懐かしいローブに身を包み、これまた見慣れた懐かしいマントがついた細身の戦闘服の近衛を連れて。早苗は神殿へと向かっていた。
後ろには着いてくると言って聞かなかった春歌と、同じ様に過去の記憶を取り戻した音也が、自分たち以上に辛そうな顔をして歩いている。
神殿にある巫女の遺体の前まで来た4人は、その巫女の繭を見てまた固まる。何度見ても、過去の大惨事が脳内に蘇っては心の傷を抉っていく。
「早苗、やっぱり私も一緒に行きます」
「だめー!」
泣きそうな春歌は林檎に貰ったらしいアークスの戦闘服の裾をモジモジと弄り、泣きそうな顔でうつむいている。
「魂を器にするなら二人で十分だし、それにトキヤとずっと一緒に居られるっていうのは、どんなに一十木と春歌がラブラブでも譲れませんねぇ」
わざと明るく言っているのはバレバレだとは思うが、音也も春歌もしっかり笑って「それなら仕方ない」と言ってくれた。
「音也、万が一のことがあった時には巫女様のことをお願いしますよ」
「任せてよ!春歌のことは絶対に守ってみせるから、トキヤは陛下をよろしくね」
「言われずとも、永久にお仕えする…いえ、永遠に隣に居ますよ」
それだけ言うと、音也と春歌は「またね」と言い残して神殿の外へと出ていった。
「『またね』、だってさ」
「えぇ…恐らく、私たちは"どこにでも居るけれど、どこにも居ない"存在になります」
「そうだね。……はじめようか。天を我が父と成し、地を我が母となす。六合の中に在り、南斗、北斗、三台、玉女。左青龍、右白虎、前朱雀、後玄武。扶翼、急々如律令!!」
二人の周囲のフォトンが感応しはじめ、神殿の床に描かれた魔法陣が、神殿全体に掘られた彫刻の溝を伝って、神殿の全てが輝いていく。
トキヤが早苗の左手を突如持ち上げた。
「本当は、もっとしっかりやりたいと、昨日伝えたばかりですが…」
薬指に、シンプルな指輪がはめられる。
「病める時も健やかなる時も、貴女に愛を誓います。」
「トキヤ…」
無言で手渡された指輪を、彼の左薬指にはめてそっとくちづける。
「喜び、悲しみ、そして食べ物を分かち合い、ともに土を、二人の人生を楽しみながら耕していくことをここに誓います」
「神聖なる我らがミューザに誓って…」
術式が発動した。
春歌と音也は神殿が光り出したことを確認して、安全な距離まで離れた。ここから術式の完成を見届ける手はずになっている。次第に光は大きくなり、その光に釣られるようにして大量のダーカーが神殿へと群がりはじめた。神殿に触れたダーカーは一瞬で黒い霧になり、そのまま神殿に吸収されていく。
「すごい…陛下もトキヤも…。」
「お別れ、ですね。」
「寂しい?」
繋いでいた手に力が込められ、春歌もそれに答えるように握り返した。
「だって、早苗は親友です。いくら早苗が大切な人と一緒だからと言っても、それでも…寂しいものは寂しいです」
「俺たちは、こっちの世界を。"不幸"が残った世界を守らなくっちゃ。確かに陛下やトキヤに会えないのは寂しいけど、やらなくちゃいけないこと、あるから」
「…音也くんと一緒なら大丈夫です。」
最後の1匹が霧になる頃には、神殿は黒い繭に包まれたように、ただの球体になっていた。それは徐々に小さくなり、神殿の中へ消えていく。
そして次の瞬間、神殿は白い光に包まれた。
---- あぁ、早苗、よく戻りましたね
あなたは…ミューザ…
---- はい。貴女とその伴侶の魂を引換に、全ての魔物たちは別の宇宙へと転送されました。
…良かった。
---- その宇宙も、野放しにするわけにはいきません。
私が、私達がその宇宙を統治します。
---- 死ぬことも、子を成すことも出来なくなりますよ
構いません。そこにトキヤが居るのなら。
---- ありがとう、早苗。宇宙の救世主よ。貴方とトキヤ、そして春歌の名前は永遠に語り継がれるでしょう…
_
_