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第一章「猩々緋の瞳」

第十話「AAD」


AADのお二人へ
いつもお二人の声に励まされています!
つい先日まで私は精神科に入院していました。
死にたくてしょうがなくて、どうしようも無くなった時、偶然テレビで聞いた「rainy」に勇気をもらいました。
今は退院に向けて準備を進めることになり、AADのお二人にはとても感謝しています。







美風藍さん、キーアさん
お二人のレイニーを聞いた1ファンです。
僕に何か特別に駄目なところや何かがある、なんてことは無く普通で平凡な学生です。
でもお二人の歌を聞いてこのままじゃいけない、何かもっと目標を持って生きていかなくちゃと
僕は勇気をもらうことが出来ました。
この手紙はたくさんのファンレターに埋もれてしまうかもしれないけれど、
感謝の気持ちが届いたら嬉しいです。






季節はもうすぐ冬に移り変わろうとしていた。寮の窓から見えている木々もあるものは葉を落とし、あるものは葉の色を変え。すぐそこに冬将軍の足音が聞こえているとはよく言ったものだとキーアは部屋の暖房をしっかりと付けるようになっていた。


「酔狂な連中だね。実際に歌手本人に届くと確信がある訳じゃないのに、こんなに熱心に手紙を書いてくるなんて。ボクには理解できないな」

「そんなこと言わないで下さい、美風さん。僕にもファンレターを書きたくなる気持ちは分かりますし、貰って嬉しいんですから素直に喜んでおきましょうよ」


キーアは藍と二人、久々の休日をキーアの自室で過ごしていた。並んでソファーに座って事務所で貰ったファンレターに目を通していたのだ。本当は二人でショッピングとお茶でもしながら読もうと思っていたのだが、デビューから約3ヶ月貯めこまれたその量を見て仕方なく事務所寮に集合している。
可愛らしい便箋に書かれた几帳面な文字、無地のレターセットに書かれたちょっと読みにくい文字。藍が「理解できない」というそれにキーアは心躍らせ、返事はやっぱり全部手書きにしたいなと、そんな無謀な計画をこっそりと考えていた。もちろん反対されるだろうけれど。


「ボクは手書きなんて反対だからね」

「心を読まないで下さい!」

「分り易すぎるんだよ、キーアが。」

「ミスターミカゼの言うとおりでっす〜!!」


メキメキメキメキ


途端、拡声器を通したような声が響き渡り、ベランダ側の壁からシャイニーが壁を割りながら出てきた。


「ちょ!僕の部屋〜!?」

「はっはっはー、大丈夫でーす。うちの黒子さんたちにかかれば、この程度チョチョイのちょいですーぐ直りまっすー」


そうじゃなくてそれにかかる経費とか考えて下さいよ!とツッコミを入れる隙も与えぬまま、シャイニーはバン!と茶封筒を付き出してきて、キーアはこれまたリアクションを取ることも出来ない状態でそれをただただ受け取った。

そしてよくよく見てみると、封筒には


「早乙女学園…入試の願書ですか?」

「YES!キーアさんに不足しているのは知識!感性豊か過ぎで全て感覚で歌っているYOUには4月から一年間、この早乙女学園で音楽の知識を詰め込んでもらいまーす!」

「え…!?でも、この学園は成績上位者が事務所に入れるシステムですよね?それって夢を持った人を一人、蹴落としてしまうことになりませんか?」

「一般生徒は相対評価で決まりますがYOUだけは絶対評価でーす!合格点に達していれば入学、その成績に見合ったクラスの人数がプラス1されるだけでっす」


30人枠のクラスだとして、もしキーアがAクラス相当の成績であればAクラスが31人になるということだろうか。それなら誰かが自分のせいで合格出来なかったという事態は避けられるが…


