることもしていなかった。確かに改めて考えると、神宮寺や来栖、榊のような他の生徒よりも一ノ瀬にべったりに見えないこともない。


「誤解を招く発言はやめてください、レン。気色が悪い」

「おっと、失礼。そんなつもりは無かったんだが…ただ、何をそんなに話しているのか気になってね」

「授業のノートを貸しているだけですよ。」


ふうんと鼻で答えた神宮寺は自分の昼食なのであろうお弁当箱を持って、一ノ瀬とキーアの並べた机に堂々と紛れ込んでくる。一ノ瀬が特に気にしない様子だったので、キーアも神宮寺のためにスペースを開けると、自分のお弁当箱の蓋を開いた。


「うん、今日のお弁当も美味しそうだね」

「…神宮寺さん、もしかして女の子から毎日かわるがわる作ってもらってるんですか?」

「そうすれば、平等だろう?」

「………素敵なファンサービスですね」

「キーアさん、レンを褒めると調子に乗るのでやめたほうが良いですよ」


言う彼はコンビニのサンドイッチで、毎日ちゃんとしたものを食べているのか少し不安になる。


「一ノ瀬さんは、自炊されるんですか?」

「当然です。健康管理も仕事のうちですから」


確かに彼はそういう人だ。今度良いレシピを持ってくると言えば、丁寧な御礼が返ってきて神宮寺が何なら作ってくれと水をさしても華麗にスルーしてみせた。
ご飯を食べながら一通りノートの内容を説明し終わり、食後のお茶を楽しんでいると、神宮寺がふと思い出したように呟いた。


「ペア決めは来週か…」

「もうそんな時期でしたか。」

「でも、音楽性の不一致があればパートナー解消も出来ますし、あまり気張らずに自分を出していくようにすれば良いと思いますよ」

「キーアは気楽で良いね、パートナー解消者から依頼があるまでは暇なんだろう?」


神宮寺は気怠げに言って、いかにもやる気が無いですというように椅子にもたれかかった。その姿も、彼の目元や艶っぽい声のせいか様になっているのだから、女子生徒が黄色い声をあげるのも仕方ないかもしれないと、一瞬思ってしまう。


「そうですね、確かに依頼があるまでは曲作りはありません。でも作曲家コースの方から依頼があれば歌もやらねばならいので、2コース分の練習が欠かせないことになりますから…むしろ早く身の振り方を決めたいです」

「作曲家コースには教えるだけではなかったのですか?」

「歌えそうなら歌ってやれーと、日向さんに言われてしまいました…」

「リューヤさんはキーアを買ってるからね、期待されてるってことだよ」


2コース分の練習は面倒だというようなことを言いはしたが、実際問題、藍とともに活動する上ではシンガーソングライターのようにならねばならない。藍はスキルをインストールしてしまえば良いだけだが、キーアはそうは行かないのだから。
何より、楽器の演奏だけであれば生まれ持ったアグナの血によってどうにかなるものの、曲を作り出すことに関しては全くの素人なのだから、頑張らねばならない。

と、物思いに耽っていると、

バン!

机が思いっきり叩かれた。


「キーア!!」


大声で呼ばれて顔をあげると、目の前にちょうどエンブレム付きのラインが入った帽子があり、それだけであぁ来栖かと納得して視線をちょっと下へ向けた。
片手でサッカーボールを抱えており、昼休みに遊んでいた最中にやってきたのだろうことが分かる。


「なぁ、今週末発表のダンス、ちょっと練習見てくれねぇか?」

「翔、騒がしいですよ。それにダンスなら得意分野でしょう?」


違うんだよ!と帽子が飛んでいかんばかりの勢いで、今度は一ノ瀬の方へ顔を向けて来栖は必死な形相というか、新しく楽しい遊びを教わった子犬のようにまくし立てた。


「音也がさ、せっかく先輩アイドルが居るんだから教わらないなんて損だって!言われてから思ったんだけどよ、確かにそうだよな。自分より巧い奴に教わるチャンスなんだぜ!?」


尻尾があったらブンブンと振り回しているだろう来栖に、一ノ瀬は冷たく言い放った。


「日向先生からの注意事項を忘れたのですか?彼の写真撮影禁止の他にも、大勢の生徒が群がることの無いようにと言われているはずです。」

「でもさでもさ、コイツが嫌じゃなければ良いんだろ?」


キーアは然程親しくもない来栖に指で示され、ちょっとムスっとしながらもここでむやみに怒っても年上としてどうだろうかと思い、黙って話を聞いていた。けれど来栖が頼み込んでいるのが聞こえていたらしい女子生徒が、ズルいだの何だのとコソコソ言い合っているのが聞こえてくるので、了承は出来ないだろう。


「だからさ、良いだろキーア!練習みてくれよ!」

「駄目です。僕は作曲家コースの生徒ですよ。それにダンスは苦手です。その上、一応顔出し厳禁でやってるので、目立つことしたくないんです」

「大丈夫キーア、イッチーと居る時点で十分に目立ってるよ」

「神宮寺さんは黙って下さい」


キーアは座ったまま来栖の方を向き、背筋をピンと伸ばして来栖が話を聴きやすいように言った。


「僕はダンスが苦手です。だから来栖さんのレッスンをするというようなことは出来ません。ですが、確か課題曲でダンスを披露するのが課題ですよね。一緒に練習する、というのであればご一緒させていただきます。」

「本当か!?」

「ただし!」


早くもはしゃぎだした来栖にビシっと指を突きつけると、面白いほどに固まってしまい、本当にこの子の本質は犬じゃないかと思ってしまう。


「僕にもちゃんとアドバイスしてくださいね?」

「おう!任せとけ!」


そのまま来栖は音也という友人に報告してくると言って、教室から走りだしていった。キーアは音也という人の思いつきに辟易しながら、水筒から紅茶を注ぎ直し、一ノ瀬や神宮寺とのゆっくりとしたティータイムに戻った。
彼のようにテンションの高い人間と使うことが少なかったので、いかんせんこういうことは疲れてしまうようで苦手だ。一ノ瀬も同じなのか眉間に皺をよせて缶コーヒーをすすっていた。


「あのバカ音也が…くだらない思いつきをしたせいで昼休みが台無しです」

「音也という人を知っているのですか?」

「残念なことに私の同室です」

「あらら…」


口からこぼれた言葉に、神宮寺がクスっと笑った。


「イッチーも同室者には大分困っているようだからね。キーアはそういうこと無いのかい?」

「あ、僕一人部屋なので。」


一ノ瀬がムスっとこちらを見つめてきて、「私と代わりなさい」と目が言っている気がするのは、絶対に気のせいでは無いだろう。そのくらいに目が怖い。
神宮寺も神宮寺でレディを連れ込みたい放題だなどといいだし、どこの携帯会社かと突っ込むと飲み物を吹き出しそうになるほどに笑われてしまった。


「今日のキーアはボケ放題だね!」

「僕はキノコの某携帯会社じゃありません」



昼休みの終わりがけに来栖が戻ってきて騒ぎ出すまで、3人は優雅に食後のお茶を楽しんだ。来栖との練習はその日の放課後からということに、いつの間にか決まっていた。







第2話、終。




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