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第一章「猩々緋の瞳」
第八話「猩々緋」
ぶっちゃけ落ち込んでいた。
もちろん、演技の経験も何も無い自分が通るほど甘い世界では無いと分かっていたものの、やっぱり成績が全体2位という微妙な結果に終わったのは悔しかった。1位はあの一ノ瀬トキヤがかっさらっていき、見事HAYATOの役を勝ち取った。
結果を伝えようと公衆電話から日向に連絡すると、「小さいオーディションとはいえ初めてでそこまで結果が出れば十分だ」と言ってくれた。
帰りがけ、審査員の一人に声を掛けられた時に「君いい線いってたんだけど、HAYATOのイメージとはちょっと違うなってなったんだ」と言いながら渡された名刺を、キーアはそっと財布に仕舞って帰路についていた。
そろそろ冷蔵庫が寂しいなと途中のスーパーに寄って食材の買い出しを終えて、ぼんやり歩いていた時だった。
「ねぇねぇお姉さんさ、モデルとか興味無い?」
如何にも!と言った感じの男性3人組に声をかけられた。そっと名刺をさしだされて受け取らずに見るだけ見てみると、これまた怪しげな「如月 大人ビデオ株式会社」と印刷されており、キーアは流石に困惑した。
「えっと、僕に何の御用でしょうか?」
「あれぇ君男の子なの?」
「ほら言ったじゃないですか、可愛いけど男だよって。」
「でもこれはこれで需要あるからなぁ…ははっ」
なんて3人で勝手に解決し、あれやこれや撮影はこんな感じだのスタッフは皆女性だから安心しろだの、着いて行くとも何も言ってないのに彼等は勝手に喋り出した。
早く帰ってご飯食べたいなぁ。そんな風に思い始めた時。
「危ない!」
無意識に数歩後ろまで飛び退くと、今まで立っていた場所へ何か黒い箱が落ちてきた。3人のうち一人の頭にヒットして何かが割れてしまった音がしたけれど、この荷物は大丈夫だろうか。
キーアはそんなことを思いながら箱が落ちてきたであろう上を見上げた。すると慌てて誰かが頭を引っ込めたところで、しばらくするとその建物から銀髪にオッドアイの男性が出てきた。見覚えがあるなぁと思っていると、オッドアイは怪しい男たちをひと睨みし、
「うちの事務所の後輩に手ぇ出すとは良い度胸じゃねぇか。あ?」
「しゃ、シャイニング事務所の黒崎!?」
「ってことはこの子もシャイニング早乙女の…う、うわぁあ…」
3人は腰が抜けたようにみっともなく走り去って行き、それを唖然と見ているキーアを見て、オッドアイの青年、黒崎蘭丸はボソっと言った。
「ったく、女に見間違われるとは災難だな」
「いえ…あ、助けていただいてありがとうございます、黒崎さん。あの荷物…」
言って黒い箱を見やると、開いた蓋の隙間から切れた弦やフルートのタンポが見えていた。
「あ、もしかしてゴミ箱ですか?」
「あぁ。まぁな」
「すごい機転ですね、おかげ様で助かりました!何か御礼が出来ると良いんですが…」
キーアがそう言うと、黒崎はスーパーの袋とちらっと見て、
「夕飯食わせろ」
自分の体は女性なので、多分同年代の男性に比べたら全然食べれない。ソレを考慮してちょっと多めに中華丼と焼肉、スープを用意したものの、
「うめぇ!」
中華丼最初の一口目でそう言って以来口を開かずひたすら食べていた黒崎により、あっという間に皿が空っぽになっていく様子に、キーアは「足りなかったかな」と心配になっていた。
最近ひもじいと言った黒崎に、夕飯作りますよと返事をしたらあっさりと家にあがりこみ、割りと綺麗な…というか余分な荷物を持ってこれなかった為に片付いている部屋に「男のくせに綺麗だな、女みてぇ」と感想をこぼしていた黒崎に、キーアは苦笑しながら料理をふるまった。
「ごっつぉさん。うまかったぜ」
「お粗末さまでした」
「ちなみに、この中華丼のレシピ教えろよ」
「良いですよ、最悪キャベツと塩コショウさえあれば作れますから」
なんて言うと黒崎は目を輝かせて御礼を言った。なんだろう、節約生活をしているのだろうかとキーアが疑問に思い聞いてみると、
「上京前も後もずっとバイトの金だけだったからな…節約料理なんかは得意になったぜ。今もいかに節約出来るかがしゅ…っておい笑うな」
「すみません、格好いい見た目で倹約家というのが、なんというか女性の保護欲をくすぐるタイプの方だなと思いまして」
「あ?女なんて要らねぇ…つか、俺の仕事に女が関わるのもきにくわねぇ」
どうやら若干の女性嫌いらしい。かくいうキーアも男性が得意な訳では無いし、今は「男の娘」として演技していてかつ相手も自分を男と思っているから耐えられるが、そうでなかったら事務所の先輩とは言えども、男女二人っきりで居るなんて耐えられない。
「お…お前、このCD持ってんのか」
黒崎が食後のお茶を飲みながら、勝手にCDを漁り始めていた。タイトルを見てジャケットを見て、端から順番に見ているうち、何か気になるものを見つけたらしい。キーアも側に行って覗きこんでみると、
「はい、黒崎さんの歌、好きなんです。」
「意外だ。お前どこぞのボンボンみたいに見えるからな…こういうロックとかは嫌いでむしろ管弦楽が好きなのかと思ってたぜ」
「もちろん管弦楽も好きですよ。僕にはこういう曲が歌えないので、純粋に憧れます。好きでも演奏側にしか参加できないので」
キーアがそういうと、黒崎はCDラックにあったインスト曲のCDに視線をやって
なるほどな、という顔をしてみせた。
「お前、得意な楽器はなんだ?」
「大抵演奏できますよ、趣味程度ですが。あ、ただヴァイオリンは苦手です」
「じゃぁ、エレギやシンセもいけるか?今度聞かせてみろ」
キーアが是非お願いしますと意気込めば、黒崎はちょっと視線を逸らして「下手ならすぐに止めさせるけどな」と付け加えた。照れ屋さんらしい。
微笑ましい彼の様子を見ていて、キーアは自分が女性であるとバレてしまったら、きっと彼とセッションすることも無くなってしまうだろうという一抹の不安を覚えつつも、今度一緒にライブに出ろという言葉に頷いていた。
第八話、終。
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