「あの、AADの活動はどうなるのでしょうか?」

「あぁ、それならさっきリューヤから連絡があったんだ。一年間はボクのソロ期間になる。」

「キーアさんには4月まで目一杯活動してもらい、合格した場合には勉強のため活動休止、と、公式発表させてもらいマース!」


キーアは用意周到すぎる事務所の対応に小さくため息をつくと、諦めて願書の封筒を開けた。




冬がやってくるのと同時にキーアにたくさんの仕事が舞い込んできた。AADとしてではなくキーア個人を指名しての仕事の依頼がCDソングやアニメキャラクターのイメージソング、他にも声優としてちょい役など、4月から早乙女学園で勉強するために活動休止するという噂がたったことが原因らしい。
キーアがオーディションに落選したHAYATOというキャラクターは、一回限りの企画だったはずなのに人気が出てしまったためという理由で、どこかの事務所から春頃デビューしていたらしい。お陰で彼とも一回だけ、アニメの企画で一緒に歌うことが出来た。

AADの知名度もそこそこにあがってきており、活動を開始した頃にはじめたブログも一日で数十件のコメントが入ることもある。




そんな中、ついにやってきた早乙女学園の入試試験の日。

キーアはたっぷり積もった雪の中を歩いていた。とはいえ、こっそりと魔法で雪を溶かしながら歩いているので、滑って転ぶ心配はあるけれど他の人達よりもよっぽどラクラクと歩いているはずだ。
何と言っても、前方に立っている赤髪の少年なんて歩くことを諦めてしまっているようだ。大丈夫だろうかと彼の顔を見てみれば、彼は何かを熱心に見つめているようで、キーアも彼の視線の先を辿ると、車道の反対側にピンクっぽい髪の毛の女の子が居た。

少し坂道になっているこの道が歩きづらいのか、少し進んでは転びそうになりながら後退、2、3歩歩いては滑って後退して、ちょっと滑稽な様になっていた。
そんな風に転びながらもどうにか坂道を登り切った少女を見て、目の前の少年は小さく「よし!」と気合を入れるとズンズンと坂道を登っていった。


「なんだったんでしょう…」

「にゃぁ…」


キーアが呟くと、それに返事をするように猫の声がした。ふっと足元を見ると黒い毛並みに緑色の瞳をした子猫が居て、こちらをじっと見上げていた。


『貴方からはミューズを感じます』


ふっと。猫の考えていることが分かった気がした。思わずじーっと見つめ返すと向こうも何か伝えたいことがあるのか、目線を合わせてきた。


「あなた、本物の猫?もしかして猫じゃないんですか?」

「にゃぁ〜」


わずかに感じる呪いの気配にキーアが尋ねれば、猫はそのとおりだと言いたげに鳴いた。しかしこんなところで話していてはご近所さんに驚かれてしまうし、入試に遅れてしまうので、キーアは「後でね」と言い残して坂道を駆け上がった。





入試は予め送っておいた自作の曲と、当日の筆記、それから面接と実技で成績が決まる。キーアは作曲家コースを受験しているため、先日譜面を送っている。これが実技試験の一環になっているはずだった。

筆記試験は先程の少女と同じ教室で驚いたが、問題なく終了。これから面接と実技だ。面接官は事務所所属の先輩たちが行う、とだけうっすら聞いていたが、それでもまだ知らない人は大勢居るよなと。キーアは不安一杯で面接室のドアをノックした。


「入れ」

「失礼いたします。」


自分に出来る精一杯の礼儀正しさで入室し、挨拶をして顔をあげる。そして気づいたことがあった。


「お前…キーアなんでここに居るんだ」

「黒崎さん!お久しぶりです!」

「ちょっとランランだけ!?酷いなぁ僕もキーアの大事な友だちのつもりなんだけど」

「はい、嶺二もお久しぶりです!」


運良く黒崎・嶺二ペアが面接官を務めるところに当たれたらしい。作曲家コースの面接なのに面接官がアイドルのみというのには驚くが、一般的な面接のみ行われたのでアイドルや作曲家は関係ないのかもしれないとキーアは思った。

