<あなたに頼るしか無いと言いながらも、全てを伝えることも出来ない私をどうか許して欲しい…>
【Chapter.02 きっと明日がやってくる】
アークスの修了試験から、もうすぐ一週間が過ぎようとしていた。
ウィンウィン…
通信機が軽い音をたてて受信を知らせる。
『早苗ちゃん、あなたがナベリウスで保護された女性が目を覚ましたわ。一度メディカルセンターに来てもらえないかしら?』
早苗は了解の返事をして通信を切ると、もぞもぞとベッドの中で蠢いた。先日の試験では想定外のダーカー出現と例年に比べて少なすぎる合格者、そして人命救助なんてハードなことをしたせいか、ちっとも疲れがとれていない。
アークス1人に1部屋支給されているルームは合格決定と同時にいくつかのパターンから選択させられ、正直寝れれば良いと思って選んだ。
たしか、ベーシックテーマ。
一番シンプルなデザインから一番落ち着いた茶色系の暖色の色合いを選んだが、起床して改めて見回しても、案外悪くないデザインだった。確かお金を貯めれば部屋を増やしたりデザインを変更したり出来るらしい。いつか試してみよう。
インスタントの味噌汁を作るためお湯を沸かし、その間に支給された洋服に着替える。早苗の選んだネイバークォーツはわりと露出が多い方だ。他にこれを選んでる人が意外と少なく、ちょっぴり後悔はしている。翔のように無難に一番人気のものを選べばよかっただろうか…?
"朝はあっさりアサリ味噌スープ"なる味噌汁を飲み、(ちなみに出汁がアサリなだけで具はネギのみだった)早苗はやけにコツコツ言う靴だなと思いながらメディカルセンターへ向かった。
アークス船団はいくつかの大型艦からなっており、今早苗たちが生活しているのはアークスの戦闘員のシップだ。とはいえ、きちんと一般の方の居住区もあり、海や山、ショッピングモールも存在している。ようは軍に守られたコロニーだ。
「おっはよぅ!早苗、早いね!」
「あぁ、渋谷さん、おはよう」
「あーもう、友千香で良いってば!」
赤い髪の毛が綺麗な女の子。先日の合格者の中で自分と二人だけの女の子。渋谷友千香という彼女は戦闘員らしくサバサバしたお姉さんな感じの女の子だ。
メディカルセンターに向かうことを伝えると一緒に来ると言い始めたので先日保護した少女のことを話しつつ、メディカルセンターと向かった。居住区から少し離れたところに、ゲートエリアとショップエリアがあり、ゲートエリアは任務に向かうためのキャンプシップへ移動する場所、そしてショップエリアはアイテムの購入や武器職人の居るエリアだ。メディカルセンターはそのゲートエリアにある。
「その、女の子が目を覚ましたわけね。アークス就任早々、大変ねーっていうか、でもそれはそれで充実したスタートで良いんじゃない?」
「それはそうだけど…あぁ、あとこの先基本的にマンツーマン制度でしょ?その相手も決めなくちゃだから大変だよ」
「そうね、シャイニング早乙女も、『女の子だけは心配なので〜男の子と組んでくだぁい』とか言い出したし…とほほって感じよねー」
他愛も無い話をしながらエレベーターで艦体の階層を下へ下りていく。ゲートエリアの扉が開くとそのすぐ左手がメディカルセンターだ。
「あ、早苗ちゃん、トモちゃん!こっちよー!」
長い綺麗なピンクの髪に、淡いピンクナース服を着込んだ看護師が大きく手を振った。友千香はそれに答えるように手を振って先にかけ出してしまう。まったくもう、と思いながら追いかければナースの後ろから先日の少女が現れた。
「あ…早苗さん…」
「あら?早苗ちゃん、名前教えたの?」
小首をかしげる仕草が可愛らしいのは流石というか、彼女…もとい彼はメディカルセンターのナースで月宮林檎。れっきとした男性である。自分より女子力が高いせいか純粋に女の先輩という感じだ。
「知り合いって風でもないし、ねぇ、アタシにあなたのこと聞かせてくれる?」
