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目を開けると、視界に無機質な灰水色の天井と明かりが視界に入り、眩しくて目を細めた。
「アイン、気が付いたのね」
覗き込んできたミリアリアの顔は、逆光でよく見えないが安堵の表情であることはわかる。どうやら自分があの後気を失ったということは分かって、ミリアリアの表情にも納得がいった。
確か、キラがコーディネイターだと周囲にバラされたあたりまでは記憶がある。自分の身体能力について考えが至ったあたりから、どうも記憶が曖昧だ。
「あたし…気を失ってた?」
「ええ。大人たちのいうには…その…」
「無理して言わなくていいよ」
視界のはし、ミリアリアの後ろからキラが顔を覗かせた。どうやら二段ベットの上段に寝かせられているようだ。
「言いにくいなら、僕が言うから」
「わかった。ごめんね」
ミリアリアは大人しく下へ降りていく。アインも二段ベッドからどうにかこうにか降りていくことに成功して、キラと向かい合うようにベッドの下段に腰掛けた。
「落ち着いて聞いてね」
「話の内容による。正直、あんまり思考をフル回転したくないくらい、頭痛い」
そう返せば、また泣きそうな顔をされ、慌てて続けた。
「でも大丈夫よ。何を聞いても驚かないから」
「…さっき君が倒れた後、この艦の医務室で簡単な検査をしたんだ。」
意を決したようにキラは続ける。あぁあまり良い話ではないんだなと、アインはなんとなく感じて、続きを促すように頷いた。
「君の体からは、普通の人間が持っていない物質がたくさん発見された。脳の伝達物質を中心に、アインの肉体はナチュラルでは考えられないくらいの性能が出せるみたい。」
自分の顔が歪んでいくのが判る。知らぬ間に薬漬けと言われても、持病の薬と言われ飲み続けているあの薬くらいしか思いつかない。
「でも、根本的に遺伝子には操作された痕が無くて、コーディネイターである確率も低い。」
「トールが頑張って盗み聞きしてきてくれたんだ」
横からサイの申し訳なさそうな声が合いの手に入った。見ればこちらを疑うというよりも、気遣うような目を向けられる。
「だから、君はコーディネイターじゃない。でも普通のナチュラルでもないんだって」
「サイ…勉学の得意なあなたが言うなら…本当なんでしょうね…」
天井を見つめる。
別に勘づいていなかったわけではない。認めたく、なかっただけだ。父親や姉、家の使用人たちに疎ましがられるのが嫌だった。
能力が異常に高いことには気づいていて、それでも黒髪と黒目のお陰で周囲はナチュラルと疑わなかった。けれどどうしても、その能力が抜きん出ていることは隠しきれなくて、いっときは自分がコーディネイターなのでないかと悩んだこともある。
だが、オーブで育ったためかコーディネイターを単純に悪いものだと考える事もできずに、不安定な悩みとも呼べない考え事を長年抱えていた。
こっそりこの悩みを打ち明けたのは、このカトウゼミのメンバーだけだ。キラがコーディネイターだと知ったときのように、皆は気にするなといってくれた。アインはアインなのだからと。
「それから、これを、バジルールさんが」
ミリアリアに手渡されたのは小さな携帯電話サイズの箱だった。ベルベットのような上品な素材のそれは、アクセサリーケースのようでもある。
「何?これ?」
手にとって開いてみる。
「なんだか、必ず着けるようにって言ってたわ。軍からの支給品だそうよ」
中には、八分音符を模した銀色のイヤーフックが入っていた。ピアスホールは開けていないので、耳にかけられるタイプだったのはありがたい。だが、
「どうして必ずつけなくちゃいけないのかな?」
「さあ?」
「でも、言う事きいといたほうがいいんじゃねえの?」
それもそうかと納得し、素直に両耳につける。それなりの大きさがある八分音符は、心地よい程度の重みを感じる。
「似合うね」
「ありがとう、キラ」
「それから、これも。」
そういって、下りたアインにミリアリアが差し出したのは大きな紙袋だった。それなりの重さがある袋を開いてみると、薄桃色の布が見える。
「これは?」
「なんだか…軍服みたいよ…?」
「「「軍服ぅ!?」」」
男性陣がみごと同時に言った。
受け取って中を覗いてみれば、確かに薄桃色のジャケットと、軍指定のものであろう靴も入っている。
「……」
気まずい沈黙が流れる。バジルールはアインを軍人として扱いたいのだろうか。ナチュラルなのかわからない自分を?脳裏に、この艦に着いたときに受けたバジルールと一人の男性からの視線の記憶がよぎる。
確かにグリフェプタンの指紋認証と網膜認証を通り抜けてみせたアインは、確実に制作側の人間だとバレているだろう。となれば、軍属の扱いとしてしまう方が、大人たちとしては都合が良いのかもしれあい。
「……あたし、着替えてくるね」
ちょっと、と止めるミリアリアを気にも留めず、廊下の向かいにあった仮眠室に入り扉をしめ、テキパキと着替える。紙袋に入っていたのはジャケットと靴、薄い黒いミニスカート。それからパスケースに入れられた顔写真入りのカードだった。名前と共に数字の羅列と階級が記されている。
「これは…地球軍のIDカード?」
階級は少尉と示されていて、確かバジルールもそう呼ばれていたなと思いだした。
「バジルールさんと同じ階級じゃないの」
IDカードを咥えて、軍服に着替える。サイズを測られたわけでもないのに、ウエストもバストもぴったりだ。
「さて、じゃあ……これを支給してくれたバジルールさんに会いにいきましょうか…」
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