次の日、執務室で書類をこなしていると、巫女の近衛である真斗が駆け込んできた。普段は冷静で女王や巫女の近衛の中でトキヤと並んで落ち着いた彼のその様子に、早苗は胸騒ぎを隠しきれずに立ち上がって話を聞いた。


「ハルが…ハルが、自らの魂を生贄に、封印の儀式を執り行うと言って…」

「まって、真斗さん、春歌がまさかもう始めてしまったの?」


静かに頷いた真斗を見て、早苗はローブとマントを椅子にかけると、すぐさま春歌が居るはずの神殿へと駆けた。


真斗は神殿へたどり着いた瞬間、春歌の側へかけていき、そして春歌やその近衛である音也、那月、そして幾人かの街人と共に光に包まれた。後ろからドタバタと他の近衛や補佐官たちも駆けつけた。


「早苗、ごめんなさい、近衛の皆さんや街の皆さんまで巻き込んでしまって…」

「いいえ、巫女様!私達はこの国を救うため、巫女様にお供いたすのです!」

「女王陛下が統治する、平和なミューザの為に!!」

「我らは後悔などしませんぞ!!」


言った街人たちを一人ずつ抱きしめ、春歌は続けた。


「早苗、これで、国に蔓延る"不幸"は封じます。そうすれば、きっと龍族たちの凶暴化も止められるから」


隣に立った音也に抱きしめられながら、春歌は穏やかな顔で言った。早苗はようやく気づいた。そうか、春歌と音也は想い合っていたのか。

そんな気付きの後、光は消え、そして近衛や街人の姿も消え、残ったのは春歌の形をした綺麗な繭だけだった。


「蘭丸、ここに入った近衛とそして街の方々の名前、分かるかしら?」

「あぁ、全員分、把握してる」

「彼らのご家族に王宮へ来て頂く連絡を。それからカミュ、貴方はここに入った方々が今後の人生で手に入れるべき賃金を計算してご家族にお渡しする準備を。もちろん、謝罪も含めてね」

「「御意」」


駆け去った二人が見えなくなるころ、膝の力が抜けた。女王補佐官の嶺二がそっと支えにきてくれる。


「姫、部屋に戻れる?」


黙って首を横に振れば、嶺二はそのまま側に控えていた。いつの間にか何処かへ行っていたらしいトキヤが戻ってきて、方に厚手のストールを掛けてくれる。



それから1ヶ月ほどたち、あの夜以降、彼は毎晩通ってきて、そっと抱きしめて早苗を寝かしつけたり、まるで恋人や夫婦のような夜の触れ合いをしたり、ずっと、周囲の他の男性に悟られることなく、支えてくれていた。

おかげ様で早苗も公務に戻り、国民から届く巫女の死を悼む手紙に出来るだけ自筆で返し、"不幸"が撒き散らす事件の被害もほぼ無くなり、平和に戻るものと思っていた。


「早苗!!」


まだ勉強の時間では無いのに、藍が駆け込んできた。冷静な彼に似合わない必死な顔で、執務室の中に半身を入れて叫んだ。


「今直ぐ!王族用の避難場所へ!!シェルタへ急いで!!」

「何事?」

「魔物が…現れて…!!」

「アイミー、どいて」


藍を押しのけて入ってきたレンが、早苗を姫抱きして廊下を走りだした。


「レン、藍、何があったの?魔物?この王宮まで!?」

「信じられないかもしれないけどね、イッチーの隊が今王宮前で戦ってる。」


頭が真っ白になるかと思った。春歌たちが命をかけて封印したはずのものが、また別の形で現れてしまったと言うのだろうか。早苗はこちらへ走ってきた嶺二を捕まえると、


「国民は!?」

「王宮へと避難してきているものが多いですね。ただ受け入れ体勢が」

「そんな場合じゃないでしょう!!」


早苗はレンの腕から逃れると、ドレスの裾を割いてスリットを入れると、余計な装飾品を壁際の戸棚に置いてかけ出した。


「セシル!私のロッドを!イザベラは?…OK、無事ね、ここに来た国民のリストアップとけが人の治療の手配をお願い出来るかしら?」


メイドと執事に言付けし、ロッドを受け取ると、早苗は風の魔法で王宮の一番外側にある門の上へ移動した。
望遠の魔法で杖を望遠鏡に変えて街を見てみれば、各所に黒い煙があがり、耳を澄ませば逃げ惑う国民の声が聞こえる

