【序章3.私の噂…?】

「ねぇ、あれだよ早苗って子…」

「うっそぉ、あんなのが?」

「マジえりえなくない?」


あり得ないのは君たちであるし、何よりもあり得ないなんて事象は無い。白崎早苗はその日、というかここ1ヶ月ほど毎日のようにコソコソと陰口を叩かれ、氷系統の魔法で足元を凍りつかせられて遅刻したり。全く散々な日々を過ごしていた。
しかも原因が「一ノ瀬トキヤと付き合っている」という噂のせいなのだからたまったものではない。恋愛とかしてる場合じゃないだろう、君たち。本気でアークスになりたいのなら本気で勉強しろよ、私より成績下位なんだぞ。
そう言ってやりたいものの、


(流石に…冷たい…)


また氷の魔法で壁にくっつけられ、挙句口元まで氷で覆われているためにそんな悪態もつけやしない。最も、口が空いたところで相手を罵ったりはしないし、そんな無駄な労力を使いたくもない。そもそも連中も嫌いな相手にこんな労力を費やして、骨折り損とか思わないのだろうか?
そして運悪く指導員も通りかからず、目の前を通り過ぎる生徒たちも、共犯者かその連中を怖がって手を出せない生徒のどちらかだ。


(せめてトキヤが来てくれればなぁ…)

「レディ、今、イッチーのことを考えていたのかい?」

(出た、歩くわいせつ物)


瞬間、風を切る音とともに、少し床から浮いていた体が氷から開放されて地面へとついた。急激に足にかかった体重にたたらを踏むと、目の前にいた青年がしっかりと抱きとめてくれた。


「助けるのが遅くなってごめんね、レディ」

「頼んでないわよ。でもありがとう。助かった」


目の前のオレンジ色の髪の毛をした青年はふっと笑うと"姫の為に尽くすのが、オレの幸せだからね"と背景に薔薇が飛びそうな勢いで言う。背後の女子生徒がキャァキャァと黄色い歓声をあげている。じきに、今度はコイツ、神宮寺レンのせいで同じ目に遭いそうだが、逆にコイツなら守ってくれたりするのかなと思ってしまった自分が辛い。


「さて、蘭ちゃんが呼んでこいって言ってるんだ。」

「黒崎先輩?了解」


珍しく少し強引なレンに頷いて後を付いていく。
彼は大財閥「神宮寺家」の三男で、イケメンでツヤのあるいい声で、物腰柔らかで、女性の扱いが上手い。隣のクラスの友人である。以前各クラスの成績上位者で集まった際に、偶然同じチームになったのだ。

レンはそのまま地下の空き教室へと入っていく。ここで指導員の黒崎が待っているのかと思いきや、中に居たのはトキヤだった。
こちらの姿を認めると、トキヤはいつもの仏頂面に似合わぬ焦った顔で駆け寄ってきて、両手を肩において顔を覗きこんできた。


「すみません、本来であれば私が助けに行くべきなのですが、それでは火種を大きくしてしまうと、レンが…」

「イッチーがずっと心配していてね、でも元はと言えばイッチーとの関係が噂になっての虐めだろう?そこで、オレが出動したのさ」


なんとなく事情は飲み込めた。自分が助けに行って余計に事が大きくならないようにトキヤも気を使ってくれていたのだ。


「二人共ありがとう」


そう言うと、泣きそうな顔になったトキヤがギュギュっと抱きしめてきた。耳元でもごもごと「貴女に怪我が無くて何よりです」と言われる。

こんなにデレているトキヤを見るのは初めてで、ちょっと困惑しながらも、トキヤの頭をポンポンと撫でてみた。するとレンが早苗の頭をポンポンと撫でてきて。

自分よりはるかに背の高い二人に見守られながらも、虐めなんかに負けちゃいけないなと決意した。まぁ、これが虐めと気づいたのは今さっきのレンのセリフだけれど。
もうすぐ始まる修了試験に、気合が入った日だった。



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