<お願い、世界を救いたいの。>


【Chapter.09 平和の標】


のどかで暖かい太陽光を浴びて育った庭園を見つめながら、早苗は午後のお茶を楽しんでいた。
帝王学に天文学、機械技術の勉強もマナーレッスンも全て終えて、この時間からはずっと自由時間になる。もちろん、自分に謁見を求める者が居たり、こなさなければならない書類があれば別だが。


「ふぅん、このお茶、自分でブレンドしたんだね」


アンティークなテーブルの向かいに座るのは、女王候補となって依頼ずっと自分の教育係をしてくれている藍だ。髪の毛のミント色が美味しそうだ。


「ピーチは可愛らしい甘さだけど、それよりもちょっと大人っぽいでしょ?」

「うん…悪くない」


悪くないが褒め言葉だと気づいたのは彼が教育係になってから半年後くらいだったはずだ。素直じゃないけれど、誰よりも長い時間自分の側に居て守ろうとしてくれるし、最近では寝泊まりする部屋も隣に、婿候補の一人にもなった。
そして、そろそろ毎日の日課が始まるはずだ。

庭に続くテラスから、可愛らしいオレンジ色の花を大量に持った背の高い男性が入ってきた。王宮の許可をとらずともこんなことが出来るのは、彼も婿候補の一人だからだ。


「ゴキゲンはいかがかな、姫。今日は勉強が早く片付いたみたいだね」

「いらっしゃい、レン。今日も素敵な花ね。」


近衛の一人で、政治の重役である一族の生まれ、レン。長男がお家をつぎ、次男は医療の最先端で働き、三男のレンは早苗の目に偶然止まり、こうして王宮に仕えるようになった。

そのせいか、誰よりも自分に対して贈り物やサプライズをしたがる。派手な、というか、綺麗な顔立ちをしているせいで王宮の女性にチヤホヤされ、今ではとんでもないプレイボーイに成長してしまったそうだ。


「あぁ、今日のバスタブも豪華なことになりそうだね。」

「薔薇も良いけれど、このお花も好きよ、レン。ありがとうございます」

「姫の喜ぶ顔が見たいんだ、御礼なんて言わないで」


ごん


と、花をメイドに預けたレンの後頭部に、大剣の腹がぶつかった。


「お勤めご苦労様、トキヤ。…もしかして、レンはまたサボってお花を?」

「ご歓談中失礼いたしました、姫。レンが何かご無礼を…?」


レンの後ろから現れた、紫の戦闘服に身を包んだ、レンとはまた違うタイプだが、とても顔立ちの整った青年は無表情に近いながらも困ったように聞いてきた。
彼も自分の、女王の近衛でその隊長。トキヤ。そして女王の花婿候補の一人。


「あら、トキヤは知らない?レンってば、毎日こうして私に花束を届けてくれるの」

「全く…こんな時だと言うのに、レン、貴方はもう少し危機感を…」

「こんな時だからだよ。レディが神殿に篭って祈りを捧げはじめて、一体何日経ったと思ってる?聖川なんて毎日真っ青な顔して帰ってくるんだぞ」


国を襲っている、不幸の嵐。それを取り払うために、巫女である春歌は2週間前から神殿に篭って神に祈っている。
この国を守護する女神、ミューザへの祈りは届いていないのだろうか。


「女王の歌で国民はどうにか平和な暮らしを保っているんだ。その女王に疲れた顔をさせないのも、オレたち近衛の仕事だろう?」


レンのうまい口に乗せられ、トキヤはすっと黙ってしまった。見かねて早苗が自分の隣に空いた席をポンポンと示すと、一瞬だけ、とても嬉しそうに笑うと律儀に挨拶をしてから席についた。
早苗が「いつもありがとうございます、ご苦労様」と思いながら入れたお茶を、これもまた幸せそうに香りを楽しみ、口にする。


「レンは私を気遣ってくれてるのよ、だから、一人だけ朝の訓練を3倍にするのは辞めてあげて?」

「おや、レン、まさかとは思いますが、姫に愚痴を?」

「イッチー誤解だよ、オレは言ってない」

「メイドさんたちがね、『レン様を虐めないようトキヤ隊長にお伝え下さい!』って、私に言いつけてくるのよ。ねー、イザベラ?」


早苗がニコニコと控えていたメイドに笑いかけると、イザベラと呼ばれた彼女は恥ずかしそうにうつむいた。


「あの…その、その節は大変失礼いたしました…」

「気にしないで、私もレンがお花を届けてくれるの、とっても楽しみなの」


そのまま、メイドのイザベラも交えて、好きな花、好きな紅茶、最近見つけた新しいカフェの話。楽しい時間はあっと言う間に過ぎて、レンからの花でお風呂を楽しんだ早苗は自分のベッドに横たわった。


寝室へは、自分が呼ばない限りメイドたちは入ってこない。もともとはメイドたちの方から、プライベートの空間は欲しいでしょうと気遣ってくれて出来たルールだ。とても感謝している。

女王と呼ばれる者には少し狭めの部屋には、趣味で集めた小説に、楽器、そして機械仕掛の人形などが飾られている。

そこに、小さくドアをノックする音がした。早苗がそっとストールを羽織って入るように言うと、先程のお茶会で別れた彼が立っていた。

花婿候補なのだから、こうして夜合いに来ることもあるが、その時の彼の目は、いつもよりも真剣で…………





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