下から目ざとく自分を見つけたトキヤが、血相を変えて見張り台へと登ってくる。それを無視して早苗は自分の喉に拡声の魔法をかけた。


「ミューザの民よ、聞いて!私は女王、早苗。王宮はこの緊急事態において、全国民を保護いたします。どうか、ここまで無事に、助けあって逃げてきて!自分だけでなく、どうか周りの人と一緒に!協力してここまで来てください!」


遠くで歓声が上がった。早苗は上がってきたトキヤに言いつける。


「国民が来るまでにそこの敵を排除しますよ。」

「まさか、姫が出られるのですか!?」

「当たり前よ。国民を守るのが私の仕事。玉座に座ってるだけなら他の美人に頼めばいいのよ」


早苗は言って、また風の魔法で地面へと降り立った。気づいた兵士たちが慌てて敵がこちらに群がらないよう配慮しはじめ、流石はトキヤに訓練されているだけあり、一人ひとりが優秀だ。


「ありがとう、一ノ瀬隊の皆さん、少し下がってちょうだい。」

「陛下!なりません、陛下を戦わせるなど!」


一番年若い、早苗よりもよっぽど年下の12歳前後の男の子が、必死に戦いながら声を張り上げてくれる。それだけで零れそうになる涙を堪えて、年配の兵士に男の子を下げるよう合図する。


「陛下を戦わせるのですか!?」

「知らな無いわけではないでしょう、シンジ。姫様は国内で一番強い魔法使いです」


後ろで諦めたように言うトキヤの声を聞きながら、早苗は自分が創りだした魔法を唱える。


「天を我が父と成し、地を我が母となす。六合の中に在り、南斗、北斗、三台、玉女。左青龍、右白虎、前朱雀、後玄武。扶翼、急々如律令!!」


その一撃だけで、門扉から見渡せるだけに居た魔物たちが一瞬で塵になって消えていった。その向こうから、国民たちが門扉へ走ってきた。

その後も魔物たちの勢いは止まらず、近衛たちの率いる軍隊も苦戦を強いられていた。時折早苗も戦場へ出て戦うものの、それでも尚、被害は甚大だった。
そこへ上がってきた報告に、玉座の上で早苗は頭をかかえた。


「トキヤ、レン、これは本当なの?」

「そう思ってオレもこの目で見に行ったよ」


レンが、悲しそうに顔を横に振った。


「……春歌は"不幸"を消したのでは無く、自分たちの中に取り込んでいたのね。まさかそれを苗床にされるとは…」


握った右手を手すりに叩きつける。うっすら滲んだ血が痛い。けれどきっと、傷ついた国民の方がとてもつらいから。女王の私は辛いと言ってはいけない。
痛み我慢して対策を考えていると、右手にそっと包帯が巻かれた。顔をあげると、真赤な髪の毛に勝気な目、そして愛くるしい顔をした、自分と春歌の幼馴染が居て、


「アンタ、また無茶してるでしょ?」

「友千香…」

「そりゃぁね、3人の中でアタシだけが気楽な身分になったから言えるけど、あんたは今詰めすぎよ。ちょっとはあんたが休まないと、一ノ瀬隊長や神宮寺さん、それに美風補佐官が休めないわよ」

「そうね…早く、休ませてあげないと…」

「そうそう、医務官の林檎先生や薫くんなんて目の下の隈酷いわよ?」


友千香の明るい声に、早苗の決心は、



ついた。





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