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第一章「猩々緋の瞳」

第九話「天使と悪魔の歌声」


黒崎に夕飯をご馳走してから数日後。
朝一でデスクトップPCを起動してメールを確認すると、見知らぬアドレスからメールが来ていた。


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黒崎 蘭丸<***********@shining.jp>
To 自分

今日は空いてるらしいな。
この譜面に目通してから15時、俺のスタジオに来い。
住所は************************。


●添付ファイル
黒崎_新曲譜面_005.zip
4625K 表示 ダウンロード
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どうやら本気でセッションしたいようだ。譜面のウィルススキャンが完了したのを見てダウンロードと解凍をしてみれば、先日聞かれたギターとシンセサイザーの譜面が入っており、曲に覚えが無いことからもタイトル通りに新曲のようだ。


「どうしよう…」


空いてる時間はいつも藍と約束をして、歌の練習を見てもらっている。それをすっぽかすわけにも、かといって黒崎のを断っても後が怖い。キーアは深くため息をついてから譜面をプリントアウトし、藍を待つことにした。


チリンチリン


鳴った呼び鈴にキーアは時計を見上げ、相変わらず時間通りだなと思いながら玄関へ向かう。ラボからどう移動してきているのかは知らないけれど、疲れた様子1つ見せない藍を部屋へあげた。


「いらっしゃい」

「うん、今日は面白いものを持ってきたよ」


玄関からリビングに移動しつつ、藍はトートバックから厚めのファイルを取り出した。キーアはソレを受け取り何事かと中を開けてみると、左上に「ボーカル1」と書かれた譜面だった。


「美風さん、これって…」

「そう、僕らのユニットとしてのデビューソング。途中まで書いてみたから、あとは二人で完成させてシャイニング早乙女をあっと言わせるところまで作りこむよ」

「はい!」


キーアは早速その譜面をめくっていき「ボーカル2」と書かれた譜面を通り越し、「主旋律まとめ」と書かれた束を見つけると備え付けのピアノに向かった。
藍もボーカル1と2の譜面を取り出してピアノの上に並べて置いた。


「まず、二人の声域が同じくらいだからボクが歌いやすいように作ってある。もし歌いづらいところがあったら言って、歌えるまでレッスンだから」

「二人で手直しとかじゃないんですね…」

「世の中そんなに甘くないよ。で、次。 主旋律はこれをメインに考えていくから、今日はこれの精査とオケを作り始めるよ」

「わかりました」


まず、キーアは主旋律のみを奏でてみた。ミドルテンポの曲だけれどとても切なく胸を鷲掴みにされるようなメロディ・ラインだ。けれど早いパッセージも盛り込まれていて、なんだか失いたくないものを必死に追いかけているような、そんな光景がキーアの頭のなかにムービーで浮かんできた。
すると、キーアの左手は自然と鍵盤に乗って伴奏を奏で始め、口は勝手に口ずさむ。


「サヨナラなんて きっと言わないで
 伸ばした指先かすめた柔らかい 思い出全部この胸に仕舞って さぁ
 一歩踏み出すその先に 君がいるはずさ」


切なく。けれど強く。"ソレ"をつかむためならどんな犠牲も厭わない。それ程に強く求める何か。
藍がそっと、右手を鍵盤に載せた。そのまま流れるように入ってきた音は更に左手も加わり、綺麗な連弾になる。
藍の繊細な指先から透き通った美しいメロディが紡ぎだされていく様は、キーアをうっとりさせるには十分すぎ、ただ溢れ出る感情のままに二人はその曲を弾ききった。キーアがまだ曲の余韻に浸っている内に藍は立ち上がり、譜面に色々と書き込み始め、やっぱりロボなんだなと変な所で再確認させられ、ちょっとだけ寂しさも感じた。


