【EPILOGUE - 「紫晶の想い」】



早苗は次の日、ショップエリアのカフェで本を読みながら人を待っていた。大事な話と言われてしまい、緊張して20分も早く着いて、入店したのは5分前だ。

チリン

扉についた鈴が可愛らしく音を立てると、待ち人であったトキヤが入ってきた。直ぐにこちらを見つけると嬉しそうに微笑んで向かいの席に座る。


「お待たせしてしまいました」

「気にしないで、私が早くついただけだから」


もう一度謝罪を口にして、ソワソワと落ち着かない様子にトキヤに、早苗は「話って?」と先を促した。


「今まで、今世に生まれてからも、ずっと思っていました。私は、やはり貴女を大切に思っています。今日一日、私に時間を下さい。封印のことも、私の思いも、全て片付けて見せます。」




初めて、男性と二人っきりで映画を見に行って、行ってみたいと騒いで早乙女キングダムというアークス総帥が運営する遊園地へ行き、そして最後には綺麗な夜景を見ましょうと、二人は景色の良い丘の上へやってきた。

時計台のあるその丘は、所謂デートスポットというもので。
一緒に柵から眺める夜景はいつものアークスシップなのに、どうしてか「宝石箱をひっくり返したよう」だと、本当にそう見えてしまう。


「本当は、しっかりとやりたいのですが…」


そう言うと、トキヤはポケットから箱を取り出し、中に入っているアクセサリーを早苗に見せた。細いチェーンにハートが半分になったデザインのトップ、そこには赤い石がはまっていて…

驚いてトキヤを見上げると、彼は黒いYシャツのボタンをもう1つ緩め、自分の首に下げているそれを見せた。今早苗に見せた半分のハートの、残り半分に青い石がはまっている。


「これって、HAYATOがCMソング歌ってた…」

「これを、貴女に…つけさせてください」


細く切なげに言うと、トキヤは答えも聞かずにその赤い石のついたペンダントを早苗の首につけ、そのまま抱きしめた。今までに何回か抱き上げられたりはしたけれど、それとは比にならない程に強く、大切に。


「…まだ良いとも悪いとも言ってないし…」

「おや、早苗は断るつもりだったんですか?」


耳たぶを甘咬みしながら、吐息混じりに言われれば、早苗はただ小さく「ばか」と言いかえすしか出来ず、手持ち無沙汰だった両手をトキヤの背中に回した。
トキヤは驚いたようにすこし身動きすると、更に強く抱きしめてきて、何回も出会っていたのに、こうしてしっかり気持ちを伝えてこなかったことを後悔する。


「ごめんね、トキヤ。何回も気づかない振りして…」

「いいえ、そんな恥らう貴女も、可愛いですよ」

「ばか……でももっと、もっと早く、こうして居たかった。ずっと両想いだったのに。…あの時も、お腹にトキヤの子が居たのに」

「あれは正直驚きました。」


トキヤは少しだけ腕を緩めて早苗の額にキスをすると、満足したのかまた強く抱きしめる。離したくない、側に居たい、その積もりに積もった思いが、早苗をも、離れがたい気持ちにさせているのか、時間は遅いのに帰る気が起きなかった。


「トキヤ、今日は私の部屋に泊まろう!そうしよう!」

「随分と大胆ですね、そんなに愛されたいのですか?」

「いや、そういう意味じゃなくて…純粋に離れがたいだけですし……」

「どれだけ焦らされてると思っているのですか?貴女を愛したくてたまらないというのに…」


また耳を噛みながら言うトキヤにどうにも我慢が効かなくなり思いっきり抱きつくと、早苗は彼の頬にそっと唇を寄せた。
トキヤは嬉しそうに、そしてほんの少しだけイジワルそうに微笑むとそのまま自分の唇で早苗の唇をさらっていった。
暖かい唇と、舌とを合わせて絡めて。互いに互いを堪能し尽くすと、唇はそっと名残惜しそうに離れて。
ことんと、トキヤの額が早苗のそこにくっついた。


「愛しています。今までも、今も、これから先もずっと」

「…私も、最初からずっと、トキヤだけだよ」


トキヤは満足そうに頬へのキスをしてから、少しだけ離れて、早苗の目をすっと見つめた。何か大事なことを思っているその顔に、早苗も視線が外せないままに見つめる。


「あの時は、私たちもまだ未熟で…あれだけの命を使いながらも封印は失敗していました。ですから今度こそは、後世にこの問題を引き継がせないようにする必要があります」

「それは同意見。私たちが始末し損ねた問題だから、私たちでケリをつける」

「…もし、私が貴女に『老いることはない、死ぬことはない、他の誰とも関われない』。そんな存在になろうとしていると言ったら、貴女はどうしますか?」


嫌な予感が、頭の中を駆け巡った。"不老不死の、他と関われない存在"が何を示しているのか、理解したくは無いのに彼の覚悟が手に取るようにわかってしまうのは、自分と春歌もつい先日、同じ事をしようと考えたからだ。


「魂を使って、何をするつもり…?」


わかっていても、どうか違って欲しいと。問わずには居られなくて、早苗は泣きそうなのがバレないように必死で言葉を紡いだ。


「私の魂と引換に、ダーカーの全てを封印します。おそらく、その代償は貴女もよく知っているかと」

「輪廻転生の輪から外れる。…でもそれだけじゃない、ヘタしたら死ねなくなる。そんなことトキヤにさせたくない!そういうことは、私だけで十分だよ!」

「…愛しいと思う相手に、こんなことさせたくないと思うのは、私とて同じなのです。だから、『私がそうなるとしたら、貴女はどうしますか?』」






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