ガコン


たった今、自分の足元で起きた音が、すぐ目の前で、さらにその前でと、連鎖して起きていく。
見れば、地面が割れて、地中から先程みた避雷針のような柱状の鉱物が自分を取り囲むように生えはじめ、早苗の身長の3倍くらいの高さまで伸びた。さらに、それら10本程の柱の中央、丁度早苗が立っているあたりに、オーケストラの指揮台のような大きさの石がせり出し、50cmくらいの高さまで上がり、そして止まった。

途中で気づいて振り向いていた男性3人も、ぽかんとこちらを見ている。中央の台座の上に乗せられてしまっている早苗は、居心地が悪くなり、そうっと降りようとすると、


「まって下さい」


呼ばれて止まると、トキヤがこちらに小走りにやってきた。直ぐ側まで来て早苗の手をとると、そのままその台座に座らせる。駆け寄ったレンと藍は、その少し後ろで止まると、周囲の柱の様子を伺いながら止まった。


「おそらく、これは遺跡です。大国家ミューザの時代の。」


言って、突然トキヤは早苗の前に跪き、早苗の右手を取ると薬指に口付けた。
驚いたのと、恥ずかしいのとで、まともな言葉が口にできない。


「と、トキヤ…?」

「我、契約の血に基づき、姫君の叡智を守護する"炎龍"と成る」


右手に吐息がかかる程近くで、トキヤが早苗の理解を超えた詠唱をしたと思うと、彼の体がほんのりと紫色の光を発し始めた。トキヤが両手で早苗の右手をそっと包むと、その光は彼の体から早苗の体へ移動し、背負った杖までいくと、ボロボロだった杖は淡い紫色でコーティングされ、まるで新品のように艶を取り戻した。
そして光はモチーフになる部分までもぞもぞと動いて、そこに留まったようだ。それは聖川家で見た文献の写真と同じもので。


「お守りいたします、姫」


トキヤはそう言うとすっと立ち上がり、早苗を優しい目で見下ろした。もともと、他の人よりも優しく接してくれているとは思っていたけれど、これは違う。いつもと同じ"優しさ"じゃない。

体が、脳が、心が。
警鐘を鳴らし出す。

思い出してはいけないと。
警鐘を鳴らし出す。

記憶に蓋をしろと、魂に蓋をしろと、
警鐘を鳴らし出す。


トキヤの両手が早苗の頬をそっと包み込んだ。


「思い出してください…」


その手から伝わる温もりが、自分の魂に張り付いた氷を溶かしてしまう。

駄目だ、今直ぐ手を、離させないと…
警鐘が、なっている。

心が、心臓が震えだしたような感覚が、襲う。


「その杖を持てる、と言うことは、もう覚醒はしているはずですよ。…私や、レンのように…」


早苗は、自分の体からまばゆい光が発せられたことだけは分かった。

その光は地面へ伝うと鉱物の表面に掘られていたらしい溝へ流れ込み、全ての柱が輝きだした。


---- 思い出して


またどこかで、声がした。


「この声は、誰?」


藍が驚いて周囲を見渡す。いつもは自分にだけ聞こえていたこの声も、今は他の人にも聞こえるらしい。


---- 思い出して、古の誓約を。


声が、語りはじめた。



 * * * * *



私は国の巫女でした。
私の国は太古より呪術と龍族との交流によって栄え、細く平和に生き抜いてきた種族でした。

国は政を行う女王と、術を扱う巫女とで治められ、赤、青、黄、紫、橙、桃の6人近衛、そして4人の女王補佐官が居りました。

ところがある日、龍族に流行病が出たのです。何の前触れもなく暴れだした同族に恐れをなした龍族たちは私たちに助けを求めました。

"龍族の暴走を止めてくれ、沈静化が叶わぬなら"

---- 死を持って償わせることも厭わない


彼らの暴走は、私が神に捧げた祈りによって、一時は収まりました。

けれども、また直ぐに暴れだす龍族、はては森林に住まう原生種や浮遊大陸の龍族、凍土に住む原生種、砂漠に住む機械の種族までもが、次々と狂ったように暴走を始めたのです。

私と女王は、人々に降り注いだ不幸が、生き物を凶暴化させると考えました。そこで私は自らの魂を使い、人々の不幸を全て自分と自分についてきてくれた近衛や街人の中に取込み、封じ込めました。

そこで私の命は終わり、国には一瞬の平和が訪れます。

しかしまたすぐに、別の魔物たちが国を襲ったのです。彼らは不幸の力や異常なフォトンをくらい、国を襲いました。

それらを生み出している魔物の母、マザーを発見した女王は、自らの魂とついていくと誓った近衛や街人の力を借り、マザーを封印したのです。


世界には、永久の平和が訪れたと、思っていました。



 * * * * *



そこで声は途切れた。







「おそらく、この声が保存された時にはまだこの先のことが分からなかったのでしょう」


光が弱まっていく柱たちの中に立って、トキヤは言った。


「此処から先は、私が説明させて頂きます。」


トキヤは言うと、大剣アルバクレイモアを背中から降ろし、語りはじめた。


「先程の声が語っていた内容は、大国家ミューザの伝説です。ここまでは皆さんご存知の内容かと思いますが、物語の中に出てくる新しい"魔物"が、今我々が宇宙の敵と呼ぶダーカーのことなのです」

「それじゃ、ダーカーは何千年も昔から存在していたってこと…?」

「そうなります。そして物語に登場する6人の近衛の生まれ変わり、女王の近衛隊隊長 紫の騎士が、私です。」

「ちょっと待ってトキヤ、そんなオカルト…」


早苗が耐え切れなくなって口を挟むも、藍もレンも、妙に納得した顔でトキヤに続きを促す目を向けていた。


「早苗、貴女にも深く関係のある話です。薄々自分でも気づいていたのでしょう?自分が、ミューザ大国の女王であったこと」


記憶と情報の濁流が、早苗の頭を襲った。


視界に入る全ての物が、数式に置き換えられる。全ては私が治めるもの。





記憶が、戻る。






「私は…




 女王だ」




---- 早苗が居れば、何の心配もありません!


自分を慕い、共に戦った巫女の、春歌の声が。





---- ボクがずっと側に居るよ、たとえ生まれ変わっても


自分の側に居て、支え、最後は共に来てくれた、補佐官の声が。





---- 姫はいつも美しい。その美しさを、魂が消えるまで見つめていたいんだ。


毎日大量の薔薇を送りつけてきた、照れ屋で寂しがりな近衛の言葉が。





---- 愛しています。この世界が終わった後も、ずっと、お側に。


どんな場所に居ても自分を一番に想ってくれる、近衛隊長の思いが。



全てが、早苗の心に帰ってきたのだ。幾年が過ぎようとも決して違うことのなかった、契によって。





Chapter.08 幾年の契 END





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