作曲家の実技は結局予め送っておいた曲のみだったので、キーアは黒猫に会うためにもさっさと今朝の坂道へ向かおうとした。廊下を走るのはよくないので最速の早歩きで廊下を歩いていた時だった。曲がり角を曲がろうとした時、


どんっ


これは漫画か小説ですか?と聞きたくなるほど良いタイミングで、キーアは自分の進行方向からやってきた人と盛大に衝突した。


「すみません、大丈夫ですか?」

「こちらこそすみません、ありがとうございます。」

「あ…あなたは……」


差し出された手に顔をあげると、夜空のように綺麗な紺色の髪の毛をした少年が居て、キーアは彼に物凄く見覚えがあった。彼はHAYATOオーディションの時の…


「一ノ瀬さん…?……というか、今はHAYATOさんですか?」


今は仕事中ですか?という意味を込めて聞いてみると、彼は相変わらず無愛想な表情で


「いいえ。私はHAYATOの双子の弟です……という設定です」


と返してきた。キーアにはさっぱり訳が分からなかったが、今や超人気アイドルのHAYATOにも何か事情があるのだろうと深く聞くことはせずに、立ち上がらせてくれた御礼だけ伝えると早く目的地に向かうようにと彼を促した。
結局、一ノ瀬と会っていたタイムロスのせいか、はたまた猫の気まぐれなのか、帰り道であの黒猫に会うことは出来なかった。









数日後。キーアの手元に早乙女学園Sクラスの合格通知が郵送されてきた。そのことをカミュと藍に伝えると自分のことのように喜んでくれて、学園寮のデザインを一緒に決めるのだと、はりきって紅茶とお茶菓子を持ってきたのがほんの2時間前のことだっただろうか…。


「ふん、そのように品の無い部屋などキーアには似合わぬ。」

「だからって、そんな総レースのベッドは駄目。それこそ品がないよ」

「これだから愚民は…この白とベージュ、グレーの3色が織りなすデザインが納得出来ないとは…なんと嘆かわしいことだ。そんな男がキーアのパートナーなど…」

「ちょっと黙っててくれる?ボクが真剣に選んでるんだから、ふざけた意見で時間をとらせないで。この漆塗りのシンプルなベッドが良いに決まってるでしょう?」


当の本人にはカタログすら見せずにカミュと藍は二人で内装のイメージを決め、机を決め、ピアノを選び、今はベッドをどれにするかで悩んでいる。というか言い争っている。
キーア一人で自分の好みに決めればものの30分で終わる作業が、この二人にやらせたことで2時間たっても終わっていないのだから驚きだ。カミュはシルクパレスの王宮にあったように、白っぽい色合いでレースやシルクを使おうとし、反対に藍は漆塗りの家具や竹細工などの和風でシンプルなものを選ぼうとし…。


「お二人とも…ちょっとは僕にも選ばせて下さいよ…」

「良いだろう。」

「それじゃぁ、はい。どっちが良いか決めて?当然こっちだよね」

「美風程度の貧相な感覚に頼って良いのか?この俺が直々に部屋のコーディネートをしてやろうというのに…」


キーアがどちらか選ぶまで引かない様子の二人に、彼女は大きくため息をつくと、藍からカタログを、カミュからは記入用紙を奪い取ると二人が居るのとは別のテーブルに移動して、自分好みの内容に書き換え始めた。
「貴様のせいでキーアが拗ねたぞ」「何言ってるの、ボクは悪くないんだけど」と言い争う声を聞きながら、自分のことをこんなにも気にして大事にしてくれる人が居るだなんて、キーアは自分の置かれた環境がとても素晴らしいものであることに気がつき、小さく微笑んだ。







第十話、終。 第一章、終。





執筆開始:2012/12/26
終了:2013/01/15














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