少女は林檎に顔を覗きこまれてびっくりしたのか、早苗の後ろへと逃げこんできた。女装した男性から逃げたというよりも、純粋に驚いたようだ。メディカルセンターのカウンターの中にいるナースが林檎は可愛いけどねー男だからねーと笑っている。
「あららー林檎ちゃん、嫌われた?」
「トモちゃん酷い…にしても、この月宮林檎から逃げるとはーもぅ、プンプンっ」
「林檎さんも友千香も落ち着いてってば。で、私は白崎早苗。あなたの名前、教えてくれる?」
「春歌…」
「春歌ね、了解!それじゃ、あなたの故郷は?あの惑星で倒れていた理由って分かる?」
「あ、あの…その……わからない、です」
春歌はオドオドとするばかりで、結局名前以外が分からない。その状態で林檎は名前と生体反応から、アークスの名簿と照らし合わせ、彼女の身の上を探そうとするが分からなかった。
「ナベリウスの民族よりも生体反応はむしろアークスに近いのに、どうしてかしら?記憶がないんじゃ、ハルちゃんも困っちゃうし」
「取り敢えず、林檎ちゃんが保護しててよ。アタシたちも任務の合間に記憶を取り戻すヒントになりそうなもの、頑張って集めてみるからさ、主に早苗が」
「おい友千香、お前も手伝え」
「お困りのようだね、レディたち」
早苗は自分の右肩に重みを感じて、思わずその原因を左足で蹴りあげた。それはあっさりと防がれ足首を掴まれ、なるものかと右足の膝で相手の顎を狙う。それもギリギリで防がれ、よくよく相手の顔をみてみれば、
「神宮寺さん、どうしてここに?」
「レディが困っているんだ、愛の伝道師たるこの神宮寺レンが放っておくはずがないだろう?」
オレンジ色の男性にしては長い髪の毛と切れ長で色っぽい目、何よりも特徴的で華がある声が印象に残っていた。神宮寺レン。アークス上層部に顔が利くほどの大財閥。神宮寺家の三男のはずだ。
実習の時に何度かペアになったことがある。チャラいけれど結構強くて頼れる人だ。
「生憎と愛情には困ってないので他行って下さい。ていうか、足、いい加減離して下さい」
「失礼、レディに蹴りを入れられるなんて貴重な経験をしたもんだから、つい、ドキッとして手も目も離せなくなってしまったのさ」
「実習でいやというほど蹴ったと思うんだけど?」
その臭いセリフはどこから湧いてくるんだ。あんたはどこの乙女ゲームのキャラですか。早苗は内心でボロクソにツッコミを入れて満足すると、開放された左足首を撫でてみた。痛みはないし、ちょっと無理はしたが大丈夫だろう。
「で、林檎さん。こちらのレディは?シップじゃ見ない顔だね」
お前の頭にはシップ内全女性の顔がインプットされているのか。早苗は「もちろんさ」と返事されるのが嫌で聞かずにおいた。
ひと通りの事情を聞き終えると、神宮寺は手を顎にあてて考える仕草をとり、すぐに閃いたというように、楽しそうな調子でしゃべりだした。
「やっぱり思い出深いものを見せるのが一番だろう?だったらオレとレディとでナベリウスの素材集めに行こう。」
「例えばどんな?」
「アギニスの羽を集めて髪飾りにするのもいいだろうし、あそこには綺麗な花も多いからミニブーケを作るのもステキだね」
もっとも、レディと一緒なら何をしたって素敵だけどと言わせない為に早苗はヒールで神宮寺の足を踏みつけた。
「っっつ…レディは随分とお転婆だね」
本気で痛がっているが知ったこっちゃない。
「そうね、それ以外にやれることも無いしやってみたらいいんじゃない?」
「え、友千香なに他人事みたいな!」
「アタシこの後1つ仕事あるんだよねー」
つまりはこの御曹司と二人でナベリウスに行くのか。ちょっぴり重たい気持ちで早苗はレンをひっぱってクエストカウンターでナベリウスの原生種生態調査の任務を受けると、そのままキャンプシップにレンを放り込んだ。
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