「ボクの思考回路は一緒に居る人間に似ていくように出来ている。」


藍は言った。


「同じ気持ちで曲を歌うとなれば君と過ごす時間が必要になるんだ。だから…その、これからも連弾してあげても良いよ」


珍しく言い淀んだ彼に、キーアはなんだか嬉しくなって上機嫌で頷いた。その後、藍にもピアノを弾いてもらいながら二人は曲を詰めていった。




そして主旋律に満足が言った頃、藍の携帯がなりだした。


「もしもし……あぁランマルか、何?うん、キーアの部屋に居るよ。……そんなの聞いてない。大体、彼に直接かければ良いじゃない」


曲の作成作業を邪魔されたせいか眉間に皺をよせて、藍は携帯に応じた。どうやら電話の相手は黒崎のようで…


「あぁ!!!すみません、黒崎さん、忘れてました!」

「…だって。声、ひろったでしょう?まだ約束の時間でもないのに電話なんて。ランマルも心が狭いね。今から行くから待ってなよ。じゃ」


キーアが慌てて時計を見上げると、とっくにお昼は過ぎもうすぐ13時になろうとしていた。とりあえずご飯は食べなくちゃと適当にサンドイッチを自分の分だけ作り、率先して楽譜をと楽器を片付けてくれる藍にそれらは任せ、キーアは必死に口を動かした。

その後黒崎から送られてきていた譜面を二人で見ながら寮を出て、移動中も二人で「ここはこうしたほうが…」「ならいっそ」などと言い合いながら黒崎のスタジオへと向かった。
ちょうど言われていた15時ちょうどに到着し、キーアと藍は黒崎のルームへと入った。


「遅ぇ」

「52秒ね。建物についたのはぴったりだよ」


扉を開けた瞬間飛んできた声に、流石としか言いようのない瞬発力で藍が答えた。黒崎も怒っている様子ではなくて純粋に藍とのやりとりを楽しんでいるようで、もしかしたら二人は仲が良いのだろうかとキーアは思った。

黒崎自身は黒っぽい色合いのベースを持っていて、キーアが受け取っていた譜面の通りにシンセサイザーとエレキギターも用意されていて、藍は言われなくても分かっているのかギターの譜面だけをキーアに返すとシンセサイザーの前についた。キーアは黒崎に目線で促されて、ギターの前に持ってきた譜面台を立ててファイルを置く。


「とりあえず、初見で合わせるか」

「ギター…得意じゃないですが頑張ります…」

「なんだテメェ、美風と話して決めたんじゃねぇのかよ」

「美風さんはシンセ得意ですからね、僕はどっちもどっちなのでお譲りしました。」

「んじゃま、はじめるか」


シンセでビートが刻まれ始め、前奏にシンプルなベースが入る。そこに飛び込みの水泳選手の如く豪快に、キラキラしたギターサウンドが登場する。
ボーカルは黒崎なので今は無いが、小さく歌っている彼のメロディはとても綺麗だ。自分は夢に向かうために生きているんだ、というような歌詞からは黒崎の誓いのようなもを感じて、キーアは自分のモチベーションもどんどん上がっていくのを感じた。


「ふぅ…こんなもんか。お前らちょっと譜面貸せ」


一番だけ演奏が終わると、黒崎は二人の譜面を集めて手にしたペンが折れてしまいそうな勢いで、ブツブツと歌詞を呟きながら書き込みを始めた。


「お前、ギター苦手とか言いながら、中々いいセンスしてるじゃねぇか。」

「ありがとうございます。」

「…犬みてぇな奴」

「犬、ですか?」

「構ってやるとそれだけで喜びやがる。豆柴かてめぇは」

「豆柴…可愛いですよね」

「お前本当に犬だな」

「はぃ!」

「ちなみに、分かったと思うけど、キーアは音楽以外結構バカだから」


なんとも聞き捨てならない発言を吐いた藍を見やると、彼が珍しく楽しそうに微笑んでいたので、まぁ許してやらないこともないとキーアは寛大な心でスルーすることにした。
そこで藍がふっと思い出したように自分の鞄を漁り、譜面の入ったファイルを出して黒崎につきつけた。確かそのファイルには先程二人で作っていた曲が入っているはずで、キーアはどうして彼がそれを差し出しているのか分からずに固まってしまった。


