アークスの第7船団ギョーフ。文化会館はアリーナもスタンドも満席で、メインキャストである蘭丸の人気と先日からDL販売されているユニットの注目度を物語っている。

熱気のせいで会場内はぼんやりと白く見える。舞台袖から覗いた客席の盛り上がりように早苗はちょっとだけドキドキで壊れそうになる心臓を服をぎゅっと掴んで落ち着かせようと試みるも失敗に終わる。


「ああああー怖くなってきた…だってあのアイドル蘭丸と同じ舞台とか…ファンの子に殺される!!!」

「ちょっとは落ち着け。テメーらとちったらぶっ飛ばす。このオレが伴奏なんだぞ、絶対に成功させろ。前座だからって手を抜くな。」

「蘭丸、プレッシャー与えてどうするの」


黒地にそれぞれのイメージカラーが入ったお揃いの衣装に身を包み、愛用のベースを持った蘭丸は、そのままセリで登場するために舞台裏へといってしまう。早苗と藍はそれぞれがギターの担当で、左右の花道にセリで登場予定だ。藍も頭にぽんと手を載せて、すぐに自分の登場場所へと行ってしまった。


高らかに、ベースの前奏が鳴り響いた。


『シャイニング・アークス事務所プレゼンツ、蘭丸単独ツアーの開幕だ!』


蘭丸のMCの後直ぐにスピーディーでスタイリッシュな前奏が始まる。


「それでは早苗さんいきますよー」


自分のセリがあがる。


『轟け!!宇宙が終わるその日まで!!』


バッキングだけのアレンジで簡単にしてもらった譜面を演奏しながら、藍と掛け合いでの歌パートが始まる。二人の耳元で揺れるイヤリングは、眩しくきらめいた。

性別不詳と噂される二人の歌に、会場を埋めるサイリウムの光がリズミカルに上下する。バンド演奏を聞くためのイヤホンとは逆側につけた実況用のイヤホンから、ラボの博士の通信が時折入っては現状をつたえてくる。


『二人共、良い感じだよ。各地でダーカーが出現。暴走した個体については来栖くんや那月くん…じゃない、砂月くんたちが片付けているよ』


ラボの博士たちが発案したこの"文化会館"を使った装置は、フォースやテクター、魔法使いたちが自分の声に魔力を乗せて魔法を使うためのもので、例え魔法力が低くとも歌唱力でカバーが出来る優れものだ。

そして何より、会場の外や各地にこの歌の魔法は響き渡り、音に反応して出現したダーカーたちを早苗の精神の支配下に置いていく。最終的には"早苗"という頂点にたつ女王とその手足になるのだ。


『あとはアウトロの振り付けだけだね、お疲れ様。藍も早苗ちゃんも上出来だよ。この周辺宙域のダーカーは全て大人しくなっている。』


前座の一曲が、幕を閉じた。






 * * * *






アークス船団から遥かに遠い宇宙の一角で、廃棄された戦艦やコロニーの破片、つまりは宇宙ゴミが集まって出来た星が存在する。そこには当然人類は住んでいない。

ある程度の質量になっているその宇宙ゴミの惑星は、何処かの戦艦が残した重力操作系の推力調整装置によって重力が発生し、最近ではゴミを分解したダーカーのお陰で土ができ空ができ、ついには天候まで発生しだした。
それらの現象をまとめてラボに送ると、もはや1つの生態系だなと博士の楽しそうなメールが帰って来て、こちらも目が離せないよと返事を打つ。


「あいー、どこー」


よくファンタジーにあるような悪者の住む廃墟のような城、というか廃屋の中に、今は恋人や夫婦という枠組みを超えた存在の声が響く。なんといっても他の人間たちの社会体制とは別次元にいるのだから、当然そんな婚姻だなんだという煩わしい縛りは存在しない。好きだから好き。愛しているとお互いが思えば、それはもう人生の伴侶だ。


「あ、見つけた。」


藍が自分の部屋に使っている空間に、早苗が入り込んでくる。その瞳はダーカーの汚染を受けながら全てのダーカーと精神を共有しているために、綺麗な澄んだ猩々緋色に染まっている。
あの後、予定されていた全ての船でコンサートを終えると、予定通りにダーカーたちの意識と早苗の意識は結合され、彼女が命令しさえすれば彼等は意のままに働くが、基本的には自由にさせているようだ。


「どうしたの、まだ食事時でもないのに」

「会いたくなって来た」


しょうが無いなと笑って歩み寄ってきた早苗を抱きしめると、そのまま抱き上げて二人でソファに倒れこむ。会いたかったなんて可愛いことを言われてしまえば、存分に甘やかしたくなってしまうのに、そんな心情も知らずにこんなセリフを言ってのける彼女が本当に愛おしい。

首筋に顔をうずめて吸い付き、軽いリップ音を立てて離せば綺麗に赤い痕がつく。二人でこの惑星にきてから、一日に何回つけているかわからないそれも、彼女の異様に向上している回復力で次の夜にはほぼ消えてしまう。
そんな消えていく痕がゼロにならないほどには付けているだろうなと、藍は自嘲気味に微笑んで今度はもっと下の、胸の膨らみ始めた部分に吸い付く。

そうしてじゃれついている時に、愛おしそうに頭を撫でられるのが最近のお気に入りだ。そして浮かれる心を早苗にも伝えるために、胸の頂きから首筋までを舐め上げるのだ。


「ちょっと…藍…」

「何?今お楽しみの最中なんだけど」

「"食事時"にはまだ早いって言ったの藍でしょ?」


真っ赤になりながら言い返してくる赤い唇が可愛らしくて、今度はその唇を舐めて吸って、そして深く口づけていく。苦しげに潤んだ瞳と上気した頬は本当に愛おしくて、片時も手元から離したくない。


「割りとボク"食欲旺盛"だから、覚悟してもらわないと困るな」

「…その顔、意地悪い笑顔ってやつだよ、藍」

「イジワルされるのは嫌い?」

「藍に限り許す」


左手を早苗の右手に絡めて深くキスをして、右手で彼女の体を撫でて、ほら、今日もまた。たっぷりの愛情をつたえるんだ。


「ん、藍大好き」

「返事は言葉じゃなくて行動で示すから」

「ば、ばかっ」




EPILOGUE - 「Darkness Dearest」 END







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