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軍事や工業に関する知識はそれなりにあるので、その常識にしたがってブリッジを目指すと、周囲からの視線を嫌でも感じた。すれ違った他の軍人たちには色付きの軍服はおらず、自然と目立ってしまっているようだ。つまるところ、元から階級の高いものだけで編成されていたのか、着任式のためにアインと同じ色の軍服のものたちは…という可能性のどちらかだ。

ブリッジに入るためにIDカードをかざすと、なんの障害もなく開いた扉に、少しばかり不安を感じながら足を踏み入れた。


「失礼します」


自分でも声は結構通る方だと思っているが、ブリッジの人間全てが振り返るとなると、流石にプレッシャーを感じた。思わず半歩下がると、バジルールと目があった。奥の方にはやたらと目線が合う黒髪の男性も居るし、艦長席とその周りにはラミアスとフラガも居る。
いたたまれない視線の多さに要件を済ませてさっさと出てしまおうと、再度口を開いた。


「バジルール少尉」

「…あぁ、アイン少尉。説明しましょう」


バジルールが心得ているように頷いて、ラミアスに許可を取ると別室へと案内された。他のものに聞かせられない話ということなのだろうか。
執務室のような部屋に通され促されるまま椅子に腰掛けると、バジルールは申し訳無さそうに口を開いた。


「まず、勝手に軍属にされて憤っているだろう。それについては謝罪と説明を私からさせてほしい」

「いえ驚きましたけど、グリフェプタンの…戦争の道具を作っていたわけですし仕方のないことだとは思います」

「…ありがとう。まず、あなたは元から軍預かりの人間だ。簡単に説明すると、孤児であったアインという少女を軍が引き取り、アルスター家へと預けたことになっている。」

「預けた…ということは、いずれ軍属にするつもりだったということですよね」

「ええ、その通りです。歌手活動も軍からの許可が出ていればこその活動です」


そこでアインはピンと思い立った。そうだ、プラントにも一人、歌姫が居るではないか。それに対抗するためと考えれば不思議ではない。


「あなたは…軍の一部ではブーステッドマンと呼ばれるそうです。」

「ブース…テッドマン?」

「コーディネイターに対抗するため、ナチュラルの子供を薬品よって強化するプロジェクトがあります。あなたはその当事者なのです。」


冷静なバジルールの顔が苦しそうに歪められた。
薬品によってナチュラルよりも、少しだけ脳の処理が早い。つまり、チート使いのようなものだろうか。それにしては、アインを見つめるバジルールの目線がつらそうで、まだ全部を説明してもらったわけではないのだなと察することができた。


「大丈夫。ラミアス艦長も、この話は知らない。艦に乗っている者であなたの秘密を知っているのは、今や……私だけだ。この事実をあなたに話すのも私の独断で、私はあなたに戦って欲しいと思っている。グリフェプタンを他の者に操縦させるわけにもいかないが、アインが操縦し続けるには相当の理由が必要だ」


自分だけが知っていると告げるバジルールが悲痛な顔をしていることに、アインは先程の襲撃を思い出した。おそらくはキラやアインが手を加えていた機体を強奪することが目的だったのであろうあの襲撃。本来、強奪機に搭乗するはずだった若い軍人も犠牲になったとフラガが言っていたこともあり、アインは最終的な被害は相当なものになろうだろうと予想した。
そして何より、こうしてできる範囲で説明をしてくれるバジルールには、規範に指示にと従う姿勢は軍人らしさがありつつも、同じ地球軍である身内を大切に思う心が感じられる。アインは彼女を信頼するのはあの悲痛な表情だけで十分だと思った。
歌手という活動と通して、本当に悲観している人とそうでなく空気を読んでいるだけの人の区別はできるようになったつもりだ。


「私が軍属で、少尉という地位を与えられた理由を聞いても良いですか?」

「……他のブーステッドマンも、同じようにある程度の階級を与えられています。その特性上、独断での戦闘行動も必要になることから、権利が必要ですから。」


ナタルの手が、そっとアインの頭を撫でる。心地よいと思った。
ナチュラルでもコーディネイターでもない、「強化人間」。自分だけであれば心細いことこの上ないだろうが、他にも同じような人間が居ると分かれば多少は紛れるものだ。そして何よりコーディネイターであるキラもまた同じように、別の人種に混じって生きているのだ。アインだけがこの状況を辛いと思い嘆いている場合ではない。

そもそも、ベースがナチュラルであるアインよりも明確にコーディネイターであるキラのほうが立場的にはかなり辛いものとなるだろう。なんと言ってもこのアークエンジェルに配属されていた軍人たちの多数を葬ったのがコーディネイターなのだから。


「必要になるまでにはラミアス艦長にも伝えられることはないでしょう」

「私は…戦って良いんですね…」

「むしろ戦うことを求められるでしょう。上層部からは常備薬を絶やすことのないようにとの指示が出ていますから。…あれは、どうやら薬品の効果を維持させ、滋養強壮にも意味があるもののようです」


決意に満ちた瞳で、アインはナタルを見上げた。僅かに悲しそうな顔で見つめ返された真意は分からないが、アインを思ってくれていることは伝わって、出来るかぎりの笑顔を返した。

他の誰にも真似の出来ないことだ。「強化人間」であるアインだからこそ出来る戦いがあるはず。そう思うこと、思い込むことでアインは泣くこともなく、ナタルにお礼を言うと普段どこで何をすべきなのかを問うた。


「でもバジルール少尉」

「何でしょうか」

「同じ階級なのですし、あたしの方がはるかに…いえあっても10歳無いでしょうけど…子供に敬語を使うのはやめてください。なんだか今後は込み入ったお話もすることになりそうですし」

「……ああ、そうしよう。よろしく、アイン」


微笑んだナタルの笑顔はやはりきれいだと思った。







微修正。掲載 2019/02/09 今昔



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