「ままー」
「こら!テツヤ様!陛下はまだご公務の最中ですっ」
「あら、涼太、ご苦労様」
「あああっ陛下!申し訳ございません!直ぐに別室にお連れいたしますので…」
執務室に置かれたシンプルな机と椅子に、ローブを身にまとった女性が書類を片付けている、というよくある光景だというのにそれでもトキヤはトキメキを抑えられなかった。
綺麗に結われたその髪を見つめていたいとも、ベッドの上で崩してしまいたいとも思う。凛とすました顔をこのまま眺めていたいし、真っ赤に染めてしまいたいとも思う。
ただ仕事を、彼女の机のわきに置かれたソファセットで眺めるだけなのに、どうしてこんなにも心が穏やかになっていくのだろうか。いつも不思議で仕方がない。
「ぱぱーだっこー」
「良いですよ、こちらへいらっしゃい、テツヤ」
水色の髪の毛をさわさわと揺らし駆け寄ってくる我が子はつい先日3歳になった。息子の教育係にとつけた涼太にもよく懐いているし、賢く可愛らしい。
ダーカーしか居なかったこの世界で、ほんの数年で彼等は進化をとげた。もはや自分たちと同じ人間にしか見えないダーカーが多くなってきており、以前のような虫は殆ど存在していないのだ。
「ミューザは私たちに子供は出来ないと言っていましたが…。あなたが生まれてきてくれて私は幸せですよ、テツヤ」
「ぱぱ、うれしい?」
「ママも嬉しいですよ」
書類の確認を終えたらしい早苗が寄ってくると、テツヤはすぐにそちらへ向かってしまい、母というのは特別な存在であるらしいと認識させられる。
テツヤを抱き上げた早苗を、テツヤごと抱きしめてそっと耳元に言う。
「さて、今夜は久々に、二人で寝れそうですね」
「え…あ、あの…トキヤ…?」
ぽっと染まった頬が苦しい程に愛おしく、その耳を甘咬みしてやれば、更に恥じらう様子を見せて意味のない言葉を紡いでいる。
「ぱぱー!ままをとっちゃダメー!」
「いいえ、テツヤ、ママは何年も前からパパのものです」
苦笑いして「私は二人のものですよ」なんて可愛いことを言った早苗を宣言通り、テツヤを寝かしつけて実質二人になった自室で抱きしめる。
ベッドの上に腰掛けて後ろからそっと彼女を抱きしめ、その肩に顎を乗せる。これがこの世でもっとも落ち着く姿勢だと最近気づいてしまった。
女王として夜も公務にあたることがある彼女とは、なかなか寝床を共に出来ない。それも国が発展している証拠なのでなんとも言えないが、寂しいものは寂しい。
老いない、ということはあの術式を使った時のまま、トキヤの体は20歳前後のままだ。女性を、否、彼女を欲する気持ちはあるし、何よりも大切にしていることを伝えたい。
「早苗、嫌でなければ一緒にお風呂なんてどうですか?」
「それは恥ずかしいので無理っ!それにもうお風呂入ったし!」
首元を緩めてそわそわと、緩く早苗の首筋を舐め上げるとその弱い刺激がもどかしいのか、少しだけ声をあげて身を固くする。いつもこうして恥じらい照れて、それでも自分に甘えてくれる。白いのに中々染まらない、そんな彼女を自分の色に染め上げるのが堪らなく心地良いのだ。
留め具を外した胸元から、そっと手を入れようとした時、
「んんー……ままぁ?」
起きだしたらしいテツヤが隣の小さなベッドで早苗を呼び、彼女もそれに答えて行ってしまう。眠れないとぐずるテツヤを抱き上げてベッドに戻った彼女は
「たまにはパパと3人で寝ましょうか」
「うんー!」
二人の間に彼を寝かせると、トキヤの腕をひいて一緒に寝転ばせ、間に眠る息子の上で手を繋いだ。嬉しそうな目と、まっすぐに視線が交わる。
「トキヤ、私ね、あなたと一緒に居られて凄く嬉しい。」
「突然ですね。どうしました?」
「トキヤとの子供が出来て、リョータくんやダイキくんとか頼もしい仲間がいて、何より頼りになる大好きなトキヤがずっと一緒に居てくれる。死ねないとかっていうのは、今はあまり気にならないくらい」
「そうですね…死なないということは子孫を残す必要が無い生物です。私も、貴女との子供が出来て驚くと同時にとても嬉しかったのを覚えています」
「だから、これからも。ずっと一緒に居てね、トキヤ」
「その言葉、後悔するまで側に居ますよ、早苗」
老いれない。死ねない。それは人によって酷く辛い呪いのようにも感じることだろう。
けれど、今の自分には、守るべき民達と愛しい家族が居る。これを永久に守っていくことこそが、使命だと思えるのだ。そうだ、ダーカーからこの宮殿に仕えている涼太にも、そろそろ嫁を探さなくては。
いつか、春歌の宇宙も、早苗の宇宙も。生きるもの全てが幸せになれますように。
そんな願いと共に、トキヤは早苗の手をしっかりと握ったまま、眠りについた。
EPILOGUE - 「紫晶の想い」 END
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