「ランマル、これベースパートは出来てるから弾いてもらえない?」

「あぁ?これは?」

「僕とキーアのデビュー曲」


黒崎はほほうと楽しそうに譜面を受け取ると「bass」と書かれた譜面を取り出して譜面台に置き、調と速度記号を確認してから演奏を始めた。
キーアも藍も出来るだけ自分たちでオケを作ろうとしていたけれど、二人が演奏するよりもずっと、黒崎の演奏は心に入り込む何かを持っていて、曲にとてもあっていた。少し悔しい気もするけれど、キーアはその音色に胸がぎゅっと締め付けられ歌わずにはいられなかった。


「サヨナラなんて きっと言わないで」


4度のコーラスで藍が入りシンセも奏で始める、切なく、朧気で、けれど切羽詰まったような狂おしい感情。醜いはずのそれが何故か美しく見えてしまう不思議。

藍の透明度の高い声は、キーアの癖の強い声を。
キーアの艶やかな声は。藍の儚く美しい声を。
互いに引き立て合いながら黒崎のベースに身を任せて歌うと、自然と他の伴奏も頭に浮かんできて、キーアはギターをかき鳴らした。



先程の自分の曲は途中で止めた黒崎も、こちらの曲は最後まで一緒に弾ききってくれた。ベースとボーカルしか居ないはずなのに、その曲の原型はとても輝いていた。


「へー。いいんじゃねぇの?他の楽器はどうするんだ」

「シンセが僕。キーアはブラスで入れようと思っていたけど、これならギターでもいけそうだね」

「ドラムは?シンセでリズムだすより、この曲なら生音でも合うだろ」

「確かに、シンセでリズム全部入れるよりも、全部生音の方が合いやすい。だけど満足いく演奏が出来る人が他に居るとは限らないでしょ?」


黒崎が自分の新曲を担当するドラマーを今度紹介すると言い、藍も満足気に頷いた。キーアは人同士の繋がりって重要なんだなと他人事のようにただただ見ているしか出来なかった。
と、そこに


「ブラーボ!ブラーボ!」


バン!
と大きな音を立ててドアが開いた。当然ながらそこに居たのはシャイニーで、そんな勢い良く開けるような扉ではないのに!とツッコミを入れていたら疲れるしキリがないのでキーアは黙ってシャイニーを見守った。


「てめぇはどっから湧いてくるんだよ…」

「んー?ミスター黒崎、何か言いましたかぁ〜」

「だぁああ!何も言ってねえよ!!」

「なら良いデース★」


シャイニーは黒崎で遊ぶことを諦めたのか、グルン!とキーアを振り返った。


「YOUたちの歌を聞かせてもらいまシた。美風さーんの歌声はいうなれば天使!聞くだけで浄化されマスね☆」

「てめーはとっとと浄化されて消えろっての…」

「んー?ミスター黒崎、何か言いましたかぁ〜」

「何も言ってねえよ!!」

「なら良いデース★そしてキーアさーんの歌声は蠱惑的な悪魔の歌声!一度聞くだけで中毒になりそうデース」

「中毒死でもしとけ」

「んー?ミスター黒崎、何か言いましたかぁ〜」

「だぁああ!何も言ってねえよ!!」

「なら良いデース★」


一通り遊ばれた黒崎は脱力しきりベースに身を預けてぐったりと頭を垂れた。そんなにツッコミするから悪いのに…と藍がとなりでぼそっと言ったのに少しだけ笑いながらキーアはシャイニーに目線を合わせた。


「ありがとうございます、シャイニー。それで、今日の用事はそれだけですか?」

「ノンノンノン!今日はYOUたちのユニット名を発表しに来ましたっ」


ばん!と取り出された和紙には、達筆な毛筆で


【 Angel And Devilkin 】


と書かれていた。


第九話、終。



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